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『天然天使たちが人間界で初めての正月を迎えるようです 』
緋月jb6091

「あれ……この本……」
 その本を見つけた時、私、緋月(jb6091)は、思わず書棚を整理する手を止めていた。
 時は年末。私が人間界へと堕天して半年。お世話いなっている老夫婦の営む古書店の、大掃除を手伝っている時に見つけたものだった。
「えぇと……大晦日……三が日……初詣に、おとしだま?」
 書いてあるのは、この国の年末年始の風習。行事の由来や作法、その際の正装などが、事細かに書かれているようで。
「ふおぉ……! 人はこうやってお正月を過ごすんだ……! 兄様に教えてあげないと!」
 そう。今年の元旦は、私にとっても、兄、綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)にとっても、地上へやって来てから初めてのものになるのだ。知らなかったことは、山ほどある。
 ……とはいえ、今は大掃除の最中だ。そして、迎える第一段階、『大晦日』までは、時間があまりにも少ない。私はともかく、大慌てで流し読みしてその内容を詰め込むと、急ぎ大掃除の任務を完了。兄様と『初詣』に向かうことを書店の主たちに相談しに行ったのだった。

 そして、迎えた年末の夜。
「はいよ。慣れないうちはちょいと苦しいだろうけどね。これぐらいしないと着崩れちゃうから」
 婦人にお願いして用意してもらった『振袖』の支度に、随分と時間がかかってしまった。
 ……言われた通り、ぎゅうぎゅうにまきつけられた帯が苦しい。布地も何枚も重ね着しているせいでずっしりと重いし……。服を整えるだけで、これほど大変だとは思わなかった。苦行を課すことで、神への忠誠の証としているのだろうか?
 兄様の方はどうなのだろう……。
 からからと戸を開けて外に出ると、既に兄様も支度を終えていた。男性の正装は、確か「紋付き袴」と言ったか。兄様はまだこちらに気が付いていないのか、今は私に背中を向けているけれども。その背中がまた実に凛々しい。さすが兄様。初めての服装でも見事に着こなしている。
「兄様、お待たせしました」
 驚かせないように、そっと声をかけると、兄様は肩越しに、ゆっくりと振り向いてこちらを見た。夜の、ぼんやりとした街の明かりに照らされた兄様の顔は、いつも通り、穏やかな笑みがたたえられている。
「お」
 兄様はそうして、私を一目見るなり、小さくそう、声を漏らした。
「……ふむ、それが話に聞いていた振袖と言うものか。良く似合っているぞ」
「はい……。兄様も、その格好、実にお似合いですわ」
 単純なもので、兄様に褒められると、多少の窮屈な思いなどすぐにどうでもよくなった。この国の風習として、自分が完璧にこの『着物』と言うものを着こなせているのかは分からないけど、兄様が似合ってくれると思ってくれたなら、ひとまずはそれでいい。
 私たちは互いに顔を見合わせて微笑みあうと、しかし兄様は、すぐに表情を引き締めた。
「……では、行くか」
 一転して、兄様の声音が緊張に満ちたものになると、私も神妙な表情で頷いた。
 そう、私たちはこれから、決して遊びに行くわけではない。年に一度だけ叶うという、この地上の神に対する謁見の儀式『初詣』へと、新参者として赴くのだ。
「……供物の準備は」
「はい兄様。ここに」
 兄様が鏡餅を取り出すと、私も袖から、用意した鮭とばを見せる。ここまでは、抜かりはないはずだ。
 もう一度、互いに頷きあうと、私たちは並び、慎重に歩きはじめたのだった。




 年に一度の、神に謁見できる機会とあって、その神聖な場、『神社』は大変な賑わいを見せていた。
 行きかう人々の様子を、それとなく観察して……感じた疑問に、やがて私はきょろきょろとあたりを見回していた。
「皆、供物持ってないなぁ……」
 もしかして手順を間違えたのだろうか。何となく不安を覚えつつ、とりあえず、人の流れに沿って列に並ぶ。
 まともに動けないながら、列は整然としていて。私は勢いに逆らわないようにしつつ、兄様とはぐれないように慎重に進む。……もちろん、鮭とばは落とさないようにしっかりと持っている。
 やがて、本殿が近付いてきて……。
「あ、手、手を洗うんですね。兄様すいません。これちょっと持っててください」
 そこからは、本で見ただけでは分からないことの連続だった。
「あ、あれ? お金? 兄様、お金を投げるみたいです」
 人混みの中あたふたと、見よう見まねで参拝することになった。えっと、お金を投げて、鈴を鳴らして、こうして手を叩いてから、手を合わせればいいんだろうか……。
 目を閉じ、真摯な気持ちで本殿に向かい合う。天界を追われ、地上に落とされた身ではありますが、この地に住まうことを受け入れてくださるでしょうか……。
 暫くの間そうしていたが、何も起こらなかった。
「緋月、後がつかえているようだ。ここは一度退却しよう」
 兄様に促されて、はっと顔を上げる。確かに、周りの人たちを見るに、ずっとここに居座っているのは迷惑なようだ。
「神様は顔を見せちゃだめなんでしょうか?」
 追い立てられるように本殿を離れて。私はポツリと疑問を漏らしていた。
「……うむ。残念だが……、見たところ、多くの人々が参拝の後そのまま謁見は叶わずに本殿を離れているようだ。しかもそれに対し不満を持つ様子はないしな」
 さすが兄様。冷静に見ている。
 ……だからと言って、今日の参拝が完璧にできたとは思わない。供物の件も含め、調べ直さなければならないことはあるだろう。
 とはいえ、この混雑だ。今日のところは、出直すしかなさそうだ。



「さて。……これで『大晦日』『初詣』が完了したわけか。緋月、『三が日』の過ごし方には、後はどのようなものがあるのだ?」
「えっと……そうですね。確か『おとしだま』と言うのが」
「ふむ。それはどのように行うのだ?」
「……確か、大人が子供に与えるもの、だったと思いますが……申し訳ありません。ここについてはあまり詳しく見ることが出来ていなくて……」
 兄様の問いに、私は声が小さくなっていくのを自覚しながら俯いて答えた。
「いや。この地の風習については俺もまったくノーマークだったからな。お前だけのせいじゃない……むしろ俺こそ、お前に任せきりにして済まんな」
 そう、優しく言ってから、兄様はまた、腕組みをして考え始める。
「『落とし玉』というからには、落とすのだろうな。玉を」
「そうとしか考えられませんね。しかし……一体何のために……」
「一年に一度の儀式、か……」
 私と兄様は暫く顔を突き合わせて考え込んでいた。一年に一度。玉を落とすことで得られるもの……。

 それからおよそ一時間後。
 兄様は、拠点としている古書店の屋根の上に居た。
 私はそれを、庭から見上げる。
「行くぞ緋月! この兄の試練、見事乗り越えて見せよ!」
「はい兄様! お願いいたします」
 お年玉。それは、大人が子供に『相応の重さを持つ鉄球』を投げ付け、見事受け止めた者を一人前と認める儀式。
 年に一度、親が子に玉を落として与えるもの、と言えば、こうとしか考えられない。
 私が一つ、呼吸を整えたのを合図にして……風が、唸りを上げた。
 振りかぶった兄の腕から放たれた鉄球には、かなりの勢いがある。失敗すれば無事ですまないほどの。
 ……だがそのことが、私には逆に嬉しい。この強度がつまり、兄が私を認めている強さだ。
 ならば私はそれに、全力で応える!
 しっかりと鉄球を見据え、重心を見極めて、考えうる最高のタイミングで掌底を繰り出す。真正面から受け止めた衝撃に、空気が振動する。その衝撃は勿論、そのまま私の体に伝わるが、全身をしなやかに使い私はそれをなんとか周囲に拡散っ……――

「あんたら、何やってるんだい?」

 古書店の主人の、困ったような呆れたような声が聞こえてきたのは、その時だった。
 思わず、気が抜ける。
 鉄球を受け止める余裕は完全になくなって、それはそのまま地面に落ちた。

 ……私はこの失敗に落ち込むことはなかった。
 なぜなら、「お年玉」の風習が、そもそもが今日、私たちが過ごした正月の風習、その大半が大きな勘違いであることを、このあと老夫婦からきちんと教えられたからだ。ちなみにおとしだま――正しくは『お年玉』――も、この時、正式な意味で老夫婦から私たちに与えられた。
 私たちは、しばらく言葉を失って。
「……ぷ」
「……く、くく……」
 それから、多分ほぼ同時に。思わず漏れた忍び笑いから、やがて顔を合わせて盛大に笑いだしていた。
 そうか。そうだったのか。人間界の習慣は難しい。
 でも、人間界の風習も、楽しいですよね……――?

 ――……あ。

 その時突如、私の心にポツン、と染みが降りてきて。
 私の笑いは、そこで急に止まった。



「……どうした緋月。笑いすぎて腹の筋でも痛めたか」
 急にぴたりと声を止めて俯いた私に、兄が心配そうに近づいてくる。
 私は力なく首を振った。
 そうじゃない。
 そうじゃないのだ。
 気付いてしまったのが。私が何故、今日、こんなに必死に人間界のお正月を過ごしたかったのか。
「……兄様」
 そして、気付いてしまったからには、聞かずにはいられないことがあった。……それは、ずっと、聞けずにいたこと。
「天界に未練や……堕天した後悔は無いですか?」
 ……何のことはない。
 私はただ、許されたかったのだ。
 天界を追われたことを。地上の暮らしも楽しいと思いこませることで。
 だけど……。
「天界に未練が無いと言えば……嘘になるな」
 ゆっくりと、誠実に、兄様は答えてくれた。びくりと、私の身体が震える。
 分かっている。いくら異国の暮らしが楽しくても、それは決して、故郷の『代わり』にはなりえないことは。私が、私がしてしまったことは……。
 兄が、ゆっくりと近づいてくる。その右腕がゆっくりと上がるのを見て、私は罰を覚悟して目を閉じた。
 なのに……その掌は、優しく私の頭に降りてくるだけで。
「だが、お前を追わなければ、俺はもっと後悔していただろう」
 続く言葉も、舞いおりる羽毛のように暖かく優しくて。
「堕天は自らの意思で決断した事。お前が気に病む事はない」
 そうして、顔を上げた私と、しっかり目を合わせて、兄様はそう言ってくれた。
 ……本当に?
 私が巻き込んでしまったのに。
 兄様は天界で一目置かれて居たのに。
 本当にそれでいいのか……分からないのに、でも、兄様の穏やかな微笑を見ていると、それは言葉にならなくて。
 ただ、ぎゅっと抱きついてしまうことしか、出来なくて。
「! 兄様…有難うございます。その言葉だけで十分です」
 でも、今は兄様はこうして、頷いて私を受け入れてくれている。本当に、それでいいのだと、私は思うことにした。

 ああそうだ。言い忘れていた。
「兄様、明けましておめでとうございます」
「……ああ。明けましておめでとう」

 私の、勘違いだらけの正月は、こうして終わった。
 だけど……兄様と楽しい年末年始を迎えた。
 私の中で、そのことだけは、絶対に、間違いでは、無かったはずだ――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb6091 / 緋月 / 女 / 20 / アカシックレコーダー:タイプA】
【jb7475 / 綾羅・T・エルゼリオ / 男 / 21 / アカシックレコーダー:タイプB】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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なんといいましょうかこの。我ながらどうしてこうなったと思わなくもない個所はありますので、何かご不満な点があれば遠慮なく申しつけください。
でも正直その……すっごく楽しかったです。
この度は、ご発注ありがとうございました。
winF☆思い出と共にノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月05日

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