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『船上のハッピーニューイヤー 』
綾鷹・郁8646


 今年最後の日、午前中は快晴だったが昼を過ぎた頃から雪が降り始めた。
 水分をあまり含んでいない軽めの雪は静々と積もり、気付けば甲板は薄らと雪化粧をしている。
 久遠の都政府の環境保護局に所属するこの船団も雪で白く染まれば遠目には、白鳥の群れに見えるかもしれない。

 は、ふ…。吐く息が白い。 綾鷹・郁 は旗艦の甲板に立ち空を見上げた。次から次へと雪が降ってくる。次の目的地に向かう船団が現在飛んでいるのは海上上空。島や船影どころか鳥すら飛んでいる気配がない大洋のど真ん中である。
 そんな中飛ぶ白鳥の群れ。
「白鳥じゃなくってカモメかな?」
 暢気な空域をのんびりと航行する航空事象艇の群れを見渡した。空気を震わせる微かな振動が靴の裏越しに伝わってくる。最大船速の半分も出ていないとはいえ、足を踏ん張っていないと郁の華奢な身体では飛ばされてしまいそうなくらいには風は強い。
 艦内はともかく吹きさらしの甲板は凍えそうなほどに程に寒かった。風がひゅんひゅんと耳元で声を上げて吹き抜けている。少し先の尖った郁の耳は冷たい風に千切れてしまいそうだ。

「…!」

「…副長!!」

 何か聞こえた気がしたが、風の音が煩い。空耳だろうと気にしていなければ…。

「綾鷹副長!!!」

 今度ははっきりと名前を呼ばれた。振り返る。女性艦長が背後に立っていた。どうしたんです?と口に手を当てて聞き返す。
「今日は大晦日、皆で病院でカレーを食べよう」
 艦長が金曜日はカレー曜日とでもいうような気軽さでそんなことを言い出した。
「……」
 思わず艦長の顔を見直せば力強く頷きを返される。そして「そうだカレーを食べるのだ」とダメ押しのごとくもう一度繰り返された。
「……」
 郁が瞬きを繰り返す。大晦日にカレーを食べる、頭の中でその脈絡の無い行為が意味を成した瞬間、郁は溜まらず笑い出していた。
「…ふっ…は、は…何故にカレー?」
 大晦日にカレーなんて聞いた事も無い、しかも病院船で…!!一度ツボに入ってしまうとなかなか笑いから抜け出せない。体を折り曲げ笑う郁に艦長も笑い出した。
「確かにな…。一応ゲームの神に盾突く無茶振りの儀式だとか何とか…」
 艦長自身言っている途中で何のことか分からなくなったのだろう。「久遠海軍の風習はよくワカラン」とお手上げのポーズを取る。当然郁だって「ワカラン」状態である。
「そういえば、あと他に帰るという選択肢もあるそうだが…」
 大晦日にカレーの所以、好きなほうを選んでくれという艦長に、カレーと帰るを引っ掛けた駄洒落だろうか、と首を傾げる郁。コホン、と咳払いを一つして艦長が表情を改めた。
「副長、これは命令だ! 大晦日である本日、我々は病院船にてカレーを食す! いいな」
 ビシリと人差し指を突きつけられる。
「復唱」
「はっ、我々は本日病院船にてカレーを食します」
 郁が大袈裟に踵を鳴らし、敬礼を返した。
 そしてまた二人で顔を見合わせて弾かれたように笑い出す。大晦日にカレーとか…意味が分からなくて楽しそうじゃないか!と。

 船団は大晦日を過ごすために眼下の海上へと静かに着水した。


 航海での楽しみといえば食事である。女性ばかりの集団ともなればなおのこと食事には力が入る。
 各担当者腕によりをかけたのであろう、すっかり辺りが暗くなった頃には食欲を刺激するカレーの良い匂いが周辺に漂い始めた。
 艦長に上がってきた情報によると香辛料から作った本格カレーから市販のルーを使用したカレー、果てはレトルトまで様々に取り揃えられているとのことである。ルーやレトルトだって各メーカーのものが並ぶといった凝りようだ。中には市販のルーを絶妙にブレンドしたのをウリにしてるものまであった。皆の期待は高まるというものだ。甲板には開始を待ちきれない乗組員達が集る。当然郁の姿もあった。手には急遽作成された艦内カレーマップ。それほど出店されているのだ。
 夕食の開始時には船団はちょっとしたお祭り騒ぎであった。
 船団の中央に集合した病院船はそれぞれを連結し、梯子を渡しそれぞれの艦の往来を可能にしている。これは各病院船のカレーを楽しめるようにという配慮だ。
 潮の香りを打ち消す雄々しいカレーの香りに一同鼻を鳴らす。ついでに腹も鳴った。
「どれから行く?」
「全部美味しそう…!」
「あっちの船は焼きたてナンだって…」
 あちこちでそんな会話が繰り広げられる。
 郁も当然仲の良い士官達と似たような会話をしていた。
「梯子しようぞ!」
 一つに絞ることなんてできるか、という郁の勇ましい掛け声に「おー〜!」と黄色い賑やかな声が唱和した。
 先ず襲撃…いや飛び込んだのは本格印度カリーのお店。「いらっしゃいませ」と迎えてくれた店員代わりの病院船乗組員は布を使ってなんちゃってサリーまで作って気合が入っている。
 カレーと共にピクルスが運ばれてきた。カレーは赤、緑、茶色の三食。お店のオススメにした。
 まずはピクルスを一口齧る。
「酸っぱいっ!」
 ぎゅうと顔のパーツを中央に集めて力の限り酸っぱいを表現。そうなると可愛らしいと評判の郁の顔も台無しである。でもそれが面白かったのであろう、その場にいる皆で順繰りピクルスを齧っては酸っぱい顔をやり笑い合う。
 そして皿に盛られたナンがやって来た。焼きたてのナンは香ばしく、持つと熱さのあまり取り落としてしまいそうになる。
 右手と左手交互に掴みつつどうにかして千切るとそこからもわもわと湯気が立つ。
「いったっだっきま〜す」
 皆で一斉に食べ始める。
 まずは赤いカレー。千切ったナンですくって一口。
「あ…つぅ…っ!」
 ハフハフと口から湯気を漏らしつつ口の中でナンと一緒に味わう。
「おいひい〜」
 頬を押さえて蕩ける笑顔の郁。熱いのも甲板に出ていて冷え切った体には嬉しい。隣の女性士官は美味しさのあまり足をばたつかせテーブルをガンガン叩いている。
 少々刺激的なピリッとした香辛料とバターで焼かれたナンのマイルドさが一つになって癖になりそうだ。
 タンドリーチキンも手掴みだ。肉食系女子とでも言われそうな勢いで骨付き肉に豪快に齧り付く。
 一体何時の前に仕込んでおいたの?と尋ねたくなるほどに香辛料がほどよく沁みこみピリリと辛く、その中ヨーグルトの酸味が爽やかさを醸し出している。
「うん、絶妙」
 満足そうにペロリと香辛料のついた親指を舐める。
 休む間もなく次は緑のカレー。
「ちょ、これ辛いよっ」
 ほうれん草じゃないの、なんて言いつつヨーグルト飲料、ラッシーの入ったグラスを手に取り一気に流し込む。
「カレーにヨーグルトの組み合わせ考えた人天才!」
 勢いで皆で乾杯とグラスを合わせた。アルコールは入っていないはずなのに皆かなり陽気であった。
 カレーは甘味と同じく別腹なのだろう、まるで魔法のように皿が綺麗に空になっていく。ハフハフ湯気をだしつつ口に運ぶ姿は、知っている者が見れば蒸気機関車を思い浮かべたかもしれない。
「締めは…TCらしくチャイよね」
 それでも終わりはやって来る…いや今から別の店を梯子しようというのだから新たなる始まりかもしれない。ともかく郁は天使族のティークリッパーらしくチャイを選択した。
 まるでこの日のために準備していたのではないかと思われる可愛らしいティーカップに注がれたチャイが皆の前に置かれる。
 ティーバッグ使用ではないちゃんと煮出したものだ。甘さが程よく身体に染み渡る。シナモン、クローブ…一緒に入れられた香辛料が普通のミルクティーに比べて少々舌に刺激的である。
 
「さぁ、次に行こうぞ!」
 あたし達の戦いは今始まったばかり、と意気揚々と店を出た。気付けば真冬だというのに汗だくである。
「香辛料のせいか〜」
 制服の襟元を軽く引っ張って風を中に入れてやった。それでも火照りは収まらない。
 次の店行くのに甲板通って行こう、という提案に異議を唱えるものはいない。それどころか我先にと駆け出す。郁は本来ならばそれを注意する立場であろうが今率先して駆けて行く。
 雪はまだ降っており、甲板の上は真っ白だ。まだ踏み荒らされていない雪原というのはどうして人を魅了するのだろう。
「いっちばん乗り〜!」
 郁が扉のまえで飛び跳ねて両足で雪の上に着地する。そのまま軽やかに跳ね、雪の上に絵を描いた。ちょっと丸っこい歪な天使の羽。
「雪ダルマ作るにはちょっと足りない?」
「明日、まだ降れば雪合戦とかできそう?」
 はしゃいだ声が聞こえる。
 冷たい風をもっとその身に受けようと郁は翼を広げた。背中に現れる一対の翼。雪と同じ純白の翼だ。
 翼が風を受けてはためく。見上げた空、くるくると舞いながら降ってくる雪は当分止みそうも無い。星も月も見えない。でも積もった雪のおかげで仄かに周囲が輝いて見えた。
「はぁ…気持ちいい」
 深く息を吐いて目を細める。火照った身体に雪交じりの風が心地よい。一度羽ばたかせると、髪と一緒に粉雪が舞う。
 舞った雪を受け止めるようにそっと手を指し伸ばす。その絵画的な美しさに周囲ではしゃいでいた者達が思わず息を飲んだ。クロノサーフ選手権モテかわ女子部門で5連覇は伊達ではない。
 ゆっくりと深呼吸、肺に一杯冷たい新鮮な空気を取り込んだ。
 気付けば各船の甲板に乗組員が集り始めている。

「新年までカウントダウン開始!」
 誰かが叫んだ。
「10、9、8…」
 カウントダウンは0に近づくほど声が大きくなってくる。
「3、2、1…」
 皆力を溜め込むように体を丸める。そして……。
「賀正!!」
 郁が両手を挙げジャンプするのと同時に叫んだ。それを合図にあちこちで「あけましておめでとう」「ハッピーニューイヤー!」などと声が上がる。

 ボーーーーゥッ

 新年を告げる汽笛が鳴る。空気がビリビリと震えた。

 更に誰が持ち込んだのかクラッカーの弾ける音も。紙ふぶきが雪にと一緒にひらひらと落ちてくる。
 郁は一緒にカレーを食べに行った士官達を背後からまとめて抱きかかえた。
「あけおめ!」
 雪が積もっているにも関わらず、そんな無茶をするものだから皆で勢い良く転がる。
 強かに腰を打ちつけても出てくるのは笑い声ばかり。一頻り笑うと雪の上に大の字に寝転がる。
 カレーを食べよう、そう決まってから今日は笑ってばかりいた。

「次のお店に行きましょうー」
 声が掛けられる。
 立ち上がり雪を払うと「置いていかないで」駆け出す。
 さあ、次は何を食べに行こうか…!

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 / 職業】
【8646 / 綾鷹・郁 / 女性 / 16歳 / ティークリッパー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

自信初となる東京怪談を題材とした作品となりました。
いかがだったでしょうか? 皆でわいわいと楽しくカレーパーティーな雰囲気が伝われば幸いです。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
winF☆思い出と共にノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年01月20日

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