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『新しい光に出会う日 〜積み上げる者 』
大狗 のとうja3056


●大晦日の約束

 外の廊下を駆けて来る靴音がパタパタと響く。
 花見月 レギは作業の手を休め、耳を澄ませる。
 聞き慣れた足音が自宅の前で立ち止まる、その瞬間を待ち望む様な気持に、ほんの少し口元がほころぶ。
 だが結局、レギは待ち切れずに玄関に急いだ。
 チャイムが鳴るのとドアが開くのがほとんど同時になり、開いた隙間に大狗 のとうのびっくり顔が表れる。
「え……あ、あれ?」
「いらっしゃい、のと君」
 紙袋を抱えたのとうの鼻は少し赤くなっていて、頭に、肩に、羽のように軽い雪が残っていた。
「雪、だな。寒い筈だ。早く中に入るといい、よ」
 レギは笑いながら、のとうが纏う雪をそっと手で払い、さり気なく荷物を自分の腕に受け取る。
「うん、おっ邪魔しまーす! ……なのなっ」
 どうしてチャイムを押した瞬間にレギが玄関に立っていたのか。
 のとうは少し不思議に思ったが、余りの寒さにとにかく中へと急ぐ。
「やー、外はすげぇ寒さだ! さすが大晦日なのなっ」
「寒いところ、良く来てくれた、ね。コタツが待っているよ」
 レギはのとうにコタツをすすめながら、紙袋の中身に目を止める。
「あ、それな。来る途中に蕎麦に乗せる海老買ってきたぜ! サクサクなのなー!」
 のとうは嬉しそうに暖かなコタツ布団を捲りあげながら、得意そうに言った。
「うん、これはサクサクだ、ね」
 滲むような笑みがレギの表情に浮かぶ。

 あれはクリスマスの少し前のこと。
 お互いに年の瀬を学園島で過ごすことを知り、どうせならレギの家で一緒に新年を迎えようと約束したのだ。
 歌合戦を見て、年越し蕎麦を食べて。
 そんな『普通』の年越しを楽しむ計画だ。

 というわけでレギは、鍋に湯を沸かし、汁を煮て、ネギを刻む。
 そうして忙しく立ち働くレギの邪魔をしないように、のとうは年越し蕎麦が出来上がるまでコタツでミカンを転がしながら大人しくしている。
 手伝いたいのは山々だが、やんわりとレギに断られてしまったのである。
(レギってば、なんかおかあさんみたいなのにゃ)
 のとうはひっそりと笑いながら、ミカンを積み重ねはじめる。 
「のと君は、何をしているの、かな」
 真剣な顔つきで3つ目のミカンを積み上げるのとうに、レギが尋ねた。
「ふふふ……見ろ、オレンジ色のバベルの塔が、今ここに再現されつつあるのにゃ……!」
 レギは柔らかく微笑みつつも、釘をさす。
「積むのは4つ位だ。余り積むと蜜柑の言語が増えてしまう、よ」
「はにゃ?」
 今まさに4つ目を手にして、のとうは首を傾げる。
 ミカンの言語ってなんだ。ミカンが言葉をしゃべるのか?
 ……レギの言葉は時々、本気なのか冗談なのか判りにくい。


●告白

 2つの器に盛られた年越し蕎麦に、サクサク海老天をのせて。
「さ、のと君。バベルの塔は片付けて」
「おおーいい匂いなのにゃ!!」 
 のとうが嬉々としてミカンをかごに戻し、蕎麦の為の余地を作る。
 レギがお盆に乗せた器を2つ、コタツの上に置いた。
「いただきまーすっ」
「いただきます」
 揃って手を合わせて、箸を取り上げる。
 テレビから流れる歌声に耳を傾けながら暖かい蕎麦をすすれば、何ともしみじみとした年の瀬の気分が満ちて行く。
 暫くその気分に浸るうちに、思わずもれる言葉は大体決まっていて。
「なんかもう、今年も終わりなんだなー」
 空になった器を前に、のとうがテレビに向かって呟いた。
「あっという間に思える、ね」
 食べ終わった食器を盆に乗せ、レギがふと微笑む。
 思えば色々なことがあった。過ぎた1年はとても愛しくて、そして最後は少し苦しくて。そんな気持ちを振り切るように、レギは盆を手に立ち上がる。
 のとうもすぐに反応した。
「お、片付けぐらい手伝うのな! 皿洗いはまかせとけー」
「ふふ、じゃあ手伝って貰おうか、な」
 ふたりがかりなら片付けもあっという間に終わって、日付が変わるより少し早い23時ごろには、再び揃ってコタツに潜り込む。

 テレビ画面のむこうでは、しんしんと雪が降っていた。
 響くのは墨染の衣の僧侶が鳴らす除夜の鐘。
 その音に何もかもが吸い込まれ、暗い空に解き放たれて行くようで、普段賑やかなのとうですら、ただ黙ってミカンを積み上げる。
 その暖かなオレンジ色を、やはり黙って眺めていたレギが突然ぽつりと呟いた。
「花見月レギ、って、学園に来て名乗るようになった名前なんだけど。最初は馴染まなかった、よ」
「……へ?」
 のとうが目をまんまるにしてレギを振り向いた。

 そしてテレビが年明けを伝える。
 レギがいつもの笑顔で微笑みかけた。
「明けましておめでとう。俺は花見月レギ」
 続く言葉はまるで、自分に言い聞かせるように。
「そして初めまして。俺はレジーナ・レオン・ベルクマン。……ハーフ天使の、レオン、だ」
 その拍子に、まるで言葉の雷に打たれたように、5段目のミカンが転がり落ちた。


●塔が崩れても

 のとうは暫くの間、レギの言葉の意味を考えた。
 レオン。
 聞き慣れないその名は、今日までずっと共に語り、笑いあった優しい青年の本当の名だという。
 小首を傾げ、どこか遠くを見ている様な、綺麗な青い瞳を見つめた。
 まるで積み上げた塔が崩れて、今まで語り合っていた言葉が失われてしまったような感覚にとらわれる。
 レオン。
 のとうはゆっくり瞬きをし、口の中で音を転がす。
 告げられたその名前を、心の奥底に刻み込むように。
 淡雪のように記憶の中から消えて失われてしまわないように。
 自分の心にゆっくりと馴染ませるように。

 のとうの知っているレギはもういないのかもしれない。
 いつも優しく穏やかで、何ものにも執着せず、時の流れにただ身を任せているような青年だった。
 けれどそのレギの中で、レオンは、冬の間草木がじっと力を溜めるように息づいていたのだ。
 時が来て、暖かに彩りに満ちた世界が彼の中に広がって行くのが判るようだ。
 霜がとけて、霧が晴れて、青い瞳が映す世界はきっと、今までよりずっと鮮明になるのだろう――。


●新しい光に

 じっとレギの目を見つめるのとうの目。
 レギは果実と同じ、明るいオレンジ色の髪に思わず目を細める。
 一人きりだった過去の自分に、挨拶をさせてあげられたことにレギは満足していた。
 多分、のとうはとても驚いただろう。
 けれどレギが語りたいことだけに耳を傾け、後はただ黙ってその言葉を受け止めている。
 そう、のとうはレギと似ているのだ。
 余り自分の事を語らないので、知らないことも多い。だがそれがどうだというのだ。
 ただ一緒に居て、笑って、それだけでお互いがそこに居ることを感じられる相手なら、言葉は必要な分だけで充分だ。

 レギはのとうの目を見つめ返す。
 果たしてのとうは知っているのだろうか。
 どれだけ沢山の素敵なことを、レギに教えてくれたのかを。
 レギもまた世界に繋がっていると、そう感じられたのが、のとうを通じて見た世界によってなのだと。
 だからレギものとうに返したいと思う。
 沢山の素敵なものを一緒に見て、のとうにも新しい世界を、新しい自分を見つけて欲しいと。


 のとうは少し考え込むように、手元に視線を移す。
 何となくもう一度ミカンを積み上げようとして、ついさっきまでミカンのあった場所に手を伸ばすが、その手が空を掴む。
「うおっ、蜜柑が消えたのにゃ!?」
 きょろきょろと見回すのとうの目に、花のように開いた皮が映った。
「え……レギ、食ってるし!!」
「? のと君も食べない、か? 甘いよ」
 頭にお花が咲いた様な顔をして、レギがミカンを頬張った。
 その姿に、一気に脱力した様な気分になるのとう。
「ちょっと前まで真面目な話してて、何いってんだ!」
 のとうはそう言うと、レギが自分の近くに置いたミカンを全部取り上げた。
「え、全部はひどい、な」
「欲しかったら奪ってみるといいのにゃ!」
 幾つかのミカンを腕の上で器用に転がし、のとうが挑戦的な笑みを向ける。
 いつものレギなら、ほんの少し困ったように微笑むだけだろう。
「よし。遠慮はしない、よ」
 だがレギは長い指を伸ばし、のとうの腕を転がるミカンをさっと奪い取ろうとする。
「おっと! にひひ、そう簡単にはやれないな?」
 悪戯っぽく笑いながらも、のとうはレギの瞳の輝きが僅かに違っているのに気付いて、ほんの少しだけ驚くのだ。
 相変わらずの綺麗な青。
 けれど、光を受けて輝くのではない、内から光を放つ瞳。
 青い宝石は、青く燃える新しい星に変じたようだった。

 のとうがその光に気を取られた隙に、ミカンがひとつ、レギの手の中へ。
「あっ!」
「……よし。まずは今年の1勝目、かな」
 ちょっと得意そうに笑うレギ。
 のとうはそのレギの中に生まれたレオンに心の中で語りかける。

 なぁ、レオン。こうして日々を過ごすのは、とても楽しい事だろう?
 きっと君はこの先、色んな事に出会うだろう。
 君のこれからが、より豊かにならんことを。
 新しい君と、これからも沢山の想い出を積み重ねていけることを。
 君に出会えた喜びの分だけ祈るよ――。

「ううー、でも、今年はまだ始まったばかりだからな! ……ま、今年もよろしくな!」
「うん。今年もよろしく」

 バベルの塔が崩れて、言葉が伝わらなくなったとしても。
 心が本当に相手を求めるなら、人は手を差し伸べ、互いにまた繋がろうとするだろう。
 そこに広がるのは苦しみだけではなく、新たな未来につながる未踏の地。
 新雪に足跡をつけるように、新しい年に一緒に足を踏み出そう。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 19 / 積み上げる者】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 27 / 受け止める者】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またのご依頼、誠に有難うございます。
今回は少しシリアス多めのエピソードをお任せいただき、いつも以上に緊張しておりました。
まさかの展開に、私の方も驚きました。
のとうさんも突然の事に驚かれたでしょうが、きっと信頼されているからこその告白なのだと思います。
尚、『塔が崩れても』の章が同時にご依頼いただいた分と対になっております。併せてお楽しみいただければ幸いです。
おふたりにとって、今年が一層良い年となりますように!
winF☆思い出と共にノベル -
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エリュシオン
2014年02月07日

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