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『雪と私の内緒の話 』
サフィリーン(ib6756)


 ジルベリアでは冬至の頃、聖夜祭が行われる。元々は神教会の精霊に祈りを捧げるための祭りだったのだが、現在では街や家を華やかに飾りつけ、親しい者達と食卓を囲んだり、時には恋人と語らいあったりするような広く楽しめる祭りへと変化していた。
 その聖夜祭を天儀においていち早く取り入れたのは多分開拓者達の住む街、神楽の都であろう。冬至が近づくにつれ街のいたるところで水引のような金銀の飾りや雪に見立てた綿が家や木々を飾っているのが見受けられる。道には縄が張り巡らされ、雪の結晶が彫られた磨り硝子のフードが被せられたランタンが淡い光を灯して揺れていた。
 開拓者ギルド本部より少し離れた場所にある酒場『浮雲』。元開拓者の店主とその家族で経営している小さな酒場だ。店主が開拓者時代に様々な場所で学んだ料理が楽しめるので、客は開拓者や天儀の外からやって来た者が多い。
 その店の奥には小さな舞台があり、毎晩吟遊詩人や踊り子達が己の芸を披露している。披露されるのは天儀の歌や舞踊だけではなく、アル=カマルやジルベリアの歌や踊りなど多岐に渡り、神楽の都らしい無国籍な店の雰囲気を作り出すのに一役買っていた。
 数日前からその舞台の横には店の天井に届くほどの大きさの樅の木が飾られている。樅の木には小さな浮き玉のような薄い硝子で作られた硝子球が沢山下げられており、灯を反射してキラキラと煌いていた。
 このような樅は「ツリー」と呼ばれる伝統的な聖夜祭の飾りだ。天儀で言うところの正月の門松というところであろうか。
 その光を受けてサフィリーン(ib6756)は踊っていた。
 聖夜祭に相応しい、ジルベリアの舞踊曲も取り入れ客を楽しませている。
 曲に合わせドレスの裾のようにふわりと舞う舞布。絹でできた薄い舞い布は橙の光を透かし、銀糸の刺繍を浮かび上がらせる。揺れる舞布に踊る刺繍はまるで雪のようだ。
 やわらかく指先を伸ばし、大きく背を反らす。サフィリーンは小さな体をいっぱいに使い、舞台を動き回る。
 白銀の髪がランタンの光を浴びて輝き、羽衣を思わせる舞布が美しい流れを作り出す。ステップを踏むたびに足首にまいた細い鎖と鈴がシャラシャラと音を響かせた。
(今日は聖夜祭だからかな?)
 客に恋人同士と思われる二人連れが多い。小さな造花をあしらった蝋燭が揺れるテーブルの上、手を握り合って見詰め合っている恋人達もいるかと思えば、まだ付き合っていないのだろうかどこかよそよそしく、しかしながら互いに思わせぶりな視線を交わす二人もいる。
 沢山の恋人達。そして友人同士。この場にいる全員に共通しているのは幸せそうな笑顔だ。その笑顔にサフィリーンも嬉しくなってしまう。
(皆の笑顔に…)
 祝福を。そんな気持ちをこめてシャンシャン、踵と踵を合わせていつもより鈴の音を多く鳴らす。
(素敵な時間をっ)
 足元に置かれた籠を取る。駕籠の中には真っ白い羽と花弁、それを一掴み。舞台の端から端まで軽やかに跳ねながらそれらを天井に向かって投げる。
 ふわり、ふわり舞い落ちる羽と花弁の中、舞台の中央に戻って舞布を閃かせくるりと一回転。客席から歓声と拍手が起こる。
 両手を挙げて拍手に応え、そしてお辞儀。
 小さな籠には次々とおひねりが投げられた。
 投げられる硬貨も流れ星のようにキラキラと綺麗だ。今夜は何もかも何時もより輝いて見えた。

「はい、お疲れ様」
 酒場の主人が踊りを終え戻ってきたサフィリーンにお茶と焼き菓子の皿を差し出す。天儀ではあまり見かけない焼き菓子はジルベリアで聖夜祭でよく食べられるものだと説明してくれた。
「ありがとうっ。最近少しずつお捻りも増えたかも…」
「最近はサフィリーンちゃん目当ての客もいるからなぁ」
 嬉しそうに駕籠を振ってみせるサフィリーンに店主が頷く。
 駕籠の中には聖夜祭にあやかってか星型や雪ダルマの飴も入っていた。色とりどりで可愛らしい。
「お祭りってどこの国のもなんだか楽しくなって来ちゃうねっ」
 杯を掲げ、乾杯をする一団に目を細める。
 少し高めの椅子は座ってしまうと足が床に届かない。ぱたぱたと足を泳がせた。
「そうそう、サフィリーンちゃんにもこれ」
 店主が長細く切られた綺麗な色の紙を差し出す。まるで七夕で笹に飾る短冊のようだ…と思ったサフィリーンの視線に気付いたのか店主が「願い事書いてツリーに飾るんだよ」と笑う。よくよく見ればツリーに短冊が何枚も揺れていた。
「それって七夕…」
 丁度客が短冊を持って立ち上がる。互いの短冊を見比べて笑い合っていた。
 本来の聖夜祭とは違うかもしれないが異国の文化と文化が混じりあう、それはいかにも様々な人が集る神楽の都らしいのではないか、と言いかけた言葉を飲み込んだ。伝統と格式に法った祭りも素敵だが、皆が思い思いに楽しめる祭りだって負けずに素敵である。
「何を書こうかなっ」
 ひらりと手の中で揺らす短冊。
「踊りがもっと上手くなりますように? 美味しいお菓子に出会えますように?」
 指折り数えていると、店主が「欲張りだなぁ、一枚じゃ足りないかい?」と笑う。
「こういうのはね、あれこれ考えるのも楽しいんだよ」
 舞台からみかけた二人が短冊を前に額をつき合わせて相談している。一言、二言言葉を交わし、そして短冊に書き込む。短冊を覗き込んだ女性が驚いたように目を瞠りそして嬉しそうに目を細めた。
(あ…)
 短冊の上で二人の手が重なる。当事者ではないのに照れてしまい思わず視線を逸らす。
(おめでとう。これからも素敵な時間を二人で過ごしてね)
 幸せそうな二人の姿にサフィリーンは心の中拍手を送り、数度足の鈴を鳴らした。きっと二人には届かないだろうけど。
「こ…ぃ……」
 焼き菓子を一口。干した果物の仄かな甘さと酸味と、酒の香りがふわりと広がる。
(恋人、か……)
 好きな人、大切な人は沢山いる。皆いつも笑顔でいて欲しい大好きな人たち。
 先程の二人を見て素敵だな、と憧れる気持ちはある。でも愛しい人、焦がれる人は、と問われれば……。
 自分の気持ちのどこからが好きでどこからが愛しいのかまだわからないよ…とサフィリーンは思う。
(私がちゃんと恋をするのは…多分、ずっと……先)
 だが不意にある人の姿が脳裏に浮かんだ。
 浮かんだ人を隅に追いやるようにふるりと頭を左右に振るう。
「うん、ずっと先なの」
 ティーカップをきゅっと両手で包み込んだ。呟いた声はどこか自分に言い聞かせるような響きを持っている。
「あっつぃ…」
 慌てて飲んだお茶は熱くて、舌先をちょっとだけ覗かせる。
「………」
 居ない訳ではない。
(もう少しお話したい人……)
 覗き込んだカップの中の茶に自分の顔が映る。自分の顔が漣で揺れて、そして……。
 でも…ともう一度頭を振る。
 その人の事を想う度に胸の辺りにふわりと浮かぶなにか。温かいような、ちょっとだけ痛いような、それでいて優しいような。色々なものが混ざった気持ち。
 目を伏せてすぅっと息を吸い込んだ。
(そう…この気持ちに……)
 頬の辺りが熱いのはお菓子に入っていたお酒のせい。そうお酒のせいなんだから、と焼き菓子をもりもりと口に運ぶ。一口目はとても美味しかったのに、何故か今は味がわからない。
(名前をつけちゃいけない…)
 名前を付けたとたんにそれは形を持ってしまう。形になってしまったら…自分はどうすればいいのかわからなくなってしまう。
「私は……」
 黙々とお菓子を口に運ぶ姿に、店主が「太っちまうぞ」とからかいつつ皿の上にお菓子を更に追加してくれる。
「えっ、あ、…ありがとう。…っ、大丈夫っ。動いているから太らないよ」
 店主が追加してくれた焼き菓子を綺麗に平らげると、短冊を手に外套を羽織った。
「ごちそうさまっ。お願い事は一晩じっくり考えて、明日持ってくるね」
「これも持って行きな。俺からの聖夜祭の贈り物だ」
 先ほどの焼き菓子などを詰め合わせた袋をくれた店主に礼を述べると店の外に出る。ひんやりとした空気が火照った頬に心地よい。
「雪…降るのかな」
 まっしろな吐息の向こうに見える空に星はみえない。少しばかり寂しいが、今夜はあちこちで揺れるランタンが星代わりだ。
「……。聖夜祭のお菓子、嬉しいなっ」
 ふんだんにレースをあしらった袋に赤と緑のリボン。きっと店主の奥さんがやってくれたのだろう。空高く掲げてわざと口に出してはしゃぐ。そうまだ自分はお菓子を貰って喜ぶ子供なのだ。
 母のように素敵な花嫁になることに憧れ、甘いお菓子が大好きな……。
 すれ違った恋人達を見送る。
 大人で素敵な人、あの人は憧れの人……。大人で素敵で優しいから、女の子ならばきっと憧れる。
 あの人の声、笑顔、大きな掌…次々と浮かぶ。そして最後に浮かんだのが横顔。その視線の先がどこに向いているのかサフィリーンは知っていた。
 あの人にもいるのだ。熱の篭った視線で見つめる人が。
 ランタンに向かって手を伸ばす。灯は星のように瞬いて眩しくて素敵だ…でもそれには手に届かない。
 おひねりで貰った星の飴を取り出して口に放り込んだ。
「すっぱっ……」
 黄色の星は檸檬味。口いっぱいに広がった果汁に唇を窄め、目を瞑る。本当はそこまで酸っぱくはない、蜂蜜と檸檬の星。でも気持ちを切り替える意味もこめて大袈裟に驚いてみせる。
(私は…子供として優しくして貰うままでいいよ)
 星に向かって翳した手をぎゅっと握って下ろした。
(その代わり幸せになるのを見届けたら…)
 誰かを見つめる横顔に語り掛ける。
 何時の間にか雪が降ってきた。
 近くの子供を真似てサフィリーンも空を仰ぐ。空から小さな白い妖精たちが舞い降りてくる。
(それを踏み台にして一歩だけ大人になるから)
 とん、と地を蹴って跳ねた。一瞬だけ近づいた星代わりの灯はすぐに遠くなる。
 片足で地に下りるとシャンと鈴が小さく鳴った。
 その足を軸に一回転。
 拍手をくれた子供に笑顔を返して、もう一回転。雪と一緒にくるくる踊る。
 広げた掌に落ちた雪を握り締める。掌の熱で雪はすぐに溶けてしまう。
 名前を持たないこの想いもきっといずれ……。自分の胸の中でひっそりと溶けてしまうのだろうか。
 短冊を胸に当て、瞳を閉じた。
 短冊を積もり始めた雪の上にそっと乗せる。
「……私が素敵な大人になるためにも」
 少しの間。少しだけおどけた口調で短冊に人差し指をつきつけてから雪で隠す。
「早く幸せになってねっ」
 もう一度空を見上げて呟いた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名    / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib6756  / サフィリーン / 女  / 13  /  ジプシー 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

憧れの人に思いを馳せるサフィリーンさんは大変可愛らしかったです。
いずれ素敵な女性になって素敵な方に出会えることを祈っております。
その時はそっと教えてくださいね。
そんな女の子らしい可愛らしさが表現できていれば幸いです。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
winF☆思い出と共にノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年01月06日

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