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『雪に見る頂き 〜丈 平次郎〜 』
丈 平次郎(ib5866)

 シンシンと降り積もる雪。
 見渡す限りの雪景色に、ひっそりと輝く星たち。
 足跡の無い白の世界はあなたを別世界へと誘う。

 新たな年を大切な人と共に――。

 * * *

 天儀歴一〇一四年 冬

 神楽の都を離れてどれだけの時が経っただろう。
 長くもあり、短くもある時間を丈 平次郎(ib5866)はただ只管に歩き続けていた。
「……っ……またか」
 手を動かし、顔を覆うようにして息を吐く。
 神楽の都を離れる切っ掛けとなった傷――否、全ての始まりとなった傷が疼いて仕方がない。
 傷など遥か昔に完治している。それでも疼くのは、身の内に残る憎しみ故か……。
「……若しくは……近付いているからかもしれんな」
 そう零して指の隙間から見据えた先。
 深い雪に覆われた山を一瞥して丈は再び歩き出す。と、その時だ。

『そうだ。その山を登れ……その先に私はいる』

 突如、脳裏に声が響いた。
 聞き覚えのあるその声を耳に、丈の脳裏にある光景が浮かび上がる。
 それは数年前、自らを死の淵へと追いやった存在の姿。
 巨大で見上げることしか出来なかった龍。必死に足掻き、何とか生だけは取り留めた。
 だが半身には醜いばかりの傷が残り、記憶も奪われ、全てが無へ……還った筈だった。
「何の因果か記憶は戻り、俺も此処へ戻って来た……この先に、奴はいる……」
 自らを招く様に響く声。それに誘われるように足を動かすと、戻ったばかりの記憶が鮮明さを増してゆく。
 悠々と自身を見下ろしていた龍。
 息も絶え絶えで、死さえも覚悟して、それでも刃は手放さなかった。それはあの龍に一矢報いる為――否、そんな生易しいものではない。
「俺は、奴を殺したい……殺さねばならない」
 今も昔も変わらない気持ちがある。
 そしてその気持ちは、この数年で一気に強くなった。
 それは……
「……来たか」
 雪を踏み、山の奥へ入った丈を待っていたのは、我が身を覆い隠す程大きな洞窟だった。
 丈は言う。
「お前が、あの時の龍か……」
 目を凝らすように眇めて呟く。
 確か、丈が対峙したのはそれこそ倒すには困難を極めるほど大きな龍だった。
 だが目の前にいる存在は如何だろう。
「驚くこともあるまい。力を得たアヤカシが人の形を取る……お主ならば数多く目にしてきたのではないか」
 数多く、とは大きな話だ。
 アヤカシの中には人に化ける存在もいる。しかしそれは稀な事。それこそ強大な力を得ているからこそ出来る術だ。
 もし目の前の存在が言うように数多くそのようなモノに遭遇しているとしたら、天儀は相当危険な状態になっていると言って過言ではないだろう。
「しかし、本当に来るとは」
 感慨深げに零された声に丈の足が下がる。
 それは逃げる為の動きではない。寧ろ、戦う為の動きだ。
「何故、俺を呼んだ」
 素直な疑問だった。
 勝ちはしたが逃した獲物である自分。その自分を呼び寄せる理由は何か。
 アヤカシの気紛れか、それとも戯れか。よもや食料に困って因縁ある人間を呼び寄せた訳でもあるまい。
 だがアヤカシは言った。
「今度こそ容赦はせず、骨まで喰らってやろう。君に勝ち目はない」
「……上級アヤカシであるお前が食に困っていると? 馬鹿馬鹿しい」
 スラリと抜き取った紅蓮の色を湛えた剣。それを握り締めた瞬間、存在は白髪の男の姿を湛えたまま笑った。
「怒りの刃か。その刃、君の怒りに共鳴する様に作られているが……随分と美しい色に燃え上がっているな」
 存在の言う通り、グニェーフソードは怒りに共鳴する様に熱を持つ。そして怒りが炎を模して紅くなると、刃は所有者に闘う為の命を与えてくれるのだ。
 丈はその刃を握り締めて零す。
「俺はお前を殺す。お前は俺の娘や友にも害を及ぼす可能性のある脅威だ。何より俺の記憶を奪い、全てを狂わせたお前を許さない」
 記憶を奪われた時に得たものもある。
 だが記憶がないからこそ失われた時間もある。
 それを思うと、胸の内から込み上げるような怒りが湧いてくる。
 この怒りは、諸悪の根源を断たねば消えないだろう。だからこそ闘わねばならない。
「手足を吹っ飛ばされようが必ずお前を殺し、娘の元へ帰る。絶対に俺は死なない!」
 ザッと土を蹴って踏み出した足。それが一気に敵との距離を詰めると、アヤカシは思いの外楽しそうに笑って手を掲げた。
「懐かしい……実に懐かしい殺気だ」
「!」
 眼前を塞ぐような炎の壁に一瞬怯む。だが胸の内に巣食う憎しみはこの程度では消えない。
「小賢しい!」
 振り上げた刃が炎の壁を切裂く。
 そうして踏み込んだ先に刃を突き入れると、彼の手が空気を裂いた。
「なっ、何処に――ッ!?」
 空となった空間に目を見開く。と、直後――
「ぐぁッ!」
 背に焼けるような衝撃を受けて吹き飛んだ。
 ガラガラと、小石を巻き込みながら転がり込んだ土に刃を突き刺す。そうする事で自らを支えると、丈は忌々しげな視線を飛ばしながら立ち上がった。
「……やはり、上級アヤカシの名は、伊達ではないな……」
 上級アヤカシと言えば複数の開拓者が力を合わせて漸く勝てる存在だ。その存在に1人で立ち向かえる筈もない事は丈も分かっている。
 だが、それでも、
「退く訳にはいかない!」
 娘の為、友の為、そして己自身の為。全ての決着をつける必要があるのだ。
「うおおおおおッ!」
 力全てを刃に移すように全身を奮い立たせる。それに呼応するように刃が紅蓮の炎を纏うと、丈は殺す気を纏いながら駆け出した。
「死ねぇぇええぇえ!!」
 悠然と構える男は丈の姿を眩しそうに見詰めると、攻撃に耐えるべく腕を掲げた――
「なっ!?」
 丈は絶句した。
 踏み出した足が止まり、思わず食い入るように目の前の光景を見詰める。
 だってそうだろう?
 何故、この様な事態が起きる。
「何、を……」
 呆然とする丈にアヤカシの口から笑い声が漏れる。その声はとても楽しそうで、丈とは正反対の感情が渦巻いている気配がする。
 だがそれよりも気になるのは、アヤカシが掲げた腕から放たれる炎の方だ。
「何故己を攻撃する!」
 アヤカシが放った炎は丈ではなく、人の姿を取ったアヤカシ自身を包み込んでいた。
「目的は達したのでな」
「……目的、だと?」
 煌々と燃える炎はアヤカシの全身を包み、辺りに異様な臭いをまき散らせ始める。
「とある大アヤカシを敵に回してしまってね。近々私を殺しに来る。同類に殺されるのは御免だ。己で己を終わらせようと決めていた」
「っ、何をふざけた……ならば何故俺を呼んだ! 己で己を終わらせるならば何故この様な――」
「最期に会いたくなった」
 聞こえた言葉に丈の目が見開かれる。
「修羅の如き執念、滑稽なまでの生への執着を持つ、初めて興味を持った人間にな」
 アヤカシとは得てしてこう言うものである。
 こう言うものであるとわかっていながら、丈はこのアヤカシの事をわかっていなかった。
 アヤカシが自分に興味を持っていた事も、自分がアヤカシに興味を持たれるほどに狂気を抱いていた事も。
「君が変わらないままで良かった」
「!」
 言葉と共に炎が大きくなり、アヤカシは一瞬龍の姿を見せて消えた。
 ハラハラと灰のような白い瘴気が舞ってゆく。それを見詰めながら丈は掲げていた刃を下げた。
「……終わった」
 虚しく洞窟内に響く声。
 あまりにも呆気なく、あまりにも無力なまま迎えた終わりに、実感は勿論、達成感もない。
 あるのは複雑な思いのみ。
「帰らねば……娘と、友の元へ……」
 怒りに燃えていた刃は静けさを取り戻している。
 丈はその刃を鞘に納めると、ゆっくりとした足取りで洞窟の外に出た。と、その目にチラチラと舞い散る物が入ってくる。
「……雪、か?」
 分厚い雲の合間から落ちてくる白。
 まるで、先ほどの瘴気のような姿で舞い降りてくる雪を見て、先程感じた複雑な感情が顔を持ち上げる。
「これで良かったのか……否、そうではない……良し悪しではなく……ッ」
 思わず握り締めた手に血が滲む。
 それを隠すように奥歯を噛み締めると、丈は静かな足取りで歩き出した。
 その胸に多くの感情を抱えながら……。


―――END



登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib5866 / 丈 平次郎 / 男 / 外見年齢48歳 / サムライ 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびは『winF☆思い出と共にノベル』のご発注、有難うございました。
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舵天照 -DTS-
2014年02月03日

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