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『好きということ 』
栗原 ひなこja3001

 好きです。好きなんです。
 純粋な気持ちで言ってたそんな言葉。ありふれた言葉だけれどしあわせだった。
 嬉しい、楽しい。一緒に居られて幸せ。そんな言葉や想いは強くて誇らしいはずなのに、その分だけ辛くて。

 ゆらゆら揺れるブランコ。キィキィと泣き声のように軋む音が静かな夜の空気へと溶けていく。
 好きでいることが、こんなにも難しいだなんて思わなかった。


 栗原 ひなこは携帯電話を開く。画面の中の2ヶ月表示のカレンダー。
 2月2日の日付にでかでかと押された大きなハートの絵文字は、何だかとても虚しく思えてしまう。
(本当なら、指折り数えて楽しみにしてるハズ、だよね……)
 だって、彼が自分に好きだって言ってくれた日なんだから。何よりも大切な日なんだから。恋人っていう名前の関係になった特別な日なんだから。
 携帯電話を握るひなこの指に、少しだけ力が籠もる。楽しみに待っていたはずの2月2日。
(少なくても、ちょっと前まではそうだったのかも知れないね……だけど)
 この日は必ず予定は開けよう。バレンタインが近いから、チョコレートにちなんだ場所へのデートとかしてみたいな。
 けど、バレンタインも特別な日。だから一緒なんて何だか勿体無い。どうしようかな。何処へ行こうかな。
 そんな考えている時間が楽しかった。そんなことを考えて居る時間が幸せだった。
(けど、あたしだけだったのかなぁ……)
 ひなこの手の中の携帯電話は黙したまま。着信は未だに無い。
 毎日何度もやり取りをしていた手紙も、当たり前の日常も忙しくなって、気付いたら月に片手で数えられる程になっていた。それでも。
(実際に逢えた時間がほぼ全てで、笑い逢えたのなら――それだけで、充分だったのに……)
 でも、何故だろう――余計に寂しいって感じるのは。虚しいと思えてしまうのは。
(寂しいのにも、何だか慣れてきちゃったな……)
 何だか彼にずっと我が侭を言っていたような気がして仕方が無い。
 彼は忙しさの合間を縫って、一緒に依頼に行ってくれた。一緒にいてくれた。その為に時間を作ってくれたことが何よりも凄く嬉しかった。
 だけれど、それはほとんど自分からの誘いで。それが、凄く切なかった。
(……好き、なんだよね?)
 もう、とっくに好きっていう言葉が自分からの一方通行としたら?
 全て自分の空回りなのではないかだなんて思ってしまったら、まるで真水に墨を垂らしたように不安がバッと広がってゆくばかり。

 恋に恋するだなんて言葉がある。そんなことは無いと胸を張って言えた。
 自分は彼のことが好きで、大好きで。ただ、それだけで。
 だから、幸せだったし自分達を繋ぐ絆は何よりも強いんだって思っていた。

(だけど、それはあたしだけだったのかな……。ねぇ)
 彼の名前を呼びそうになったことに気付きひなこは思考を止める。
 逸らすように空を仰ぐ。全てを混ぜ込み溶かしてゆくような漆黒色。澄んだはずの冬の夜空は厚い雲に覆われて、何の光さえ無い。
(せめて、星が慰めてくれればいいのに……こんなにどんよりした空では哀しいだけだよ)
 そんなの、八つ当たりだって解っている。この空は何も悪くはないのに、何故だか今は酷く世界が残酷に思えて仕方無い。
「あはは……バカだな、あたし」
 漏れる笑い声。けれど、返る言葉は無く、誰に届くこともなく虚しく白い吐息とともに夜闇に消えて逝く。
「本当に、どうしちゃったんだろうね……あたし。前は、こんなんじゃなかったのに」
 長所だったはずのポジティブなひなこは何処へいったんだろう。どうして、こんなに弱くなってしまったんだろう。
(こんな、あたし……あたしが一番嫌いだ)
 そんな『あたし』を、彼が好きで居てくれるだなんて我が侭は言わない。そんな、贅沢は言わない。
 大好き。大好きだよ。愛してる。愛しているよ。
(そんな彼の言葉を素直に受け止めていればいいのに……彼のことを信じ続けていればいいのに……如何して、あたしは……)
 大好きな彼のことを信じられなくなっているんだろう。好きなのに。
 だけれど、一度広がった不安は止められることなくて。如何することも出来なくて。彼の名前を見る度に、彼の写真を見る度にそれだけで息が苦しくなる。

 それでも、好き。だけど、不安。
 それでも、不安。だけど、好き。
 それでも、だけど。それでも、だけど――そんな言葉を繰り返して、前にも後ろにも何処にも踏み出せずにいる。
 踏みとどまり続けていることはよくないことだと解っているはずなのに。答えを出すことも、答えを訊くことも今は怖い。
(――好き、だよ?)
 だから、おまじないのように自分に言い聞かせる。ただ今は、その言葉で生きてゆければ充分だ。
 好きでいることはこんなにも難しい――でも、まだ繋がっていたかった。
 午後22時を過ぎた。変わらず着信は無い。


 寒風が誰も居なくなったブランコを揺らす。
 白い吐息は夜闇に消え、その逝く果ては誰にも解らない。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3001 / 栗原 ひなこ / 女 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 好きって気持ちは、何よりも難しいですね。
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エリュシオン
2014年01月29日

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