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『しあわせであるように side幸輔 』
辰川 幸輔ja0318

●しあわせを、いのる人
 道行く人々、誰もが幸せそうで。
 ライトアップされた街路樹、浮かれた曲が街を彩る。
 ひとり、苦々しい思いを抱えて辰川 幸輔は買い物袋を提げて歩いていた。
 父一人・娘一人のささやかなクリスマス。
 それが楽しみじゃないわけではない。
 娘である辰川 幸子の成長も、笑顔も、全てが幸輔の支えだ。
 今年もこうして穏やかに迎えることが出来て、何よりも嬉しい。
 別件で、彼の心を沈ませるのは――

 ――……お前のせいだよ、辰

 ひどく悲しそうな、男の表情。
 シャツ越しに触れる手の、確かな温度。
 血の味。

 信じられなかった。
 裏切られたと思った。
 朝が、あんなにも遠いものだと知った。
「……ちっ」
 頭を振り、記憶を蹴散らす。
 そうしたところで、すぐにまとわりついてくることは知っていた。
 繰り返し繰り返し、そうやって幸輔はこのところ生活を送っている。

(あの人に……どんな言葉をかけりゃいいのか…………)

 深く深く吐く溜息は、白い形となり霧散した。
 腹の奥底に渦巻く昇華できない感情も、こうやって消えてしまえばいいのに。
 冷えた耳が、ジンと痛かった。

『おとうさんは、からだがおおきいから。ひえちゃうばしょも、おおきいんだよね』

 無邪気に笑い、『さちが、あっためてあげる』と抱き付いてくる娘を思った。
「帰らねえと」
 これから一緒に過ごすのは、他でもない幸子だ。
 『幸輔』という自分の名は嫌いだが、『幸子』は良い名だと思う。
 どうか、苦しいことに巻き込まれることなく、無事に学園を卒業し、幸せな人生を歩んでほしい。
 娘のことを思うと、少しだけ胸が暖まった。
 口元を緩め、幸輔は歩き出す足に力を込めた。




「帰ったぞー」
「おとうさん! こっちきて!!
 玄関を開けるなり、幸子の怒りを孕んだ声が幸輔へと殴りかかった。
「お。おう……?」
「こっち! いすに! すわって!!」
(なんか、やらかしてたっけか?)
 幸輔は買い出しを、幸子は家で準備を。
 そう役割分担をし、夜にはクリスマス―― そう約束していたが、掃除中に何か発見でもしたのだろうか。
(なんか、ってなんだ)
 何もない。
 少なくとも『家の中』には。
(家の中には、ってなんだ……)
 荷物を降ろし、武骨な手でガリガリと頭をかきながら、幸輔は呼ばれるままに居間へ向かった。

「かぞくかいぎを、おこないます」

 向かい合わせに座り、幸子がスッと右手を挙げる。
 並々ならぬ雰囲気に、幸輔は作り笑いすらできない。
 何が、あった。

「おとうさん、なやんでることがあるならちゃんとはなして」

 ザクリ。
 真っ直ぐに切り込まれ、完全に幸輔から表情が消えた。
「くらいかおしてるおとうさんなんて、やだよ」
 泣き出しそうな、怒り顔の幸子。
 幸輔は驚き、動揺し、言葉を探して―― 誤魔化すことは、やめた。
 いつから、娘は気づいていたんだろう。
 いつから、こんなに苦しませていたんだろう。
(無意識とはいえ、ずっと傷つけて苦しめてきたのは―― 俺か)
 幸子の眼差しに、友人であり恩人だと信じていた『あの人』が重なった。
 最悪の形で伝えられた、抱えてきた想い。

 ――以前の関係に戻ることは、もうできない

 幸輔にとってそれだけは確かなことで、それでいて、掛ける言葉を探している。
 無かったことに、だなんてできない。
 かといって、はいそうですかと受け入れることだって簡単じゃなかった。
『なやんでることがあるなら』
 幸子は、鋭くそこを突いている。


「……友達に秘密を打ち明けられたんだ」

 さすがに、幸子へ全てを話すわけにはいくまい。
 言葉を選びながら、幸輔はゆっくりと悩みについて語り始めた。




 友達に、秘密を打ち明けられた。
 その秘密は幸輔にとって、すごくショックなことだった。
 それからずっと、その友達とどう接していいのかわからない。


 震えそうになる声を、必死に抑えていることは幸子にも伝わった。
 友達が誰であるのか。
 どんな秘密だったのか。
 そこに幸輔は触れないし、幸子も追及しなかった。
『だいすきなおとうさんが、こんなにもおもいつめちゃうくらいの、おともだち』
 それだけで充分だと思う。
 だから。
「きらいになったなら、おともだちをやめちゃえばいいとおもうの」
「…………」
 絶句して、幸輔が顔を上げた。
(あ、おもしろいかおだ)
 うっかり、幸子はそんなことを感じる。
「だけど、わからないってことは、おとうさんもそのおともだちをすきでいたいってことじゃ、ないの?」

 以前の関係に戻ることは、もうできない。
 無かったことに、だなんてできない。
 それでいて、掛ける言葉を探している。
 繋がりを切らない方法を、探している。

「おともだちも、おとうさんがだいすきだから、ひみつをうちあけたんだとおもうよ」

 幸子は知らない。
 秘密の内容も。その後に起きたことも。
 知らないから、真っ新だから、告げる言葉は純粋で単純だった。

「いまはむりかもしれないけど…… ちゃんと、ともだちと、おはなしして?
そうしたらきっと、おとうさんのほんとうのきもちも、わかるとおもうんだよ」

 幸輔は知らない。
 平静を装おうとして無理に笑い、何も話さないことで、どれだけ娘を心配させていたか。
『ちゃんと、おはなしして』
 その言葉に、どれだけの思いが詰まっているか。
 

「……そうか、そうだな」
 幸子と言葉を、何度も何度も噛みしめるように、胸の中で繰り返し、幸輔はようやく自然な笑みを浮かべた。
「じゃあ、クリスマスしよう!」
 こんな幸輔の笑顔、どれくらいぶりだろう。
 嬉しくなって、幸子も笑い返す。




 熱々のシチュー、チキンにケーキ、ピザにサラダ。
 二人分の食卓は、クリスマスカラーに彩られる。
 きらきら電飾の光を放つクリスマスツリーは、幸福の象徴のようだ。

「「メリークリスマス!!」」

 クラッカーを鳴らし、絡まるリボンの回収に笑い合う。
 暖かな、暖かなクリスマス。
「おとうさん、ゆき! ゆきだよ!!」
「おおー」
 部屋の端まで飛んでしまったリボンを追うと、カーテンの隙間から覗く景色に幸子が声を上げる。
「つもるかな?」
「サンタさんが、ソリでプレゼントを届けに回る期間限定かもなぁ」
「ええーーー」
 寂しそうに膨らませる幸子の頬を、幸輔がつつく。
「正月でも、年明けでもいいや。雪が積もったら、目いっぱい遊ぼうな」
 窓辺に張り付く幸子を、幸輔が後ろから抱きしめる。
 小さく確かなぬくもりは、幸輔が命に代えても守りたいと誓う存在。
 それでいて、時として自分が守り救われる存在。
 見失った光を示してくれる、標の星だ。


 今すぐにだなんて急ぐことは、しない。
 降っては融け、なかなか積もらぬ雪のように。
 それでもいつかは気まぐれに真白な雪原を見せ、困惑させるように。
 今は『時間』に、甘えさせてもらおう。

 あの人が時間をかけて思いを積もらせてきたというのなら、こちらにも今少し、言葉を探す時間をもらおう。
 恩人だと信じていた。信じていたい。
 以前の関係へは戻れないだろうけれど、だからといって断ち切ることも考え付かなかった。
(……あのひとも)
 今頃、この雪を見ているのだろうか。
 ふと、幸輔はそんなことを考える。
 それは、幸子が与えてくれた、小さな光という名の出口への、一歩なのかもしれない。

 
 どうか、この聖なる夜を。
 星空の下、降る雪の下、暖かな家の中。
 誰もが、しあわせであるように。
 父の腕の中、幸せそうに幸子が笑った。



【しあわせであるように side幸輔 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0318/ 辰川 幸輔 / 男 /42歳/ 阿修羅】
【ja0248/ 辰川 幸子 / 女 / 7歳/ アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
悩める親子のクリスマス、幸せを祈る気持ち、お届けいたします。
冒頭部分を互いの視点で切り替えています。
楽しんでいただけましたら幸いです。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年01月03日

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