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『いつかの友の為に 』
ミハイル・エッカートjb0544

「わかっているなM?このミッションに――」
「失敗は許されない」
 ミハイル・エッカート(jb0544)は携帯電話に冷たく息を吐きかけた。
 朝もやが立ち込める廃工場。彼はその入口で廃材に腰掛けていた。
「わかっているぜ。なにせ俺の部下が殺されたんだ」
 数日前、彼の勤める企業にある荷物が冷凍輸送された。
 中身は――人の死体。
 背中に「接触無用」と刻まれた、ミハイルの部下であった。
「会社のメンツ云々じゃなく、これは俺がケジメを付ける必要がある。そうだろ?」
「わかっているなら、それでいい」
 電話の相手は低い声で答えた。
 通話を終える。胸ポケットに携帯電話押し込み、代わりに一枚の写真を取り出した。
 そこには笑顔で荷物を運搬する青年の姿が写っている。
 隠し撮りでもしたのだろう。微妙にピントが合っていない。それでも彼はその人物をはっきりと確認することができた。
「……そうか、それがお前の返事か」
 久遠ヶ原学園を卒業した彼は、その後勤めていた会社に復帰した。
 元より撃退士の力を活かすために学園に通わされていたのだ。復帰すれば元の工作員生活に戻るのみ。
 瞬く間に彼は出世し、今はアウル覚醒者のみで構成された部門のトップにまで登りつめていた。
 そんなある日、彼に部門の人員をスカウトする仕事が廻されてきた。
 学園の卒業生や市井のアウル覚醒者を募集する仕事。
 ただし、誰でもいいというわけではない。あくまでもそれなりに闇の仕事を手掛けた人物のみがスカウトの相手であった。
 当初は楽な仕事だ、とミハイルは思っていた。
 ――スカウトに出向いた部下が冷凍輸送されるまでは。
「だからって面倒な真似をしやがって。おかげで俺が出る羽目になったじゃないか」
 ミハイルは写真を見ながら髪をかき乱した。
 苛立ちを隠せずにいる。それもそのはず、写真の人物は彼のよく知る男だったからだ。
 伊藤 辺木(ja9371)。
 彼とはかつて、一緒に酒を飲み交わしたり遊んだりと楽しい日々を送った。ひとつの鍋を囲むこともあれば、共に温泉旅行に行くことさえあった。
 旧知の仲である。
 なのに今日、この場で、この男を殺さなければならない。
 それが辺木の送った挑戦に対する、会社の出した答え《報復》なのだから。
 ふと、遠くからエンジンの排気音が聞こえてきた。
「来たな」
 ディーゼルエンジン特有の重苦しい音が響く。廃工場の正門を一台のトラックが通り抜けた。
 ハイビームの眩い光が飛び込んでくる。
 ミハイルは立ち上がった。
「恨むぜ辺木。俺に友を殺させる真似をさせるんだからな」
 その動きは、まるで背中に重い荷物を載せた人形のようであった。



 トラックが止まる。
 運転席から降りてきた辺木は「やあ」と手を振ってみせた。
「久しぶりですねミハイルさん!」
「……」
 ミハイルは俯いたまま喋ろうとしない。
 それでも辺木は陽気に声を張り上げている。
「正月早々こんなところに呼び出して、まさか新年会に肝試しでもやろうっていうんですか?まぁたしかにここなら雰囲気が――」
「チッ」
 サングラスの下の目は苛立ちを隠せず。彼は降ろしていた右手を辺木に向けた。
 そして、銃声。
「――っ!」
 辺木はつい、言葉を止めてしまう。銃口が、ミハイルの右手から伸びていた。
「ああ!」
 トラックの荷台に開いた穴。それを見て彼は咄嗟に悲鳴をあげた。
「な、何するんですかミハイルさん!これ、大事な商売道具《相棒》なんですよ!?」
 荷台のドアを開けて中を確認する辺木。そして中の荷物に傷が付いていないのを見てほぅ、とため息をついた。
「もし商品に傷が付いたらどうするんすか!いくらミハイルさんでも……」
「俺の部下が殺された」
 熱く捲し立てる辺木を無視するかのようにミハイルは語る。
 それは朝霧のように冷たく、ナイフのように鋭利。
「スカウトの為に送り出した、俺の可愛い部下だ。覚えがないとは言わせねえ。なぜ殺した」
「……ミハイルさんが悪いんだぜ」
 観念したように辺木はやれやれ、と首を振った。
「知ってると思うけど、俺は入学前に非合法の運び屋なんてやってたんだ。金さえ貰えるなら何でも運んだ。クスリだってそうだし、ヤバい“ナマモノ”だって我慢して運んだ」
 それが久遠ヶ原に来る前に彼が辿った道。
 それはミハイルも承知している。
「でも、学園に来て俺はもう足を洗おうと思った。何でだと思う?」
 辺木との学園生活が脳裏に浮かんだ。
 共に笑い、喜びを分かち合って過ごした毎日。
「学園での毎日は本当に充実してて楽しかった。特にミハイルさん、あなたに部活へ誘って貰ったから、俺は薄暗い道を抜けることができたんだ。感謝してる。ありがとう――だけど」
 表情から爽やかさが失せた。好青年のイメージを纏った仮面は姿を消す。
 代わりに現れたのは――裏の面。
 暗い道を行く男の顔であった。
「まさかそのミハイルさんが、俺を裏の道に戻そうとするなんて思わなかった。なんで俺なんだ?なんで俺じゃないとダメなんだ?」
「……俺も、楽しかった」
 辺木の表情を見据えながらミハイルは答える。
 その言葉に嘘偽りはない。彼の本心。
 できれば戻りたい日常。
 しかし、
「お前と一緒に酒を飲んだり、遊んだりした頃が一番楽しかった。だが、俺には会社の工作員という肩書きがある」
 会社という檻に捕らわれた者は自由にはなれない。
 上司が辺木のスカウトを求めるなら、彼はそれに応じるのみ。
「もう一度聞く。なぜ殺した?部下を殺さなければ俺が赴くことは無かったのに」
「――そんなの勝手だぜ」
 恨めしげな声。
 まるで地の底からはい出るような。
「この仕事、いっぱい人を殺すんだろう?ミハイルさん」
 そんな声を辺木は発していた。そして開いていた荷台の扉に手を入れる。
 ミハイルは咄嗟に銃の引き金を引いた。弾は荷台の扉に防がれ弾け飛んだ。
「防弾!?てめぇ、最初から――っ!」
「あんたを殺せば前の奴と合わせてたった2人、環境に優しい」
 扉から姿を現す。辺木は肩からライフルを提げていた。
「俺はエコドライバーなんだ!」
 
 ――ガァオン!
 
 廃工場を囲む森に銃声が木霊する。
 アウルの銃弾をミハイルは横跳びで回避。トラックの前方に身を隠した。
 ライフルの乱射にトラックは悲鳴を上げる。
「クソ!」
 ミハイルもハンドガンで応戦。銃弾が交差する。
 彼が身を隠すトラックは単なるアルミ素材にすぎない。アウルの弾丸は易々とバンパーを貫き、ミハイルの肉を削りとった。
 対して辺木は防弾処理の施された荷台の扉に身を隠している。ミハイルの銃弾は悉く防御されている。
 完全にミハイルの不利であった。
「あれで奴さんが諦めれば!」
 辺木が武器をショットガンに変える。ライフルのような射程はないが、その一撃はトラックを易々と打ち砕ける代物。
「『接触無用』の文字に従ってさえいれば、こんなことにはならなかったんだ!」
 ミハイルは走った。同時に回避射撃の一撃を放つ。
 重い銃声。だが、銃身がミハイルの銃弾に押し上げられ照準がぶれる。
 トラックの天上が弾け飛んだ。
「そっちこそ勝手ばかり言いやがって!」
 走りながらミハイルは銃を撃ち続けた。辺木の肩から血飛沫が上がる。
「あんなのは会社から見りゃぁ、メンツを潰されたも一緒なんだよ!放っておくわけがないだろうが!」
「それなら!」
 肩からの出血を顧みず、辺木はショットガンを撃ち続けた。
 地面に無数の穴が開けられ、同時にミハイルの足を穿つ。
「やっぱりあんたを抹殺しないとダメだよな!そうすれば俺は元の優良ドライバーに戻れる!」
「そんなわけねぇだろ!」
 廃工場の扉を開け、ミハイルは身を隠す。そして武器をライフルに切り替え、外に向かって撃ち続けた。
「そうなりゃ別の奴がお前を殺しにいくだけだ!なんでそんなこともわからねぇんだ辺木!」
 銃撃が止んだ。ミハイルは外に目を移す。
 辺木は銃口をそのままに、立ち尽くしていた。
「じゃあ……」
 その眼には涙が溢れていた。
「どうしろっていうんだミハイルさん。もう裏の仕事はやりたくない。でも、あんたらはそれを許してはくれない。どうしろと……」
「……」
 逃げてくれればよかった。
 嫌だと、ただそれだけ言って部下を振り切ってくれればよかった。
 それで彼は辺木のスカウトを諦めただろう。
 いや、それすらもはや結果論にすぎない。
 賽は投げられた。もう振りなおすことができない。
「せめて」
 足から流れる血が生暖かい。自分がまだ人であることを信じ、
「俺が殺してやる」
 ミハイルは告げた。
 息を飲む音が響いた。



 辺木は力強く引き金を引いた。アウルの散弾が廃工場の扉を叩き潰す。
 何が殺す、だ。誰が死んでやるものか。
 ――俺は、生き続けるんだ。
 ライフルの銃口が扉の間からこちらを覗きこむ。
 発砲。同時に肩に熱い痛みが走った。
「痛っ!」
 先ほども一撃を肩に受けている。これではもう、ショットガンを撃ち続けることができない。
 彼は走った。
 背後から追いかけてくる気配を感じる。ミハイルだ。
 ミハイルが彼を殺そうと、追いかけてきたのだ。
「俺は――俺は死なない!」
 振り向き様にハンドガンを放つ。ミハイルは荷台の扉に隠れてやり過ごした。
 対して辺木は近くに生えていた木に身を隠す。
 防弾扉の頑強さは自分が一番良く知っている。このままではミハイルを倒す前にこちらが力尽きてしまう。
 彼は焦った。
 何とかして生き延びる。その為の方策を考えた。
 そして、思いついた。
「――ごめんな。俺の相棒」
 懐から実銃を取り出す。万が一の為に持っていた、とっておきのリボルバー。
 その銃口を彼はトラックの脇に向けた。そこには赤いタンクが吊り下げられている。
 トラックのガソリンタンク。
「こんなことに使っちまって……本当にごめん」
 撃鉄を降ろす。
 そして、
「さよなら、ミハイルさん」
 懐古と共に引き金を引く。
 火薬が爆ぜる。アウルではない、本物の鉛弾が空を駆ける。
 タンクに命中。それは火花と共にタンクに穴を穿ち、気化したガソリンに引火。
 爆発。轟音。
 一瞬のうちにトラックは四散し、破片を巻き上げて炎上した。
「へ、へへ……」
 足元にハンドルが転がってくる。
 一瞬だった。しかし、彼にとっては何十分も掛かったような気がした。
 涙が止まらなかった。
「もう……戻れないんだな」
 炎が上がる。人気のない廃工場を黒煙が満たす。
 彼は廃工場の入口へ幽鬼のように歩き出した。
 ――そうだな。
 声が、したような気がした。
「!?」
 銃声。それは炎の中から。咄嗟に振り向く。
 その瞬間、
「――がっ!」
 彼は足を貫かれ、地面に尻餅をついた。
「分かってる」
 再び。炎の中から声が響いた。
 今度ははっきりとわかる。それはミハイルであった。
 轟轟と喚く地獄を背にミハイルは立ちはだかった。
「お前ならこう来ると思っていた。たとえ愛車であるトラックを犠牲にしてでも、な」
「……油断は無いか」
 動けない辺木に、彼は煤塗れの銃を突き付ける。
 その銃口は一直線に彼の胸に向けられていた。
「惜しいぜ辺木」
 ミハイルは残念そうに言った。
「お前は見かけではわからない強さがある。とんでもない絡め手を使って翻弄してくる。だから俺はお前をスカウトしたんだ」
「見知った仲だもんな、そういうもんか……」
「――そういうもん、さ」
 目を閉じる。目蓋越しに赤い炎が映える。それは天に上る柱のようであった。
 最後の銃声が響き渡った。



 心臓から命が零れ落ちる。
 ミハイルは辺木の亡骸を炎にくべる。その胸元にはトラックのハンドルが置かれていた。
「……」
 熱かった。皮膚が火に舐められ、火傷跡を作った。
 だが、それ以上に彼は胸の痛みに苛まれていた。
「俺は殺したくなかった……」
 それだけを呟きミハイルは廃工場を後にする。
 涙はない。ただ、悲しみだけが彼の背を突き動かしていた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb0544 / ミハイル・エッカート / 男 / 外見年齢 29 / インフィルトレイター 】
【 ja9371 /  伊藤 辺木     / 男 / 外見年齢 23 / インフィルトレイター 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注ありがとうございます。ユウガタノクマです。クマーです。
素敵な発注文ありがとうございました。おかげさまでだいぶ発想を膨らませて書くことができました。
オープニングとなる冒頭がそれぞれ個別となってますのでどうぞご覧下さい。
もし口調や性格、設定などに間違いがございましたら修正致します。よろしくお願いいたします。
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エリュシオン
2014年01月27日

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