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『失せ物さがし 記憶編 』
丈 平次郎(ib5866)


 天儀歴一〇一四年 一月

 武天のとある街、冷え込みが厳しい日のこと。
 古びた屋敷、主を失った庭。
 全身を鎧に包んだ大男が、俯いて立ち尽くしている。
 息せき切って飛び込んだ娘は、金と青と両眼を見開いたまま、掛ける言葉を見失っていた。

 ひらり。
 降り始めた雪を、寒風が攫っていく。



●記憶を辿る旅路
 時間は少々、遡る。

(……ここ、か)
 丈 平次郎は、目元だけで街並みを見渡す。
 武天。天儀本島最大の国家。
 『己を過去を知る男』曰く、この街が平次郎の故郷だという。
 ――昨年の暮れに、聞いた話だ。
 喪った記憶を取り戻さんとしていたはずなのに、いざとなると足がすくみ、ずるずると今日を迎えていた。
 『丈 平次郎』として重ねてしまった記憶を、出会った友を、喪いたくないと考え始めてしまったから。
(女々しいもんだよ…… まったく)
 路傍の石を蹴り飛ばし、平次郎は街中を歩き始めた。
 

 聞いたのは街の名前だけだったはずなのに、足は自然と動く。
 喧噪を抜け、街外れ、丘の上へと向かう。
 進むごとに、纏う鎧がカチャリカチャリとぶつかり合って音を立てた。平次郎の心臓の音を隠すように。
 知りたい。知りたくない。取り戻したい。失うのが怖い。
 この期に及んで、胸がざわつく。
 踏み出すごとに、雑音が頭の中を走る。断片的な記憶の欠片が、集まっては散り、散っては集まる。
 その中には、帰りを待つという娘らしき姿も見えた気がした。

「あった……。変わらないな」

 するりと口を突いて出た言葉に平次郎は驚き、それから納得し、一つの墓石の前に膝を着いた。
「あんたのことだ、今までの俺のことも、笑って見てたんだろう」
 『鳥居家』
 そう彫られた墓石。その下に眠る人の名を、平次郎はハッキリと思い出していた。
 見知らぬ者に仇討されて重傷のやくざ者を、救った上に雇った酔狂な老人。
 平次郎の人生を変えた恩人。
 その最期は無実の罪で腹を切り、力が無くて死ねないと笑いながら己に介錯を頼んだ――その目元のしわまで。
「戻って、来たぜ」
 冷たい墓石を撫で、それから花を手向ける。
(消えてない)
 真の名を思い出していたが、同時に『平次郎』の記憶も、残っていた。
(そう、か)
 バラバラだった記憶の欠片。
 失ったものと、新しく得たものが、音を立てて組みあがる。
「そうか――……」
 脳裏に、青髪の少女の姿が過る。表情、言葉、仕草――それから。
「また来る。恩は……返しきれないほど貰った」
 墓石へ一礼し、そして平次郎は来た道を戻った。


 記憶を辿り、目指すのは古びた屋敷。
 主を失ったそれは、果たして今も残っているのだろうか。
 彼の老人を慕っていた者が管理していてくれたなら……
「そんな、都合のいい話はないか」
 通りがかったものに聞けば、屋敷は一件以降、十余年経っても空家だという。
(一番幸せだった時の姿、だな……)
 皮肉な現実に、覆われた布の下で平次郎は口の端を歪めた。
 老人に拾われて。
 妻と巡り合ったのも、此処だった。
 死に別れたが、宝物のような娘を授かった。

『――、おい、――』
『今日は何だ、俺も伴わず出かけてたと思ったら厄介ごとか』
『拾いもんじゃ。世話係は任せる』
『はっ!!?』
『名前は雷梅。わしが付けた。良い名じゃろう』
『じいさん! まだ認めてねぇし!!』
『ちょっと待て、話が全く見えねぇんだが』
『こっ…… こっちを見るなぁっ!』
『……人を化け物みてぇに言うな、このクソガキ』
『寄るな! 噛むぞ!! クソジジイ!!』

 それから、手のかかる獣人の娘とも出会った。
 時には拳を降ろすような真似もしたが、妹分のように可愛がっていた。
「成長、したんだな…… あいつも……」
 乱暴な所作で、足音が近づいてくる。
 猪 雷梅だ……。
 神楽の都で出会った、己を忌み嫌う青髪の娘であると平次郎は直感していた。
 嫌う事情を知っていて、自分にできることといえばなるべく関わらないこと―― そう、接していたけれど。
 この日に、この場所を訪れる者を、平次郎は他に知らない。

 


 ひらり。
 降り始めた雪を、寒風が攫っていく。

「……辰?」

 震える声が、『平次郎』を呼ぶ。
 呼ばれて、平次郎は『辰』の名を真に取り戻した。

「ああ。随分と寝坊しちまった。……待たせて、悪かったな」

 ゆっくりと、振り返る。
「あちこち、でかくなりやがって」
「うるっさい、クソジジイ……」
 言いたいことは、山ほどあった。
 一発殴り飛ばしもしたかった。
 けれど、今は涙しかでてこない。

 笑うことも 怒ることも 今は、白い雪が吸い取って行ってしまう。

「なあ、クソガキ」
「それ以上言ったら殴る!」
「俺は全て、思い出した…… 果たさなくてはならない事もな」
「え ――え?」
 懐かしい呼ばれ方へ、反射的に顔を上げた雷梅だったが…… そのまま硬直してしまう。
「まだ、俺は戻らない」
「でも」
 平次郎――辰の帰りを待っている存在を、雷梅は知っている。
 辰が、どれだけ大切にしていたかも知っている。
 なのに―― 帰らない?
「戻れない…… 目的を果たすまで、俺の『旅』は終わらねぇんだ」
「辰の…… 目的?」
 反芻する雷梅へ、平次郎はゆっくりと頷いた。

(……『辰』の、眼だ)

 出会った頃。
 雷梅は自身の初恋の男――辰――に似ていると、瓜二つだと、平次郎に対して思った。
 その時には既に、『辰はずっと昔に死んだ』と言われていて。
(死んだ―― それは、どんな理由だった?)
 主が亡くなってから、その親友に預けられた雷梅は、辰のその後の足取りを知らない。
 しかし、忘れ形見の娘を置き去りに好き勝手するようには思えなかった。
 記憶の中の辰は、言動こそ荒っぽいけれど、その奥には深い優しさを湛えていたから。
 だから、娘を残して死んだのだという話を、にわかには受け入れられなかった。
 よく似た姿の『平次郎』へ希望を持ちたくて……怖くて。
 それでも何処かで期待する己に苛立ち、辰を思い出させる平次郎が大嫌いだった。
「……戻って、くるんだろ?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
「自分で言うの? 記憶を落っことしたマヌケのクセに」
 けらけら笑う雷梅の額を、平次郎が小突く。
「うるせぇよ。……おまえは、幸せになって良かったな」
「…………ん」
 普段だったら倍返しのところだろうけれど、涙がようやく引いた雷梅は静かに静かにうなずいた。

 淡い初恋は、すでに終わっている。
 優しい思い出として胸に残っているだけ。
 開拓者となり、恋人とも巡り合った。
 ――いつまでも、あの時のままではないと雷梅は知っている。

「って! 記憶!! もしかして――」
「ああ。『両方』きちんと、残ってる」
「タチ悪……」
「俺らしいって言ってくれねぇのか」
「大福と草餅があったら、確かに両方食ってたな、一つは私の分だったのに」
 雷梅が不貞腐れて見せると、平次郎は優しく目を細めた。
 失ったものを取り戻し、捻じれた糸が戻る――……
 小気味よい会話を交わすうちにも、それは実感として互いの胸の中に広がっていた。

「必ず、戻る。……直接、あいつへ伝えられないのが残念だが」
「あの子は、信じて待ってるよ。今更だ」

 大切な、大切な一人娘――。
 ずっと、父の帰りを待ち続けているその影を思い起こす。

「任せときな」

 とん、雷梅の拳が、平次郎の胸元を叩いた。

「こちとら、待ちぼうけには慣れてる。目的やり遂げて、さっぱりした面で帰って来い」
「言うようになったなな……」
「やっぱ一発殴らせろ」




 その日。
 春の遠い、主なき庭に、笑い声の花が咲いた。
 取り戻したものは、それぞれの胸に、二人は別の方向へと歩き始める。
 その道のりは一筋縄ではいかないだろうが、きっと再び会うこともあるだろう。

 歩き、交わり、離れ、再会する。

 人が生きるということは、そういうことなのかもしれない。




【失せ物さがし 記憶編 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib5866/ 丈 平次郎(辰) / 男 /48歳/ サムライ】
【ib5411/ 猪 雷梅     / 女 /25歳/ 砲術士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
それぞれの『失せ物』を見つけ出す物語、お届けいたします。
中盤、互いの視点で大きく分岐点を付けております。
楽しんでいただけましたら幸いです。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年02月07日

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