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『失せ物さがし 追憶編 』
猪 雷梅(ib5411)


 天儀歴一〇一四年 一月

 武天のとある街、冷え込みが厳しい日のこと。
 古びた屋敷、主を失った庭。
 全身を鎧に包んだ大男が、俯いて立ち尽くしている。
 息せき切って飛び込んだ娘は、金と青と両眼を見開いたまま、掛ける言葉を見失っていた。

 ひらり。
 降り始めた雪を、寒風が攫っていく。



●追憶を辿りて
 時間は少々、遡る。

「うーー。寒い寒い!」
 悪態を吐きながら、猪 雷梅は慣れた道を歩く。
 昔、この地で暮らしていた頃に世話になった老夫婦も一緒だ。
 開拓者となり、忙しく凄く雷梅だが、毎月欠かすことなく訪れていた。

 ――それは、恩人の月命日の墓参り。

 猪の獣人である雷梅は生まれながらに打ち捨てられ、山賊に育てられた。
 下手を打ち、傷を負い、一味からも捨てられた彼女を救い、『雷梅』の名を与えた酔狂な老人が、この先の墓の下で眠っている。
 策謀に嵌められ、切腹を命じられ……結果、家は取り潰しになった。
 再び放り出された雷梅を引き取ったのが、この老夫婦である。彼らは老人の親友だった。
「本当に一途な子ね」
「そんなんじゃ……」
 微笑ましく見守られ、雷梅は不貞腐れて言葉を濁す。
 なに不自由なく暮らす中、開拓者としての道を目指すと、家を出ると言った時も、優しく送り出してくれた人たち。
「……あん?」
 照れ隠しに大股で進むうちに、目的とする場所に――灰色の連なる場所に、彩りが添えられていることに気づいた。
 『鳥居家』の墓石。間違いない。
「新しい花だ……。私たち以外に、一体誰が」
 老人が亡くなって十年が経つ。
 風変わりな人だったから、あちらこちらで縁を作っているのかもしれないが……。
「ああ、それなら」
「ご住職」
 敷地内で清掃していた坊主に声を掛けられ、雷梅は振り向いた。
「全身鎧の大柄な男が、花を手向けておったよ」
「……鎧の」
(まさか)
 まさか。まさかまさかまさか。
 雷梅が連想するのは、ただ一人の存在だった。
 幾度も期待し、打ち払ってきた希望。疑念。まさか。
「雷梅!?」
 呼び止める老夫婦の声も聞こえやしない。
 まっしぐらに、雷梅は走り始めていた。

『辰、おい、辰!』
『今日は何だ、俺も伴わず出かけてたと思ったら厄介ごとか』
『拾いもんじゃ。世話係は任せる』
『はっ!!?』
『名前は雷梅。わしが付けた。良い名じゃろう』
『じいさん! まだ認めてねぇし!!』
『ちょっと待て、話が全く見えねぇんだが』
『こっ…… こっちを見るなぁっ!』
『……人を化け物みてぇに言うな、このクソガキ』
『寄るな! 噛むぞ!! クソジジイ!!』

 懐かしい記憶を手繰り寄せながら、雷梅は街を走る。
 十の娘に、大柄な辰の姿はただそれだけで警戒の対象だった。
 山賊に身をやつし、それさえも裏切られ棄てられて、あの頃の少女は心も体も深く傷を負っていた。
 そんな中、あの老人に出会い―― 辰に出会った。
 世話係の名のもとに、拳で黙らされることもあったけれど、なんだかんだと面倒見のいい男で。
 淡い淡い、初恋だった。


(『鎧の大男』が『あの男』なら…… 必ず、ここに)
 向かうのは、かつての老人の屋敷。
 一件以降、十余年経っても空家であり、入ることは容易だ。
 雷梅が思い浮かべているのは、顔に酷い傷を負った、丈 平次郎という名のサムライだった。
 屋敷で暮らしていた頃、彼女の世話係だった『辰』と瓜二つの男。
 確かめて、本当に別人だったら…… その勇気は無くて、遠ざけていたけれど。
 まさか、と思う。
(……! 居た……!!!)
 土煙をあげて屋敷の門をくぐり、庭へと進めば…… 見覚えのある男が、そこに佇んでいた。
「――――、」
 声を。掛けようとして、ぐっと飲み込む。
(なんだ、この空気…… 懐かしくて、甘い)
 平次郎に間違いないだろうに、その男が纏う空気は平次郎とは違った。
 彼は――……

 


 ひらり。
 降り始めた雪を、寒風が攫っていく。

「……辰?」

 震える声が、『平次郎』を呼ぶ。
 呼ばれて、平次郎は『辰』の名を真に取り戻した。

「ああ。随分と寝坊しちまった。……待たせて、悪かったな」

 ゆっくりと、振り返る。
「あちこち、でかくなりやがって」
「うるっさい、クソジジイ……」
 言いたいことは、山ほどあった。
 一発殴り飛ばしもしたかった。
 けれど、今は涙しかでてこない。

 笑うことも 怒ることも 今は、白い雪が吸い取って行ってしまう。

「なあ、クソガキ」
「それ以上言ったら殴る!」
「俺は全て、思い出した…… 果たさなくてはならない事もな」
「え ――え?」
 懐かしい呼ばれ方へ、反射的に顔を上げた雷梅だったが…… そのまま硬直してしまう。
「まだ、俺は戻らない」
「でも」
 平次郎――辰の帰りを待っている存在を、雷梅は知っている。
 辰が、どれだけ大切にしていたかも知っている。
 なのに―― 帰らない?
「戻れない…… 目的を果たすまで、俺の『旅』は終わらねぇんだ」
「辰の…… 目的?」
 反芻する雷梅へ、平次郎はゆっくりと頷いた。

(……『辰』の、眼だ)

 出会った頃。
 雷梅は自身の初恋の男――辰――に似ていると、瓜二つだと、平次郎に対して思った。
 その時には既に、『辰はずっと昔に死んだ』と言われていて。
(死んだ―― それは、どんな理由だった?)
 主が亡くなってから、その親友に預けられた雷梅は、辰のその後の足取りを知らない。
 しかし、忘れ形見の娘を置き去りに好き勝手するようには思えなかった。
 記憶の中の辰は、言動こそ荒っぽいけれど、その奥には深い優しさを湛えていたから。
 だから、娘を残して死んだのだという話を、にわかには受け入れられなかった。
 よく似た姿の『平次郎』へ希望を持ちたくて……怖くて。
 それでも何処かで期待する己に苛立ち、辰を思い出させる平次郎が大嫌いだった。
「……戻って、くるんだろ?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
「自分で言うの? 記憶を落っことしたマヌケのクセに」
 けらけら笑う雷梅の額を、平次郎が小突く。
「うるせぇよ。……おまえは、幸せになって良かったな」
「…………ん」
 普段だったら倍返しのところだろうけれど、涙がようやく引いた雷梅は静かに静かにうなずいた。

 淡い初恋は、すでに終わっている。
 優しい思い出として胸に残っているだけ。
 開拓者となり、恋人とも巡り合った。
 ――いつまでも、あの時のままではないと雷梅は知っている。

「って! 記憶!! もしかして――」
「ああ。『両方』きちんと、残ってる」
「タチ悪……」
「俺らしいって言ってくれねぇのか」
「大福と草餅があったら、確かに両方食ってたな、一つは私の分だったのに」
 雷梅が不貞腐れて見せると、平次郎は優しく目を細めた。
 失ったものを取り戻し、捻じれた糸が戻る――……
 小気味よい会話を交わすうちにも、それは実感として互いの胸の中に広がっていた。

「必ず、戻る。……直接、あいつへ伝えられないのが残念だが」
「あの子は、信じて待ってるよ。今更だ」

 大切な、大切な一人娘――。
 ずっと、父の帰りを待ち続けているその影を思い起こす。

「任せときな」

 とん、雷梅の拳が、平次郎の胸元を叩いた。

「こちとら、待ちぼうけには慣れてる。目的やり遂げて、さっぱりした面で帰って来い」
「言うようになったなな……」
「やっぱ一発殴らせろ」




 その日。
 春の遠い、主なき庭に、笑い声の花が咲いた。
 取り戻したものは、それぞれの胸に、二人は別の方向へと歩き始める。
 その道のりは一筋縄ではいかないだろうが、きっと再び会うこともあるだろう。

 歩き、交わり、離れ、再会する。

 人が生きるということは、そういうことなのかもしれない。




【失せ物さがし 追憶編 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib5866/ 丈 平次郎(辰) / 男 /48歳/ サムライ】
【ib5411/ 猪 雷梅     / 女 /25歳/ 砲術士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
それぞれの『失せ物』を見つけ出す物語、お届けいたします。
中盤、互いの視点で大きく分岐点を付けております。
楽しんでいただけましたら幸いです。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年02月07日

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