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『ないしょの願い事 〜Side Rudorph 』
ルドルフ・ストゥルルソンja0051


●特別なおめかし

 デートの為のおめかしは、いつだってドキドキもので。
 それでも今日は本当に特別。
 ルドルフ・ストゥルルソンは知人の伝手で教えてもらった着物専門店で、ある種の着せ替え人形と化していた。
「お客様はお背が高くていらっしゃいますから……」
 特別な店でなくては、中々彼に合うサイズがないのだ。
 あれこれと悩んだ挙句、最後はシンプルなデザインに落ち着く。
 裾に金糸の蝶が舞う白地の着流しに、暗い鳶色の角帯をきりりと締めて。濃紺の羽織を纏えば、金の豊かな髪が一層艶やかに映えた。
「……こんなものかな」
 鏡に映る自分の姿がちょっと照れくさい。ので、わざとそっけなくそう言った。
 黒の手袋と黒の襟巻を受け取り、外に出る。
 気になるのは、待ち合わせの相手セシル・ジャンティの和装姿。
「どんな服でもセシルが可愛いのはもちろん判ってるけどな」
 何やら深い悩みを抱えているかの様な、端正な横顔の脳内はだいたいそんな感じで。
 待ち合わせ場所へとルドルフは急ぐ。


●待ち合わせ場所にて

 待ち合わせ場所に居るルドルフは、嫌でも目立つ。
 飛びぬけて長身の、ビスクドールの様な顔立ちの男性が、和装でキメて立っているのだから当然誰もが振り向く。
 しかし少し険しいルドルフの表情に、振り向いた人もそそくさと離れて行った。
 だがその表情が一種の照れ隠しであることを、当人が一番よく知っている。
「ルドルフ! お待たせしました」
 その声に振り向き、ルドルフは思わず漏れ出そうになった声を一度飲みこみ、天を仰いだ。
(うちの嫁さん(※予定)は今年もめっちゃ美人です、神様ありがとう!!!)
 何故か無言で空を見上げたルドルフに、セシルは少し戸惑う。
「ええと……どうですか? 和装は初めてなのですが」
 はっとしてルドルフはセシルの方に振り向き、こくこくと頷いた。
「すごくよく似合ってる。うん、良いと思う」
 可愛いとか。綺麗だとか。素敵だとか。そういう言葉が一度に湧き上がって、喉に引っ掛かって、すぐには出てこない位に。
「なら良かったです」
 にっこり笑って、セシルは子供のようにくるりと回って見せる。振袖がひらりと踊り、簪の飾りがしゃらりと音を立て、それはそれは華やかで。
「ルドルフも素敵ですよ。あ。写真、撮りましょう」
 スマホを取り出し、お互いを撮影した後、道行く人を呼びとめ二人で収まる。
 ルドルフの長身を収めるのに苦労した通りすがりの人は、全身像とウェストアップの2枚を撮ってくれた。
「ふふ、とても綺麗に撮れてます」
 待ち受けにしようとこっそり喜ぶセシルと、その写真を自分にも転送してくれといつ切り出そうか迷うルドルフだった。


●お告げの意味

 折角の初詣とあって、ちょっと遠くの有名な神社まで電車に乗って移動する。
 慣れない草履に駅の階段はなかなかの難所だったが、そこで手を取り合ってちょっとずつ進むのもまた楽しくて。
 そのうちに歩く姿も様になり、神社につく頃には堂々たる歩きぶりとなっていた。
「お参りには作法があるらしいよ。えーとイチレイ、ニハクシュ、ニレイハイだっけ」
 ルドルフは調べてきた作法を披露する。
 が、案外その辺りは日本人も適当だ。見よう見まねで小銭を投げ、手を合わせる。
「ええっと、次はお御籤を引くらしいよ」
「お御籤、ですか」
 首を傾げながら、列に加わった。
 他の人がじゃらじゃら音をさせて木の筒を振り、中から出てきた棒を確認しているのを観察する二人。
「なるほど、わかりました」
 セシルが木の筒に手をかける。が、案外重い。長い袖も邪魔をして、セシルは苦労して筒を振る。ところが今度は、なかなか棒が出てこない。
 ルドルフはその姿に思わず笑い出しそうだった。
 それに気づいてセシルが僅かに口を尖らせる。
「何かおかしいですか、ルドルフ」
「いや、あんまり一生懸命だったんで。手を貸そうか?」
「大丈夫ですったら」
 セシルがちょっと頬を膨らませたので、ルドルフは本当に笑いだす前に自分も筒を取り上げた。

「中吉、だそうです。ルドルフはどうでしたか」
「大吉だって」
 お互いに覗きこみ、内容を確認する。
「あら、一番いい結果ですね。ええと……『願い事:思うまま。但しゆめゆめ油断すべからず』ですか。難しい言い回しですね?」
「そうだねえ」
 確かに今、素敵に着飾ったセシルとデートできている。これは思うままだ。
(油断するな、か……結構グサッとくるな?)
 ルドルフは気を引き締めて、セシルの御籤を覗き込む。
「セシルの方は『どんな小さなことも行わねば完成しない』か。確かに、頑張って一人で筒も振れたしね!」
「もう、ルドルフったら!」
 そう言って綺麗に畳むセシルの籤には、続きがあったのだ。
 ――ありのままの自分を表現すべし。
 セシルは自分の心を見透かされたようで、少し戸惑う。
 ルドルフの前でなら、飾らない自分でいられる。それを日本の神様は見抜いて、背中を押してくれているというのか。
「いい結果は持ち帰ってお守りにして、悪い結果はあれに結ぶらしいよ」
 ルドルフが指さす方には、細い縄にびっしりと白い御籤がくくりつけられていた。
「私はお守りにしておきます」
「じゃあ俺も」
 二人とも畳んだ御籤をなくさないように、大事に仕舞い込む。


●ないしょの絵馬

 ルドルフは改めて広い境内を見渡した。
「どうしました? ルドルフ」
「うん、えっと……あ、あっち! 行ってみよう!」
 セシルを促し、絵馬の奉納所へと誘う。
「こうやって札にお願い事を書いて吊るすんだってさ」
「……皆に見られるんですね」
 奉納所に溢れんばかりに飾られた絵馬の数だけの人の思いの迫力に、セシルは目を見張る。
 そこに綴られた願い事は、一説によると他人に見られるほど良いともいう。
 でも少し気恥ずかしいのも確かだ。
「折角ここまで来たんだし、やってみない?」
「ルドルフがそう言うのなら」
 表に白い馬の描かれた木の板を受け取り、すぐ近くの台でそれぞれペンを取り上げる。


 やけに真剣なルドルフの横顔をちらりと見遣り、改めてセシルは自分の目の前の板に視線を戻す。
(お願い事、ですか……)
 それは決まっている。

 今年も彼の隣で笑っていられますように。
 彼が怪我や病気をしませんように。
 多くは望みません。
 彼の傍にいられるだけで幸せです――。

「セシルー、何書いたの?」
「ふふ、秘密です」
 その内容を見られるのは、少し気恥ずかしくて。母国語のフランス語で書いたけれど、ひょっとしてルドルフがこれ位の内容なら読めるかもしれないと思って。
 セシルはそれ以上ルドルフが見ないよう、すぐ傍の頬に軽く口づけして誤魔化してしまった。
「先に掛けてきます」
 悪戯っぽい目で笑うと、セシルは奉納所へと小走りで駆け出す。


 残されたルドルフは白い頬を僅かに赤く染め、遠ざかるセシルの飾り帯の背中を呆然と見送った。
(ちょ、待って……! 何でそんな可愛いの……ッ!?)
 思わず後を追いかけて、背中から抱き締めて。
 でもかれこれ3年、まだ信じられないことにキスすら頬までという、何とももどかしくくすぐったい関係で、それはあり得ないことで。
 ルドルフは真顔になって、自分の絵馬に向きあう。

 今年も一年彼女が幸せで健康でいられますように。

 日本語は読めても書く方は得意ではないので、母国語のノルウェー語で記した。
 そこで一度ペンを止め、暫く悩んで肉太の文字で書き加える。

 ――あと四国の天魔連中ぶっとばす

(これは2枚書いた方が良かったんだろうか……?)
 考え込みながらも、奉納所でも一番高い所へルドルフの絵馬は掛けられた。


●またひとつ、もうひとつ

 年始の神社には独特の雰囲気が漂う。
 どこかから流れる神楽の神秘的な雰囲気と、歩く人々の和やかな顔が、不思議と違和感なく混じり合っていた。
 セシルと並んで歩きながら、ルドルフは境内の一角の人だかりに目をとめる。
「ちょっと見て行ってもいい?」
 人垣の上から覗きこむと、難しい文字の書かれたお札や華やかなお守りが並んでいた。
(お土産にでもなるかな?)
 丹念に眺めるルドルフ。セシルはその横顔を不思議そうに見つめていたが、顔越しに見えた物にパッと顔を輝かせ、ルドルフの袖を軽く引いた。
「少し、待っていて下さいね」
「ん? ちょっと待って、一緒に行くよ、セシル」
「大丈夫です。何処に居てもルドルフは見つけられますから」
 くすくす笑いながら、セシルは軽やかに身を翻す。

「……まあいいか」
 ルドルフは再びお守りに向き直る。
 錦の袋に包まれたお守りは、色鮮やかで見ているだけでも楽しい。
 ふと可愛いピンク色に気がつき、思わず手を伸ばし掛けると、売り子の明るい声が響く。
「安産祈願でいらっしゃいますか?」
「あ……んざん!?」
 ルドルフは慌てて手を引っ込めた。
「いやいや、これはまだ早……じゃなくて!」
 そりゃいずれはそれも必要だと思うけどとか、その前に色々前段階があるなとか、そういうことが一気に頭の中を駆け抜け――なんにせよ違うだろ自分!!
「ええと、これをお願い」
 何食わぬ顔で、赤い色の厄除け守りを取り上げた。

 その頬に、不意に暖かいものが当たる。
「!?」
「……驚きました?」
 振り向いたルドルフの目に入ったのは、悪戯が成功した時の子供の様な、セシルの微笑み。
 頬に当てられたのは、甘酒の小壜だった。
「ちょっとね」
 ルドルフは精一杯取り繕った笑顔で応える。
 あとほんの少し前だったら、ちょっとどころでは済まない事態だ。


 手の中に包み込んだ暖かい小瓶からは、懐かしい様な香りが立ちのぼる。
 湯気の向こうには、優しいまなざし。
 ルドルフは不思議なものを見るような目で、セシルのほんのり赤く染まった顔を見つめる。
「どうかしました?」
「うん。今年もいい年になりそうだな、ってね」
「――そうですね」
 そう言って微笑む笑顔は、何度見ても見飽きることなどなくて。
 今すぐにでも手を伸ばして、夢ではない、手の届く場所にある存在なのだと確かめたくなる。
 けれど乱暴に扱って、壊れてしまうのがとても怖い。
 だからルドルフは、近付くのはなるべくゆっくりでいいと思う。

 ほんの一瞬、ルドルフの瞳に閃いた光。
 セシルは少し落ち着かない気持ちと、不思議なときめきを同時に感じる。
 けれどその光はあっという間に消え失せ、いつもの優しく柔らかな、そして少し茶目っ気を湛えたルドルフの瞳が自分を映す。
「去年より、もっと良い年にしましょう」
 セシルはとびきりの笑顔でルドルフに小指を差し出す。


 またひとつ、記憶の中に増える大事な宝物。
 今のこの一瞬一瞬を積み重ねて、ゆっくりと、一緒に歩いて行こうと。
 二人は年の初めに優しい約束を交わすのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0051 / ルドルフ・ストゥルルソン / 男 / 21】
【ja3229 / セシル・ジャンティ / 女 / 23】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、和装で初詣のお届けです。
すっごい目立つお二人だと思いますけど、見かけた人は眼福ですね。
ルドルフさんの見た目と内心とのギャップが楽しく、色々と遊ばせて頂きました。
尚、冒頭の部分がご一緒にご依頼いただいた分と対になっております。併せてお楽しみいただけましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
今年がお二人にとって良い年となりますように!
winF☆思い出と共にノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月06日

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