▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『その名はホーネット 』
ダグラス・タッカー8677)&フェイト・−(8636)&(登場しない)


 フェイトは安心した。
 長老たちが、武装した用心棒を大量に雇っていてくれたからである。
 弱い者いじめのような戦いには、ならずに済みそうだ。
 長老らの私兵か、あるいは虚無の境界が兵隊を貸し出しているのかは不明である。
 とにかく大勢の、防弾装備に身を固めた男たちが、庭園のあちこちから、豪奢な柱の陰から、露台の上から、ひたすら小銃をぶっ放してくる。ただ1名の侵入者に、狙いを定めてだ。
 黒いスーツを細身にまとう、日本人の若者……フェイトである。
 嵐のような銃撃の中を、彼は駆け抜けていた。
 豪邸と言うより、もはや宮殿である。
 ダグラス・タッカーの、母方の実家。
 その一族の長老たち、及びそれに近い地位にある者たちが、ここで王侯貴族のような暮らしをしている。
「インドだからって、マハラジャ気取りで贅沢三昧か……別に、それが悪いってわけじゃあない」
 肩に、背中に、小銃弾がビシビシッと当たって来る。その激痛に顔をしかめながら、フェイトは呻いた。
 同僚の1人が開発し、プレゼントしてくれた、防弾防刃スーツ。これを着用している限り、拳銃・小銃程度の銃撃であれば、痛いだけで致命傷を負う事はない。首から上に直撃を喰らわなければ、の話だが。
「金持ちなら、金持ちってだけで満足してればいいのに……くだらない弱い者いじめなんかしてるからッ!」
 フェイトは叫び、跳躍した。
 一見ただの黒スーツでしかない防弾着をまとう細身が、空中で錐揉み状に回転する。
 まるで黒い竜巻のようになりながら、フェイトは両手2丁の拳銃を振りかざし、引き金を引いた。
 黒い竜巻が、全方向に火を噴いた。
 左右のフルオート射撃が、フェイトの周囲を薙ぎ払っていた。
 爆薬弾頭弾の掃射。
 庭園のあちこちで、爆発が起こった。噴水や彫刻が、柱が、露台が、砕け散った。
 乱射を行っていた男たちが、爆炎に灼かれながら倒れ、あるいは落下して地面に激突する。
 ボロ雑巾のようになりながら、それでも何人かは、よろよろと起き上がって来る。そして再び、小銃を構えようとする。
 それら銃口を向けられながら、フェイトは着地していた。爆薬弾を吐き出し終えた左右の拳銃から、空の弾倉が排出される。
 小さな物体が2つ、フェイトの周囲を旋回しつつ宙を舞った。
 装着したマガジンポーチから飛び出した、予備の弾倉。それが2つ、両手の拳銃にガチャリと吸い込まれる。
 換装を終えた拳銃を、フェイトは左右にぶっ放した。今度は爆薬弾頭ではない、通常弾である。
 よろよろと小銃を構えていた男たちが、その銃撃に薙ぎ倒されてゆく。
 結局、弱い者いじめのような戦いになってしまった。
「無茶苦茶な事やってるって自覚はあるよ。俺、IO2をクビになるかも……いや、下手すると死刑かもな。法で裁かれる前に、IO2って組織に消されかねない」
 フェイトは呻いた。
「だから死ぬ前に、お前らみたいな連中はきっちり片付けておく……さあ出て来いよ、長老さんたち。隠れて弱い者いじめばっかりしてる奴らは、こうやって直接来られると何にも出来ないのか! 隠れて逃げ回って、ほとぼりが冷めたらまた弱い者いじめをするのかよ!」
 呻きが、叫びに変わった。
 返答代わりのように、殺意が押し寄せて来た。
 フェイトは跳躍した。
 その足元で、爆発が起こった。庭園が、広範囲に渡って爆炎に抉られた。
 半ば跳躍力で、半ば爆風に吹っ飛ばされて、フェイトは長時間の滞空の末ようやく地面にぶつかり、受け身を取って一転し、立ち上がった。
 間違いない。ロケット弾による爆撃である。同僚が作ってくれたこのスーツも、さすがに爆発を弾き返す事までは出来ないだろう。
「なりふり構わず、殺しに来てくれたよな……」
 フェイトは見回し、苦笑した。
「ダグの奴も、いつの間にかいないし……さすが英国紳士、颯爽と逃げてくれるよな」


「タッカー商会の若造め……我らに刃向かうどころか、戦争を仕掛けてきおった」
 長老の1人が、憎々しげに吐き捨てた。
 邸宅敷地内の、高台である。ロケットランチャーを携えた用心棒の一団が、長老を護衛する形に布陣していた。
「あのような化け物を、連れて来おって……さあ何をしておる、もっと撃ち込め。あの日本人の若造を、跡形もなく消し飛ばすのだ!」
 用心棒たちは、しかしその命令に従わなかった。ロケットランチャーを担いだまま、微動だにしない。指1本、動かそうとしない。
「何をしておる!」
「う……動けねえ……動けねえんですよう……」
 長老の怒声に、用心棒たちが、泣き声のような悲鳴で応えた。
 彼ら全員の身体に、辛うじて目に見えるものが幾重にも絡み付いている。
 糸、である。
 無数の繊維が、用心棒たちの全身を、指先に至るまで絡め取って拘束していた。
「無理矢理に振りほどこうとは、なさらないように……輪切りになってしまいますよ」
 細身の男が1人、いつのまにか、そこに佇んでいた。
 仕立ての良いスーツに身を包んだ、小麦色の肌の若者。フレームのない眼鏡の奥では、涼やかな瞳が知的に不敵に光を孕んでいる。
「ダグラス・タッカー……!」
 長老が息を呑み、後退りをした。
「貴様、貴様は……我が一族に連なる者でありながら、我らに逆らうか!」
「逆らう者を、どのように退けるおつもりですか?」
 足取り優雅に、ダグは歩み寄った。
「貴方たちのような特権階級の方々はね、こうして直接的な攻撃を受けると案外、何も出来なくなってしまうもの……いけませんよ。私やフェイトさんの1人や2人、容易く撃退出来るような暴力装置を、常にお傍に置いておかなければ」
 怯える長老に、ダグは優しく微笑みかけた。
「古の時代から、貴方がたは権威を持ち続けてこられた。ですが人々は最終的には、古い権威ではなく強い暴力にしか従いません。暴力を伴う権威でなければ、一国の陰の支配者を気取り続けるのは難しいでしょうね」
「有り余る金と暴力で、再びこの国を植民地にするつもりか英国人よ」
 声がした。
 筋骨たくましい僧形の男が1人、錫杖を片手に、のしのしと歩み寄って来る。つるりと見事な禿頭には、毒蛇の刺青が施されている。
「それも良い、という気はする……貴様たち欧米人はな、これまで世界中に差別と貧困の種をまき散らしてくれた。おかげで今、見事な絶望の花が、地球上いたる所で咲き乱れておる」
 その男に続いて、同じような僧形の人影が数名、それに長老たちと、それに近い一族高位の男たち十数人が、ダグを取り囲むように近付いて来る。
「無駄な抵抗はやめろ、ダグラス・タッカー」
 長老の1人が言った。
「この国で我らに楯突く事が、どれほどの愚行であるか知らぬわけでもあるまいに……猪口才な買収などしおって、我らの勢力を切り崩しにでもかかったつもりか」
 インド国内のいくつもの企業が、タッカー商会との業務提携契約を結んでくれたのだ。
「この国は過渡期にあります。古い権威に囚われない人々が、少数ながら確実に増えている、という事ですよ」
「それは困る。アジアの重鎮たる大国インドには、これからも差別主義者どもが支配する、停滞と絶望に満ちた国であってもらわねば」
 毒蛇の僧侶が、虚無の境界らしい事を言っている。
「人々が大いなる変革を遂げるのはな、絶望の末の滅びの時だけで良いのだ」
「そんなお話よりも、貴方たちにお訊きしたい事があるのですがね。一族の暴力装置たる、虚無の境界の方々」
「教えてやろう。貴様の母親を殺したのは、我ら全員だ。呪殺の念を英国まで届かせるには、全員の力が必要だったのでな」
 毒蛇の僧侶が、訊く前に答えてくれた。
「この老いぼれどもが、一族の裏切り者は確実に始末しろと言うので、まず血の情報を提供させた。アーリア人の血……その遺伝子情報が、呪殺の力の源となっておる。純粋なアーリア人の血統に連なる者ならば、地球上どこにいようと、この呪殺から逃れる事は出来ん」
「純粋な血統を、ただ権威のためだけに、貴方がたは守り続けてきた。無法な近親婚を、繰り返しながら」
 一族高位の男たちを、ダグは眼鏡越しに見据えた。
「……時には、無力な少女を犠牲にしながら」
「犠牲とは人聞きの悪い。私はな、あの娘を可愛がってやったのだよ」
 男の1人が、おぞましい笑みを浮かべて言った。
「ついつい可愛がり過ぎて、死なせてしまったがなあ……もったいない事をした。まあ何だ、妹の方はもう少し穏やかに可愛がってやらねば」
 突然、黒い影が飛び込んで来た。
「お前か……!」
 おぞましい笑みを浮かべていた男の顔面が、潰れたように歪んだ。
 フェイトが、拳を叩き込んでいた。
「お前か……お前が! お前がああああああああ!」
 男の身体が、へし曲がった。フェイトの膝が、下腹部にめり込んでいた。
 虚無の境界の僧侶たちが、一斉に錫杖を構える。
 炎が生じ、球体を成した。雷雲が生じ、バチッ! と稲妻を鳴らす。
 血の呪縛の範囲外にいる人間たちを、この僧侶たちは、このような攻撃呪術で始末してきたのだろう。長老たちの、既得権益を守るために。
 その攻撃呪術が、今はフェイト1人に撃ち込まれようとしている。
「私など、いつでも始末出来る……というわけですか」
 苦笑しつつ、ダグは静かに踏み込んだ。
 姿勢低く、僧侶たちの間を駆け抜けた。
「貴様……!」
 毒蛇の僧侶が、踏み込んで来たダグにようやく気付いて錫杖を振り上げる。
 その背後に、ダグは回り込んでいた。
「私の親友たちの、贈り物の1つですよ」
 筋骨たくましい毒蛇の僧侶に、ダグは囁きかけた。その太い首筋に、小さな針を突き刺しながら。
「彼ら彼女らの様々な毒を、私が独自に調合したものです。苦しみは一瞬、だと思うのですが……どうですか、まだ苦しいですか?」
 痙攣・硬直しながら、僧侶の巨体が倒れた。その皮膚は青黒く変色し、毒蛇の刺青がわからなくなっている。もはやダグの問いかけに答えられる状態ではない。
 他の僧侶たちも、同じような屍と成り果てていた。全員、首筋に、同じ毒針が突き刺さっている。
「私、おかげ様でエージェントネームをいただける身分になりましたが、実はまだ決めていないのですよ」
 呆然と立ち尽くす長老たちに、ダグは微笑みかけた。
「スパイダーか、ホーネット……どちらにするべきか、ずっと迷っておりまして。まあ後者にしておきましょうか。蜘蛛のヒーローで世界的に有名な方が、もうおられますし」
 長老たちは、何も言ってくれない。全員、何か喋るどころではない状態で青ざめ、固まっている。
 静かだった。
 凄惨な殴打の音だけが、間断なく響いている。
 フェイトが、ひたすら拳を振るい、手刀を閃かせ、肘を打ち込み、蹴りを叩き付けていた。
 IO2の戦闘訓練で培われた格闘技術が、1人の男をサンドバッグにするためだけに使われている。
「そこまでにしましょう、フェイトさん……死体を殴っても、気分が悪くなるだけですよ」
「死体……」
 フェイトが、呆然と呟いた。我に返った様子である。
 翡翠色の瞳が、すでに動かなくなった男の身体を見下ろしながら、震えている。
「俺……俺は……」
「お見事でしたよ、フェイトさん。貴方は今回、超能力の類は一切使わなかった……御自分の中の怪物に頼るまい、と思っておられたのでしょう? 見事な自制でした」
 その自制がなければ今頃、砕け散って原形をとどめていないであろう長老たちに、ダグは微笑みながら告げた。
「貴方がたは、フェイトさんに助けられたのですよ。したがって、次は私の復讐を受けていただきます」
 タッカー商会が、時をかけてインド経済に食い込んでゆく。そして一族の利権を奪ってゆく。
「全てを失いながら、困窮の中で老いさらばえてゆきなさい……さ、帰りましょうかフェイトさん」
「ダグ……俺は……」
「エージェントがいくら自制を利かせても、人が死んでしまう事はあります……我々の仕事は、そういうものでしょう?」
 ダグは軽く、フェイトの肩を叩いた。
「難しい事は考えず……今は、バカンスを楽しみなさい」
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年01月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.