▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『天然天使たちが人間界で初めての正月を迎えるようです 』
綾羅・T・エルゼリオjb7475

 ゴー……ン。
 低い鐘の音が、遠くから響いてくるのを、俺、綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)は静かに聞き入っていた。
 時は大晦日の夜。
 最愛の妹、緋月(jb6091)が、「兄様、人はこうやってお正月を過ごすんだそうです……!」と伝えてきたのが、今日の昼過ぎだ。
 無論、妹と、その『お正月』なる風習とその前夜祭たる『大晦日』、そして『三が日』を共に過ごすことに俺に異存があろうはずもない。
 故に今はこうして、この大晦日の夜に鳴り響く鐘の音に耳を澄ませながら、妹の支度を待っている。
 重く響く音が体に浸透していく。妹が昼に仕入れた知識を要約すると、この『除夜の鐘』とは、人間たちの強い欲望を滅する術式であるようだ。天使である己には効果ははっきりとは自覚できないが、腹の底に沈むような音色は確かに、内にある淀みを崩していくような感覚を覚える。
 成程、きっとこの地上の人間たちは古来からこうして天界の侵攻に対抗していたのか。……天界軍にいた頃の自分がこのことを知っていれば捨て置くわけにはいかなかっただろうが、しかし、今の俺は……。
「兄様、お待たせしました」
 背後から、遠慮がちな声が聞こえてきたのは、そこまで考えていた時だった。一瞬、反応が遅れてから、妹の様子を確かめるべく、ひとまず肩越しに顔を向ける。
「お」
 思わず、声が漏れた。
 妹は今、人間界のお正月における女性の正装、『振袖』に身を包んでいる。
 着物の持ち主、世話になっている古書店の婦人は「古着ですまないけど」などと言ってくれたが……鮮やかにあしらわれた花の柄、煌びやかな色地にところどころ金糸があしらわれ華美でありながら決して低俗さは感じさせない、これだけで芸術品と言っていいほど立派な品ではないか。そしてそれに引けを取らずに着こなす妹の見事さよ。
「……ふむ、それが話に聞いていた振袖と言うものか。良く似合っているぞ」
 と。不意を打たれたが、兄として間抜け面を晒すわけにもいくまい。一呼吸して向き直ると、きちんと言葉を形にしておく。
「はい……。兄様も、その格好、実にお似合いですわ」
 俺の言葉に返すように緋月もそう伝えてくる。ふむ。俺も同じく、正月における男性の正装、黒の『紋付き袴』を身に纏っている。なにぶん慣れぬ格好なので不安はあったが、しかしまあ、緋月からみて問題がないのであればひとまずは安心だ。
 互いの姿を確認して微笑みあうとしかし、俺はすぐに表情を引き締める。
「……では、行くか」
 俺がそう言うと、すぐに緋月も真剣な顔になる。
 それでいい。これからの行動、気を緩めてかかるわけにはいかないだろう。これから行くのは『初詣』――年に一度だけの機会と言う、この地の神へと謁見する儀式なのだから。ただでさえ新参者、それも天界から落とされた身である。気を使って使いすぎるということはあるまい。
「……供物の準備は」
「はい兄様。ここに」
 俺が鏡餅を見せながら問うと、緋月が袖から鮭とばを見せる。ひとまず、必要なものはそろっている、か。
 俺たちはもう一度、互いに頷きあうと、慎重に歩きはじめた。




 年に一度の、神に謁見できる機会とあって、その神聖な場、『神社』は大変な賑わいを見せていた。
 緋月は、始めは気取られぬように、だがやがて、疑念が抑えられなくなったのかはっきりと、周囲へと視線を巡らせ始める。
「皆、供物持ってないなぁ……」
 妹の声。そうなのだ。話に聞いていた捧げものを、道行く人々は所持している気配がない。巧妙に隠し持っているのか……それともすでに、捧げられた後なのか? 入口や近辺に、それらしき場所は見当たらなかったが……。
 しかし我らは既に人混みへと合流してしまった後だ。今更引き返すわけにはいきそうもない。
 ……窮屈ながら、これほどの人数が、良く整然と進んでいるものだ。この国の人間は礼儀正しいとは思っていたが。それとも、これがここに奉じられている神の威光によるものなのか。益々気が引き締まる。
 やがて、本殿がはっきりとその姿を現した頃。
「あ、手、手を洗うんですね。兄様すいません。これちょっと持っててください」
 緋月が鮭とばを押しつけるように渡してきて、俺は慌てて受け止める。妹の言うとおり、神に面会する前にここで身を清めねばならぬらしい。
「あ、あれ? お金? 兄様、お金を投げるみたいです」
 あたふたと参拝の準備を進める妹の言葉からは、若干の焦りが見て取れる。実際、俺たちの参拝の手際は、決していいとは言えなかった。やはり付け焼刃。調べきれなかったことが多すぎる。俺に出来ることと言えば、緋月の混乱を助長せぬよう、極力平静を装いつつ周囲の観察を続けるくらいだった。
 見よう見まねで鐘をならし、銭を投げ、礼をしてから手を合わせる。
 かつては他の神に仕え、そしてそこから追われた身なれど、けっして対立するつもりはないこと等をなるべく真摯に念じたが、本殿の奥から何らかの反応が戻ってくることはなかった。
 ……。
「緋月、後がつかえているようだ。ここは一度退却しよう」
 背後からの気配に、俺はここで諦めて緋月に声をかける。緋月もはっとして顔を上げたので、続く人間の邪魔にならぬよう、その場から静かに離れる。
「神様は顔を見せちゃだめなんでしょうか?」
 ぽつりと、不安げに緋月が呟いた。
「……うむ。残念だが……、見たところ、多くの人々が参拝の後そのまま謁見は叶わずに本殿を離れているようだ。しかもそれに対し不満を持つ様子はないしな」
 俺はそうは答えたものの、供物の件といい引っかかる点はいくつかあった。事情があって会えぬならばそのことは仕方がない。せめて、何か粗相がなければいいのだが……。やはり改めて、詳しく調べ直さねばなるまい。
 とはいえ、この混雑だ。今日のところは、出直すしかなさそうだ。




「さて。……これで『大晦日』『初詣』が完了したわけか。緋月、『三が日』の過ごし方には、後はどのようなものがあるのだ?」
「えっと……そうですね。確か『おとしだま』と言うのが」
「ふむ。それはどのように行うのだ?」
「……確か、大人が子供に与えるもの、だったと思いますが……申し訳ありません。ここについてはあまり詳しく見ることが出来ていなくて……」
 緋月の声が、だんだん自信なさげに細く小さくなっていく。気に病ませてしまったか。
「いや。この地の風習については俺もまったくノーマークだったからな。お前だけのせいじゃない……むしろ俺こそ、お前に任せきりにして済まんな」
 そうフォローしたが、むしろこれはフォローと言うより、実際己の失態だろう。しかし今このことを長く引きずっている場合ではない。『三が日』の時間は、限られているのだから。
 ひとまず今は、おとしだまとやらのことだ。はて、どういうものなのか……。
「『落とし玉』というからには、落とすのだろうな。玉を」
「そうとしか考えられませんね。しかし……一体何のために……」
「一年に一度の儀式、か……」
 しばし、妹と顔を突き合わせて考える。一年に一度。親が子に対し与える儀式、か……

 それからおよそ一時間後。
 俺は、普段拠点とさせていただいている古書店の屋根の上に居た。
 見下ろせば、庭より妹がこちらを見つめている。
「行くぞ緋月! この兄の試練、見事乗り越えて見せよ!」
「はい兄様! お願いいたします」
 お年玉。それは、大人が子供に『相応の重さを持つ鉄球』を投げ付け、見事受け止めた者を一人前と認める儀式。
 年に一度、親が子に玉を落として与えるもの、と言えば、こうとしか考えられない。
 俺は慎重に鉄球を構え、妹の様子をうかがう。……たかが鉄球とはいえ、それなりの重さがある。いかに、普段から戦いに身を置く者とはいえ、当たり方が悪ければ……。
 だが、露骨な手加減はすべきではない。緋月はこの俺と、人間界の正月を過ごしたいと言ってくれたのだ。ならばその風習は全力でまっとうせねばなるまい。
 何よりも……お前なら受け止められる。信じているぞ、妹よ!
 緋月が、一つ大きく深呼吸していく。全身に気が張り巡らされて行くのを頃合いとして、俺は腕を振りかぶる。
 唸りを上げて鉄球が、緋月へと、落ちていく!
 バアン! と、鉄球と、緋月が繰り出した掌底がぶつかり合い、衝撃が周囲を揺るがす。
 切れの良い音。真芯で捉えたか。まずは上出来だ。鉄球の勢いはこれで大分殺されたことだろう。だがその威力を、ここから殺しきれるか……――!

「あんたら、何やってるんだい?」

 古書店の主人の、困ったような呆れたような声が聞こえてきたのは、その時だった。
 つい、気が抜ける。
 妹もそうだったのだろう。掌で止めていた鉄球は、そのまま受け止められることなく、地に落ちた。

 失敗……だが、この後、妹をどう慰めるか、という心配は無用だった。
 なぜなら、「お年玉」の風習が、そもそもが今日、俺たちが過ごした正月の風習、その大半が大きな勘違いであることを、このあと老夫婦からきちんと教えられたからだ。ちなみにおとしだま――正しくは『お年玉』――も、この時、正式な意味で老夫婦から俺たちに与えられた。
 俺たちは、しばらく言葉を失って。
「……ぷ」
「……く、くく……」
 それから、多分ほぼ同時に。思わず漏れた忍び笑いから、やがて顔を合わせて盛大に笑いだしていた。
 全く、恥ずかしい勘違いだ。
 だがそれでも、その勘違いすら、楽しい一日だった。
 なあ。
 改めて、顔を上げたところで。

 ――……妹の笑みが、突如止まっていた。
 気付けば緋月は、暗い顔で俯いていた。



「……どうした緋月。笑いすぎて腹の筋でも痛めたか」
 全くの突然だった。俺は、動揺を抑えながら問いかける。緋月は、小さく首を振る。
「……兄様」
 そして、絞り出すような、つらそうな声で、ポツリと言った。
「天界に未練や……堕天した後悔は無いですか?」
 ああ、そうか。
 お前はずっと、そんなことを気にしていたのか。
 何がきっかけで、急にその罪悪感を思い出したのかは分からないが、だからこそ、これはずっと奥底にあった想いなのだろう。
 ならば。
「天界に未練が無いと言えば……嘘になるな」
 俺も本気で、それに応えねばなるまい。俺が告げると、緋月の肩がびくりと震える。その緋月に近づき、俺は腕を振りかぶる。……妹が、ぎゅっと目を閉じる。
「だが、お前を追わなければ、俺はもっと後悔していただろう」
 そして、俺は続けてそう言って、ポンとその頭に、優しく手を置いた。緋月が驚いた表情で、顔を上げる。ようやく上を向いたその瞳を、しっかりと見つめながら、俺は言った。
「堕天は自らの意思で決断した事。お前が気に病む事はない」
 慰めではない。これが決して偽りのない、俺自身の、意思。
 だが、昔から思い詰めるところのあった妹にそれが通じるだろうか……? と、思っていたら、不意に強く抱きつかれた。
「! 兄様…有難うございます。その言葉だけで十分です」
 ……そうか。ならば、それで、良い。

「兄様、明けましておめでとうございます」
 またぽつりと、妹が腕の中で小さく言う。そうだな、それを忘れていたな。
「……ああ。明けましておめでとう」

 俺たちの、勘違いだらけの正月は、こうして過ぎていった。
 だが……大切な妹と過ごした、楽しい、正月だった。
 俺の中で、そのことだけは、間違いでは、無い。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb7475 / 綾羅・T・エルゼリオ / 男 / 21 / アカシックレコーダー:タイプB】
【jb6091 / 緋月 / 女 / 20 / アカシックレコーダー:タイプA】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
なんといいましょうかこの。我ながらどうしてこうなったと思わなくもない個所はありますので、何かご不満な点があれば遠慮なく申しつけください。
でも正直その……すっごく楽しかったです。
この度は、ご発注ありがとうございました。
winF☆思い出と共にノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.