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『交差する恋心 』
綾鷹・郁8646)&リサ・アローペクス(8480)&鬼鮫(NPCA018)


 新紐育という国が存在する。中性な美人が揃う狐狼狸族が有する国だ。
 どちらの性にも属さぬ一族の一人、リサは馴染みのあるウォースパイト号に合同支援を申し込んできた。
 闇蟒蛇なる透明な怪物が、ひとつの客船を飲み込んでしまったらしいのだ。
 艦長の代わりに指揮を執っている副長の郁の表情は、何故か曇ったままであった。仕事に私情は持ち込まないと割り切っているはずなのに、今回だけはなぜか心がざわざわとする。
「このアタシが、狐狼狸に妬くなんて……」
 思わず右手親指の爪を噛む郁。
 理由は明確であった。
 救援を申し込んで来た側のリサが、旗艦で働く鬼鮫に興味を持ちその距離を縮めていたのだ。
 飲み込まれた乗客をどういった方法で救い出すかと言った作戦会議中もリサは鬼鮫に夢中で馬耳東風であった。
「こちらの艦の猛攻で怪物を炙りだして、隙を突いて目標の胃の中に突入。乗客を奪還します。これは時間が勝負の作戦です。皆、気を抜かないようにね! ……そこでイチャついてる二人もね!!」
 書類片手に作戦内容を乗員に伝えつつ、郁はリサとまんざらでも無さそうな鬼鮫の姿を目に留めた。
 彼女の中の苛々は益々積もるばかりで、思わず指をさしてそんな言葉を投げつける始末だ。
「あら、ごめんなさい。聞こえていなかった」
 リサはそんな郁をちらりと見やって怪しく笑うのみだった。
 郁はそこで自分の感情が湧き上がるのを感じたが、なんとか踏みとどまって冷静さを装いフ……と笑う。
 そして作戦決行の合図をおもむろに出すのだった。

「なぜ俺に女性の好みなど聞く? それに今は作戦中だぞ」
「ただの好奇心だよ」
「好みだけでいいのなら……俺は知的な女性が好きだ」
「ふぅん、なるほど」
 リサは益々鬼鮫に興味をもったようだ。
 楽しそうに笑みを浮かべて、首を傾ける。狐狼狸族には性別が存在しないと聞くが、リサのこの妖艶さはどこから醸しだされるものなのだろうか。
「ところで、突っ込む事象艇、私が操縦してもかまわないのかな?」
「あれの扱いは難しいぞ。……お前に出来るか?」
 リサの申し出に鬼鮫は少し茶化すようにしてそう返したが、次の瞬間にはその言葉を後悔した。
 不敵な笑み浮かべたままのリサは、初めてであるはずの事象艇の操縦をいとも簡単にやってみせたのだ。
「――闇蟒蛇の位置を特定! 行くぞ!」
「俺も行こう!」
 リサの見事な乗りこなしと的確な判断を見て、鬼鮫は闇蟒蛇の胃の中に突っ込んでいく班へと同行した。
「……鬼鮫さん」
 その背を黙ってみていた郁の唇から彼の名を呼ぶ声が漏れたが、当然のごとく本人には届かずに空気に溶けて消える。
「事象艇の援護に入るわよ。みんな、準備して!」
「了解」
 郁は一度頭を振った後、次の指示を乗員に出して今の作戦に集中する。
 心中は複雑そのものであったが、それでも彼女は前を見ていた。

 怪物の胃の中は当然のごとく、大量の胃酸にまみれていた。
「うっ」
 それに怯む鬼鮫に対し、リサは動じない。
 凛々しい表情のまま前を見据えて艇の操縦を続ける。
「いたぞ! 客船だ!」
 そう言いながら、胃酸の海に沈みかけている客船へと接舷し、次の行動に素早く動いた。
「全員散開、乗客の救出に当たれ!!」
「助けて!」
「救援が来たぞ!」
 客船側はリサたちの到着に歓喜していた。見るところ、皆無事なようだ。
 一歩出遅れた形となった鬼鮫も、必死の行動で手を伸ばしてくる女性や子供の手を取り次々と運び出す。
「おっとすまない、道を開けてくれ」
「は……リサ?」
 通路を塞いでいたらしい鬼鮫の背後からそんな声が聞こえた。
 それに振り返れば、右肩と左脇に乗客を抱えている何ともたくましいリサの姿があった。その細腕のどこに力があるというのだろうか。
「こりゃぁ、たまげたな……」
 はは、と笑いを零しながらもそう言う鬼鮫は、リサから目が離せなくなっていた。
 その後、リサを戦闘にした救出班はものの数分で客船から乗客を救い出し、見事に脱出をしてみせたのだった。



 美しい花が咲き乱れる場所があった。新紐育の国の宮殿内にある庭園だ。
 そこに招かれた鬼鮫は、隣で花とたわむれるリサを黙って見つめていた。
「……この国では恋愛というものが禁じられていてな」
「…………」
 突然の切り出しに、鬼鮫は素直に驚いた。
 狐狼狸族の繁殖は特殊なものだと聞いたことはあったが、その真実に触れたことはなくやはり興味も湧く。
「だけどな、稀にいるんだ。私のような類が……」
 リサはそう言いながら鬼鮫に一つの花を差し出した。
 その光景がとても美しく輝いていて、鬼鮫は軽いめまいを引き起こす。
「愛の絆、真面目、永遠の美しさ、豊かな愛、愛の結合……」
 リサはそう言葉を続けた。花言葉なのだろう。
「私は『女』を自覚したのは、まだ座学に勤しんでいた頃だ……好いてくれる『男』がいて、私も『彼』を好きだった。だがそれは当然禁忌であって……彼は治療施設に入れられ、『適切』な処置が施された。復学した彼はもう別人で、全快を心から喜んでいたよ」
 静かにそう話すリサの表情には憂いしか無かった。
 悲しそうであるのに、またそれがさらに美しさを引き立てているように思えて、鬼鮫は僅かに視線をそらす。
「以降、私は……忍び恋の繰り返しだ」
 『彼女』の青い瞳が揺れた。
 鬼鮫のみに向けられたそれに、心が動かないはずもなく彼はリサの手を取った。
 一つの花を挟んで、二人は見つめ合う。
 そこにこれ以上の言葉は必要なかった。

「――綾鷹、話があるんだ」
 旗艦に戻った鬼鮫は、黙々と書類整理に勤しんでいる郁にそう声をかけた。
 彼女は一度作業の手を止めてから彼を振り返り「報告書の提出が迫ってるから、手短にね」と言ったあと、視線を元の位置に戻す。
 なんとなくではあるが、鬼鮫の空気で彼が何を伝えようとしているのかが、郁には分かっているようであった。
「リサとの時間を作りたい。出来れば支えてやりたいんだ……」
「…………」
 郁の持つ羽ペンが震えた。
 そして彼女は小さく笑みを浮かべて、顔を上げた。
「ねぇ鬼鮫さん。アタシとあなたは、別れた今も伴侶のはずよ……」
「郁……」
 静かな物言いだった。
 もっと怒って怒鳴りつけてくれたほうがマシだ、とも思えた瞬間でもあった。
 言葉に詰まる鬼鮫に対し、郁は余裕を見せて手元の通信機でオペレーターと連絡をとり始める。
「アタシよ。リサと連絡を取りたいの。追跡してもらえるかしら」
『――たった今、それについてご連絡しようと思っていたところです。リサ・アローペクスは現在、裁判所にいます。この後、医療施設に入るそうです』
「なんだと!?」
 オペレーターの言葉に激しく反応したのは鬼鮫だった。
 郁も同じように表情を歪めたが、鬼鮫の反応のほうが気になり視線をやる。すると彼は今にも部屋を飛び出そうとしているところであった。
「鬼鮫さん! どこに行こうというの! アタシたちが干渉するのは違反よ!」
「関係ない! 俺はリサを取り戻す!!」
 郁の制止の声にも彼は動じずに走りだした。
 こうなってしまえば一直線である彼を、誰も止めることが出来ない。
「もう……っ!」
 バンと机を叩く郁。
 そして彼女は大きなため息を吐きながら立ち上がり、鬼鮫の後を追った。

 家裁でリサは自分は正常であると主張した。駆けつけた鬼鮫もそれに続くようにして正論を述べる。
 受け止めた判事は眉根を寄せてこういう。
「鬼鮫くん、まず君は部外者だ。それを自覚しているのかね? リサ・アローペクスには治療を受ける権利がある。我々はそれを受け入れるだけなのだよ」
「人権侵害だ!!」
 鬼鮫の怒号が飛んだ。
 しかし判事は怯むこと無く目を細めるのみだった。無情である。
 国境を超えての判決は、リサにとっても鬼鮫にとっても酷く厳しいものでしかなかった。
「こんな……こんなことがまかり通っていいのか……!!」
 リサは鬼鮫と引き離され、施設へと移送された。
 鬼鮫は数人に押さえつけられ身動きがとれないまま、彼女の背を見送るしか出来ずに膝を折る。
 その背後に静かに立つの郁だった。
「――……鬼鮫さん。あなたにも解ってるはずよ。彼女が狐狼狸族である以上、あなたもリサも最終的には破綻する。遅かれ早かれ、こうなってしまう運命だったのよ」
「郁、本気で言ってるのか……!」
「アタシは副長としての意見を貫くわ!!」
 悲観にくれる鬼鮫に対し、郁は若干冷めた態度でそう言う。
 それを見た鬼鮫はさらに逆上し、自分の武器である刀を握りこみまた走りだす。
「俺がリサを連れ出す! 病人が去って誰が困るというのだ!!」
「待って、単身で乗り込もうっていうの!? あそこの警備は厳重なのよ! ヘタしたら殺されるわ!!」
 郁は再び駆けていく鬼鮫を必死に追った。
 ――そこまでして、リサに心酔しているのか。
 そう心で思えば、苦渋でしかない。いっその事二人の好きにさせてやろうかとも思うが、郁にも責任がある。
 そしてやはり、鬼鮫という一人の男を想う気持ちも薄らいでいるわけではない。
 失いたくはない。
 失えない。
 後から後へと溢れ出る感情を、ぐ、と抑えつつ郁は鬼鮫の背を守り続けた。
 治療施設は郁の言うとおりで厳重な警備の元にあった。そこに切り込む鬼鮫と、彼を取り押さえようとする豪腕な警備員たちを跳ね除ける郁。
 息はピッタリの二人は、お互いの気持ちのためだけに今を動いていた。
 そして、リサの姿を目に止める。
「リサ!!」
 迷うこと無くリサに駆け寄る鬼鮫であったが、迎えた側のリサの表情は妙に冷めていた。
「……リサ、あなた……」
 郁はそれを見て、全てを悟る。
 『彼女』はすでに治療を終えていたのだ。
 繰り返された忍び恋も、そこで終わりを告げる。
「リサ、俺と一緒に行こう」
「残念だが、それは出来ない」
 鬼鮫に手を取られたリサは、それをあっさりと振りほどいた。
 そして、小さく笑ってこう言うのみだった。
「治療は終わった。私が間違っていたんだ、もう忘れてくれ」
「愛している……!」
 鬼鮫が絞り出した声にも、リサは首を振るのみだ。
 もうリサには何の感情も残ってはいない。終わってしまったのだ。
「身勝手で済まないな」
「…………っ」
 がくり、とその場で見を沈ませる鬼鮫。
 郁は駆け寄り、彼の顔をのぞきんだ。
 鬼鮫の瞳には涙が滲んでいる。
「鬼鮫さん、アタシがいるわ。アタシがずっと傍にいるから……!」
 郁はそう言って彼に口付ける。
 どうしようもない彼の思いのはけ口を、郁は自分で受け止める気なのだ。
 やりきれない思いが二人の心を蹂躙する。
 郁の目尻にも光るものがあり、それを間近で見た鬼鮫は彼女をそっと抱きしめた。
「……それがいい。あんたにはその女が似合っているよ」
 リサはそう言い残して、その場から姿を消した。
 彼女が去ったあと、空に浮かぶのは曇りのない満月。
 静まり返った空間で、抱き合う鬼鮫と郁の姿をやわらかい月の光がいつまでも二人を照らし続けていた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年01月30日

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