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『初詣にいこ? 』
榎本翔太郎ja8375


 お正月も開けて三日目。空は突き抜けるように青く、雲一つ無い快晴。世間は初日の出だ、初詣だ、とりあえず何にでも『初』をつけてお祭り騒ぎをする時期である。
 だが榎本 翔太郎(ja8375)はそのような騒ぎとは無縁の正月を送っていた。年末から今日まで一回も携帯が鳴らない。一人ぼっちのお正月である。
 いや正確には一回だけ、冬休みの始めに携帯が鳴った。弓始式の詳細についての一斉送信であったが。
 その弓始式は本日午後神社で行われる。まだまだ時間はあったがやることがないので、準備を始めた。
 冬休み暇さえあれば弓道の道具の手入れ。そのかいあってか丁寧にわらじをかけた麻の弦の滑らかなこと…。指で毛羽立ちがないのを確認してうっとりと溜息を吐く。
 リリリリ……。突如、静けさを破って鳴る携帯。
「うはぁぅっ!!」
 驚きのあまり文字通り飛び跳ねた。そしてそれが携帯の呼び出しだということに気付いて更に驚く。
「携帯、ど、こっ?」
 張り付いた喉から出る声は裏返っている。
 ディスプレイに浮かぶ文字は『百々 清世』、翔太郎が「友達だ」と言える数少ない存在だ。慣れない携帯に緊張のあまり取り上げる手が震え、通話に切り替えるだけが難しい。
「落ち着け、落ち着け」
 深呼吸を数度。
「あー、あー…もしもし」
 一度練習をしてから、電話に出た。

「っも、しもし」

 だというのに、どもりかけた上に微妙に裏返るという始末。百々 清世(ja3082)はそれを気にしていないのか、気付いていないのか、何時もの調子で「あー…えのもん、ひまー?」といきなり聞いてくる。
(暇かどうか…)
 用事があるかないかと問われればある、だが今暇かと問われれば暇だ。この場合どう答えるべきなのであろう。きっと暇ならば遊ぼうとかそんな内容、だとすれば時間がなければ―……途中まで考えて首を振る。いやいやそんなこと考えて誘われなかったら? 自分の思いあがりで死ねる…とか考えていたら「俺暇、初詣行こう」とお誘いが掛かった。
 ぼっちの正月に初めてのお誘いである。嬉しくないわけはない。
「午後から弓始式参加する予定なんだが」
 だがここは務めて冷静に事実だけを述べた。午前中なら、とか弓始式が終わったらとか、言えるほど気は利いていない。清世もそこは理解しているのだろう。
「じゃあ、午前中空いてるよね?」
 待ち合わせ場所と時間を一方的に告げて電話は切られる。
「………」
 通話履歴を確認し夢で無いことを確かめた。


 更衣室が混むからと弓道着の上にコートを羽織り、矢筒、弓袋を背負っていざ出陣。頬に触れる冷たい空気も気分が高揚していたので気にはならなかった…のだが。
「クソ寒い」
 ぼそっと呟く。翔太郎が待ち合わせの鳥居に到着したのは約束の時間の三十分前。流石に這い寄る寒さに負け始めた頃。
「あけおめー」
 清世がポケットに両手を突っ込んだままやって来る。
「転んだら危ないだろう」
 つい口を吐くのは母親のような言葉。もしも清世が転べば翔太郎は当然全力で助けるが、できれば友達に危険な目に遭ってもらいたくはないのだ。
 それから年始の挨拶を忘れていたことに気付き、彼に向かって背筋を正す。
「あけましておめでとうございます」
「寒いー、温めてー」
 いきなり清世からタックル。
「誰が温めるかっ」
 そのままぎゅうぎゅうと押し競饅頭が開始だ。翔太郎も負けずに押し返すと、いきなり脇に手を突っ込まれた。
「想像通りーあったかー…」
「……」
 コートの上からでは手の冷たさは気にならないが落ち着かない。脇に入れた手をもぞりと動かされればなおのことだ。怒っているわけではないが、どうしていいのか分からずに眉間に皺を寄せた。
「いい加減にしろ」
 一応、困っていることは伝えてみる。だが本気で嫌がっているわけではないので、効力が無かった。

「えのもん、その格好寒くねーの?」
 鳥居を潜って参道の砂利を蹴飛ばしながら清世が尋ねる。
「寒い…」
「武道してるから心頭滅却…とか、なんとかはなし?」
「それは火だな」
 寒さは関係ない、と自分勝手な理論で翔太郎が言い切ると清世が笑う。

 お賽銭をそっと賽銭箱に入れる。そして二礼二拍手一礼。腰の角度は九十度。翔太郎は作法通り。隣の清世は作法など関係ないといった様子。
(今年も無事に弓が引けますように)
 一つ目の願い事は毎年恒例。
(友達が沢山できますように)
 二つ目。これも毎年恒例…というにはちょっと悲しいが。
「早く暖かくなりますよーに」
 そして隣から聞こえてくる願い事に…手を合わせたままそちらをちらりと見た。
(俺の……友達)
 未だ躊躇いなく言い切ることができるほどに翔太郎はこの関係に慣れてはいない。でもももが大切な友人であることには変わりなかった。
(ももとずっと友達でいられますように)
 欲張り過ぎかもしれない、と思いながらも三つ目。
「えのもん何をお願いしたん?」
「…今年も無事に弓が引けますように、だ」
 聞かれて口にしたのは一つ目のみ。残り二つは心の中に。やはり祈っている時間が長すぎたのか信じてもらえず素直に白状してみろ、と肘で小突かれた。
「ま、なんとなくわかるけどな」
 それでも残りをいわない翔太郎に清世は得意そうな笑みを向ける。
「よしお参り終了。じゃ、屋台でなんか食って…ってその前に御神籤引いて行こうぜー」
 巫女さん可愛いよねー、とはしゃぐ清世に連れられ、勧められるままに御籤を引いた。
 そして……。
(引かなきゃ良かった)
 と、心底後悔したのである。結果は「凶」。まあ、それはいい。人生山あり谷あり、そんな時もあるだろう。問題は交渉と待人、「言葉が足らず誤解されやすい」「待人現れず」とあった。
(これは……)
 自分の性格のせいで誤解され、沢山友達もできない、ということか…と解釈し更に凹む。たかが籤だなんて思えるほどお気楽な性格をしていなかった。もしもそんな性格だったらもっと友達はいたは…ず…とどんどん思考はマイナス方向に。
 手からひらりと御籤が滑り落ちるのも気付かない。
「えのもん…」
 清世の手が肩に乗る。清世が指差す先には御神木。
 翔太郎が御神木に御籤を結び付け、振り向くと清世がいなかった。
「何か食べよー」
 社務所近辺は日陰だったのでさっさと日向に出た清世が呼んでいる。
「わか……あ、破魔矢忘れた、破魔矢」
 毎年買っているというのに今年に限って忘れていた。友達と来た初詣に浮かれているのかもしれない。買いに戻るぞ、と清世の腕を掴んで社務所に戻る。

 破魔矢を入手し、清世待望の屋台へ…とは言っても来た道を戻るだけなのだが。
「唐揚げ食べたーい」
「食べればいいだろ」
 誰も止めてはいないさ、と翔太郎はその言葉の裏側の意味を知りつつも流す。
「唐揚げ食べたーい、奢ってー?」
 すると今度ははっきりと言われた。
「……」
 翔太郎の渋い顔と清世の笑顔が交差する。
「……っ。唐揚げだけだぞ」
 翔太郎が折れた。だいたい何時ものことである。
 翔太郎は自分が清世に対して甘い自覚があった。友達が欲しいくせに、人と接して傷付くことを恐れた自分が作った壁を、気にすることなく抜けて手を伸ばしてくれた相手なのだから当然といえば当然だ。
「ほら、落とすなよ」
 買った唐揚げ差し出しても清世がポケットから手を出さない。代わりに「あーん」と口を開けた。
「俺が買ったんだから、ももが持て」
 そのあーんはなんだ、と眉間に皺を寄せた。
「えー、寒いし手ぇ出したくないしー。だからあーん」
 悪びれる様子もなく餌を待つ雛のように口を開ける清世に更に眉間の皺が深くなった。
「…俺が代わりに食べるぞ」
 翔太郎が楊枝で唐揚げを刺して自分の口へと持っていく。
「……えのもん」
 少々恨みがましい清世の声が翔太郎を呼ぶ。視線を向けるとまた「あーん」と口を開けた。
「熱くても文句言うなよ…」
 やはり翔太郎が折れた。
「はっ…ふ……」
 ごくんと飲み込んでから美味しい、もう一口と。
(なんだかなぁ…)
 そんな事を思いながら翔太郎は清世の口に唐揚げを運んでやる。恐ろしいことに二回目以降はそう気にならなかった。
「射的、やりたい」
 弓とは違うが何かを狙うというのは面白そうだ、と翔太郎。
 破魔矢といい、我儘だろうかと内心心配であったがしたが清世はあっさり「んじゃあ、行こうか」と頷く。きっと難しく考え過ぎなのだ、と翔太郎は思う。
 オモチャのライフルとコルクの弾。一回撃って癖を掴めば案外簡単であった。
 ノートや筆記用具、実用品ばかり狙う翔太郎にダメ出しをする清世。
「アレ取ってよ、アレ」
 指差すのは可愛らしいぬいぐるみ。絶対取れる、そんな言葉に調子に乗り、結果翔太郎は五百円追加しぬいぐるみとシャボン玉セットを手に入れた。
 使い道はない。「欲しいといったのはももだ」と彼に渡したらぬいぐるみを自分のコートのフードに突っ込まれてしまった。
「結構似合ってるって」
 と、親指立てる清世に、害はないしまあ、いいかと思ってしまう。とことん友人に弱いらしい。でもその弱さは嫌な弱さではない。


 弓始式は神社の裏手、普段参拝客が入れない白州を開放して行われる。射手は一列に並び、扇を模した的を狙う。
「皆中してくる。見てろ」
 清世にそう告げた言葉にはいつにない自信が込められていた。弓道は唯一と言っていい、翔太郎が誇れるものだ。誇ることができるように時間も情熱も注ぎ込んだ。そしてこれからも誇りを穢さないように情熱を注ぎ込み続けるであろう道。

 道着姿で弓と矢を手に射位に立つ。
 顔をまっすぐ的に向けたまま、一度目を閉じた。射場の空気を肌で感じる。少し冷えた空気。風のざわめき。注ぎ込む陽光。そして正面にある射抜くべき的。
 再び目を開けた時には雑音は全て消えていた。無音の世界。弓は神事の側面が強い。誰かとの戦いではなく己との対話といって良いかもしれない。翔太郎はその静けさが好きだ。
 矢を番え弓を構えた腕をゆっくりと持ち上げる。全て練習通り、寸文の狂いもなく。
 弓を押し、弦を引きつつ腕を下ろしていく。高まる緊張感。空気が澄んでいく…そう思える。
 緊張感が頂点に達した瞬間、矢を放つ。
 矢は吸い込まれるように扇の要へ。
 四本の矢は全て扇を射抜いた。何も驚くことはない。練習の通りである。
 四射目が終わり、身体の力を抜いた途端世界に音が戻ってくる。観客席の最前列、音を立てないように、しかし一生懸命拍手をしてくれている友人の姿があった。

 宣言通り皆中を成し遂げた翔太郎を拍手で向かえる。
「えのもん、まじかっこいー」
 清世の盛大な拍手と手放しの賞賛は慣れていない身からすると少々恥ずかしい。
「お前も射ればよかったのに。扇とか射れるんだぞ……」
 本当は嬉しいのについ関係ないことを言ってしまう。
「まじだって。俺、惚れる! いや惚れた」
「えっ…ちょ、惚れ……。いや……え?」
 思わぬ言葉に翔太郎の頭の中が真っ白になった。これは言葉のあやだ。別に惚れるってのは…。頭の中をまとまりのない言葉がぐるんぐるんと回ってどう反応していいのかわからない。
「…そんくらいかっこよかったってこと。それとも俺にまじ惚れしてほしかった?」
 冗談だというのに混乱のあまりつい顔を背ける。
「応援有難うございました」
 せめても感謝の気持ちは述べなくてはと焦った結果、そっぽを向いたまま礼を伝える羽目に陥った。本当に自分は馬鹿だ。
「かっこいーえのもんが見れたし、俺としては満足だったけどねー」
 ところで、と翔太郎の視線の先に清世が顔を覗かせた。
「この後用事ある…? どっか行きたいとことかさ」
「…いや、ないが」
 俺にそんな気が利いたもんがあるか、とふて腐れる。
「じゃーさーえのもん家行って遊ぼ、お酒かってさー」
「別にいいが…」
 翔太郎は口篭った。
「俺でいいのか。面白い話なんてできやしないぞ」
「……えのもんさー、そんなことばかり言っているとちゅーすんぞ、ちゅー」
「なっ…」
「俺は今日えのもんと飲みたいのーってことで、お酒買いにいくよー」
 俺は結構真面目に悩んだんだぞ、と言う前に清世に先を越される。彼はいつもそうだ。そうやって気付けば自分の壁を通り抜けている。
「あけおめ飲みしよー。ツマミ何買ってこっか」
「なんでも良い」
 当たり前の会話とは楽しいものなのだなぁ、と翔太郎はそう思う。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名     / 性別 / 年齢 / 職業】
【ja3082  / 百々 清世   / 男  / 21  /  インフィルトレイター 】
【ja8375  / 榎本 翔太郎  / 男  / 20  /  ディバインナイト 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

初詣はいかがだったでしょうか?
榎本様の複雑な心のうちと友達との交流が描けていればいいな、と思っております。
これからもお二人、仲良く過ごされることを祈っています。
今回はお二人での申し込みを頂きましたのでオープニング以降はそれぞれ視点を変えさせて頂きました。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
winF☆思い出と共にノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年01月28日

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