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『ショコラティエの魅せる夢 』
石田 神楽ja4485

●バレンタインの夢一夜
「ショコラ・バーだって。知ってる?」
「知ってる知ってる!」
 学校の一角、女学生同士がわいわいと噂話に華を咲かせている。
 ショコラ・バー。夢を観たい人に、夢を魅せてくれる場所。
 甘いカクテルと共に、ほろ苦いショコラを。
 辛口のワインと共に、飛び切り甘いショコラを。
 お酒とショコラの華麗なるマリアージュ。
 色取り取りの包みに隠された秘密を、どうぞ召し上がれ。
 ――それはバレンタイン・デーの夢一夜。斯くして今宵魅せられるのは誰の番?
 年齢不問、性別不問、何もかもが関係無い。
 バレンタインの夜のみに客を迎える、秘密のショコラ・バー。
 噂を耳にすれば、あっという間に足取りはこちら側。

 ”ショコラ・バーはあなたの訪問を心待ちにしております。”

 あなたは噂を偶々耳にする。そしてその夜、連れ立って歩いていたパートナーと共にあるバーへと足を踏み入れる。導かれるように、促されるように。不思議で可笑しなショコラ・バーで、一夜限りの夢を見る。

●ようこそショコラ・バーへ
 夜の街並みはこの良き日を楽しむ恋人たちを祝福するようイルミネーションで彩られている。
 繁華街、いつもは喧しい程に賑わう客引きの声も今日は何故だか少なく、カップルで伴い歩く姿ばかりがちらほらと視界に入った。
 それもその筈、今日は――バレンタイン・デー。
 久遠ヶ原に住まう恋人たちに、束の間の休息が訪れる、祝いの日。
 そんな中、丁度良い間隔を保ち寄り添い歩く、二人。
「依頼の合間にこうして出掛けるというのも、最近は少なくなりましたね〜」
 石田 神楽(ja4485)はそう言って連れ添い歩く恋人に声を掛けると、宇田川 千鶴((ja1613)は小さく頷いて返す。
「そうやな」
 溜息雑じりに吐く息は白い。
 普段は忙しく戦いに身を投じる二人がこうして街を歩くことが出来るのは、ひとつの大きな闘いが一段落した為とも言える。
 そんな千鶴が纏うのは、普段着用している制服とは異なるニット生地の可愛らしいワンピース。最近覚えたばかりの初心者お洒落は勿論恋人である神楽と共に楽しむ今日の為。
「あ、そう言えばそれお似合いです」
「……おおきに」
 戦闘の――普段の話はデートには場違い。そう言わんばかりにさらりと賛辞の言葉を述べる神楽に一瞬千鶴は躊躇い黙り込むものの、感謝の言葉を短く返す。
 他愛のない話に花を咲かせながら街並みを歩く。予定も当ても特には無く、ただゆったりとした時間を過ごす穏やかな一日の終わり。
 そして二人はふと一つの看板に気付く。イルミネーションが夜を照らすその一角、ぽつねんと佇むシンプルな様相。
 ――『ショコラ・バー』。
 ただそれだけの文字が刻まれた看板と、その入り口と窺える場所に立つカクテルドレス姿の女性。
 女性は陽気な道化師を模した仮面を付けており、手には大き目のバスケット。中に何が入っているのかまでは判らないが、興味を惹かれるのは事実。
「ショコラ・バー……?」
「そういえば、確かに大学部で話には出ていましたね……」
 学園内で耳にした噂を思い出す。
 バレンタインの夜にのみ現れ客を迎えるという、不思議なバーの話だ。
 眉唾物の話だとどこか現実的に考えていた二人だったが、実際目にして見ればどうだろう、何故だか不思議と興味が湧いて来る。
「どうするかまだ決めてなかったし、入ってみる?」
 先に口を開いたのは千鶴だった。
「では入ってみましょうか」
 それに対し異論無く頷く神楽。
 にっこりと笑んでいる道化師のマスクに目を向けると同時、奇妙な既視感と、不思議な好奇心が沸き起こり二人を刺激する。
「奢るわ」「あと、私が奢ります」
 一歩一歩と歩みを進めながら、ほぼ同時に上がる声。
 二人は一度顔を見合わせるものの、その続きは眼前の女性の声によって遮られた。
「いらっしゃいませ、ショコラ・バーへようこそ! ――ドレスコードは一粒のチョコレート、その他は何から何まで自由な空間。あなたも、あなたも、きっと満足していただけることかと思います」
 女性はやわらかな声音で囁きかけると深く一礼し、バスケットを差し出した。中に入っているのは、大小様々、色もそれぞれの包み紙。その表面には、『chocolate』の文字が印字されている。
「これ、貰ってええの?」
「ええ、どうぞお選びください。当店自慢の一粒になりますので、どうぞお二方とも召し上がってくださいな」
「ふむ。……では、私はこれを」
 千鶴と神楽はそれぞれ目についた包み紙を手に取ると、女性に促されるまま地下へと至る階段を降りていく。
「――どうぞ、密やかな一夜をお過ごしくださいませ」
 仰々しく片手を扇いだ女性は深々と頭を下げ、二人の背中を見送った。



「へえ、案外広いんや」
 長い階段を降り切った室内は予想と反してスペースが有り、三つに分けられたフロアは広い奥行がある。
 店内に流れる静かなバックミュージックの御蔭だろうか。点在する人の数は多い割に、喧噪は余り聴こえない。穏やかな雰囲気を保ったまま、ゆったりとダンスを踊る人々の姿が目に入る。
 店内では目許を蔽う仮面を付けた人々の姿ばかりが目に付くが、不思議と今の二人には気にならなかった。
「そうですね。それに良く賑わって……あ、あそこ空いてますね」
「ああ、注文し易そうやしね」
 神楽が見付けたのは、丁度二つの空席が見えるカウンター席。
 カウンター内では金髪の男が銀色のカクテルシェーカーを振っている。勿論彼もまた蝶を模したマスクで目許を蔽い隠し、顔立ちまでは窺えない。
 二人は促されるまま席に腰掛け、置かれているメニューを眺める。
 ――豊富な種類を用意したショコラ・ビュッフェ、カクテルの種類は星の数。お客様の好みのまま、バーテンダーにお任せするもまた一興。
 そう記載された、これまたシンプルなメニュー表を置くと、二人は暫し悩んで注文する。
「カクテルはお任せでお願いします」
「こっちはチョコに合いそうなカクテルで」
「かしこまりました」
 頷いたバーテンダーの男はやわらかな笑みを口許に浮かべ、背後に並べられたアルコール類の瓶を迷いなく選び手際よく手に取り配合していく。
 暫し見惚れるようにして眺めていた二人だったが、ふと手にしているチョコレートの包みの存在を思い出すとしげしげと見詰める。
「これは頼むのとは別なん?」
「ええ、そちらは当店自慢、特別製の一粒です。どうぞ味わってお召し上がりください」
 問い掛ける千鶴に返すバーテンダーは、そう言いながらカクテルグラスに注がれたアルコールをステアする。
 神楽が手にしているのは赤色の包み、千鶴が手にしているのは黒色の包み。
「では、食べてみましょうか」
「ん。……中身も別なんやろか」
 封を切り、中から出て来たのは極普通の丸いチョコレート。
 互いに摘まんだそれを口の中に放り込むと、先ずカカオのビターな風味がふんわりと広がり、次に程好く甘いコーティングが咥内でやわらかに融けてゆく。噛み砕けば中からとろりとしたソースが溢れ出て、甘味とほろ苦さが共に混ざり合い、けれど舌触りはまろやかだ。
 それでいて後味はしつこくなく、あっさりと飲み下すことが出来た。
「うん、普通に美味しいな」
「そうですね。とても食べ易いです」
 チョコレートに対する感想を揃えながら席を立つと、二人はショコラ・ビュッフェに足を運ぶ。幸いにも人の姿は無く、広いビュッフェスペースを二人きりで堪能することが出来た。
 並ぶ種類豊富なチョコレートは色取り取りのライトを受けて煌びやかに輝き、まるで宝石のよう。
 幻想的とも言えるその光景を眺めながら戻ると、席の前には二つのグラスが並べられていた。
「お、カクテル来とるね」
 神楽の席に置かれているのは漆黒の闇夜を思わせる色合いのカクテル。
 千鶴の席に置かれているのは透明な硝子を思わせる程澄んだカクテル。
「黒いカクテルとは珍しいですね。何が入っているんでしょう?」
「温めた珈琲に、カルバドスを合わせました。夜の似合う素敵な男性に」
 神楽が手にした黒色のカクテルに対し、バーテンダーが説明を加える。
 同様に千鶴が手に取ったカクテルからは、ふわりと葡萄のフレーバーが漂う。
「うちのは……何やろ、葡萄の香りがするな」
「きりりと冷やしたシャンパンに、ウォッカと合わせたアイスワインを少々。透き通った眼差しが素敵な女性に」
 甘い夜には甘い言葉を。そう続けたバーテンダーは口許で穏やかに笑い、他の席へと注文を受けに行った。

●あなたの本音と私の本音
 カクテルを楽しみ、他愛無い話から会話を始め、神楽は気付いたことがある。
 ――自分自身が何時に無く饒舌だ。
 普段から笑みを絶やさず、穏やかであるよう振る舞う男。恋人に対してもそう有ろうとしていた神楽である筈が、今日はいやに饒舌になってしまっていた。
 常であれば千鶴が話し手になる筈が、その構図が逆転している。
 喋りたい、と思う。話したい、と思う。伝えたい、と思う。
 眼前の彼女を喪わない為に、奪い取られてしまわない為に、告げたい言葉が次々と脳裏に浮かんで、喉からまろび出る。 
「さて千鶴さん、丁度良い機会ですから、少しお説教しても良いですか?」
 興味深げに眺めていた千鶴に対してにこやかなまま言い放つのは、神楽。
「私は後衛、狙撃手です。千鶴さんと組んで依頼に出る事も多いですし、今回の大規模招集でも共に動きました」
「うん?」
 お説教と銘打たれた時点で若干気が削がれたようだが、千鶴も一先ずは聞く姿勢を見せる。
「なので分かります、千鶴さんは無茶をし過ぎです」
 目を丸くする千鶴に内心で神楽は躊躇いを覚える。無茶をしている自覚が無いのだろうか、そこまで無茶をすることで彼女は報われているのだろうか。――否、そんなことは関係が無い。
 千鶴は千鶴で、無意識下、深層心理の中で誰より一番心を許している彼が告げる言葉だ。耳を傾けずにはいられない。
「――自分より他人を護りたいのは分かりますが、私は他人より千鶴さんを優先したい」
 神楽の、心の底から浮かび上がって来た本音だった。饒舌に助けられ、思わずこぼれ出る言葉の数々。他人よりも護りたいもの、護らなければならないもの。執着と良く似ているやも知れない、愛着。
「なので今後は無茶をしないように。あと、たまには私の無茶も許可して頂けると……」
「……いやいや、そろそろ落ち着いて。お酒が美味しくなくなるわ」
 千鶴にストップをかけられ、神楽は瞬いた。そうして、手元のカクテルグラスへと視線を少し落とす。
 返されるだろう千鶴の返事は、元より判っていた。彼女は敏い。そして、出来ない約束をしない、誠実さを持っている。
 神楽はそれでも伝えたいと、彼女が心配だと思った。それは、純然たる事実。
 そして返される言葉は。
「おおきにね」
「……ふむ、この辺りにしましょうか」
 その言葉に神楽は暫し黙した後頷くと、カクテルグラスに口付ける。
 ビュッフェから取って来たチョコレートを頬張りながら、千鶴は小さく笑って一粒のトリュフが乗った皿を差し出した。
「ハッピーバレンタイン、神楽さん。これ美味しかったで」
「有難う御座います、千鶴さん」
 乗せられたトリュフを摘み上げると、一口。カクテルの苦味を融かすような甘さが口内に満ちて、先程までのお喋りな気持ちはどこかへ行ってしまった。
 神楽はいつも通りの笑みを浮かべたまま頷き、千鶴は普段通りのていで喋り出す。



 バレンタインの夜のみ客を招き入れる、不思議なショコラ・バー。
 一匙の夢と一匙の心を織り交ぜて、魅せられる夜をカクテルと共に味わおう。

『ショコラ・バーで過ごす夜。お楽しみいただけましたでしょうか?』

 ――甘いショコラと共に、恋人たちの夜は更けていく。 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4485 /  石田 神楽 / 男性 / 23 / インフィルトレイター】
【ja1613 / 宇田川 千鶴 / 女性 / 21 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です。有難う御座いますの拝を篭めまして。
 今回はショコラ・バーへようこそおいでくださいました! 甘いショコラに織り交ぜられたちょっぴりビターな一幕。普段は告げない自身の本音、不思議な魔力に魅せられた夜。
 PC様個別部分は『●あなたの本音と私の本音』になります。どうぞ合わせてお楽しみください。

 気に入っていただければ幸いです、ご依頼どうも有難う御座いました!
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年02月04日

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