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『二人の正月 』
猫野・宮子ja0024

 時は元日。
 普段は閑散としている神社の入り口には今日、絶え間なく人が行き来をしている。
 猫野・宮子(ja0024)は、慣れない服装の為かやや覚束ない足取りで、時間と周囲と、交互に視線をやりながら、行きかう人々と同じように大鳥居へと向かっていく。その時。
「……あ」
 ちいさなそんな声が、だけど、はっきりと聞こえてきた気がした。
 聞き覚えのある声に、反射的に振り向くと、やっぱりそれは気のせいなんかじゃなくて。待ち合わせ相手であるAL(jb4583)が、そこに立っている。
 あったかそうなコートの下は、フード付きのパーカーに着なれた感じのズボンと、ラフな格好だったけど。参道の端の方、なんてことない顔でさりげなく、常に通行人の邪魔にならないよう気を遣っているあたりが、彼らしい。
「ALくんっ、あけましておめでとうっ……」
 大声を出さずとも聞こえるほどの距離まで近づいたところで、宮子が声をかける。
「はい。……宮子様、明けまして、おめでとうございます。……」
 ALがそれに、いつも通りの、丁寧な物腰で応じる。……いや。
 今日、宮子を前にして、ALの動きはほんの少し止まっていた。一度、ピクリと体を震えさせると、それから、遠慮がちに、彼女の姿を上から下に向けて眺めていく。
「あ、うん……頑張って振袖着てみたけどどうかな? ちょっと恥ずかしいけど……」
 視線の意味に気がついた宮子が、ほんのわずか、頬を紅潮させて言う。動きやすい姿のALとは対照的に、宮子は振袖姿と言う、正月ならではの装いへと姿を変えていた。柄は、彼女の大好きな猫柄だ。
「はい。とてもよくお似合いです。……その柄も素敵ですね。正直、驚いてしまいました……」
 微笑んで言うALの声音は、確かに、少し驚きで上ずっているように思えた。その驚きが、感嘆、だったら嬉しい。……少なくとも、お似合い、という言葉は、完全に社交辞令ではないだろう。これまでの付き合いからそう信じていいはずだ。
「えへへっ……」
 だから、宮子も褒められたことを素直に喜んで、照れ気味に笑いながら軽快にくるりと体を反転させた。
「それじゃ、行こっか?」
 向きをかえて、見据えた先には遠く微かに本堂が見える。そこまでの参道を、人、人、人の群れがこれでもかと埋めつくす様は、大人しい宮子にはちょっと怖気づくけれど。
「はい。参りましょう」
 しっかりとした、頼もしい声に背中を押されるようにして、歩きだした。

 宮子とAL。小柄な二人の姿はあっという間に人ごみに埋没していった。思うように動きが取れず、周囲の人たちが動くままに流されていく。
 不意に不意に宮子の身体が押され、つんのめるようにニ、三歩前へたたらを踏む。
 ……離れる!
 反射的に体が動いた。
 遠くへ行ってしまったと伸ばした手が掴もうとしたものは、だけど、すぐそこにあった。
 振り向いた先。視線が合う。きっと自分と同じように慌てたんだろうALの顔。
 それから、やっぱり、自分と同じように伸ばしてくれた掌が。すぐ、傍に。
 触れ合った二つの掌は、ごく自然に結ばれていて。
 そのことに戸惑う間もなく、人の列はなおも二人を押し流していく。
 流れに合わせて、二人は進む。繋いだ手を、握ったまま、数歩。
 ……。
「あ……うん、逸れたらいけないもんね。うんっ」
 掌から伝わる戸惑いを制するように。咄嗟に、宮子はそう口にしていた。
「……はい。そうですね。急に流れる時があるみたいですから、気をつけていきましょう」
 宮子の言葉に応えるようにALはそう言って、宮子の横に並び直す。周囲の動きに気をつけ、彼女をエスコートできる位置に。
 そうして、本堂を目指す人の流れの中、二人も周りにならって、立ち止っては、進む。
 手を繋ぎ、二人歩く、本堂までの道のりは、全く自分たちの思うようにはいかなくて。全然動けないと思っていたら、今度は一気に急かされる。
 握る掌だけが頼もしい、その時間は、長いような、短いような。焦れるような、惜しいような不思議な感覚で。
 なんとも言えない気持ちで歩いていたら、不意に視界が開けた。
「あ、……着きましたね」
「そう……だね。それじゃ、お参り、しよっか」
 まるで決意するように、互いに言って。拝礼するために離した手は、やはりどちらからともなくだった。
 ガラガラと鈴を鳴らし、ニ礼ニ拍手、最後にもう一度、深く頭を下げる。
 お参りがすんだら、おみくじを引いて。
 次を待つ人に、追い立てられるように神社をでて。神社のすぐ横の道路、ようやく訪れた開放感に、ぐっと一度、伸びをした。
 のぼせあがるような人々の熱気から一転、冬の澄んだ空気が体に染み込んでくる。
 ……初詣なんて、混雑に巻き込まれるばっかりで大変なだけだ、なんていう人もいて。実際、行列を見たときはそんな風に思ってしまうこともあるけれど。
 終わらせてみるとやっぱり、なんともすがすがしい気持ちになる。
 そう思えるのは、でも、やっぱり、一人じゃなかったからなんだろうなあ。気付いて宮子が振り向くと、丁度ALもこちらに視線を向けて、微笑んでいた。
「……それじゃ、帰ろっか?」
 宮子が声をかけると、ALは「はい」と素直に頷いて。そうしてまた、帰り道を二人、並んで歩く。
 ――……今度はもちろん、手は繋がなかった、けれども。




 初詣を終えた二人は今、宮子の部屋でくつろいでいた。宮子も今は、振袖から、楽な普段着に着替えている。
 猫グッズであふれた彼女の部屋を、気にする風でなくALも炬燵に入ってくつろいでいる。
 外にいるときは意識していなかったが、冬の気候の中、思った以上の時間を過ごしたことで、体は思った以上に冷えていたようだ。温まっていく手足に血が通っていく感触に、ふぅ、と力が抜けていく。
 さっきとはうって変わって、気だるい雰囲気。
 いや、これもある意味ではお正月らしいだろうか?
 気軽な空気が漂う中、二人の口も軽くなっていく。お茶を飲み、餅などを齧りながら、他愛のない話に花を咲かせていく。
「そう言えば、先ほど引いたおみくじですが……宮子様はいかがでしたか?」
「ん? ああ、私は中吉だったよ? えっとね……」
 ALがふと持ちだした話題に、宮子はごそごそと、巾着を手繰り寄せて中を探る。神社でざっと眺めたときは、そう悪くない内容だったはずだ。
 改めて、落ち着いて中身を確認してみる。
「んっと……『今、運気が開けようとしている。決断力を持って、実行すべき時。れ……』。……。えっと、大体こんなことが書いてあるかなっ」
 重要な部分をかいつまんで、ALに読み上げていた宮子の声が、一度変に途切れたことに、彼は気付いただろうか?
「……なるほど。宮子様にとって今年は挑戦の年になるかもしれませんね。何か成し遂げたいことがあるのでしたら、僕も応援します。僕も、宮子様ならできると信じていますから」
「……ん。ありがとっ」
 気付かれなかっただろうか? 宮子が中断したおみくじの内容の先には、こうある。『恋愛は、ありのままの自分を表現して吉』と。ただそれを、この場で読み上げるのは、なんとなくためらってしまったのだ。
「AL君は? どうだった?」
 なので、踏み込まれる前に話の向きを変えてしまう。
「僕は『吉』、ですね……。ええ、全体的に悪くない運勢のようです」
 ALもそうして、おみくじに書かれた格言や運勢を適当に拾い上げて読み上げて見せる。
「『探し物が見つかる』とのようなことが書かれていますね」
「ん? AL君、何か探しているものがあるの?」
「思い当たる点は急にはでてきませんでしたが……そうですね。新しい主が見つかるということなのかもしれません」
 微笑みながらALがそう言う。穏やかな表情。
 そっか。使用人だったもんなあ。じっと宮子はALを見る。優しい雰囲気はそのまま彼の内面そのもので、良く気がきく。この年でこれくらい優秀なんだから、探せば引く手はすぐに見つかりそうだけど、と、宮子としては思う。
「そうだね。……いいご主人様と、出会えたらいいよね」
 だから宮子は、ALにそう答えた。

 互いにおみくじの結果は悪くなかったとあって、雑談は終始和やかな空気で進んでいた。それはとても楽しい時間ではあったが、普段から学校で顔を合わせている二人のこと。ずっと話していると話題の種はどうしても少なくなっていく。
 少しずつ沈黙の時間が増えていって。でもそれも悪くないと、ゆっくりと過ごす、そんな時が、どれほどたったころだろう。
 お茶を入れようかな、と立ち上がった宮子が、そう言えば静かだな、と炬燵の反対側をのぞき込む。
「あれ? ALくん……あらら、寝ちゃったんだ」
 炬燵の暖気にやられたのであろうALが、そこで安らかな寝息を立てていた。
 職業柄だろう、いつもきりっとした表情を崩さない彼の、珍しい、緩んだ顔。
 せっかくの機会にと、お茶を入れ直すのはやめて、彼の傍らまで寄る。
「んー、何かこうやってると可愛い猫さんだね」
 くすりと、小さく苦笑してしげしげと傍でその顔を眺める。
 起きる気配は……ない。こんなに傍によってみせても。
 腕を枕に眠る彼が寝返りを打つ。痺れそうだな、と思った宮子は、ふと、体を返す彼の動きを利用するように己の元へ引き寄せて、その頭を膝に乗せた。
 膝枕をしている状態では動けないので、宮子もそのまま、炬燵にこてん、と頭を預ける。
 ……ああ、なんだか悪くないな。
 元旦。
 特別な一日と。緩やかな日常。
 それを一度に、共に過ごした相手。
 うん。悪くない一日だった。
 思いかえし、微笑む。
 やがてゆっくりと、宮子にもまどろみが訪れてきて……。
 部屋に響く小さな寝息は、二つ重なるものになったのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0024 / 猫野・宮子 / 女 / 14 / 鬼道忍軍】
【jb4583 / AL / 男 / 13 / ダアト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は大変お待たせして申し訳ありませんっ。
お任せされた御神籤ですが、Webおみくじを実際に引いて決定させていただきました。
なので当たるも八卦当たらぬも八卦、気楽に考えていただければと思います。
この度は、ご発注ありがとうございました。
winF☆思い出と共にノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年01月27日

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