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『Beautiful Flight 〜Part Y 』
小野友真ja6901




 アラン・カートライトが口を開くと、言葉と共に紫煙が揺れた。
「お前ら、俺の誕生日の方が思い切り序でじゃねえか」
「軽い気持ちやったんや……まさか皆が乗っかると思ってへんかったんです」
 小野友真が助けを求めるように仁科皓一郎を見た。
「まあこうしてカートと会うのも久しぶりだしねェ……断る理由なんざねェだろ。風邪、引いてねェか? ……と、アルバートは、ハジメマシテ、だねェ。ヨロシク頼むわ」
 皓一郎がそう言いつつ、さり気なく顔を斜めにして紫煙を脇に吐き出した。
「初めまして、従兄がいつも世話になってるようだね」
 フレデリック・アルバートが穏やかに挨拶する。
 ちょっとしたホームパーティーの様なものかと思っていたが、意外とちゃんとした忘年会だった。初めて見る顔もあるが、悪い人間ではなさそうだ。
 そう思い、フレデリックは少し表情を和らげた。
「俺は取り敢えず酒が飲めるんならいいけどな」
 初対面の悪友と従弟――というよりも世界で一番大事な存在のうちの一人が、ごく自然に挨拶を交わすのを見て、アランは内心で安堵する。

 年の瀬も押し迫った日のこと、友真の誘いにまず皓一郎が二つ返事で快諾した。
 曰く、アランの誕生日会を忘年会と兼ねてやろうじゃないかと。
 クリスマス・イブと誕生日が重なっているアランを、当日に祝う役割は恋人と、大事にしている妹に譲って。悪友としては、祝うのはその少し後という訳だ。
 生まれ故郷の英国を愛するアランの為に、選んだ会場はブリティッシュパブ。程良く落ち着いた地下の店内は、カウンターに逆さに並んだグラスが控え目な照明を受けてシャンデリアのように煌めいていた。衝立に仕切られた店の奥では、ダーツに興じる人も見える。
「さーてお集まり頂きあざまっす、今年もお疲れさんでしたー!」
 発起人の友真の乾杯の合図に、一同が軽くグラスを合わせる。
 皓一郎がグラスを煽る前に、友真の明るい色の髪をくしゃりと混ぜた。
「誘い、ありがとうよ」
「え? ……うん、こちらこそ、来てもろてありがとなー」
 コーラのグラスを手に、友真が嬉しそうに笑う。
「まあ、悪くねえ店だな」
 アランはニヤリと笑い、合格点を出した。好みに煩いアランが合格点を出すこと自体大したものである。
 尤も、この口ぶりは多少自分が主役というのにくすぐったさを感じてもいたからだ。最初に『序で』と言ったものの、忘年会という名目にして貰ったのは正直有難い。
 ふと乾杯のグラスに口をつけるフレデリックに気付き、アランはロングショットのグラスを彼の前にトン、と置いた。
「お前は余り飲み過ぎるなよ、良い子だからジュースな」
「自己管理は出来るよ、アランと違って。お節介は不要だ」
 フレデリックは穏やかに、けれどつれなくアランをあしらう。

 お決まりのフィッシュアンドチップスにローストビーフ、チーズにクラッカー、ピザなどがテーブルに並んだ。
 タバスコから守り抜いた貴重なピザの一枚を平らげ、友真がコーラを啜った。
「よう、お子ちゃま。今日の門限は何時だ?」
「お子様ちゃいますうー。来年は大学生ですうー。雰囲気で酔えるからコーラでも大丈夫なんですうー」
「よしよし。だが腹はこわすなよ」
 アランが笑いながら手を上げ、口を尖らせる友真の為に新しいコーラをオーダーする。
 一見いつも通りの口調。けれど友真はその言葉の端々に、今までのアランとは少し違う柔らかさの様なものを感じていた。
(恋人さんとうまい事いってるんやなー……)
 友真は自分のことのように嬉しくなった。それにフレデリックが気付き、声をかける。
「思い出し笑いかな、友真」
 どうやら口元が緩んでいたらしい。
「いや、何や今年一年、色んなことあったなーって思って!」
 友真はそう言いつつ並んだ顔を見渡す。
「俺一応、全員と一回は依頼行ってるなー」
 そこでふと真顔になった。
「……大体庇って貰ってますね。いつもありがとうございます」
 思わずテーブルに手をつく友真に、隣の皓一郎が小さく笑う。
「……今年? さて、何してたかねェ。あー、おまえさんらと色々やったか……楽しかったねェ」
 退屈凌ぎに来た学園で、出会った面白い連中。案外世の中、暇をつぶすネタはあるものだ。
「お前さんにとってはどうだった、アルバート」
 矛先を向けられ、フレデリックが少し考え込むような表情になる。
「うん、今年は故郷を離れて日本に来たし。変化と簡単に云うには、色々在り過ぎた……まあ、変化が悪いことばかりという訳でもないけどさ」
 掲げたワイングラス越しに白い横顔を見遣り、アランが続く。
「二人暮らしになったな、こいつは中々大きな変化だぜ」
 グラスをテーブルに置き、代わりに煙草を一本取り出す。軽くテーブルに打ち付けて葉を整えると、唇に挟み火をつけた。
「他に変化は無い、至って普通の……良い一年だった」
 それはまるで、ゆったりと流れる煙のように。




 だがそんな穏やかな表情が長く続くはずもなく。
「おい仁科、今日こそ勝負つけようぜ」
 アランが赤ワインの新しいボトルを手に、ニヤリと笑う。
「飲み比べ? 構わねェが……」
 皓一郎は含み笑い。負ける気は全くないらしい。
「よし、そうこねえとな!」
 喜色満面でアランは自分と皓一郎の前にワインの瓶を置く。
「うわー……大丈夫なんかな」
 友真は二人の顔を見比べ、なんとはなしに身を引いた。
(今日こそ仁科を酔い潰してやりてえ! こいつが酔っ払ったところが見てえんだよ!)
 声に出さず目を細めるアランだが、恐らくその内心はこの場の全員に伝わっているだろう。
 フレデリックは余り興の乗らない様子でグラスを煽るアランを眺める。
(潰れたら面倒臭そうだな)
 流石というべきか、その懸念は当たっていた。

 暫くの応酬の後、アランのペースが目に見えて落ちて来る。ワインの瓶を注ぐ手前で宙で止め、皓一郎がアランを挑発する。
「もうおしまいか?」
「んな訳ねえだろ。まだまだこれからだぜ」
「よしよし。まだ足りてねェってわけだな。さすがカートだ」
 アランのグラスになみなみとワインが注がれた。
 今日はフレデリックがいるので、潰しても面倒を見なくていい。だから皓一郎はしっかり楽しむつもりだ。
「もうそろそろ止めた方が好いんじゃないの?」
 フレデリックが軽く眉を顰めた。
 やっぱり面倒臭いことになって来た。とはいえ、止まるアランとも思えない。
(最悪置いて帰るか……)
 そう思ったフレデリックの身体を、アランが強引に引き寄せた。
「!?」
「こうやってお前がいりゃ、俺は負けたりしねえよ」
 フレデリックを膝の上に座らせ、アランが豪語する。
「その根拠のない自信は一体何処から来るんだろうね」
 呆れたように、そして諦めたように嘆息するフレデリック。友真が少し心配そうに小声で囁いた。
「フレ、大丈夫? そろそろアラン寝かす?」
 睡眠薬(物理)を行使してでも。
 友真が一番年下ではあるが、何となく放っておけないフレデリックのことをこれでも気遣っているのだ。
「ありがとう。大丈夫だと思う」
 フレデリックが優しい微笑を向ける。自分を気にしてくれる友真の気持ちが嬉しいのだ。

 その少し後。
「……白なら勝ってたわ」
 そう言ってソファに転がるアランの姿があった。




 暫くの間、アランを刺激しないようひそひそ声の会話を交わしていた残り三人だったが、友真がついに我慢しきれなくなって提案する。
「なあ、あっちにダーツあるやん? 折角やし勝負しようや!」
 すぐそこにゲームがあるのに、やらない手はない。当然ダーツは大好きだ。
「いいよ。ちょっと投げた事ある位だけどな」
 フレデリックがすぐに応じた。暗に、アランは転がしておけばいいという顔だ。
 だが、不意に肩に重みがかかる。アランが起き上がったのだ。
「いいぜ、ダーツなら負けねえ」
「できるのか?」
 酔っ払いなのに。フレデリックの問いに、アランは鼻で笑う。
「俺に出来ない事はねえよ」
 話は決まった。店の奥に設えられた、ダーツコーナーへと移動する。


 今時の電子式ダーツと違い、この古き良きパブの雰囲気を残した店のダーツは、金属の重みがずしりと手にかかるスティール・ティップ・ダーツだった。
「えーと、ほなわかりやすくカウントアップでいこか。01とか俺勝利フラグやし」
 小鼻をひくつかせて得意そうな顔の友真の言葉を無視し、アランがいきなり進み出る。
「光纏・スキルはなしってことでいいよな。まずは投げる順番決めようぜ」
 ……酔っ払いのダーツがまともに飛ぶ訳もなく。とりあえず投げるのは皓一郎、フレデリック、友真、アランの順と決まる。

「こーさん頑張ってやー!」
「おう」
 友真の声援を受け、皓一郎がダーツを構える。
(ま、無難なトコ、当ててくとすっかね)
 奇をてらわず、真ん中狙い。中央のBULLに当たらずとも、どこかのトリプルに入れば上々。
 必要以上に熱くなることもなく、かと言って冷めているだけでもない皓一郎らしい無難な点数が入る。
「おい、それで俺に勝てるとでも思ってるのか?」
 椅子にかけたアランが、優雅に組んだ足を入れ変えながら冷やかした。
「専門職のお株、奪っちゃ悪ィだろ?」
「ぬかしてろ」

 続いてフレデリックがスロウイングラインに立つ。狙うのは20のトリプルリングだ。
「上下にズレても高得点を狙えるしな」
 使い慣れないハウスダーツの重みに、若干狙いが下に逸れる。……だが。
「うわっ、フレ、トリプルや! すっごいなあ!」
「狙った所とは違うけど」
 友真の拍手に苦笑いを返す。

「ほな、ここでヒーロー登場ってことで!」
 次の友真がためつすがめつ、ボードを睨む。
「狙うは常にBULL……っと!」
 だが無情にも矢は真ん中を逸れ、狙ったように低い点数の枠に突き立つ。
「ああああ、なんでやああああ!!」
「使い回しだからね。フライトに少し癖がついてるみたいだ」
 フレデリックが崩れ落ちる友真を慰める。

「真打ち登場ってとこかね」
 アランが立ち上がった。さっきまでの酔いの回った目つきは何処へやら、ボードを睨む目は真剣そのもの。
 最初の矢は見事トリプルゾーンを射抜く。……が。
「…………」
「あー、それはお前さんにしか、できねェわ」
 ボードの外に当たって床に落ちたダーツが、ころころと転がった。


 始めこそこんな調子だったが、以降はなかなかの好ゲームとなった。
 アランも次第に調子を上げていく。
「ま、こんなもんだろ」
「うそ……アラン、Hat Trickやん……」
 1ラウンド3本のダーツが全て中央のBULLに刺さっていた。
 だが物凄かったのは『ちょっと投げたことがある位』だというフレデリックだった。
「やるじゃねェか」
 余り物事に動じない皓一郎もさすがに目を見張る。
 連続トリプルの後、BULLを連続4回決め、しかもそのうち2回はインナーブルを射抜いていたのだ。
「今日は調子が良かったみたいだな」
 フレデリックが誇る様子もなく淡々と答える。
 ……結果。
「やっぱ、01にすべきやったかも知れん……」
 2位以下に大差をつけてフレデリック優勝。以下、数点差ではあるものの、皓一郎、アラン、そして友真という結果になった。

 勝ったら皆にはめてやろう。そう思って用意していた犬耳カチューシャを自主的に装着し、友真はフレデリックに真顔で尋ねる。
「で、何しましょうか。ご主人様」
 内心、他の二人ではない、フレデリックが優勝なら大いに助かったというところだ。
「え……別にそんなのいいけど」
 少し考えたフレデリックは、ジュースを買って来てくれと友真に命じた。
 買いに行くと言っても、店内なのだから大した罰ゲームでもない。要するにフレデリックは、そういう内容を考えるのが面倒くさいタイプらしい。
「持ってきましたご主人様。あと提案なんですけど、どうせやったら俺以外の二人にも何か命じてみませんか!」
「おいこら待て。フレディに入れ知恵してんじゃねえ」
 遮るアランの様子に、フレデリックも少し興味が沸いたらしい。
「友真が何かやりたいならそれでいいよ」
「わーい! ほな、アランこれな、こーさんこれな! フレ様の命令やし!」
 友真は自分の犬耳をアランに、狼耳を皓一郎の頭にはめた。
「……やっぱ俺って天才かも知れん。二人共、似合いすぎると思うんです」
 揃って天井に向かって煙を吐き出す、けも耳男二人。アランが軽く睨み返す。
「イケメンには犬耳だって似合うに決まってるだろうが」
 それはなかなかシュールな光景だった。




 食べて、飲んで、遊んで。
 さすがに少し疲れたところで、元の席でゆっくり腰を落ち着ける。
(こーさん、あれ、そろそろ……)
 友真の目くばせに、皓一郎も軽く頷く。
 さり気なく壁際の飾棚に隠していた小箱を後ろ手に取り出しながら、皓一郎がアランに言った。
「おい、カート。そっちの、一本くれ」
「あ? お前これ吸うのかよ」
 そう言って差し出した煙草を箱ごと取り上げ、代わりに小さな包みを押しつける。
「来年もヨロシク頼むわ、悪友」
 皓一郎がニヤリと笑う。
「アラン、誕生日おめでとな! こーさんと俺からプレゼントやでー」
 友真と皓一郎の顔をびっくりした顔で交互に見遣り、次にアランが口元をほころばせた。
「……回りくどい真似しやがって」
 それから手元の小箱を見つめ、ありがとよ、と呟いた。




 店の外に一歩出ると、吹き抜ける冷たい風が一瞬で酔いをさらって行く。
「……なァ小野、ゲーセンでもどうだ?」
 皓一郎の提案に、友真が二つ返事で応じた。
「行く行くー! ほなアラン、フレ、良いお年を! 来年もよろしくやでー!」
「おう。収穫、こっちにもよこせよ」
「友真、仁科、今日はありがとう。またな」
 手を振り合って、二手に分かれる。

「なんかすっごくええ雰囲気やったなあ」
 白い息を吐きながら友真が呟いた。
「カートの奴、がっちり手綱握られてるみてェだが」
 皓一郎が小さく笑う。
「まあアルバートなら、これから一緒に楽しめそうだわ」
「そうやろ、めっちゃいい人やねんで! これからもいっぱい一緒に遊ぼうな!」
 満面の笑みを浮かべる友真。皓一郎は紫煙を吐き、やんわりと訂正する。
「ま、あんまり邪魔しない程度に、てェことで」
 本当はゲームセンターなど単なる口実に過ぎない。こういうとき、皓一郎は結構気が回る。
 目一杯悪友と遊んだ後は、早く二人きりにしてやったほうがいいだろう。
「……うん。せやな」
 友真が神妙な顔で頷く。その頭を、皓一郎の手が軽くポンポンと押さえた。

 見上げると、空には満面の星。
 友真は何事か語りあいながら帰路につくだろう二人を思う。
 大事な人と、同じ場所に帰る幸せ。
 誰も邪魔する者のない、二人だけの優しい暮らし。
 ……それは少し羨ましくもあり、でもまだ自分には遠い物のようでもあり。
「アラン、今、幸せなんやな」
「何だ? 急に」
「いや、何となく」
 友真がパッと顔を明るくする。
「こーさん、やっぱゲーセン行こうや! 俺、ゲーセンやったら負けへんし!」
「わかったわかった。門限までてェことなら、な」
 年の終りの遊び収め。
 まだこういう時間があってもいいのだろう、と友真は思った。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6901 / 小野友真 / 男 / 18】
【ja8773 / アラン・カートライト / 男 / 26】
【ja8777 / 仁科 皓一郎 / 男 / 26】
【jb7056 / フレデリック・アルバート / 男 / 23】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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イケメン祭りのご依頼、誠に有難うございます。
プレゼントの選定から関わらせて頂き、私もこの誕生会に参加していたような気分です。
ダーツの部分は本当にダイスを振った結果、こうなりました。ハマりすぎの展開にひとりで笑っておりました。
タイトルもダーツのフライトに引っ掛けて。
尚、今回はラストの段落が個別部分となっております。同時にご依頼いただいた分と併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
winF☆思い出と共にノベル -
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エリュシオン
2014年01月15日

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