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『女艦長は2度死ぬ 』
藤田・あやこ7061)&リサ・アローペクス(8480)&(登場しない)


 エルフは、2つの命を持つ。
 1度だけは、死んでも生き返る事が出来るのだ。
 だが藤田あやこは今、2度目を迎えていた。
 どこかで見たような女性が、閻魔大王の格好をしている。
 誰であったか、あやこは思い出せずにいた。
 何やら、いろいろな事を忘れている。今とっさに思い出せるのは、自分が死んだという事くらいである。
「で……私の生前の罪を裁くのが貴女、というわけ。悪い冗談だわ」
 あやこは笑った。
「私なんか、どうせ地獄行きよね? さっさと血の池にでも針の山にでも送ってちょうだいな。私が戦場で殺した連中と再会出来るわ」
「……偉大なる虚無は、まだ貴女の死を望んではおられない」
 女閻魔が、わけのわからない事を言っている。
「藤田あやこという存在を、出来る限り現世にとどめておきたい。それが虚無の御意思よ……貴女は戦乱の英雄、生きている限り多くの死と絶望をもたらしてくれるであろうから」
 そうだ。おまえは、しにがみだ。
 誰かが、そう叫んだような気がした。声なき言葉が、あやこに浴びせられた。
 声を発する事も出来なくなった者たちが、周囲を漂っている。自分の部下であった兵士たち、自分の仲間であった軍人たち。
 艦隊が、壊滅した。それを、あやこは思い出した。
 司令官である自分の、戦術ミスが招いた事態である。
「あ……ああ……」
 あやこは、へなへなと崩れ落ち、弱々しく座り込んだ。
「私は、敵だけでなく味方まで……」
「そう、殺したのよ」
 女閻魔が、冷然と告げた。
「生き返って……やり直す事が、出来ないわけではないわよ。どうするの?」
「でも……私は……」
 すでに1度、死んでいる。ここへ来るのは2度目である。
 もう1つ、あやこは思い出していた。
 今回、艦長として、あってはならない戦術ミスをやらかした。だが1度目の時は、それよりも遥かに無様な死に方であった。
 今回だけは助けてやろう、だが2度目はないぞ。
 あの時、この女性ではない別の閻魔大王に、そう言われたものだ。
 代替わりでもしたのであろうか、見覚えのある女性となった閻魔大王が、厳然と告げた。
「偉大なる虚無の、お計らいよ。貴女自身の手で、その無様な歴史を覆してごらんなさい。そうすれば生き返る事が出来る……出来なければ、貴女が死なせた者たちの怨嗟にこうして囲まれながら、永遠の死の時を過ごすだけ」


 リサ・アローペクスが、怒り狂っている。
「これを見ろ、あやこ! 機械仕掛けのビリヤード台だ!」
 士官学校近くの、酒場である。
 リサとあやこを含む新卒士官数名が、卒業記念に祝杯を上げていた。
 そこへ、酔っ払った鹿人の集団が、ビリヤードの勝負を挑んできたのだ。
 士官らは受けて立ち、そして惨敗した。
 打ちひしがれる新卒士官たちに、鹿人の集団は思う存分、罵声と嘲笑を浴びせて立ち去った。
 納得いかぬ様子でビリヤード台を調べていたリサが、仕掛けられていた磁力発生装置を発見してしまったのだ。
「あいつらだけジャンプショットが打ち放題だ! 許せない、いかさま勝負で私たちをあんなに馬鹿にしやがって」
「だからって、仕返しをするつもりなら……やめた方がいいわ」
 あやこは思い出した。
 自分たちはこの後、再戦を挑み、鮮やかに完勝したのは良いが、怒り狂った鹿人たちを相手に集団乱闘事件を引き起こす事となる。
 あやこは、鹿人に刺し殺されて命を落とす。
 1度だけは許されている死を、つまらない喧嘩で消費してしまう事になる。
 その事態を回避するためには、この馬鹿げたビリヤード勝負を、ここで終わらせなければならない。
「愚かな酔っ払いが、馬鹿をやらかしただけ。大目に見てあげましょうよ」
「藤田あやこ! 君は、敗北を放っておけと言うのか!?」
 怒声を張り上げながらリサが、銃口の如くキューを突き付けてきた。
「それでも軍人か! 我々はな、いかなる勝負にも勝たなければならないんだぞ! 負ける軍人に、民衆が国の平和を託せると思うのか!」
「あんな酔っ払いを相手に本気で戦って、勝って、優越感に浸る。それが軍人のする事?」
 あやこが言うと、リサも、他の士官たちも、黙り込んだ。
 全員の目に、あやこに対する軽蔑の思いが、言葉よりも雄弁に宿っている。
「…………腰抜けが」
 侮蔑に満ちた沈黙の後、リサが、ようやく言葉を発した。
 自分は仲間を、友達を、恋人を、失ってしまったのかも知れない。だが、命を守る事は出来た。
 あやこは、そう思う事にした。


 その時の新卒士官たちは、順調に武勲を重ね、昇進していった。
 あやこ1人が、取り残されていた。
「我が軍の制服が、着々と出来上がっているじゃないか」
 艦隊副長が、あやこの働いている工房をわざわざ訪れ、言葉をかけてくる。
 副長リサ・アローペクス。同期の中では、1番の出世頭である。
「君のブルマ作りの技術は天下一品だな、藤田あやこ少尉。その調子で、これからも頑張ってくれたまえよ」
「……あの、副長……」
 ブルマを縫製していた手を止めて、あやこは言った。
「私を、前線に出して下さい……武勲を立てる機会を、どうか」
「そんな事、出来るわけがないだろう。君に万一の事があっては、我が軍は優秀なブルマ職人を1人失う事となる」
 リサの、口調は優しい。目には、あの時と同じ、軽蔑の念が漲っている。
「適材適所、というものだよ。君は腰抜け……いや失礼。臆病者ゲフンゲフン、その何と言うか慎重な性格だからね。前線勤務よりも、後方支援の方が向いている。これからも、よろしく頼むよ。ブルマ作りをねえ」
 高らかに笑いながら、リサは工房を出て行った。
 あやこは、唇を噛んだ。
 あの酒場での出来事が、いかなる形で軍の高官たちの耳に入ったのかは、わからない。
 とにかく、あやこは工房に配属され、武功を立てる機会を奪われた。
「……これじゃ……ない……」
 唇を噛んだまま、あやこは呻いた。呻きが、叫びに変わった。
「私が望んでいたのは、こんなのじゃない! 戻せ、閻魔大王!」
「安全な生き方を選んだのは、貴女自身よ」
 女閻魔の、声が聞こえた。
「これで、貴女が出世する事は無くなったわ。貴女が艦隊司令官となって戦術ミスを犯し、友軍に死をもたらす……その未来も、回避出来たのよ」
「いいから戻せと言っている! 私はな、どんな扉も外す事が出来るんだぞ! 冥界の扉を丸はずしして、お前の首を『天のイシュタル』で刎ねに行ってやってもいいんだぞ! それが嫌なら、さっさと戻せええッッ!」


「てめえら……イカサマしやがったな!」
 鹿人たちが、激昂した。
「台に、何か仕掛けやがっただろう!」
「仕掛けたのは、お前たちさ。私はそれを取り外しただけだ」
 涼しい口調で、リサが応える。
 思った通りの展開だった。ビリヤード勝負の再戦は士官側の圧勝に終わり、そして鹿人たちは怒り狂っている。
「これが、実力勝負というわけだよ」
 リサが、気取った仕種で、軽やかに背を向ける。怒り狂っている者たちにだ。
 軍人としては、いささか軽卒な動きであると言わざるを得ない。酒が入っているせいか。
「ぶっ殺す!」
 鹿人の1人が、猛然と駆け出した。鋭い角が、リサの優美な背中に迫る。
 あやこは思いきり、リサの身体を横に突き飛ばした。
 彼女の背中に突き刺さるはずだった角が、あやこの胸に深々と埋まった。
 悲鳴が聞こえた。怒声が聞こえた。あやこの名を呼ぶ叫び声も、聞こえた。
「結局……」
 自分の胸に角を突き刺している鹿人を、蹴り飛ばしながら、あやこは呟いた。
「いくら時間を巻き戻そうが、運命を変える事など出来ない……という事か……」


 病室のベッドの上で、あやこは目を開いた。
「あやこ! 生きててくれたんだね!」
 リサ・アローペクスが、泣きながら飛びついて来る。
片手でそっと彼女を抱き止めながら、あやこは呟いた。
「私は、生きていた……それとも生き返った……?」
 戦術ミスで、大勢の部下を死なせた。
 なのに運良く、あるいは運悪く、自分1人が生き残ってしまった。
 死にかけている間、おかしな夢を見た、ような気がする。
「君は、悪運を掴み寄せたんだよ……ありのままの人生を、受容した結果さ」
 泣きじゃくりながら、リサが言う。
「艦隊が壊滅的打撃を受けたのは、君のせいじゃない……君の戦術ミスなんかじゃない。軍本部の低能どもが、君を戦場で死なせるため、敵軍に情報を流したんだ」
「それに気付かなかったのは……私のミスよ……」
 リサの頭を撫でながら、あやこは言った。
「艦長の慎重さと、若気の至り……諸刃の剣ね」
「ブルマ職人の君も、魅力的だった」
 リサが、泣きながら笑った。
「あのまま、どうなっていったのか……少し、見ていたかった気もするな」
「あの時の貴女、すごく意地悪だったわよ?」
 泣き笑うリサの頬を、あやこは摘んで引っ張った。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年01月14日

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