『大切なものはなんですか？ 』

ルドルフ・ストゥルルソン（ja0051）

●
　暖かな部屋の中から眺める雪は、美しく儚い。
　指先の熱ですら容易く溶けるそれは、しかし降り積もれば非常に強固なものであると知っている。


（あー、あの木の枝、良い感じー。も少し積もったら、故郷の雰囲気出そう？）
　ルドルフ・ストゥルルソンは、ソファに横たわり胸の上の雑誌を読むでなく捲り、そう考えた。

（どこぞの慢心創痍のようだな）
　学園の図書室へ本の返却に来ていた戸蔵　悠市は、そう考えた。
「……。厭な予感がする」
（ルドルフのやつ……、今日はちゃんと朝食を摂っているだろうな！？）



●
（わー。イヤな予感がするぅー……）
　廊下は決して走らない。
　しかし、一歩一歩に無言の圧力を感じる。
　これは……この訪問者は。

　コン、コン、コン。

　几帳面な、ノックが三回。
「ルドルフ。居るか？」
（ビンゴ）
　悠市だ。
　話し相手の来訪は大歓迎。
　ただし、悠市に限っては今までの理由の八割が『説教』であるため、ルドルフとしては手放しで喜ぶこともできない。
「居るよー。どうしたの？　俺も暇してたから大歓迎。お茶でもしていきなよ」
「俺で残念だったな？」
「そんなことないよー？　話し相手できて超うれしー」
「『なんだかなー』って、顔に書いてある」
「ありゃ」
　ペシリと額を叩かれ、ルドルフは改めて心から笑った。
「戸蔵くん、顔怖いんだもん。ドア開けた瞬間から青筋立ててるなんて、物騒だよ。俺、今日はまだ何もやらかしてないのにー」
「今日『は』？」
「朝は食べたよ？　サーモンサンド」
「他には？」
「以上」
「おっまっえっは！　栄養バランスってものをだな」
「戸蔵くんったら、お母さんみたーい」
「茶化すな！」
　

　二人の出会いは、大学部での授業中。
　顔色の悪いルドルフに気づいた悠市が、有無を言わせず保健室へ放り込んだ――　からの、付き合いだ。
　それ以降、出るわ出るわルドルフの無茶行動。
　病がちであるという元々の体質に加え、戦闘任務では危険を顧みることをしない。
　三人兄弟の長男であるところの悠市の、世話焼き気質をこれでもかという程に刺激する。

（ルドルフの『覚悟』は認める、が……。基本的生活習慣は別だ）
　過剰なほどに世話を焼いている自覚は、悠市にもある。
　ルドルフに『覚悟』があるというなら、悠市にも『信条』というものがあるのだ。
（俺より年下の人間が先に逝くなんて……　易々と許せるか）
　美しい金髪を翻し茶の支度をするルドルフの華奢な背を、悠市は言葉なく見つめた。
　目を離した隙に、ふっと消えてしまいそうな薄い色素。細い体。
　命を燃やすように、戦う、抗う姿を、悠市は知っている。
（言葉だけでは、動かせんだろう、お前を）

「紅茶、どの葉にしようかな。よーし。お酒いーれよっt」
「待て」

　見守っていた背中から、不穏な言葉が聞こえたところで、悠市はその肩をきつく掴んだ。
「……駄目ぇ？　なら、砂糖５杯で妥き……」
「ええい、酒も砂糖も要らん、というかお前も禁止だよこせ！」
「これもアウト？　……じゃあ、何飲めっていうのさあ」
「俺が淹れる。座ってろ」
「って！　緑茶じゃんーー」
「……最高級の玉露だぞ」
　ばんばんとシンクを叩いて抗議するルドルフへ、悠市は『解せぬ』と表情で返した。



●
　窓の外、静かに降り続ける雪を眺めながら、暖かな部屋で味わう茶は格別だ。
　ストッカーから出した菓子は、怒られなかった。
　テーブルに広げ、まったりティータイム。
「うーん、いいねぇ」
「酒や砂糖を入れんでも、味わえるだろう？」
「引っ張るねー……」
　得意げな表情をする悠市へ、ルドルフは苦く笑う。
　気遣いが嬉しくないわけではないし、あれこれ考えて楽しめる方法を提示してくれることも有り難い。
　世話を焼くのが趣味だなんて珍しいと思うけれど、なんかだかんだでルドルフにとって、数少ない『本心を打ち明けられる人物』の一人となっていた。
「四国に富士市に種子島……、東北もきな臭いんだっけ？」
「なんだって、この狭い島国に頻発するんだろうな。こちらとしても、手は打ちやすいが」
　茶飲み話としては、いささか物騒な撃退士たちの世間話。
　天使や悪魔の大きな動きも気になるが、日常的に起きている事件だって捨て置くわけにはいかないだろう。
「あちこちで動きがあるのは確かだが……」
　カップをテーブルへ置き、悠市は眼鏡のブリッジを上げた。

「く・れ・ぐ・れ・も！　怪我を残したまま次の依頼に向かうような愚は起こすなよ！」
「そこに天魔との戦線がある以上、俺は何処にだって行くさ」
　――どうせ死ぬなら、ベッドの上より戦場で。



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　薄く笑んで見せる友人の、その胸倉をつかみたい衝動を悠市は必死に抑える。
（そうじゃない。俺が言いたいのは、伝えたいのは、そうじゃない）
　どうして、伝わらないんだ。
　理解しようと、してくれないんだ。
　『生きろ』――そこへ乗せる悠市の願いは、ルドルフの覚悟を知った上でのものだ。
（……言葉は言葉に過ぎない、か）
　コメカミが脈打つのを感じながら、悠市は浮かせかけた腰を落ち着ける。
（いざという時は、俺が同行すればいいだけだ）
　言葉が無理なら、後は行動しかない。
　行動を重ね、伝えていくしかないのだ。
「これだって、ただのお節介だと思われているかもしれないがな」
　生活習慣を気に懸け、顔を出す。
　酒や煙草を取り上げる。
　戦闘以前に病弱であるルドルフの、体を思えばこその行為だって。
　生きる努力――そんなもの、誰よりも本人が身に染みているだろう。その上での選択だろう。
　わかっていても、わざわざ縮めに行くようなことを、見過ごすことはできなくて。
　ため息とともに胸の内を吐露すると、ルドルフはやはり笑っていた。



●
（悲観？　諦め？　……そんな言葉は聞き飽きた。そんなモンで俺は動いてるわけじゃない）
　ルドルフを知る者の多くが言う。『生きろ』。『諦めるな』。
　そんなこと、とっくに理解して、その上でルドルフは結論を出している。
　覚悟を定めている。
（誰かさんの役に立つため、誰かさんを幸せにしておくために、俺が出来るのは最期の一瞬まで戦う事だけ。違う？）
　ルドルフを生かす為に、散った命を知っている。
　それを考えれば、限られた命を燃やすことは当然のように思う。そうすることで、誰かが一瞬でも長く生きられるというのなら。
　むやみやたらに、死に急いでるわけではない。
（どうしてみんな、わかってくんねーのかな）
　感情を必死に抑える悠市を眺め、ルドルフは思う。
　悠市について、王道な騎士道に近い立ち位置の人物だとこっそり評価をしている。
　騎士らしく、清廉で、惑わされず、信条に従って進む。義を貫く。
　眩しく思わないわけじゃない。
　しかし、自分の身体は悠市とは違う。
　出来ることが、時間が、限られているという実感は……　やはり、どれだけ口にしても、そうそう伝わるものではないだろう。



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　カップの中の茶が、すっかり冷めていた。
　思っていたより、今日は冷え込んでいるらしい。
　朝には可愛らしかった雪のひとひらが、どんどん可愛げのないものに変化していることに気づいたのもその時だ。
「大丈夫。そんな簡単には、君が死なせてくれないんだろ？」
　湯を沸かしに行こうとする悠市を留めるように、ルドルフはけたけた笑う。
「一度拾ったからには、最後まで面倒見なければならないからな……」
「やっだ、俺ってば犬猫あつかいー？」
「手のかかる度合いでいうなら、犬猫の方が万倍マシだ。……そうそう簡単には死なせてやらんぞ！」
「……信頼してるよー」

　――ぎし

　ソファが音を立てる。
　さらりとした金の髪が悠市の鼻先に触れた。
　頬へ、ルドルフの唇が触れ、一瞬で離れる。
「……！？　っばか、お前何して！？」
「スキンシップ、スキンシップ」
　しれっと答え、ルドルフは呆然とする悠市を引き起こし、グイグイと部屋から押し出す。
　こういった行動に免疫のない悠市はといえば、頭の中をエクスクラメーションマークでいっぱいにして、されるがままだ。

「おやすみなさい、騎士のお兄さん」

　――ぱたむ

　そうして、ルドルフの居室のドアは、閉められた。



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　心の扉のようだ、と悠市は感じた。
　ホイホイ招き入れるくせに、自分の都合でホイホイ追い出す。
　負けじと自分も、果敢に上がり込む。
　その、繰り返し。
「体よく誤魔化された、か……」
　ため息は、その日一番の深さを記録した。
（お前の覚悟は、理解している――つもりだ。でもな、俺は、それを踏みにじってでも――　お前を生かしたいんだ、ルドルフ）
　今は伝わらなくていい、これは『悠市の覚悟』だ。
　いつか、殴り合いの大喧嘩になるかもしれない。
　しかしそれだって、生きていなければ殴り合うこと自体が出来ない。
　生き汚くたっていいだろう。それが人間というやつだ。

「ルドルフ。飯はちゃんと食えよ。栄養のあるものをな」
　悠市は、本日最後のお節介をドアの向こうへ投げかけた。



●
　心も、こうやって扉を付けられたらいいのにね？
　冗談交じりに、ルドルフは考えた。
　八割確信犯の行動に、予想通りのリアクションをしてくれた悠市の表情を思い出しながら。
　友からの心配を、迷惑だなんて思っちゃいない。
　ただ、時折、距離を測れなくなる時がある。
　自分にとっては適度なのに、相手にとってはそうではないらしい。
　いつか、殴り合いの大喧嘩になるかもしれない。
（生きてるうちに……　できたなら、いいよね）
　口にしたら、きっとまた説教が飛んでくるだろう。

「戸蔵くん。お茶、美味しかったよー。また淹れてねー」
　ドアの向こう、遠ざかる足音へ、ルドルフは投げかけた。



　窓の外は依然として雪が降り続け、気温を落とすばかりであったが、暖房の効いた室内はぽかぽかと暖かく、幸せな微睡みをルドルフへ呼び掛けていた。




【大切なものはなんですか？　了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0051／ルドルフ・ストゥルルソン／　男　／２１歳／　鬼道忍軍】
【jb5251／　　　戸蔵　悠市　　　　／　男　／２８歳／　バハムートテイマー】
　
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ご依頼、ありがとうございました。
心配と、信頼と、衝突と、悪戯と。日常のひとこま、お届けいたします。
内容から判断しまして、分岐なしの一本道としています。
楽しんでいただけましたら幸いです。

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エリュシオン

2014年02月07日