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『郁が香る 』
綾鷹・郁8646)&藤田・あやこ(7061)&鬼鮫(NPCA018)


 時空の狭間に、一隻の挺があった。
 自力で動くことができなくなって、もう数年。山吹号という名を持つその船は、この場で磁場の狂いにより墜落した。
 鯰族が支配する星がある。数年にごく僅かな回数で開閉される結界が張られているために外部からの接触が非常に難しい星の一つであった。
「山吹号からのビーコンを確認しました」
 旗艦のオペレーターが告げた言葉に、艦長であるあやこが眉根を寄せた。
 半ば諦めかけていた山吹号のデータ回収のチャンスが訪れたのだ。
「E02地点で山吹号と思わしき艇を確認。データ回収作業を行う」
「……今更ですか?」
 副長を務める郁が、あやこの言葉に首を傾げる。
「山吹はかつては綾鷹の船だっただろう。あれが拾ったデータは未だに回収されていない。……これは、チャンスなのよ」
「あそこは地震が起こると大変なんですよ。ウォースパイト号だって耐えられるかどうか解りません」
 自身がそれを体感してきたからこその、郁の言い分だった。
 彼女は数年前、山吹号で鯰族の星の調査に赴いた。そしてその先で結界の開閉が引き起こす地震に巻き込まれて墜ちている。
「――山吹号から生体反応!」
 オペレーターの声が二人に大きく響いた。
 あやこも郁も、信じられないといった表情で互いを見やる。
「あたしが行きます」
 そう告げたのは郁だった。

 為す術もなく漂うだけの山吹号の船内。
 その一画で、膝を抱えて座り込む存在があった。一人の少女の姿だ。
 取り残されて、もう何年過ぎ去ったのか。救援をただひたすら待ち続けていたが、時間だけがそこに降り積もるばかりで望みすら抱けなかった。
 彼女に残されていたのは、一人の男を想う気持ちと、一冊のスケッチブック。
 外見上の年齢は親子ほど離れてはいたが、彼女は鬼鮫と言う男と想い合っていた。
 いかつい外見ではあるが、渋さと男らしさと、そこから垣間見える優しさに彼女は心酔していたのだ。
「……あたしは、死人扱いになってるんだろうなぁ」
 ぽそり、とそんな言葉が漏れる。
 あの事故の時、すぐに旗艦からの救援があった。
 乗員はすべて先に送り出し、彼女は一番最後に救出されるはずだった。
 その救出作業が思いのほか手間取ってしまい、彼女の頃には結界が完全に閉じられてしまうという間際であった。
 間に合わないと判断した旗艦は霊力でその閉じかけた結界を無理矢理支え、彼女を救い出した。間一髪と誰もが、そして彼女自身もそう思っていたが、実際には無理に結界を押さえつけた代償があったのだ。
 少女の影は、綾鷹郁。
 そのものだった。
 本体のみが時空の向こうに行ってしまった、いわば生霊のような存在になってしまった郁の半身は確かに山吹号の中にあった。
 中身が無い、戻れた『本体』は魂のない抜け殻同然なのだろうと彼女は思い、寂しそうに笑う。
 おそらくは向こうでは自分の葬儀が執り行われただろう。そして参列者の中には鬼鮫もいたのだろう、と想像して自分を慰めてみたりもする。
 そして彼女は、傍にあったスケッチブックを手にとった。
 数ページめくった後、真っ白なページにさらさらと描くのは鬼鮫の姿だ。
「少しは、寂しいって思ってくれてる? 鬼鮫さん……」
 自分の想像をそのまま漫画に描き起こしながらそう零す郁。
 その背中は丸く、寂しい色合いだけがただひたすら染みこんでいくのみだ。
「――――」
 空気が揺れる気配を、背後で感じ取った。
 郁は目を丸くした後、ゆっくりと振り返る。
 その先に在った影は。
「ちょっと、これってどういうこと?」
 そう告げる『郁』のそれであった。

「つまりは、ここにいる綾鷹副長が本体で、山吹に残されていたのが魂と認識していいのか?」
 難しい表情でそう言うのは、あやこに呼び出された鬼鮫であった。
「普通だったら幽体離脱みたいなものだから、離れた時点で動けなくなるはずなんだけどね。私にも正確な認識は解りかねるわ」
「あたしはどこにも不調もなく、いつもどおりだったわよ! 大体あれから何年経ってると思ってるの?」
 旗艦の作戦室に集まったあやこと鬼鮫、そして二人の郁は、特に副長としての肩書を持つ郁の動揺は大きなものだった。
 一方、『あの頃』のままの記憶しかない山吹から救い出された『郁』は瞳を輝かせて鬼鮫を見つめている。
 どちらも本物であり、コピーでもクローンでもない二人の郁は、あまりにも違いすぎていた。
 救出された郁はそれから仕事一筋で任務も数多くこなし実績を残した。その証が今の副長という地位だ。
 鬼鮫とは想い合っていたが互いの時間が合わないこと、立場も大きく違うことなどを理由にその関係にもすでに終止符が打たれている。二人とも、遠距離恋愛にいつまでも酔うほどの年齢でもないために自然の成り行きでもあった。
 だが。
「……会いたかった、鬼鮫さん!!」
 涙ながらにそう言って一歩をかけ出したのは大人の恋愛真っ最中であった過去の郁だった。人前であったが耐え切れずに鬼鮫に抱きついたのだ。
「あ、綾鷹……」
 抱きつかれた鬼鮫は困り顔であった。サングラスを着用していても焦りの色がわかるほどだ。
 副長である郁にはその光景は「無いわぁ……」と思わず言葉にしてしまうくらいのものであった。
 あやこにとっては所詮は他人事であるので楽しそうにしていたが、オペレーターからの通信で表情を正していた。
「どうした?」
『E02地点の磁場狂いが未だに酷い状態で、山吹号からのデータダウンロードが厳しい状態です。最悪、機器を直接回収しなくてはならないかもしれません』
「二次被害を起こすだけです。同意しかねます」
 副長郁はそう言った。
 過去の郁は鬼鮫との再会に喜ぶばかりで聞いてはいない。
「綾鷹、離れてくれ。……お前とはもう、そういう関係ではない」
「……!」
 そう言われた郁は、目を見開いた。
 ひどく傷ついた表情であったが、鬼鮫は冷ややかな態度のままだった。
 そんな鬼鮫の態度に、郁の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。綺麗なしずくがいくつも彼女の頬を濡らして、滴り落ちる。
 まさに女の武器とも言えるその涙は、鬼鮫の心を揺るがせた。
 元ヤクザ、という経緯がある彼は情には脆いのかもしれない。
「…………」
 逆にその光景にやはり表情をひきつらせているのは副長の郁のほうであった。
 自分にとってはすでに過去と割り切っている男と、その彼をひたむきに思い続けている過去の自分。
 それを見ている『あたし』は何なのか? と問いかけてしまいたくなるほどだ。
「綾鷹……いや、ここは副長と言い分けるべきか。……ややこしいわね。とりあえず、そちらの綾鷹は副長の配下に置く。見たところ体調等にも問題無さそうだから、さっそく任務を与えたいのだが」
「ちょっと待って下さい艦長。あたしが行きます」
「うん、だから。二人に行ってもらいたいのよ。もう一度、山吹号に」
 あやこが若干混乱しつつ、二人の郁にそんなことを切り出した。
 やはりどうしても、山吹号からデータを取り戻したいようだ。
「危険だから、同意しかねますってさっき言ったはずですけど」
 副長がそう言えば、あやこは僅かに眉根を寄せた。
 一気に厳しい視線になったあやこに、副長はびくりと肩を震わせる。
「危険を承知で言っている。副長と綾鷹だからこそ出来ると信じて、山吹号の記憶媒体の回収を命じる」
「……了解、です」
「了解です」
 二人の郁が揃って、その場で敬礼をした。
 鬼鮫の問題はそこで一旦後回しにされるようだ。当の本人からしてみればいい迷惑でもあるが、現状を見れば仕方ないのかもしれない。
 そして二人は、未だに危険を伴う山吹号へと向かった。

 人の気のない山吹号は、薄ら寒いとさえ感じた。
「……記憶って案外あてにならないわね。今の自分の船の作りと随分と違うわ」
「それだけ、進化したってことじゃないの。もう何年も経ってるんだもの」
 冷たい床を同じ顔の郁が二人、静かに歩く。
 カンカンカンと足音が二人分響くが、その音色に変化は無く同じ音が重なっていた。
「そう言えば、お父さんと最近会ったわ」
「……音信不通のアイツに? 死んだと思ってたわ」

 ――音信不通で死んだと思った!

 少し前、父の目の前で吐き捨てた自分のセリフを彷彿とさせる言葉だった。
 おそらく、藤号の艦長であったことも過去の郁は知らないのだろう。自分がそうであったように。
「娘が増えたら、きっとお父さんは驚くわ」
「教える必要もないじゃない」
 父を受け入れた副長と、受け入れられない郁。
 時間の枠はこれほどまでに、二人の差を明確に分ける。
「……お父さんは」
「アイツの話はやめてくれる。それより、今は機材の回収が先でしょ」
 郁の目尻はあの時と同じように釣り上がっていた。
 それを目の前で見た副長は、自分はこんな表情を父に向けていたのかと思い視線を下げる。
「こっちよ」
『副長、止まってください。揺れが来ます!!』
 郁が指をさしたのと、オペレーターのそんな声が響いてきたのは同時だった。
 ズズン、と大きな揺れを感じたと思った直後、二人は床に転がった。
 星の結界が再び閉じられようとしているのだ。
「……っ、これは、世間話してる場合じゃないわね……ッ」
 咄嗟に取った受け身で何とはなりはしたが、艇自体は斜めに傾いてしまった。まっすぐに歩けなくなってしまった二人は、這うようにして前に進む。
『副長、大丈夫ですか?』
「大丈夫よ、今のところはね。だけど、機材全部は取り出せそうもないみたい。コピーするにも時間がなさすぎるわ」
「あそこのを持ち出せば問題は無いはずよ」
 郁がそう言った。
 彼女の指の先には機材がある。先ほどの衝撃で転がってはいるが、何とか持ち出せそうではあった。
「――時間、あとどれくらい?」
『三十秒後に先ほどの揺れがもう一度来ます。危険な状態です』
「わかった。二十五秒後に戻ります」
 オペレーターの言葉を受けて、副長はそれだけを告げて無線を切った。
 そして、隣の郁を見やる。
「ねぇ、勝負しましょ。どちらがあれを持ち出せるか」
「この状況下で、それを言う? 貴女、随分無謀になったのね」
「そんな貴女は、ひとりぼっちで諦める事が当たり前になったのかしら?」
 バチッと散ったのは火花。
 郁と郁の視線がぶつかり合ったことで生まれた小さな反応だが、大きなものでもあった。
 そして直後、二人はほぼ同時に起き上がり、バランスの悪い地面を蹴ったのだった。

「鬼鮫さん、あたしと結婚してください!」
 何とか無事に機材を回収して帰還した矢先に、郁が鬼鮫に駆け寄って言ったセリフがこうであった。
 副長はぎょっとしつつも、鬼鮫の様子を伺ってしまう。
 郁と副長との勝負は、やはり山吹に長く乗っていた郁に軍配が上がった。その功績によりあやこから与えられたものは竿竹号という船だ。
 そこに鬼鮫も一緒に同行してほしいのだろう。
 だが肝心の鬼鮫の首は、縦には動かなかった。
 そして彼が見た先には、副長の姿がある。
 その視線を受けた副長の肩が、わずかに震えた。かちりと合う視線には、言葉は無い。
「……俺には今の立場があってな。嬉しい話ではあるが……お前とは一緒に行けない」
「別に、アンタが今でもあたしを……その子を想うんなら、交際は黙認するわよ」
「それでも、俺には今与えられた任務は捨てきれない」
 郁に向けた言葉であるはずの響きが、次には副長へと向いていた。
 それを見た郁は、しゅんと肩を落とす。
「そう落ち込むな。お前は竿竹号でもきっとモテるはずよ」
 ぽん、と軽く肩を叩きながらそう言うのはあやこ。
 その言葉を受けて、郁はきりっと顔を上げて副長を睨みつけた。いい表情だった。
「あたしは諦めない! 今までだって待ってたんだから、これからもずっと待ってる!」
「……若いって、いいわね」
 郁の新たなる決意にはぁぁ、とため息を零した副長は自分より数年若い『郁』を見やって、そう言うのだった。

 二人の郁が存在する同じ空間。
 その場で混ざり合う空気には、同じようでいて違った彼女の香りがあるように思えた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年01月14日

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