▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『アンドロギュヌスを断ち切る剣 』
藤田・あやこ7061)&仲嶋・望萌(8446)&鬼鮫(NPCA018)


 最初は、誰だかわからなかった。
 真新しい士官用軍服に細身を包んだ、獣人族の少女。びしっと敬礼を決めたその姿に、かつての獣娘の面影はない。絵に描いたような、女軍人である。
「仲嶋望萌……この度、連合艦隊旗艦所属・特務中尉を拝命いたしました」
「私の直属だな。まあ、よろしく頼む」
 艦長・藤田あやこは敬礼を返した。
「……鬼鮫には随分、しごかれたと見えるな?」
「あの男は、いつか殺します」
 うっかり本音を漏らしてしまってから、仲嶋中尉は口元を押さえた。
「……失敬。霧嶋参謀は、軍人としても教官としても理想的な御方であります」
「その理想的な教官に鍛え上げられた腕を、さっそく見せてもらおう」
 艦橋のモニターに、あやこは視線を投げた。
「本艦の前方宙域で、楓国の艦艇が襲撃を受けている。獣人族の、戦闘部隊によってな」
 獣人族は、長年に渡って、楓国の属国のような扱いを受けてきた。
 だが近年、独立の機運を高めている。
 獣人族による、楓国への反乱とも言うべき事件が、このように頻発しているのだ。
「楓国は、我らの同盟者。救援しなければならんのだが……やれるか?」
「獣人族の戦闘部隊を、速やかに撃退いたします」
 仲嶋中尉の可憐な美貌から、一切の表情・感情が消え失せた。
 獣人族の出身者としては、感情を殺さなければ遂行出来ない任務であろう。


 川にはまった家畜が、ピラニアの群れに襲われる様に似ていた。
 楓国の戦艦は、獣人族の戦闘機部隊に攻撃され、撃沈寸前である。
 以前は小規模なゲリラ活動が精一杯であった獣人族であるが、このところ急激に軍備を増強している。
 そんな戦闘機部隊の真っただ中に、こちらから発進した小型事象艇が1機、雷撃レーザーのような速度で突っ込んで行く。飛び交う砲火を、軽やかに回避しながらだ。
 恐るべき操縦技術であった。
「さすがは鬼鮫仕込み、というわけか……」
 あやこが感心している間に、仲嶋望萌の操縦する小型事象艇は、獣人族の戦闘部隊を回避飛行のみで突破し、楓国戦艦の甲板上に強行着艦していた。
 撃沈寸前だった戦艦が、ふっ……と消失した。レーダー反応もなく、目視も出来なくなった。
 仲嶋中尉が、ステルス装置を起動したのだ。
 獣人族の戦闘機たちが、標的を見失って右往左往している。
 この連合艦隊旗艦からの砲撃で、殲滅する好機ではあった。
 だが今のところ、そこまでする必要はない。あやこは、そう判断した。


 その判断を、責められた。
「何という手ぬるい事を! よもや獣人どもと、密かに通じ合っているのではあるまいな!」
 撃沈寸前であった楓国の戦艦。その艦長が、怒り狂っている。
「獣人どもには、貴軍からの離反者も大量に合流していると聞く。あの者どもの軍備増強は、要するに貴軍から武器弾薬類が流れているという事ではあるまいな!」
「そのような事はない、と思いたいが……」
 あやこは曖昧な事を言った。
「とにかく、救援が遅れて恐ろしい思いをさせた事はお詫びする」
「そ、そのような事を言っているのではない! 我ら楓国がしっかりと獣人のテロリストどもを取り締まっていると言うのに、貴国がそのように手ぬるいのでは!」
「テロリスト、だと……!」
 あやこの背後に控えていた仲嶋望萌中尉が、怒りを露わにした。
「ふざけるなよ! あたしの父さん母さんを殺したのは、お前ら楓人どもだろうが!」
「獣人……! な、何故、獣人がこんな所にいる! 藤田艦長、やはり貴官らは獣人どもと通じて」
「我ら妖精王国の願いは、楓国と獣人族が仲良くしてくれる事だ。楓人も獣人も、対等に大切に扱う。ただそれだけの事だよ」
 今にも軍刀を抜き放ちそうな中尉の首根っこを捕まえながら、あやこは言った。
「私の部下が無礼をした、それもお詫びする……だが何故、獣人族がこのように戦闘的にならざるを得ないのか。それを貴国には、そろそろ真剣に考えて欲しいと我らは思っている」


 懐かしい。そして熱い。口の中が、燃え上がっている。
 この辛さは、楓人や妖精王国人の軟弱な舌では耐えられないだろう。仲嶋望萌は、本気でそう思う。
 紛れもない。父の味だった。
「あ〜、この激辛パイ……久しぶり、ほんと最高!」
「お前の父上に教わった味さ。たんとお食べ」
 獣人族の族長が、にこやかに言う。
 だが他の獣人たちは疑念を隠そうともせず、望萌を睨む。
「お前……妖精王国の軍人になったんだろう?」
「奴ら、楓人どもの同盟者じゃないのか」
 辛さと懐かしさに涙ぐみながら、望萌は睨み返した。
「……だから、辞めて来たんじゃないか」
「それを信じろと?」
「協力者を疑ってる余裕なんて、ないんじゃないの? 知ってるよ。怪我人続出で、医療品が足りてないんだろ」
 どうやら何者かによる援助を受けているらしく武器弾薬は充実しているものの、それ以外は不足しているというのが、獣人族の現状であった。
「楓の連中、とうとう細菌兵器まで使おうとしてるって話じゃんか」
「本当に細菌をばらまかれたら、負傷者を気遣っている余裕は無くなる。見捨てて逃げなければならないか、と思っていたところさ」
 族長が、難しい顔をしている。
「医療品が手に入る……あてでもあるのか? 仲嶋君」
「まあ、奪うしかないだろうね。妖精王国の連中から」
 望萌は答えた。
「短い間でも、あそこの軍にいたんだ。手はずは整えられるよ」


 楓国には、平和であってもらわなければならない。
 内戦など起ころうものなら、そこから妖精王国のみならず龍国や久遠の都をも巻き込んだ、全面星間戦争に発展しかねないのだ。
 それを未然に防ぐため、あやこは今こそ、全ての良心を捨て去るべきであった。
「……では、この値段で引き受けてくれるのだな?」
「藤田女史からの御依頼とあってはね。貴女は龍国でも有名人だ」
 龍族の暗殺者が、不敵に笑った。
「私なんぞを、お使いになるのは……いざってぇ時に何もかんも龍国のせいにしちまうため、でしょう?」
「仮にそうだとして、お前自身が何か迷惑を被るのかな」
「いえいえ。戦争にでもなりゃあ、私どもも商売繁盛でございますからねえ……では確かに、お引き受けいたしましたよ」
 暗殺者の姿が、影のように消え失せた。
 入れ替わるように、兵士の1人が、艦長室に駆け込んで来た。
「か、艦長、侵入者であります! 医療品が大量に盗まれました! 電送機が使用された模様」
「放っておけ」
 あやこは命じた。
「最悪の場合、獣人たちには全員死んでもらう事になる。医療品くらい、くれてやろう」
 医療品不足が解消されれば、彼らは動き出す。
 楓国政府が細菌兵器を使用する、という情報を信じ、先手を打って攻撃を開始しようとするだろう。
 その情報は半分真実、半分が嘘である。
 楓の政府が獣人族に対し、新兵器を使おうとしているのは本当だ。それは、しかし細菌兵器などではない。
 先日、助けてやった楓国艦長が、それを所有していた。聖剣・天のイシュタルを突き付けて、あやこはそれを奪った。
「これは……もはや、兵器ですらない」
 一見すると単なるペンダントでしかないそれに、あやこは軽く指を触れた。
「楓国の誰が、一体何のために……こんなものを作ったの?」


 獣人族に援助をしているのが何者であるのかは、不明である。
 出来れば調べるように、と藤田あやこ艦長からは命ぜられているのだが。
「尻尾を掴むには、何かしら行動を起こすしかない……って事なのかな」
 何者にせよ、と仲嶋望萌は思う。武器弾薬だけを提供して医療品の類を一切よこさない、その姿勢から、援助者の意図を読み取る事は出来る。
 獣人族を、戦うだけ戦わせて使い捨てる、その意図をだ。
「そうはいかんよ。なあ仲嶋君」
 獣人族の族長が、望萌の肩をぽんと叩いた。
「お前のおかげで医療品の心配は無くなった。獣人族の戦士として、文句の付けようがない実績だな」
「族長……」
「もはや、お前を疑う者はいない。仲嶋望萌・専用機も用意してある。先頭に立って、楓国政府と戦ってくれるな?」
「……もちろん!」
 胸の奥の痛みを押し隠すように、望萌は力強く答えた。
 獣人族が楓政府を相手に内戦を引き起こすようであれば、指導者である族長を躊躇なく暗殺すべし。それが、藤田あやこ艦長からの命令である。
 獣人族の暴走を、内部から防ぐ。それが仲嶋望萌の任務なのだ。
 それが、先頭に立って戦うなどという話になってしまっている。
 獣人族か、藤田艦長か、どちらかを自分は裏切らなければならない。
(どうしたらいいの……あたし、どうしたら……!)
「さあ、激辛パイをたんまり焼くぞ! 出撃の前夜祭だ!」
 族長の言葉に、獣人たちが歓声を上げる。
「細菌兵器など、使われる前に潰す! 楓国政府もろともだ! 姑息な者どもに獣人の力、見せつけてくれようぞ!」
 歓声が、嵐のようになった。
 獣人族の老若男女が、喜びを露わにして踊り狂っている。
 猫の尻尾、犬の尻尾、牛や馬の尻尾……様々な獣の尻尾が、楽しげにうねり跳ねる。
 その中に、蛇の尻尾があった。いや、竜の尻尾か。
 それが、族長の近くでシュルッ……と人波に消えてゆく。踊り狂う、人波の中に。
 竜の尻尾を生やした何者かが、族長に何かをした。そして逃げて行った。
 そう見えた時には、族長は倒れていた。
 踊り狂っていた獣人たちの動きが、凍り付いた。
 硬直した人波を掻き分け、望萌は駆け寄って行った。
「族長……!」
「……不覚を……取った……」
 望萌の細腕に抱かれながら、族長は弱々しく笑った。その笑顔から、急速に生気が失せて行く。
 望萌の手が、ぐっしょりと汚れた。血の汚れ。嫌な色をした血である。
 毒の色だった。
「毒刃で……ざっくりと、やられた。もう助からん……獣人族の未来、仲嶋君に託す……」
「そんな……何言ってんの、族長……」
 族長は、もう何も応えてはくれなかった。
 呆然とするしかない望萌の肩に、ぽんと手が置かれた。
「……任務終了だ。戻るぞ、仲嶋」
 鬼鮫だった。藤田あやこ艦長もいる。獣人たちの中に、紛れ込んでいたようだ。
「お前に出来るわけはないと、最初から思っていた。だから手を汚す者は私が用意しておいた」
 あやこが言う。
「獣人族を反乱に駆り立てる役目は、見事に果たしてくれたな仲嶋中尉」
「艦長……あんた……」
「反乱の高揚の中で、指導者を失う……これで獣人たちの心は折れた。内戦を起こす元気など、綺麗さっぱり失ってくれただろう。獣人たちよ、牙など捨てて平和に生きろ。野獣ではなく家畜で良いではないか。お前たちを慈悲深く扱うよう、我らが楓国政府に圧力をかけてやるから」
「……喋るな動くな藤田あやこォオオオオオ!」
 鬼鮫の太い首筋に、望萌はナイフを突き付けた。
「みんな、その女を殺して! そいつは、あたしたちを罠にはめた! あたしたちの希望を奪ったんだ!」
 望萌の叫びは、しかし獣人たちの誰にも届いてはいなかった。
 呆然と固まったまま全員、まさしく心が折れている。
「人質を取るなら、本当に殺すつもりで取れ……そう教えたぞ」
 鬼鮫が言った。優しい口調だった。
「艦長の言う通り、お前には無理だって事よ……もう1度言うぞ、任務終了だ」
「……終わるのは……お前だああああああ!」
 望萌はナイフを捨て、拳銃を構えた。銃口をあやこに向け、引き金を引いた。
 銃弾が、あやこの胸元で、ペンダントを粉砕した。
 ペンダントに封じられていたものが解放され、溢れ出した。
 それは細菌兵器などではない。いや、最大限に拡大解釈すれば、細菌の一種という事になるのであろうか。
 時を遡り、原初の人類に変革をもたらす細菌。
 原初の人類は、単身で生殖を行う種族であった。それを男女に分け、性差別を生む。
 それが、この細菌の力なのだ。
 誰が、何のためにこんなものを作り上げたのか、現時点で知る者はいない。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年02月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.