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『玩具の復讐 』
綾鷹・郁8646)&藤田・あやこ(7061)&(登場しない)


 幼い頃、お気に入りだった人形を、うっかり紛失してしまった事がある。
 いくら探しても、見つからなかった。
 あやこは泣いた。悲しんだ。1ヶ月ほどは立ち直れなかった、と記憶している。
 2ヶ月後には、なくした人形の事など、どうでも良くなっていた。
 そういうものだ、と藤田あやこは思う。人は、失ったものを諦める事が出来るのだ。
 仮に今、あの人形が見つかったとしたら。懐かしいと思う事はあっても、幼い頃のように肌身離さず執着する事はないだろう。大人なのだから。
「1度なくしたものは、きっぱりと諦める。それが大人というもの……ですよね? 提督」
「……何が言いたい」
 あやこの先輩であり上司でもある提督が、酒杯を片手に、じろりと睨みつけてくる。
 乾杯の形に酒杯を傾けながら、あやこは微笑んだ。
「なくした玩具が見つかったからと言って、いい大人が大騒ぎ……何となく、そんな感じがしてしまうのですよ。今回の件は」
「大騒ぎになる前に回収する。それだけの事だ」
 言いつつ提督は、一気に酒を呷った。
 失われたはずの玩具が、発見されてしまったのだ。
 龍国との停戦条約に基づき、開発途中で爆破された……はずの最新鋭空母『蛸』号が、あろう事か龍国付近で目撃されたのである。
 停戦条約によって、何種類かの兵器が開発を禁じられた。惑星爆弾やブラックホール発生装置といった大量破壊兵器、だけではない。戦闘特化型ダウナーレイスなどの生体改造兵器、生きた知的生命体の脳と直結させるタイプの精神感応兵器。
 そして、隠密行動を可能とする超ステルス機能搭載型の艦艇。蛸号が、まさにそれであった。
 久遠の都が最新鋭技術を結集し、作り上げた超ステルス。完成間近という時に停戦条約が結ばれてしまい、爆破せざるを得なくなった兵器である。
 それが実は爆破されていなかった、となれば、龍国に格好の攻撃材料を与えてしまう事になる。
 何としても回収しなければならない。龍国に拾われてしまう前に、だ。
 その任務のために、この提督が派遣されて来たのである。
「あやつを借りて行くぞ。心配せずとも、任務が終われば貴公に返す。今はもう、私の部下ではないのだからな」
「お好きなように。彼女がいれば、大きな間違いは起こらないでしょう」
 たとえ貴方が何を企んでいようとも……とまでは、あやこは口に出さなかった。


 昔の上司というのは、微妙な存在である。出来れば、あまり顔を合わせたくはない相手だ。
(昔の彼氏の次くらいに、ね)
 とは思っても言わず、綾鷹郁は任務に集中した。元上司である提督を乗せた事象艇を、操縦し続けた。
「……反応、ありました。あれですね」
 モニターに、小惑星が映し出された。その映像を、拡大してみる。
 小惑星の岩肌と溶け合うような感じに実体化しながら、洞窟に埋没している巨大な物体。
 郁は暗い気分になった。紛う事なき、蛸号である。
 懐かしさが、全くないわけではない。なくした玩具を、諦めた後で発見した気分である。
「だけど、玩具は玩具……とっとと捨てて、大人にならないと」
「玩具ではない。蛸号に積まれた超ステルスは、龍国相手の切り札と成り得る兵器だ」
 提督は言った。
「さあ、速やかに回収作業を開始せよ」
「爆破じゃなくて?」
 郁は、提督を睨んだ。
「同じ事を、また繰り返すつもりですか」
「久遠の都のためだ。龍国とて、停戦条約の陰で、どのような兵器を開発しておるかわからんのだぞ。もう1度言う、速やかに蛸号を回収せよ。無傷でだ。これは久遠の都政府からの、極秘命令である」
「極秘って事は、つまり後ろ暗いところのある命令って事ですよね……」
 捨てたはずの玩具を諦めきれない者たちが、政府や軍上層部にもいるという事だ。
「命令っていうのは、公式記録に残っても恥ずかしくない形で正々堂々と出されなきゃ、効力はないんですよ」
 小惑星に埋もれた蛸号に向かって、郁は熱核魚雷の照準を定めた。
 発射ボタンを押そうとする郁の手を、提督が乱暴に掴んだ。
「何をするつもりだ!」
「龍国の艦艇が、近付いて来ています」
 提督の腕を、郁は逆に捻り上げた。
「一刻も早く爆破しないと、大変な事になりゆうぞね……!」
「綾鷹……貴様は、変わったな」
 提督が呻く。
「成長は喜ぶべき事だが……軍人として、変えてはならぬものがある。忠義と責務だ! 正確無比な命令の遂行こそが、軍人たる者の本分」
 御託を並べようとする提督の身体を、郁は放り捨てるように解放した。
 そして操縦桿を握り直し、事象艇を加速させて小惑星へと向かう。
「私の言う事を、わかってくれたか綾鷹よ」
「人が……」
 提督の言葉を、郁は聞いてはいなかった。
 蛸号の姿を映し出すモニターの中に、ほんの一瞬、見えてはならないものが見えたのだ。
「人が……埋まってる……!」


『貴艦は我ら龍国の領海に、いささか接近し過ぎている。不測の事態が発生する前に、速やかに引き返す事をお勧めするが如何に』
 小惑星に近付く龍国の艦艇から、通信が入って来た。
 小惑星に埋もれているものが何であるのか、恐らく龍国の側でも、見当くらいはつけているだろう。
 少し考えた後、あやこは返答した。
「我らは現在、航路の妨げとなる小惑星を発見、これを調査中である。調査を終えるまで、今しばらくお待ちいただきたい」
『航路の妨げならば、速やかに爆破してはどうかな』
 龍国の艦長が、いささか挑戦的な口調で言った。
『何なら我らが爆破、あるいは小惑星もろとも回収しても良いのだが』
「それには及ばん。小惑星が存在する宙域は、ギリギリながら我ら久遠の都の領海である。くれぐれも余計な事はなさらぬように……不測の事態は、起こしたくないのでな」
 言い放ち、あやこは通信を切った。
 連合艦隊旗艦の、艦橋である。
 モニター内では、郁と提督を乗せた事象艇が、熱核魚雷を発射する事なく小惑星へと突入着陸を敢行していた。
「何をしている、綾鷹……!」
 あやこは、いらいらと呟いた。
 小惑星には、郁と提督がいる。この旗艦からの砲撃で、蛸号を破壊する事も出来なくなってしまった。


 人が、あちこちに埋まっていた。
 岩肌から、手足や頭が、上半身や下半身が、生えている。まるで、おぞましい芸術作品のように。
 助け出せる状態ではない。全員、すでに屍である。
「あの時の……!」
 郁は、へなへなと座り込んだ。
「ステルス発動に伴う、物質透過機能が……働いてしまったようだな」
 提督が言う。
「物質透過をも可能とする、超ステルス・システム……最強の隠密兵器であるとは思わんか。久遠の都になくてはならぬ力であると何故、思わんのだ。この様を見る限り、機能そのものは問題なく作動する。あと一息、あと少しで完成なのだ! わからんのか」
「こんだけ大勢、人を死なせた言い訳がそれかあああああッッ!」
 郁は提督の頭を掴み、顔面を思いきり岩に叩き付けた。鼻血が飛び散った。
 小惑星全体が、揺れた。そこまで強く叩き付けたわけではないのだが、と郁は思った。
 地震か。いや違う。連合艦隊旗艦が、小惑星に着陸したところである。
 艦長・藤田あやこが、降りて来て言った。
「なるほど……な。綾鷹お前、この者たちを助けようとしたのか」
 岩と融合した屍の群れを、あやこは見回した。
「だが……これではもはや、どうしようもあるまい。弔いの意味においても、小惑星もろとも爆破するしかないだろう」
「何を……ぬかすか……!」
 提督が、よろよろと起き上がりながら鼻血を拭った。
「藤田あやこ! 貴様は国益というものをまるで理解しておらぬ! 停戦条約などというものはな、軍備増強・新兵器開発のための時間を稼ぐ手段でしかないという事が」
 再び、小惑星が揺れた。今度は、地震である。
 洞窟が崩れた。
 あやこも郁も提督も、蛸号の中に逃げ込むしかなかった。


『物は相談だが』
 あやこの携帯通信機から、龍国艦長の声が流れ出した。
『我が軍の電送システムを用いて、貴公らを救出する事が出来るかも知れん。検討してみようと思うが、如何に』
 その手に乗るか、とあやこは思っても口には出さなかった。
 邪魔者を電送して取り除き、蛸号を回収する。自分が龍国艦長でも、同じ事を考えるだろう。
 蛸号内部である。この艦が爆破されずこうして生き残っている以上、脱出手段は1つしかない。
「この艦に、最初で最後の仕事をしてもらうとしよう」
 一方的に通信を切りながら、あやこは言った。
 命ぜられるまでもなく郁はすでに、蛸号の超ステルス機能を作動させていた。
「実験失敗して大勢人が死んだ後での、ぶっつけ本番じゃき……どうなっても知らんぞね!」
 爆音が、蛸号全体を揺るがした。光が、艦を包み込んだ。
 偽装爆発の、閃光。外から見ている龍国艦艇の乗組員の目には、自爆と映った事だろう。
「こんな目くらましまで、用意していたとはね……周到な事だ」
 ちらりと提督を睨み、あやこは吐き捨てた。
 物質透過機能がどうやら上手く働き、蛸号は小惑星を擦り抜ける事が出来た。今は、久遠の都本国に向かって安全宙域を航行中である。
 蛸号の、最初で最後の仕事は、無事に完了したという事だ。
「本国に到着し次第、この艦は解体する。爆破はしない。せっかく作ってしまったのだから、何とか民間の役に立てる方向で再利用を検討してみるとしよう。ステルスはともかく物質透過は何かに使えそうだ。異論はあるまい?」
「貴様は、まだそのような事を!」
 提督が激昂し、郁に命じた。
「国益を理解せぬ、愚かな軍人を捕縛せよ!」
「……了解」
 郁は躊躇なく、提督の両手に手錠を叩き込んだ。
「綾鷹、貴様は……!」
「今度は、守ってあげない……出来れば、1回目で懲りて欲しかったけどね」
「その1回目とやらに関しても、調べはついている。土下座して閲覧許可もらわなきゃいけなかったけどね」
 土下座をして入手した資料を、あやこは提督の眼前に突き出した。
「提督……貴方は停戦条約締結後も、密かにこの艦の開発を続けようとした」
「当然であろう! 完成目前の兵器を、わけのわからぬ条約で爆破などと! 軍人として承服出来ると思うか!」
「その思いにまかせ、貴方は超ステルス機能の実験を強行した。だがその時、提督の独断専行を看過出来ぬ蛸号の乗組員たちが反乱を起こし、貴方の命を狙った」
 ちらりと、あやこは郁を見た。
「綾鷹郁が、貴方を守って共に脱出。艦内に残された乗組員たちは……実験の強行によるステルス及び物質透過機能の発動によって小惑星と融合し、あのような死を遂げる事となった。このシステムが発動すると、どうやら先程のように偽装爆発の閃光が発生するようなのでな。蛸号は爆沈と、公式記録には残ってしまったわけだ」
 語りつつ、あやこは手錠を取り出した。
 郁は俯いたまま、逆らわずに両手を出した。その両手を、あやこは手錠で拘束した。
「郁、貴女も同罪……提督の独断専行に加担、という事になってしまうけど」
「人が大勢死んで、1人も助けられなかったのは事実だから」
 俯く郁の肩を、あやこは軽く叩いた。
「貴女なら、すぐに復職出来るわ。久遠の都は……少なくとも私は、必要な時には上司にも暴力を振るえる人材を、必要としているから」
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東京怪談
2014年01月15日

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