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『One + One 』
彪姫 千代jb0742


 駅の改札を抜けると、人混みの中、見間違いようのない赤毛の姿がある。
「よ、千代。時間ピッタリ、よくできました」
「ととととと父さん!」
 年末の忙しない空気をかき分け、彪姫 千代は筧 鷹政へと飛びついた。


『父さんの家で年越ししたい』
 突飛な申し出に、少しだけ考え込む顔をして、鷹政は千代へ笑顔を向けた。
「いいけど、お客さん扱いはしないからなー。お手伝い、できるか?」
「するんだぞー! 俺、俺、クリスマスにランクアップしたんだぞ!!」
「よしゃ」


 ――そうして、今日に至る。




「……千代」
「ウシシシー!!」
「ウシシシー、じゃない。こら、材料が切れないだろ」
「俺はこうしててもお皿を拭けるんだぞ!」
「拭いた傍から剥いた皮がかかりそうなんだっつの!」
 決して広くはないキッチン、夕飯の下ごしらえをする鷹政に、後ろから抱き着いて千代はキャッキャと皿を拭く。時折、力を入れ過ぎて割るのはご愛嬌。
「どした、今日はテンション高いなあ」
 最初から宿泊する名目でここへ訪れるのは、そういえば初めてだろうか。
 幾度か泊まったことはあれど、どれもなし崩し的だった。
 しかも、今は事務所と住居の部屋を分けているから、目にするものすべてが珍しいのかもしれない。
「おっし。じゃあ、これテーブルに運んでくれる…… おい!!!」
「父さんごと運ぶんだぞー!!」

 お姫様抱っこときましたか。

(……来る途中に、変なものでも食べたか? いや、通常運転か?)
 どちらにしても失礼なことを考えながら、鷹政は勢いに流されるしかなかった。
 この勢いを止められる人物なんて、そうそう居ないだろう。


 鱈をメインに、野菜たっぷり食べごたえたっぷりの寄せ鍋。
「ウシシシシ! あったかいんだぞー!!」
 鷹政の隣にぴったりとくっついて、肩に頭を寄りかけて、千代は鍋を楽しむ。
 ご機嫌メーターである尻尾アクセは、常にMAXゲージ振り切りでビタンビタンと床を叩きっぱなしだ。
「千代は、こっち。ちょっと冷ましたから、食べやすい筈だよ」
「おー……。父さん、ふーってしてくれないのか?」
「え?」
 まさかの切り返しに、鷹政が固まる。
「なんだなんだ、今日は甘えん坊モードか?」
 言葉にして、ようやく鷹政も腑に落ちた。
(そっか。甘えたいのか)
 泊まりに来たいと言った時も、緊張しながらつっかえつっかえ、だったように思う。
 普段から体当たりスキンシップだからわかりにくいが、千代は、時折とても繊細だ。たぶん、本人も自覚のない部分で。
「いいぜ、それじゃ、どれ食べたい?」
「あんなあんな、俺、黒はんぺんが食べたいぞー!!」
「あー、土産でもってきてくれた奴な。……ふーっ」
「あーん! って! 父さん、ずるいんだぞ!!」
 千代の鼻先を掠め、黒はんぺんは鷹政の口へ。
 ぷんすか怒り、千代は鷹政の胸を叩く。
「ん、美味しい。火傷しないか確かめてやったんだってば。ほら、口開けろ」
「ウシシシシ! はっふはふはんらろ!!」
「言えてない、言えてない」
 満面の笑みに、鷹政も嬉しくなる。
「大型動物の餌付けだな、これは」
「がおー!!」
「あはは、箸まで喰うな! 折れる、折れる!!」

 〆は、うどんと雑炊の二段構え。
 余すことなく、最後まで美味しく頂きました。




 事務所の下に居住用として一部屋借りようと決めたのは、こうした泊りがけの来客が増えたことが理由の一つだった。
 なので、それに対する準備も今や万全だ。
 カラーボックスで仕切られた向こうには、やや大きめのベッド。
 その下に、布団を敷けるだけのスペースがある。
「準備できたよ。明日、朝のうちに初詣行くんだろ? 早く寝ないと」
「おー……」
 満腹になって、風呂上りにテレビを見ながらうつらうつらしていた千代がとろんとした目で振り向いた。
「父さんと一緒に寝るぞー……」
「……流石にそれは狭いな」
「やだぁ……」
「ランクアップしたんだろ?」
「うー」
「ああもう、髪拭いてなかったのか。こっちが先だな。ほら、座った座った」
 ふかふかのベッドをポンと叩き、鷹政が呼びかける。もう片方の手には、ドライヤー。

 ほかほかの熱、ごつごつした指先が千代の髪を撫でる。
 眠くなってきたところに、これは強烈に気持よく甘い攻撃だった。
「ん、乾いたかな。……そして爆睡か」
 コテン、とベッドに転がった千代の寝顔に、鷹政はクスクス笑う。
「平和な顔しちゃって。どーんな夢、見てんだろうな」
 しっかりと毛布を掛けてやり、それから自身も布団へと潜った。


 夜更け。
 闇の中、起き上がる影がある。
「……んん」
 鷹政が寝返りを打つ、その後ろから、そっともぐりこむ。
 むにゃむにゃと寝言交じりに、千代は腕を回してギュッと抱き付いた。
 背中から、心臓の音が響く。
 安心する、父さんの匂い。体温。
「ウシシシシ……」
 その夜は、とても幸せな夢を見た。 




「お、お、おおおおおおおおお!」
「いいのか、千代。こんな仕立てのいいもの貰って……。お前への贈りものだったんだろ」
 青藍の紋付き羽織袴を着付け、鷹政は申し訳なさそうに千代を見た。
「…………」
「千代?」
「…………」
「いや、なんで物陰に隠れるんだよ、っていうか隠れてないから。どしたよ」
「な、な、なんでもないんだぞ……」
 顔を赤らめてモジモジ、尻尾はソワソワ、どうみてもなんでもないことはない。
「風邪…… とかじゃないよな、今更。ま、行きますか」
「おー……!」


 ピン、と糸の張ったような澄んだ空気。
 神聖に感じるのは、元旦という日だからだろうか。
「夏にも来たよな、この神社。覚えてるか?」
 鷹政の着物の裾を掴み、顔を下げている千代へ振り返る。
「おー! あん時の神社、な……」
 記憶が繋がり、パッと顔を上げたところで、視線がぶつかる。
「――……ッ」
 そのまま、少年の顔は紅潮し――
「エヘヘへ……」
「笑い方が…… ウシシシーじゃない、だと……」
 照れた笑顔、その理由もよくわからないまま、鷹政は衝撃を受ける。
(夏も、こんな感じだったっけ)
 あの時は、自分が無理矢理に浴衣を着せたから、恥ずかしがっていたのだろうと解るが。
 普段は大型動物よろしくパワーみなぎる少年が、頼りなげに自分の服の裾をつまんでは顔を下げて歩く。耳まで赤くして。
 さて、どういった状況か。
「あんな、あんな」
「おう」
「……な、なんでもないんだぞ……」
 視線が合うたびに、この調子。
「なんでもないのかー? 屋台出てるけど、今日は食べないのかー?」
「む、胸がいっぱいなんだぞ……」
「  」
 何処で覚えた、そんな言葉。
 いや、それ以前に、どうしてそうなった。
「お参りしてからでいいか。……千代」
 すい、と武骨な手が着物の裾を心許なくつまんでいた少年の手を握る。
 体格にほとんど差はないが、積んできた経験値が違う。
 鷹政の手は、ゴツゴツで、少しガサガサで、ほかほかだった。
「こっちの方が、安心―― 千代!!?」




 理由なんてわからない。
 ずっと、ドキドキドキドキしっぱなしだから。
 きっと似合うだろうと思った着物は、日に焼けた肌と赤い髪に予想以上にハマっていて、ドキドキは止まるどころか最高潮で。
 初めて見る姿なのに、どうしてか懐かしい匂いがして、やっぱりドキドキはヒートアップするばかりで。
 自分がおかしいんだろうか?
 病気なんだろうか?
 だけど、一緒にいると、ぴったりくっついていると、ドキドキするけど安心もする。
 あったかくって、此処にいていいんだって思える。
 恥ずかしくって、真っ直ぐ見ることはできないけれど。


(……ぴったり、あったかいぞ?)
 ふ、と千代は目を覚まし―― 覚ましたということは、閉じていたということか。
 視界が、普段よりほんの少しだけ高い。
 懐かしい匂いが、ぐんと近い。
 頬に、何かゴワゴワしたものが触れる。
(父さんの髪の毛)
 ゆっくりと、思考がそこまで辿りつき、ようやく自分が背負われていることに気づいた。
「起きたか?」
「……お、おー……?」
「鼻血だして倒れ込むから慌てたよ。あービックリした」
 顔は見れないけれど、笑っている様子は伺える。
「どっか、痛いとか苦しいとかないか?」
「…………」
 優しい声に、何故だか胸がきゅっと痛くなった気がしたけれど、それは口にできなかった。
「あんな、父さん」
「おー?」
「今年も、いっぱい、いーっぱい、一緒に居たいんだぞ……」
 ぎゅ、抱きしめる腕に力を込めて、肩口に顔を埋めて、願うように、祈るように。
「なぁに、今更。……あ、そっか。今年もよろしくな」
「なんだぞー……」


 一緒にいることが当たり前のように思えていたけれど、それは努力をしているからだ。
 一緒にいられるように、頑張っているのだ。
 拒絶されてしまったら、プツリと切れてしまう。
 足を止めても、絶えてしまうだろう。


(そっか)
 千代が鷹政を追いかけるのは、すっかり見慣れたものとなっていたけれど。
 当たり前のように感じてしまっていたけれど。
 千代は千代なりに、きっと毎日、一生懸命なんだろう。

「今年も、たくさん思い出作ろうな」

 背中に確かな体温を感じながら、鷹政もまた願うように言葉を乗せた。
 千代の夢の中へ、届くといいと祈りながら。



【One + One 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0742 / 彪姫 千代 / 男 / 16歳 / ナイトウォーカー】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 26歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
年越しでテンション振り切れモード砂糖増し増し親子、お届けいたします。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。良い年になりますように。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月04日

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