『流浪の民 道標の先 』

綾鷹・郁（8646）＆藤田・あやこ（7061）＆鬼鮫（NPCA018）

　楓国の大使とウォースパイト号艦長のあやこが固い握手を交わしている。
　長く議論が続いていた国境が確定し、それに関わっていたあやこ率いる艦隊は楓国に援助を約束した。
　それにより一つの部族が退去せねばならない決まりであったが、その部族の酋長が納得ができないと反論した。
「また二百年も彷徨えと申すか？」
　彼らは崇族と言う二世紀前に故郷を捨てて流浪を続けた一族だった。彼らは苦難の末に荒野を開拓し村を作り上げて暮らしてきた。占いや祈り、呪いを扱うシャーマンの村だ。
　流浪の民が安住の地を得てようやく二十年、と言うところで楓国がその土地を取り上げようとしているのだ。
「好条件の移住先も用意してある。きっとあなた達も気にいるはずだ」
「艦長、あなたもエルフであるならば、我らの苦が理解できるであろう？　我ら一族と波長の合う土地が他にどこにあるというのだ」
　あやこは言葉に詰まった。
　酋長の言うことにやはり理解があるからだ。
　エルフもシャーマンも、穢れた土地には住むことは出来ない。本能が欲するのは澄んだ空気と満天の星。精霊の囁きが聴こえぬ空間は耐え難い。
　自身がエルフであるあやこには、それがよく分かる。
　だが。
「これは既に決まったことなのだ……。どうか、受け入れてくれ」
「数の暴力ではないか！！」
　小さな部族の代表が一名、それに楓国とあやこの艦隊の幹部で取られた多数決。
　文字通りの数の暴力で押し切られた結果は崇族にとっては理解できぬものであった。
　あやこは額に手を当てる。
　境遇を分かっているがゆえに酋長に対して強く出ることは出来ない。しかし楓国との約束もすでに取り交わした後だ。退去してもらえない場合、最悪は艦隊が実力行使を行うという事も秘密裏に定められている。
　気がつけば、楓国の大使は『後は宜しく』と言わんばかりにその場から姿を消していた。
「……少し、時間を置こう」
　あやこは溜息とともにそう言って、ひとまずは話を打ちきった。

　一方変わって、綾鷹家。
「少し変わったわね、郁」
「あたしが所属してるのは艦隊よ。厳しい訓練をずっと受けていたんだもの、変わりもするわ」
　長く家を開けていた娘を迎えた郁の母は、面差しと雰囲気が変わった郁に対してそんなことを言った。
　郁はそんな母に視線を向けることが出来ないままで、気だるそうに返事をする。
　彼女は今後の進路に迷っていた。
　艦隊のこと、自分の役割、副長としての責任。理由は様々だ。
「またすぐ艦に戻るんでしょう？」
「……そうね」
　母の淹れてくれたお茶を片手に、郁はため息を吐く。
　娘の思い悩む先に何となく気づいている母は、それ以上は何も言っては来ない。
　自分で出すしか無い答え。
　それでも悩む未来。
　郁は両手に包み込むようにしていたティーカップを持ち直して、ゆっくりとお茶を喉に通して頭を整理する。
「――ごちそうさま、お母さん。美味しかった」
「いってらっしゃい」
　一杯のお茶を飲むだけの時間だった。
　郁は静かに立ち上がってまた家を出る。
　見送ってくれた母は、娘の背中にそれだけの言葉を投げかけて手を振った。

　艦隊は崇族の村に招かれていた。
　炎を囲み酒を飲み交わす。
　あやこは当然、酋長と杯を並べている。
「長老の命令は絶対だったのだ。儂らはその命に従い新天地を求めた」
　話題は崇族の歴史だ。
　当時の長老の導きにより、彼らはこの地を探し当て村を作った。
　救いの場所、約束の土地。安住の地。
　ようやく村全体が安定してきた矢先での退去命令は、そんな崇族にとっては酷く辛い現実でもあった。
「あなたの祖先も侵略行為をなさったな。所詮は血の為せる技なのか」
　酒がよく進んでいるので、酋長の指摘も容赦無い。
　あやこはゆるく首を振りながら酒を煽った。彼女も今は板挟みなのだ。
　勝手を強いている側の楓国はあれ以降何も言っては来ない。完全にあやこに任せてしまっている方向だ。そして最終的には強制退去を狙っているらしい。
「酋長……あなた達には本当に申し訳ないと思っている。出来る限り支援はするつもりだ」
「ならば立ち去れとは言わんでくだされ。この地で生まれ育ったものも少なくはないのだ、故郷を無くす悲しみを彼らに知ってほしくはない」
「…………」
　少し距離を取った先に、郁の姿があった。
　一向に改善する様子のない会話をぼんやりと見つめていると、天幕の向こうから気配がした。
　それに呼ばれた気がした郁は、あやこに見つからないようにその場から離れる。
「……誰？」
　分厚い革の扉を押し開けて、当たりを見回す。
　すると彼女の視界に飛び込んできたのは褐色肌の美しい青年だった。
　装飾物などを見ると、呪術師がよく身につけているものと同じであったのでこの村の若いシャーマンなのだろう。
「君の心の声を聴いたよ。ずっと悩んでいるね」
「不思議ね、それはシャーマンの力なのかしら」
　青年と対峙した郁は、彼に招かれるままに道を歩いた。
　温かい声音と優しい緑の瞳。
　尖ったままの郁の心に直接染み込んでくるような気がして、警戒心も消え去っていく。
「君さえ良かったら、精霊の声を聴いてみないかい？」
「あなたは何を得意としているの？」
「まだまだ修行中だけど、水の声が聞ける。そう例えば……紅茶とか」
「！」
　郁の問いかけに青年はそう答えた。
　まるで郁の行動を読み取ったかのような答えに、彼女の肩が小さく震える。
　すらりと伸ばされてる郁より一回り大きな手。
　彼女はそれにゆっくりと自分の右手を重ねた。
「こっちに祭壇がある。大丈夫、僕を信じて」
「ええ、そうね……」
　優しく握り返される手。
　郁はその青年の声と態度にすっかり絆されてしまい、彼の言うとおりにまた歩みを進めた。

　祭壇の前、青年は実に鮮やかな手つきで古いカップの紅茶を淹れる。
　不思議な形のポットから注がれる琥珀色の液体。
　郁は目の前で黙ってそれを見つめていたが、途中で意識がふつりと切れた。これはシャーマンの力というものだ。
　そして彼女は、青年の導きにより精神世界へと進んだ。
　水面のような場所を暫く歩くと、見覚えのある姿が現れた。
「お父さん！？」
　ゆらりと浮かぶ影。それは郁の父だった。
　父は静かに微笑んだ後、郁を手招きする。彼女は迷わずそれに従った。
「……元気そうだ」
「うん」
　短い言葉が交わされる。
　何故父が此処に、という謎もあったがそもそもこの場がどこであるかも解らない。
　だから彼がいてもおかしくはないのだろうと郁はそう思った。
「俺を追う旅はもう止せ」
「で、でも……」
「自分の心にもう一度問いかけてみろ。答えは出ているはずだ」
「お父さん……」
　父は穏やかだった。
　穏やかながらも、しっかりとした言葉で郁を諭すようにそう言う。
　受け止めた郁は思わずこくり、と頷いてしまっていた。
「それでいい。何も迷うことはない。我が道を進め」
　父はそう言うと、静かに消えていった。
　郁はそれを追おうと手を伸ばしたが、自分の意識も引き戻される感覚があって断念する。
　そして次の瞬間には、パチッとロウソクの芯が跳ねる音がした。
「やぁ、おかえり。精霊の言葉は聞けたかな」
「……ええ、おかげで答えを出せたわ」
　目の前にいるのは、先ほどの青年だった。
　胡座の姿勢のまま、彼は己の手をパンと叩いて紅茶を弾く。彼の『儀式』はそれで終わりの合図のようであった。
「まだまだ不安定でね。これ以上の時間を持続出来ないんだ」
「でも、とても鮮明で温かかったわ」
「ありがとう、嬉しい言葉だ」
　青年は美しく微笑んだ。
　郁もそれにつられて笑みを作る。見知らぬ香の匂いや炎のゆらめき。完全に彼の空間に飲み込まれている状態であったが、郁はそれでも自分の心がスッキリしているのを感じていた。
「聞いてもいい？」
「僕で答えられるなら」
「あなたは村の移住について、どう思っているの？」
「……そうだね。僕は此処で生まれた。当然思い入れもある。だけど、新しい地を見てみたいという好奇心も無いわけじゃない」
　古い習性を捨てようとする意識。
　郁はそれを感じた。
　一族を大事にする気持ちは変わりない。だが酋長のように土地に固執するわけでもない。
　そんな彼に、なぜか惹かれてしまう。
「僕はまだまだ学びたいことが多い。君も一緒に学ばないか？」
「考えておくわ」
　緑の瞳と青の瞳がゆっくりと重なる。
　二人は互いに手を伸ばして、指先を触れ合った後ゆっくりとそれを握り合った。



　数日後。
　村の広場に楓人と思わしき人物を数人見かけた。
　それを怪しいと感じた郁は、彼らの後をこっそりとつけて回る。
　どうやら彼らは村の測定をしているようであった。
　その先に、見慣れた影があり郁は眉根を寄せる。
「鬼鮫さん、何してるの？」
「ああ、綾鷹か……。藤田の命でな、電送機の設置をしている」
「それってまさか……」
「楓人との約束があるらしくてな。強制退去になるらしい」
　鬼鮫は郁との会話を続けながら、機材の準備を進めていた。
　意に沿わぬ行動だと彼自身にも自覚はあるようだが、どうにもならないらしい。
「……無茶だわ！　村人の安全だって保証できないのに！」
「俺だって好きでやってるわけじゃない」
「でも命令だからやってるんでしょ！　それじゃダメよ！　……皆さーん！！」
　郁はそれを言いながら踵を返した。
　そして広場に向かって大声を放つ。村人はそれぞれに彼女の声を耳に留めて目を向けた。
「これから強制退去させられるわ！！　危険ですよーー！！」
「綾鷹、何をしている！！」
　大声のままそう叫ぶと、あやこの怒号が飛んできた。
　直後、周囲もざわつきはじめる。
「艦隊の制服を着ている間は服従しろ！！」
「……じゃあ辞めてやるわよ！！　こんなこと、見過ごせない！！」
　厳しい口調のあやこに対して、郁も負けずにそう言った。そして銃を取り出して鬼鮫が設置して歩いた電送機を片っ端から壊してしまう。
　それから彼女はその場で着ているセーラー服を破り捨てて、水着姿となり村の奥へと駆けていった。
「綾鷹、待て！！」
　あやこと鬼鮫が同じ言葉を同時に放った。
　だが彼女には届くこと無く、空しく消える。
「――ええい、面倒くさい！！　軍を出せ！！」
　そう言い放ったのは、楓人。
　いつまで経っても片付かない案件に、向こうの苛つきも重なっているようである。最終的には自国が抱える軍を動かして村を潰すつもりだ。
「あやこ殿！！　あなたもやはり祖先と同じ轍を踏む気なのか！！」
　酋長が叫んだ。
　それを受けたあやこは、一度固く目を閉じた後、勢い良くその瞳を開いて再び言葉を放った。
「大使よ、あなたも血を流すのか！！　何のための条約だ！！」
　ビリビリ、と空気が震えた。
　酋長より大きな声。凛とした声音にその場にいた全員が凍りつく。
　直後、大使は静かに片腕を上げた。それは駆けつけた軍を撤退させる合図だった。
「……藤田殿、私にも肉親の情がある。先の戦いで娘二人を喪ったばかりだ。焦るあまり末娘まで失うところだった。目が覚めたよ」
「ご理解頂けてありがたい。酋長も含めて、もう一度よく話しあいましょう。お互いが良い方向に向かえるように」
「そうだな……」
　あやこと大使と酋長は、そこでようやく歩み寄りを見せた。
　事態は急速に解決へと向かうようだ。

「広場の喧騒が収まった……？」
「それは、君の行動のおかげだよ」
　水着姿のままシャーマンの青年の元に駆け込んでいた郁が、ゆっくりと広場がある方へと振り向いた。
　青年は身支度を整えているところであった。
　彼は村が移住を選ぶことを望んでいるし、そうなると確信もしているようだ。
「このまま、見過ごせないわ」
「大丈夫、彼らは巧くやる。だから君も新しい時間軸を刻もう。僕も一緒だ」
　青年はそう言いながら、郁の肩にフードを掛けてやった。
　彼は変わらず、穏やかな笑顔を湛えている。
　その笑顔が心なしか数日前に見た父の姿と重なって見えた。
　――自分の道。
　そう心で呟いて、郁はこくりと頷く。
　戻らないわけでもない、戻れないわけでもない。全てそれは、自分自身が決めるだけ。
「そうね……」
　ふ、と笑った。
　青年も同じようにして笑う。
　そして二人はまた手を繋いで、決意を新たにするのだった。

　後日。
　とある乗員による航海日誌にはこう書かれる。

　――長い話し合いの後、崇族は独立を選びそして楓国は不干渉を約束した。綾鷹郁は一旦艦隊を離れ、崇族の青年と一緒に修行をすると宣言。父を追う旅をやめて新しい道を進むようだ。藤田艦長は温かく見守るとだけ言い、その笑顔は少しだけ寂しそうな色をしていたがこれは私だけが垣間見た事にする。

PCシチュエーションノベル（ツイン）

涼月青

東京怪談

2014年02月04日