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『白銀の世界に埋もれた過去 』
宮鷺 カヅキ(ib4230)

「ふう……。もう吐く息が白くないほど、体が冷えてしまいました」
『カヅキ、人間としてそれってヤバくないか? 俺はからくりだから、白い息が出なくても大丈夫だが……』
「平気です。もうすぐ暖がとれますから。大分、目的地に近付いたと思いますので」
 開拓者でシノビのカヅキと相棒でからくりの橘は、とある麓の村から出発し、一ヶ月以上もの間、目的の里を目指して旅をしていた。
 だが雪山を登るにつれて民家が少なくなり、道なき道を行くたびにだんだんと危険さが増していく。
 カヅキが前を歩いているのだが、歩いている途中で何かの罠や仕掛けを解除しているのだ。カヅキは平然としているが、流石に体力は削られていった。
 しかし今は花も実もつかない木が密集している場所に来た時、カヅキは眼を細めながら立ち止まる。
「……ようやくたどり着きましたよ。十八年ぶりの里帰りです。さあ、橘。陽も傾いていますし、早く行きましょう。まともな家は残っていませんが、それでも庵ぐらいはありますから」
『あっ、ああ……』
 橘はカヅキにいろいろと聞きたいことがあったが、今の彼女には何を尋ねてもはぐらかされそうな気がしていた。
 なので大人しく、ついて行く。
 

「橘は梨の花を見たことがありますか? 白くて小さな花ですけど、とても綺麗なんですよ。里の周辺には数多くの梨の木がありましてね、よく食べたものです」
『ふーん……』
 今の梨の木は雪をかぶった茶色の木にしか見えなかったが、どうやらカヅキの眼には梨の花が咲いているように見えたらしい。
 多くの木の間をカヅキは迷いなく歩いて、この里に出た。しかし家は全て破壊されており、その上から雪が降り積もっている。里に人気はなく、放置されたまま十数年は経っているのだろう。
 その光景を見て、橘は昔、ここで何があったのかを気付いてしまった。里の壊れ方が明らかに、人外の仕業だと分かるからだ。
 だがカヅキは何も言わずに里の上にある高峰に向かい、今いる庵に橘を連れて来た。
「この庵が無事で良かったです。実はここに、橘が喜びそうな物が置いてあるんですよ」
 橘の頭に手ぬぐいをかぶせて軽く頭をふきながら、カヅキは庵の奥にある引き戸に視線を向ける。
「あの引き戸は地下に通じていましてね、地下室には書物が置かれてあるんです。自分がこの庵を掃除している間に、書物を読んで時間を潰してください」
『ホントか? それじゃあ行ってくる。掃除が終わったら、声をかけてくれ』
「ええ」
 カヅキは眼を輝かせる橘に、灯りになる鍋燭台を手渡す。
 すると橘はウキウキしながら引き戸を開けて、地下室へと続く階段を下りはじめる。
「……さて、自分はここでやるべきことを、やらなければいけませんね」
 一人、居間に残ったカヅキは軽く息を吐いた後、掃除をはじめた。


『おおっー! これは凄い!』 
 地下室に入った橘は、部屋いっぱいに置かれた本棚にたくさんの巻物や本が所狭しと入っているのを見て、驚き喜ぶ。
『……けど埃臭いな。後でカヅキがここを掃除するなら、俺も手伝うか』
 部屋の奥には文机と円座があり、橘は一冊の本を手にするとそこへ座ることにした。
 しかし本を開いた瞬間、一枚の和紙が飛び出てくるのを見て、手を止める。
『ん? しおりか?』
 短冊型の和紙には、【片翼 凶と一切の喪失 たった一度の邂逅】と見覚えのある文字が書かれてあった。
『この字……、カヅキだよな? アイツも昔、この本を読んだのか? でもこの文の意味は何だろう?』
 首を傾げて考えてみても、意味は分からず。
『まあカヅキは十八年ぶりにここに戻って来たって言ってたし。カヅキ自身、この文を書いた時のことなんて忘れているよな』
 和紙を机の隅に置き、橘は本を読み始める。


『んっ……? 灯りが弱くなってきたと思ったら、もうすぐロウソクが終わるのか』
 鍋燭台のロウソクは長時間、火を灯していたせいでドロドロに溶けて、炎がグラグラと激しく揺れて終わりを告げていた。
『本も巻物も大分読んだけど、カヅキ、声をかけてこないな。もしかして俺が読書に集中し過ぎて、気付かなかったとか……』
 有り得ることだったので、橘は慌てて鍋燭台を持って階段をのぼる。
『カヅキ、掃除は終わったか……って、おい。寝てるよ』
 居間は綺麗になっており、囲炉裏には火が灯り、炎で熱されたやかんからは白い湯気が出ていた。
 暖かい部屋の中、カヅキは壁際に置かれた文机の上に上半身をうつぶせにしながら眠っている。
『ん? 机の上に、何か置いてあるな』
 橘はカヅキに近付いて机の上を見ると、一つはいつも彼女が髪につけている桃色の菊の花の簪、もう一つは懐中時計だ。時計を見ると、既に日付が変わってしまっていることに気付いた。
『うわっ……。もう年が明けていたのか。お互い、冷めた年越しをしたな』
 橘はため息をつきながら、カヅキの肩を叩く。
『おい、カヅキ。新年になったから、起きろ』
「うっ……ん。……ああ、もうそんな時間になっていましたか」
 ぼんやりしながらカヅキは起きて、茶を飲む準備をはじめる。
 その間に橘は、雪見窓から外の景色を見た。
『夜に雪が降ってても、外は意外と明るいもんだな。ここに来た時にはやんでいたのに、また降ってきている』
「そう、ですか……。昼間の吹雪いていない時に、帰りましょう。雪解け道は歩くのが大変ですけど、凍った道よりはいくらかマシですから」
 まだ少しウトウトしながら、カヅキは熱い茶を飲む。
 橘はここでようやく、ずっと疑問に思っていたことを尋ねることにした。
『なあ、カヅキ。どうして俺をここに連れて来たんだ? しかも他の相棒達を置いてきて、年末年始をここで俺と過ごす理由は何だよ?』
 質問されたカヅキは、静かに眼を閉じる。少しの間を置いて、再び眼を開けたカヅキは真っ直ぐに橘を見て答えた。
「誰かに……いえ、橘に覚えていてほしくなったんです」
『何をだ?』
「さあ……? 自分でもよく分からないのです。しかし自分に万が一のことがあれば、この里のことは誰の記憶にも残らなくなってしまいますから」
 語りながらもカヅキは何かを思い出すように、遠い目をする。
「……この里で、自分は生まれ育ったんです。ですが十八年前、上級アヤカシが突如現れ、あっと言う間に里を滅ぼしました。自分は当時、四歳でしたが何とか生き残りまして、こうして橘と共にいます」
『カヅキ……』
 淡々と話しているように見えて、カヅキが心の中で苦しんでいるのを、橘は感じ取っていた。
 カヅキは【自分】という存在が希薄になっている。けれど橘は一緒にいるうちに、そんな彼女の心の揺らぎをうっすらとだが気付けるようになっていた。
「この里を出た時、自分はもう二度とここへは戻らないと思っていました。自分にとってここは過去であり、今を生きる場所ではありませんから。既に自分の帰りを待つ人も、思い出の品もなくなってしまいましたし……」
『でっでも今のカヅキには、俺達がいるだろう!』
「ええ、だからこそ今まで帰らなかったんです。……ただ橘とならもう一度、ここへ戻って来ても良いと思ったのも事実です。けれど梨の花や実があった頃の記憶は、今の自分には眩しすぎて……。でも面影を追うように、白い雪が花に見える今の季節になら……と思ったのかもしれません」
 自分のことなのに他人事のように言うカヅキは、本当に自分の行動の意味がよく理解できていないのだろう。
 しかし本能で行動したということは、心の奥底で望んでいたこととも言える。
 橘は大きく息を吐いた後、カヅキの正面に座った。
『いいぜ。カヅキの気が済むまで、付き合ってやる。俺はカヅキの相棒だからな。けれど家に残してきた連中が、寂しがる前には帰ろうぜ』
「橘……。そう、ですね。拗ねられる前には、戻らなければいけませんね」
『ああ。……それでさ、あっちに戻ったら梨の木を探して、春になったら花を見に行って、秋になったら梨狩りに行こう。あいつらも誘って』
「それは楽しそうですね」
 普段、自分の感情をあまり表に出さないカヅキだが、今の彼女は嬉しそうな表情を浮かべているように、橘の眼には映っていた。
 心に深い傷を負っているカヅキと、作られた存在のからくりの橘。お互いに欠けた心を持ちながら、それでも生きる為に心を育むのである。


<終わり>


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib4230/宮鷺 カヅキ/女/21/シノビ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 このたびは依頼していただき、ありがとうございました(ぺこり)。
 二人の心の触れ合いと成長を、私なりに繊細に書かせていただきました。
 今年一年、良い年であられますように、願っております。
winF☆思い出と共にノベル -
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舵天照 -DTS-
2014年02月07日

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