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『雪の解ける頃に…… 』
グロリア・グレイスjb0588



 我ながら妙な依頼を受けたものだ、と彼女は思った。
 グロリア・グレイス(jb0588)。彼女はフリーの撃退士である。
 かつては久遠ヶ原学園に在籍していた。卒業後は軍人時代のコネクションを利用し、さまざまな仕事を引き受けてきた。
 今夜の依頼は『要人警護』。自分が狙われる地位にありながらその自覚もなく、年末年始のお祭り騒ぎを楽しんでいる幹部《バカ》のお守りである。
 しかも当の本人は「パーティの邪魔だからどっかいけ」と護衛を遠ざける始末。
 しかたなく、彼女は幹部を監視できるビルの屋上まで足を運ぶ羽目になったのである。
 薄暗い非常階段を登る。すでに深夜に差し掛かった時間帯、この階段を暖房で暖めようという物好きな管理人はいないらしい。
 彼女はコートの襟をきつく閉め、白い息を吐きながら歩みを進めていた。
「まったくついてないわね」
 普通の家庭であれば、炬燵に入りながらのんびりテレビでも見ている時間帯なのかもしれない。だが、そんな生活を彼女が望むべくもなかった。
 かつん、かつん。甲高い足音が踊り場に響く。
 脳裏に在りし日の思い出が浮かびあがった。
 久遠ヶ原学園にて研鑽を積んだ毎日。彼女は悪夢のように襲い掛かる記憶《メモリー》を振り切るように生きていった。
 ふと、ある年上の男に考えが至る。
 一目で彼が只者ではないと感じることができた。実際彼が受諾する依頼の成功率は高く、周りの評価も高いものであった。
 そしてなによりも――これが重要なことがだが――服のセンスが彼女に似ていた。
 恋愛感情、そんな野暮ったいものでは決してない。強いて言えば“近しい”。それだけの関係。
 ――彼とは良いコンビが組めたものだ。
 ふふ、と。彼女の口から苦笑が零れ落ちる。昔の事を今更懐かしく感じるなんて、寒さで頭がおかしくなったのかもしれない。
「報酬はたんまり貰っておかないと、割りに合わないわね」
 そんな言葉を吐きつつ彼女は屋上に続く扉の前に立った。
 ドアノブに手を伸ばす。鍵は――開いていた。
「……?」
 普段ならこういう場所の鍵は閉っているはずである。それが開いているということは管理人が閉め忘れたのか――。
 ――誰かが、屋上に潜んでいるか。
 彼女はドアに身を預けゆっくりとドアを開けた。きぃぃ、と微かな金属音が響く。
 冷たい風が彼女を襲う。雪が激しく舞っていた。
 銀一色に広がる世界。その中で1人の男が彼女に背を向け、柵越しにライフルを構えている。
 その後ろ姿に見覚えがあった。
「ミハイル」
 思わず、その言葉が彼女の口から滑り落ちた。



「ミハイル」
 その言葉に男はゆっくりと銃を降ろす。そのまま彼は目線だけを後ろに向けた。
 白い雪でまだらに染まる金髪。彼女と同様に黒いスーツに防寒具を着こむその姿。
 間違いない。その男はミハイル・エッカート(jb0544)であった。
 グロリア・グレイス(jb0588)はコートの襟を握りしめる。
 某企業に腕のいいスナイパーがいるという話は彼女の耳にするところである。だが、まさかそれがミハイルのことだとは思わなかった。
 否、思いたくはなかった。
「久しぶりね。こんなところで会うなんて奇遇だわ」
 グロリアは偶然を装って語りかける。ミハイルはライフルを後ろに隠しながら「ああ」と答えた。
「卒業してから何年ぶりだったか……グロリア。なぜここにいる?」
「風にあたりたかったのよ」
「こんな人気のないビルの屋上でか?」
「たまにはそんな気分になるわ」
 ミハイルは苦笑する。
 彼の行為にまるで気付いていないという風に彼女は言葉を続けた。
「貴方こそなぜここに?まさかサンタクロースの真似事なんかじゃないわよね」
「おいおい、クリスマスはとうに過ぎてるぜ」
「それもそうね。弾丸のプレゼントなんて誰も喜ばないもの」
「……どうだか」
 2人の間を風が通り抜ける。
 言葉はない。彼女はひたすらにミハイルを見つめた。
 在学時の頃より少し老けたように感じるその姿。いくつもの修羅場を潜り抜けたことが想像できる。
 そして暗闇に輝く緑火眼の眼差し。
 ――人殺しの眼。
「帰れ」
 ミハイルは絞り出すように声をあげた。
「いくらおまえでも俺は躊躇なく殺すぜ?」
「そう言われて引き返すほど、貴方の記憶《メモリー》にある私は素直だったかしら?」
「……そうであって欲しかったがな」
 顔を覆う。彼は小さく笑い声をたてる。
 それは慟哭。それは嘲笑。それは――愉悦。
「正直会いたくなかったぜグロリア」
 背後に回したライフルの銃口をグロリアに向ける。セーフティのロックなど掛かってはいない。
 引き金を引けば、それはそのまま彼女に風穴を開けることになる。
「今まで面識のある奴に出くわした事がなかったんでな。気の利いたセリフが吐けるかわかったもんじゃねえ」
「私もよミハイル。そして残念に思っているわ」
 対するグロリアは両手に嵌めた手袋を引き上げる。その下から硬いナックルが布地を押し上げていた。
 説得が通じればまだよかった。だが、今の彼は殺しのプロ。説得に応じる余地などどこにも存在しない。
「これだけは答えて。今、貴方に問う。貴方は人類を救うための能力で人を殺そうとしている。それに異論はない?」
「ああ」
 ミハイルは頷く。
「間違いない」
「それで結構よ」
 儀式は終わった。目の前の男はかつての旧友ではない。
 倒すべき“敵”である。
「私は私の法に背く者を何人たりとも許しはしない。ミスター・ミハイル。このグロリア・グレイスが、貴方を断罪する!」
 グロリアは駆ける。
 まるで矢のような突進に合わせミハイルはライフルのトリガーを引き絞った。
 爆発。一発の弾丸が弾け飛ぶ。持ち前の機敏さをもって回避。
 彼女の頬を一筋の血が流れ落ちる。
 そのままグロリアは彼の懐に入りこんだ。
 狙撃用ライフルは銃身が長い。その分、接近時の取り回しは不利となる。零距離戦に持ち込めば鬼道忍軍である彼女は圧倒的優位に立てる。
 その目算は間違いではなかった。
 だが、
「……!」
 グロリアは急遽足を止める。
 ミハイルはまるで予想していたかのようにライフルを捨て、懐からリボルバーを取り出したのだ。
 右手で握把を握り引き金を引く。左手を扇のように動かしてハンマーを一瞬のうちに寝かせ、起こす。同時に銃口から光が溢れ出る。
 ファニングによる早撃ちスターショット。
「ちぃ!」
 避けられない。彼女は咄嗟に顔の前でグローブを交差させた。
 ビルの屋上を甲高い音が響き渡る。光の筋が彼女の右腕にめり込む。鮮血が迸る。
「グロリア」
 ミハイルは再度撃鉄を落とし、リボルバーを跪く彼女へと向けた。
「お前と俺はいいコンビだったと思ってるぜ」
 彼らは天魔を前にしても臆さず、最後まで死力を尽くして共に戦ってきた。
 窮地に陥ったこともあった。学園での日々は2人にとって忘れらるものではないのだろう。
 だからこそ――。
「全力で殺し合おう、それが俺たちの世界だ。だろう?」
「……そうね」
 グロリアは血塗れの拳を振り上げ、力強く立ち上がった。同時に突き付けられたリボルバーを握り込む。
「なに!?」
 彼女の拳からじゅぅ、と煙が上がった。熱く焼けた砲身が肉を焦がす。
 思わずミハイルは銃を放した。その隙に銃を奪い、彼女はリボルバーを打ち放った。腹部を穿つ銃弾に彼はぐぅ、とうめき声を上げる。
 同時に彼女は足にアウルを集中させ、雷のような俊敏さでミハイルに接近。
 彼は代わりのオートマチックで彼女を迎え撃つ。
 精密殺撃。だがその前に迅雷の痛烈な拳をミハイルに強打し、同時に距離を放つ。
 また近づく。回し蹴りを一閃。彼は体制を崩した。
 それでも反撃の引き金を引く。彼女の横腹に赤い花が咲いた。
 一進一退の攻防。2人の周りを踊るように雪が舞っている。積もる雪の悉くは赤黒い沁みとなり、溶けだしていった。
「ハぁ――ハッ」
 グロリアの息が荒い。善戦はしたものの、戦況は彼女にとって悪い方へと転がりつつある。
「ハッ、はぁ……ぁ」
 ついに、両膝が付いた。力なく上体を崩して蹲る。
 急ぎ立ち上がろうとして、彼女は脳天に硬いものが押し当てられたことに気付く。
 銃口。
 もはや冷たいとも思えない。死がそこに迫っていた。
「ここまで、だな」
 ミハイルは苦しげに見下ろしながら呟く。
「いい表情だった……ぜ。俺を……本気で殺そうって……顔だ」
 彼は楽しげに笑ってみせた。
 銃口に光が満ちる。再度のスターショット。引き金を引けばグロリアは死ぬ。
 彼が今まで奪ってきた工作員たちの命と同じように。
 遠くから調子はずれのクラクションが響く。平和そうな声が彼らの耳朶を打つ。一歩でもこの場所を出れば、華やかなネオンが人々を包んでいるのだろう。
 けれどもこの屋上には風と雪と、恐ろしい暗闇しかない。それ以外は――ない。
「おかげで遠慮なくお前を殺すことができる。とどめだ……せめて苦しまないよう楽に死なせてやるよ」
 今のグロリアに抵抗する体力など残されてはいない。トリガーのバネが軋む音を、彼女はひたすら聞き続けていた。



 グロリア。お前の姿を見た時、ちょっとだけ感動しちまったぜ。
 ああ、久しぶりに人間を見たってな。ここしばらく見てきた人間は人間じゃねえ。全部コマだ。双六のコマだ。
 そもそもなんで俺は殺しにアウルの力なんて使ってんだったか――ああ、そうだ。会社の命令だった。
 アウルなんていうわけのわからない力に目覚めたせいで「久遠ヶ原に行って来い」なんて言われたときはどうしたもんかと思ったぜ。
 正直、今更学生なんてできるわけがないと思ってた。
 でもまあ、今にして思えばこれもまた楽しいもんだったぜ?
 特にグロリア。お前とのコンビはよかった。やっぱ黒のスーツを着るに悪い奴はいねえ。
 好きとか嫌いとか、そういう感情はまったくなかった。なんて言えばいいか――近い。そう、近いんだ。
 ただ、近しい。それだけだ。おまえもそう思ってたろ?
 グロリア。おまえ、いい女だぜ。キスぐらいしておけば良かったな。
 お前なら仕事のパートナーとして、背中を預けることができたかもしれなかった。
 なんでだろうな。学園での思い出が今になっていくらでも思いだせる。
 ――久遠ヶ原学園か、楽しい夢だったな。
 
 ふ、ふふ……何してるんだか俺は。ここ一番で余計なこと考えやがって。こんなもの、仕事の邪魔でしかないって分かってたじゃねぇか。
 だからこんな――走馬灯なんて見る羽目になるんだ。



 バネの音が、一瞬だけ止まった。
「っ――アァアアァ!」
 その隙を逃す訳にはいかない。グロリアは持てる力を振り絞り、獣のように立ち上がった。
「な――!?」
 仕込んでいたワイヤーを伸ばし、ミハイルの首に巻きつける。
 そして、
「ァァアッ!」
 全体重をかけてワイヤーを引き絞った。
「が……ご、ばァ――!」
 ミハイルの首から肉片が飛び散る。頸動脈からは鮮血が噴水のように迸る。
 瞬く間に彼は崩れ落ちた。
「ハぁ……は……」
 膝に手を付き、呼吸を抑えながらもグロリアは立ち上がる。そして逆に見下ろす形となった彼へ目を向けた。
「ミハイル」
 彼は血に溺れながら彼女を見上げていた。
 笑う。
 辛そうに口元を歪めふふ、と笑う。
「お……ま、え」
 首元からどぐり、と命を零しながら。
「い、い……女だ、ぜ……ごほ……」
 彼は瞳を閉じた。
「キスくら……い……しておけ、ば……良かっ……た……な」
「――馬鹿な男」
 血に染まり、痛みに震える手を御しながらも彼女は取り出したサングラスをかける。そして動かなくなったミハイルを眺め続けた。
「情も過去《メモリー》も捨てれないくせに」
 彼女の金髪から雪解けの滴が零れ落ちる。それはサングラスの下を潜り抜け、頬を濡らした。
 しかし唇は固く閉ざされている。その下でぎりり、と奥歯の軋む音が響く。
 彼が一瞬だけ引き金を止めた理由を、彼女は薄々と気づいていた。彼女自身も、今の彼のようにメモリーに捕らわれていたのだから。
 かつて友であったものを背後に彼女は建物の中へ向かう。
 扉を閉めようとしたその時、
「……ふ、ふふ」
 ミハイルが、笑ったような気がした。
 グロリアは振り返る。だが、彼の呼吸はすでに止まっている。
「本当……馬鹿な男」
 彼女は今度こそ扉を閉めた。
 雪が降っていた。ビルの下からは人々の楽しげな声が聞こえる。
 風は鳴りやまない。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb0588 / グロリア・グレイス / 女 / 外見年齢 25 /     鬼道忍軍    】
【 jb0544 / ミハイル・エッカート / 男 / 外見年齢 29 / インフィルトレイター 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ユウガタノクマです。クマーです。
発注ありがとうございます。素敵な決闘シーンをありがとうございました。
なんとかカッコよくなるように背景設定を交えながら頑張ってみましたが、いかがだったしょうか?
出だしがそれぞれ個別となっておりますのでどうぞご覧ください。
もし口調や性格、設定などに間違いがございましたら修正致します。よろしくお願いいたします。
winF☆思い出と共にノベル -
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エリュシオン
2014年01月10日

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