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『双花、降臨 』
―・山丹花8721)&―・山茶花(8722)&(登場しない)


 高層ビルの屋上の縁に、その少女たちは、ちょこんと腰掛けていた。
 一見して双子とわかる、10代半ばの美少女2名。ひらひらとしたロココ調の衣装に細身を包み、緑色の瞳を、眼下のビル街に向かって好奇心いっぱいに輝かせている。
 髪は、共に艶やかな茶色。片方は長く、犬の垂れ耳のようなツインテールの形に結わえてある。片方は、華奢な肩を軽く撫でる感じのボブカット。左側の一部を、縄状に編んである。
 同じ髪型であれば見分けがつかないであろう、双子の美少女。
「ここが、お兄ちゃんのいる時代……」
 ボブカットの方の少女が、呟いた。
 ツインテールの方の少女が、わくわくと声を発した。
「私たちの時代と、そんなに変わんない……ように見えて、そこはかとなく古くてレトロチック。ふふっ、面白ーい」
「こらこら、遊びに来たわけではありませんよ山丹花ちゃん」
「わかってますよう。もう、山茶花ちゃんは真面目っ子なんだから」
 山丹花と呼ばれたツインテールの少女が、可愛らしく唇を尖らせる。
「せっかく来たんだから、ちょっとくらい寄り道したっていいじゃない。例えばぁ……若い頃の、お父さんとお母さん。山茶花ちゃんは、見てみたいと思わない?」
「思うような、思わないような……」
 山茶花が、初々しく頬を赤らめた。
「今でも娘の前で平気でいちゃいちゃしている人たちが、若い頃はどんな感じだったのか……なんて……も、もう想像しただけで恥ずかしくって恥ずかしくって」
「ほんっと、お幸せな結婚しちゃってるよねえ。あのバカップルは。どんなプロポーズして、どんな新婚生活送ってたのか! 娘としては当然、確かめる権利と義務があるわけでっ」
「それより、お兄ちゃんを捜さないと。本来の目的を見失っちゃ駄目ですよ、山丹花ちゃん」
 こんな会話をしながら双子の少女は、ビルの屋上の縁、今にも転げ落ちてしまいそうな場所に腰掛けているのだ。
 飛び降り自殺か、と騒ぎ始める者が、そろそろ出て来てもおかしくはない。
 だが街を行き交う人々は、誰1人、立ち止まって見上げようともしない。
 時折、ヘリコプターが飛んで行く。山丹花と山茶花の頭上を、素通りして行く。
 双子の存在に、誰も気付こうとしていない。
『その時代の人々に、君たちの姿は見えない……誰にとっても君たちは、まだ存在していないのだから』
 声がした。柔らかな、女性の声。
 2人をこの時代に送り込んだ女性が、元の時代から語りかけてきているのだ。
『考え直すなら今のうち、という事だよ。その時代の人々に、君たちの姿が見えるようになってしまったら……2人とも、元の時代にはもう戻れなくなる。目的を達成しない限りはね』
「やりますよ。だって、うちのお馬鹿兄上を連れ戻せるの私たちだけなんでしょ?」
 山丹花が応えた。山茶花も言った。
「あんな駄目お兄ちゃんでも、お友達は沢山います。みなさん心配しています。私たちが、捜して連れ戻してあげないと」
『君たちの兄上が、その時代に飛ばされてしまったのは、本当に予期せぬ理由によるものだが……突き詰めれば、私たちの不手際という事になる。本当に済まない』
 女性が謝り、語った。
『人間が、時を越えて過去へと飛んでしまう……本当は、あってはならない事だ。それが君たちの兄上の身に起こってしまった結果、彼を起点として時の流れが乱れ歪み、今の我々の時代が、いささか深刻な事態に陥っている』
「えっと、そうなんですか?」
 何かが起こっている、という話は、山丹花も耳にしてはいた。
「何か過去の人が飛ばされて来たりとか、歴史上の偉い人とかが甦っちゃったりとか、そんな話は聞いてますけど」
『一刻も早く君たちの兄上を連れ戻し、時の流れを正常化しなければ……我々の時代に、あの人物が現れてしまいかねない。君たちの血にも繋がる……あの、恐ろしい暴君が……』
「え、私たちのご先祖様ですか?」
『……いや、何でもない。今の話は忘れて欲しい。とにかく君たちは、兄上を連れ戻す事だけを考えておくれよ』
「まあ、それは当然やりますけど」
 暴君という単語は無論、気になる。だが問いただしてみたとしても、この女性は答えてくれないだろう。
 自分たちが、何やら曰く付きの家系に生まれてしまったらしいという事くらいは、山丹花も山茶花も薄々は気付いている。あの脳天気な兄は、何も気付いていないようだが。
 訊いてみようとすると、父は本当に辛そうな顔をするのだ。
 いつであったか山丹花が、父に尋ねてみた事がある。私のおじいちゃんおばあちゃんは、どんな人たちだったのかな? と。
 その時の父の表情は、忘れられない。
 大人のくせに今にも泣き出しそうな顔をしていた。その辛さを、しかし克服しつつ、娘に語って聞かせなければならない。そんな悲壮な決意に満ちた表情でもあった。
 それでも言葉を発する事が出来ず、ただ辛そうにしている父に、無理矢理に語らせる事など出来るはずがなかった。
 兄は、もちろん捜し出さなければならない。
 同時に、父が語れずにいた事……自分たちの血統に関して、自ら調べ確かめてみる機会でもある。山丹花は、そう思っている。
「さて、それじゃそろそろ行きましょか」
 屋上の縁で、山丹花は立ち上がった。
「山茶花ちゃんは、どうする? 恐かったら、私1人でやるけど」
「……山丹花ちゃんを、1人にしておけるわけありません」
 山茶花も立ち上がった。
 これから2人で飛び降り心中でもするかのような格好になった。
『……2人とも、本当に良いのだね?』
 女性が、いささか執拗に確認を繰り返す。
『今から、君たちがその時代で活動するための肉体を転送する。それが完了してしまえばいよいよ、こちらの時代に戻る事は出来なくなるよ』
 山丹花も山茶花も、今は意識のみがこの時代に送られて来ている状態である。
 肉体は元の時代で、この女性が厳重に保管・管理してくれている。
 それとは違う作り物の身体を、今から転送する。彼女は、そう言っているのだ。
『作り物と言っても、君たちの本来の肉体と何も変わりはしない。有機代用品で作られた、言わば君たちを模した生体人形だ。それがあれば2人とも、そちらの時代で、こちらと同じように動く事が出来る』
「回りくどい事、しますねえ」
 言いつつ山丹花は、ふわっ……と屋上から身を躍らせた。山茶花も、それに続いた。
 少女2人が、宙に浮いた。
 飛行している、わけではない。ふわふわと少しずつ、まるで風に舞う紙のような速度で、落下はしている。
「何で私たちの、意識だけを? 後から代用品の身体を送るなんて、手間のかかる事を」
『……危険なのだよ。君たちの、本来の肉体は』
「ふふっ。もう少ししたら、危険なダイナマイトボディーに成長しちゃうから?」
 まだ14歳である。今はいささか凹凸に乏しくとも、いずれ出るべき部分は出る。引っ込むべき所は、引っ込んでくれる。母のようにだ。
「山丹花ちゃんも私も、お母さんみたいになれますか?」
「あの人って本当、子供3人生んでるとは思えない身体してるもんねえ」
『君たちがそうなれるかどうかは不確定だが……とにかく君たちの本来の肉体には、あの暴君の血が流れている。その時代に送るのは、非常に危険……』
 女性の声が、尻窄みになった。
『……い、いや。とにかく君たちの本来の身体は、私が責任を持って預かっておく。安心して、兄上を捜して欲しい』
 暴君。またしても、その単語が出て来た。
 自分たちで調べてみるしかないだろう、と思いながら山丹花は、山茶花と手を取り合い、ふわふわと落下し続けた。
 地上が、ゆっくりと近付いて来る。
 通行人は誰1人として、降下して来る2人の少女に気付いていない。見えていない。
『……肉体を、転送する』
 女性が、厳かに告げた。
 何かが自分と重なり合った、と山丹花は感じた。
『今この瞬間から君たちは、そちらの時代で存在を開始した……目的を達成しない限り、こちらへ戻って来る事は出来ない……幸運を祈る、としか……』
 女性の声が、聞こえなくなった。
 爪先が固いものに触れるのを、山丹花は感じた。
 コンクリートの、歩道だった。
 通行人たちの目には突然、2人の少女が出現したように見えたのだろう。全員ぎょっとして、振り向いてくる。
 軽やかに歩道に降り立った山丹花と山茶花に、宇宙人でも見るような目を向けている。
「ここが、お兄ちゃんのいる時代……若い頃の、お父さんお母さんがいる時代……」
 山茶花が見回し、感嘆の声を漏らす。山丹花も、はしゃいだ。
「うわあ、みんなスマートフォンとか持ってる! 見れば見るほど微妙に古くて微妙にレトロ! 何もかもが微妙なお兄ちゃんにはピッタリの時代だねっ!」
「さ、山丹花ちゃん。あんまり大きな声を出しては駄目……あ、ああっ! あれは開閉式の携帯電話……ちょっと、使ってみたい……」
 本当に過去に来たのだ、と2人とも実感せざるを得なかった。
 もう後戻りは出来ない。自分たちは、この時代で兄を捜すしかないのだ。
「さてと、それじゃ占ってみましょか」
 山丹花が水晶球を、山茶花がタロットカードを取り出した。
 母から受け継いだ、魔女としての能力。それは、作り物の肉体でも充分に発揮出来る。
 魔女は、いつの時代でも生きてゆけるのだ。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年02月03日

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