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『いつかの友の為に 』
伊藤 辺木ja9371

 霧の立ち込める山道を一台のトラックが走り抜ける。
 伊藤 辺木(ja9371)はハンドルを片手で握りながら、慣れた手つきでラジオの周波数を合わせた。
 車内に正月を祝う呑気なアナウンサーの声が満ちた。しかし辺木の心は重いままである。
 ある日、かつての学友であったミハイル・エッカート(jb0544)から連絡が届いた。
 ――廃工場に来い。
 それだけ。日時と場所だけを指定し、要件について口を開くことはついになかった。
「ミハイルさん……」
 心当たりは、あった。
 数日前に現れた某社のエージェント。その男は辺木をとあるミッションのためにスカウトしたいということであった。
 かつて生活の為に非合法の運び屋もやっていた辺木である。その男の言葉はすぐに“ヤバい”ものであると理解できた。
 だから、殺した。弱者と侮るエージェントの不意を突き殺害。
 背中にナイフで「接触無用」の文字を刻み、受け取った名刺を頼りに某社へと冷凍輸送した。
 もうヤバい仕事はやりたくない。コストパフォーマンスを考えれば、これで自分を誘うのを止めるだろう。そう、判断した行動であった。
 今ならそれが稚拙だったと気付くことができる。
 社員を殺されてすごすごと引き下がる程度の会社なら、最初から闇の仕事になぞ手を出すはずがないのだから。
 某社は辺木の行動を「挑戦」と受け取った。だから、彼の元に刺客が現れたのだ。
 しかし――。
「まさかミハイルさんが出てくるとは思わなかったな」
 ひとり、ごちる。
 かつての旧友であるミハイル。学園では部活に誘ってもらい、共に笑い過ごした仲間。
 彼は電話口でこうも言っていた。
 ――無駄なことはするな。
「……逃げられないんだろうな、やっぱり」
 トラックは走った。ちらほらと見えていた民家もいまやなく、周囲は木々と朝の陽ざしに包まれている。
 やがて彼の目前に寂れた工場が現れた。森の中にひっそりと隠れるように工場はそびえ立つ。
 人の目は皆無である。誰かに戦いを見られることはない。その死に様も、誰かに知られることはない。
「……なら」
 トラックが正門を潜った。そして立ちはだかる一人の影。
 ミハイル・エッカート。
「悪いが俺は生き残らせてもらうぜ、ミハイルさん」
 辺木は決意を込めてブレーキを踏んだ。



 トラックが止まる。
 運転席から降りてきた辺木は「やあ」と手を振ってみせた。
「久しぶりですねミハイルさん!」
「……」
 ミハイルは俯いたまま喋ろうとしない。
 それでも辺木は陽気に声を張り上げている。
「正月早々こんなところに呼び出して、まさか新年会に肝試しでもやろうっていうんですか?まぁたしかにここなら雰囲気が――」
「チッ」
 サングラスの下の目は苛立ちを隠せず。彼は降ろしていた右手を辺木に向けた。
 そして、銃声。
「――っ!」
 辺木はつい、言葉を止めてしまう。銃口が、ミハイルの右手から伸びていた。
「ああ!」
 トラックの荷台に開いた穴。それを見て彼は咄嗟に悲鳴をあげた。
「な、何するんですかミハイルさん!これ、大事な商売道具《相棒》なんですよ!?」
 荷台のドアを開けて中を確認する辺木。そして中の荷物に傷が付いていないのを見てほぅ、とため息をついた。
「もし商品に傷が付いたらどうするんすか!いくらミハイルさんでも……」
「俺の部下が殺された」
 熱く捲し立てる辺木を無視するかのようにミハイルは語る。
 それは朝霧のように冷たく、ナイフのように鋭利。
「スカウトの為に送り出した、俺の可愛い部下だ。覚えがないとは言わせねえ。なぜ殺した」
「……ミハイルさんが悪いんだぜ」
 観念したように辺木はやれやれ、と首を振った。
「知ってると思うけど、俺は入学前に非合法の運び屋なんてやってたんだ。金さえ貰えるなら何でも運んだ。クスリだってそうだし、ヤバい“ナマモノ”だって我慢して運んだ」
 それが久遠ヶ原に来る前に彼が辿った道。
 それはミハイルも承知している。
「でも、学園に来て俺はもう足を洗おうと思った。何でだと思う?」
 辺木との学園生活が脳裏に浮かんだ。
 共に笑い、喜びを分かち合って過ごした毎日。
「学園での毎日は本当に充実してて楽しかった。特にミハイルさん、あなたに部活へ誘って貰ったから、俺は薄暗い道を抜けることができたんだ。感謝してる。ありがとう――だけど」
 表情から爽やかさが失せた。好青年のイメージを纏った仮面は姿を消す。
 代わりに現れたのは――裏の面。
 暗い道を行く男の顔であった。
「まさかそのミハイルさんが、俺を裏の道に戻そうとするなんて思わなかった。なんで俺なんだ?なんで俺じゃないとダメなんだ?」
「……俺も、楽しかった」
 辺木の表情を見据えながらミハイルは答える。
 その言葉に嘘偽りはない。彼の本心。
 できれば戻りたい日常。
 しかし、
「お前と一緒に酒を飲んだり、遊んだりした頃が一番楽しかった。だが、俺には会社の工作員という肩書きがある」
 会社という檻に捕らわれた者は自由にはなれない。
 上司が辺木のスカウトを求めるなら、彼はそれに応じるのみ。
「もう一度聞く。なぜ殺した?部下を殺さなければ俺が赴くことは無かったのに」
「――そんなの勝手だぜ」
 恨めしげな声。
 まるで地の底からはい出るような。
「この仕事、いっぱい人を殺すんだろう?ミハイルさん」
 そんな声を辺木は発していた。そして開いていた荷台の扉に手を入れる。
 ミハイルは咄嗟に銃の引き金を引いた。弾は荷台の扉に防がれ弾け飛んだ。
「防弾!?てめぇ、最初から――っ!」
「あんたを殺せば前の奴と合わせてたった2人、環境に優しい」
 扉から姿を現す。辺木は肩からライフルを提げていた。
「俺はエコドライバーなんだ!」
 
 ――ガァオン!
 
 廃工場を囲む森に銃声が木霊する。
 アウルの銃弾をミハイルは横跳びで回避。トラックの前方に身を隠した。
 ライフルの乱射にトラックは悲鳴を上げる。
「クソ!」
 ミハイルもハンドガンで応戦。銃弾が交差する。
 彼が身を隠すトラックは単なるアルミ素材にすぎない。アウルの弾丸は易々とバンパーを貫き、ミハイルの肉を削りとった。
 対して辺木は防弾処理の施された荷台の扉に身を隠している。ミハイルの銃弾は悉く防御されている。
 完全にミハイルの不利であった。
「あれで奴さんが諦めれば!」
 辺木が武器をショットガンに変える。ライフルのような射程はないが、その一撃はトラックを易々と打ち砕ける代物。
「『接触無用』の文字に従ってさえいれば、こんなことにはならなかったんだ!」
 ミハイルは走った。同時に回避射撃の一撃を放つ。
 重い銃声。だが、銃身がミハイルの銃弾に押し上げられ照準がぶれる。
 トラックの天上が弾け飛んだ。
「そっちこそ勝手ばかり言いやがって!」
 走りながらミハイルは銃を撃ち続けた。辺木の肩から血飛沫が上がる。
「あんなのは会社から見りゃぁ、メンツを潰されたも一緒なんだよ!放っておくわけがないだろうが!」
「それなら!」
 肩からの出血を顧みず、辺木はショットガンを撃ち続けた。
 地面に無数の穴が開けられ、同時にミハイルの足を穿つ。
「やっぱりあんたを抹殺しないとダメだよな!そうすれば俺は元の優良ドライバーに戻れる!」
「そんなわけねぇだろ!」
 廃工場の扉を開け、ミハイルは身を隠す。そして武器をライフルに切り替え、外に向かって撃ち続けた。
「そうなりゃ別の奴がお前を殺しにいくだけだ!なんでそんなこともわからねぇんだ辺木!」
 銃撃が止んだ。ミハイルは外に目を移す。
 辺木は銃口をそのままに、立ち尽くしていた。
「じゃあ……」
 その眼には涙が溢れていた。
「どうしろっていうんだミハイルさん。もう裏の仕事はやりたくない。でも、あんたらはそれを許してはくれない。どうしろと……」
「……」
 逃げてくれればよかった。
 嫌だと、ただそれだけ言って部下を振り切ってくれればよかった。
 それで彼は辺木のスカウトを諦めただろう。
 いや、それすらもはや結果論にすぎない。
 賽は投げられた。もう振りなおすことができない。
「せめて」
 足から流れる血が生暖かい。自分がまだ人であることを信じ、
「俺が殺してやる」
 ミハイルは告げた。
 息を飲む音が響いた。



 辺木は力強く引き金を引いた。アウルの散弾が廃工場の扉を叩き潰す。
 何が殺す、だ。誰が死んでやるものか。
 ――俺は、生き続けるんだ。
 ライフルの銃口が扉の間からこちらを覗きこむ。
 発砲。同時に肩に熱い痛みが走った。
「痛っ!」
 先ほども一撃を肩に受けている。これではもう、ショットガンを撃ち続けることができない。
 彼は走った。
 背後から追いかけてくる気配を感じる。ミハイルだ。
 ミハイルが彼を殺そうと、追いかけてきたのだ。
「俺は――俺は死なない!」
 振り向き様にハンドガンを放つ。ミハイルは荷台の扉に隠れてやり過ごした。
 対して辺木は近くに生えていた木に身を隠す。
 防弾扉の頑強さは自分が一番良く知っている。このままではミハイルを倒す前にこちらが力尽きてしまう。
 彼は焦った。
 何とかして生き延びる。その為の方策を考えた。
 そして、思いついた。
「――ごめんな。俺の相棒」
 懐から実銃を取り出す。万が一の為に持っていた、とっておきのリボルバー。
 その銃口を彼はトラックの脇に向けた。そこには赤いタンクが吊り下げられている。
 トラックのガソリンタンク。
「こんなことに使っちまって……本当にごめん」
 撃鉄を降ろす。
 そして、
「さよなら、ミハイルさん」
 懐古と共に引き金を引く。
 火薬が爆ぜる。アウルではない、本物の鉛弾が空を駆ける。
 タンクに命中。それは火花と共にタンクに穴を穿ち、気化したガソリンに引火。
 爆発。轟音。
 一瞬のうちにトラックは四散し、破片を巻き上げて炎上した。
「へ、へへ……」
 足元にハンドルが転がってくる。
 一瞬だった。しかし、彼にとっては何十分も掛かったような気がした。
 涙が止まらなかった。
「もう……戻れないんだな」
 炎が上がる。人気のない廃工場を黒煙が満たす。
 彼は廃工場の入口へ幽鬼のように歩き出した。
 ――そうだな。
 声が、したような気がした。
「!?」
 銃声。それは炎の中から。咄嗟に振り向く。
 その瞬間、
「――がっ!」
 彼は足を貫かれ、地面に尻餅をついた。
「分かってる」
 再び。炎の中から声が響いた。
 今度ははっきりとわかる。それはミハイルであった。
 轟轟と喚く地獄を背にミハイルは立ちはだかった。
「お前ならこう来ると思っていた。たとえ愛車であるトラックを犠牲にしてでも、な」
「……油断は無いか」
 動けない辺木に、彼は煤塗れの銃を突き付ける。
 その銃口は一直線に彼の胸に向けられていた。
「惜しいぜ辺木」
 ミハイルは残念そうに言った。
「お前は見かけではわからない強さがある。とんでもない絡め手を使って翻弄してくる。だから俺はお前をスカウトしたんだ」
「見知った仲だもんな、そういうもんか……」
「――そういうもん、さ」
 目を閉じる。目蓋越しに赤い炎が映える。それは天に上る柱のようであった。
 最後の銃声が響き渡った。



 心臓から命が零れ落ちる。
 ミハイルは辺木の亡骸を炎にくべる。その胸元にはトラックのハンドルが置かれていた。
「……」
 熱かった。皮膚が火に舐められ、火傷跡を作った。
 だが、それ以上に彼は胸の痛みに苛まれていた。
「俺は殺したくなかった……」
 それだけを呟きミハイルは廃工場を後にする。
 涙はない。ただ、悲しみだけが彼の背を突き動かしていた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja9371 /  伊藤 辺木     / 男 / 外見年齢 23 / インフィルトレイター 】
【 jb0544 / ミハイル・エッカート / 男 / 外見年齢 29 / インフィルトレイター 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注ありがとうございます。ユウガタノクマです。クマーです。
素敵な発注文ありがとうございました。おかげさまでだいぶ発想を膨らませて書くことができました。
オープニングとなる冒頭がそれぞれ個別となってますのでどうぞご覧下さい。
もし口調や性格、設定などに間違いがございましたら修正致します。よろしくお願いいたします。
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エリュシオン
2014年01月27日

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