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『Missing-link〜筧家、遭遇編 』
加倉 一臣ja5823


「うわぁ」
 実家から送られてきた段ボールを開けた筧 鷹政の第一声は、辟易としたものだった。
「紋付き袴とか…… 何処に行けっつーのよ」
 上京して一人暮らしのフリーター。こちらに友人が居なくもないが、都会ともなればお約束の『里帰り』シーズンで。
 鷹政自身は新年もこの街で過ごすつもりだった。が。
「しかも、先生のとか…… どうしろと」
 学生時代に通っていた剣道場の、師範のおさがりだそうだ。
 年季は入っているが、大切に手入れされていることが伝わる濃い藍色の和服。無下にすることもできない。
「まあ、逆に言えば知り合いに見つかる心配もないってことだよな」
 黒髪をガシガシとかきむしり、気持ちを定めた。
 


●おにーたんと一緒
 その年は、いつになく穏やかな天候で。
 大きな神社へ向かう参拝客で通りは賑わっていて。
(あー、良かった。浮いてないわ、俺)
 下駄を鳴らして歩きながら、鷹政は内心で安堵していた。
 参拝して、おみくじ引いて、巫女さんに甘酒振舞ってもらって帰ろう。そうしよう。

「おにーたん!」

 どこか聞き覚えのある、子供の声―― 呼びかけられる心当たりなどないはずなのに、反射的に鷹政は振り向いていた。
「おまえ、……あの時の」
 赤い、可愛らしい着物姿の子供が、鷹政へと抱き付いてくる。
「はは、元気だったか? チーたん」
 昨年の事。夕焼けの綺麗な日の事。
 通りがかった公園での出来事は、鷹政にも忘れがたい一件として胸に残っていた。
 こんなところで再会するとは。
「わ、こら、暴れると落ちるぞ」
「たかい、たかーいの!」
 抱き上げられてキャッキャとはしゃぐ子供を、慌てて抱き直しながら、
(あっ、くそ、せっかく着付けたのに)
 ピシリと閉めていた胸元が肌蹴て――つまり、その程度の『着付け』だったわけだが――鷹政は若干、焦る。
 ここは地元ではなく、笑う姉も居なければ渋面を作る師も居ないのだが、なんとなく落ち着かない。
「そういやチーたん、今日はおばあちゃん一緒じゃないのか?」
「ばーちゃ……?」
「迎えに来てくれてたろ、この間」
「……ばーちゃ、どこ?」
「と、いいますと?」
「おにーたん……ばーちゃ チーたんいらない子?」

「迷 子 か ! !」

 こんなに可愛く着飾って、髪型だってばっちりで……祖母という人も今頃、孫が誘拐に遭っていないか心配してるだろう。
「ほら、おばあちゃん探すぞ。見つけたら教えてなー」
「ばーちゃ、見つかる?」
「こないだは、見つけてもらったもんな。今日は、俺たちの方からおばあちゃんを見つけてやろうぜ」



●じゅおみも一緒
 加倉 一臣。15歳。中学三年生の、冬。
(何がそんなに、おめでてーんだか)
 夏に、膝への負担が増して小学生から続けていた陸上を辞めた。
(別に……万年二位だし、楽しいことは他にもあるし)
 路傍の石を蹴り飛ばし、沈む感情に言い訳をする。
 一位を取るための、必死さが足りなかった? そんな正論、わかっている。
 必死になって、他の一切を捨てて打ち込んで、それでも負けたら――。きっと、それが怖かった。
 幸い、母子家庭の一人息子とは言っても周囲の大人は自分に甘い。その辺りは、己の要領の良さも自覚していた。
 それに。
「なんだ、正月から仏頂面で」
「べつに……。正月だからメデタイ顔してなきゃなんない理由なんてないっしょ?」
 こうして時折、顔を見に来る父とも、仲は悪くなかった。
「ヤンチャも程ほどにな。陸上を辞めたと言っても、足は大事にしろよ」
「親みたいなコト言うな」
「親だからな」
「ちぇ」
 上から見下ろし、父がお年玉の入った金封を差し出した。唇を突き出しながら一臣は受け取る。
 背を見送ってから、中を確認し――
『集中力を高めるのにいいらしい。受験勉強、頑張るように』
 札は少額を二枚、その間には板ガムが綺麗に敷き詰められていた。如何にも重量感のある仕上がりとなっている。
「くっそオヤジ!!」
 なんでだろう、腹が立つより泣けてきた。


 優しい大人もフザケた大人も、一臣の周囲には多くいる。
 愛想よく接するか? そんな仮面など外して素で接するか? あるいはそれすらも剥がして牙を剥くか――……。
(うわ)
 神社の敷地へ足を踏み入れ、顔を上げ――視界に入った青年。
 着崩した紋付に、威圧するような目つき。和装だが、ほどよく鍛えられた身体つきであることはわかる。カタギの人間とは思えない雰囲気を感じた。
「あ?」
「……なに、その目」
 こちらの視線に気づいた青年が、開口一番に絡んできた。故に、一臣も冷ややかな声を返す。
「なにってことねぇだろ、そっちからガン付けておいて」
「いたいけな中学生に本気で絡むなよ、オッサン。こっちはお年玉もらって浮かれてるってのにさ」
「人聞き悪いぜ、誰がガキじゃり相手にカツアゲなんぞするかよ」
「品定めしてたんじゃねぇの? おアイニクサマ、こっちだって大人しい良い子チャンじゃなくって、ね……!」
 ヒュッ、一臣のしなやかな脚が空を切る。
「っ、ぶね…… 何すんだよ!」
「奪われてからじゃ、遅ぇってハナシ!」
 正直、躱されるとは思わなかった。完全に間合いへ捉えていたつもりだったのに。
 軽い足さばき一つで避けられたことに、一臣は内心、動揺していた。
(……相手、やばい?)
 まあ、いいか。どうでも。
 別に、ここでボコられたって……



●おいちゃんも一緒
「こうして初詣に来たのは、何年ぶりだろう……」
 朱塗りの鳥居を見上げ、強羅 龍仁は呟いた。
 妻が亡くなってから、残された一人息子を育てるのに手一杯の日々を送っていた。
 三十路目前という今年、息子を一時的に保育所に預けて、大きな神社へと参拝に来ていた。
 鼻の上に横一文字の大きな傷があることもあるが、育児による疲労がピークに達しており、実年齢よりいくらかくたびれた雰囲気、人を寄せ付けない空気を纏っている。
「行列もすごいし、少し時間を潰してからでもいいか」
 色素の抜けた髪をかき上げ、どこか休めそうな場所を探す。
 息子を守るのは、自分に課せられた使命――そう気負うあまり、ふとした瞬間に訪れる反動が大きい。
(こんなに、弱かったかな)
 よろけた足元に苦く笑い、すれ違いざまにぶつかった相手へ謝罪をし……
「……ケンカ? こんなところで」
 人の輪が、目に入る。
 黒髪に紋付き姿の青年と…… 相手は、中学生?
「冗談だろう」
 ひょろりとした発育途中の少年の姿に、龍仁から血の気が引いた。
 自身の息子より遥かに年上ではあるが、子供は子供。大人が守るべき存在だ。

「奪われてからじゃ、遅ぇってハナシ!」
「へぇ。そーかそーか、お年玉たんまりか」
「カツアゲしないとか言ってなかった? これだからイヤなんだよ、チンピラは……」
「よーし、その言葉買ったわ。後悔させてやんぜ」
 じり…… 間合いを取り、睨みあう二人。

「紋付袴とは気合が入ってるね」

 一触即発、という場面へ、龍仁が割り込んだ。ラフな服装だが、高身長の威圧感たるや。
(デケェ。……え、こっちも筋モン?)
(細ぇー…… 突けば吹っ飛びそうだな)
 二人が同時に振り返り、別々の事を考える。
「こんな日に、天下の往来で穏やかじゃないな。ほら、周囲の子供だって怖がって……」


「チーたんも、一緒に遊びたい!」
「うわっ、急に走り出したと思ったら、どこ行ってたんだよ、俺からも迷子ってシャレになんねーぞ」
 人の輪をかき分け、着物姿の子供が青年へ飛び付いた。


「オジサン、子連れだったの?」
「お・に・い・さ・ん。迷子なんだよ、この子。おばあちゃんとはぐれた」
「あは、おにいさんイイヒト?」
 龍仁の登場で毒気を抜かれた一臣が、冷やかす立場になり子供と青年とを見比べた。
 なるほど、青年単品だとイカニモな雰囲気だが、隣に着物姿の女の子がいるとしっくりくる。
(息子より小さい子が、迷子か……)
 それはさぞ心細かろう、と龍仁は子供を見遣り、それから懐かれている青年へと視線を戻す。
(まあ、子供が懐いているから悪い子ではないのかな?)
「この人の波じゃ大変でしょう。僕も手伝うよ。強羅と言います。君は?」
「チーたんね、あのね、チーたんなの!」
「お名前、言えるかな?」
「う、うー…… おなまえ」
「ああ、そういや、俺もちゃんとしたのは聞いてなかったな」
 よいせと子供を抱き上げ、青年まで呑気なことを。
「チー…… チヨ!」
 そう、呼ばれていた気がする。
 うんうん唸って、子供は――千代は、ようやく名前を告げた。
「そっか、チヨちゃんだね。よろしく」
「よーしく、なの……」
「この傷……怖い、かな」
 小さな手へ握手を求めるが、千代の視点が一か所で止まり、おびえた表情を見せたことに龍仁は気づく。
「俺とお揃いじゃん。かっくいーだろ。ああ、俺は筧です」
「!! おいちゃんも、かっくいー!!」
 鼻の頭の絆創膏を指し、鷹政は怖がることはないと千代へ伝える。
「で、そっちのボウヤは、お名前言える?」
「……一臣。てか、なにナチュラルに巻き込んでんのさ、オニーサン」
「じゅおみーー!!」
「言えてないしな。チー?」
 ぺちっ、小さな額を軽く叩き、一臣は意地悪く笑った。
「ま、何だかんだと俺もガキには弱いわ。手伝いますよ」
「ガキがガキにガキと」
「大丈夫、筧くんもまだまだその枠に入れると思うよ」
「……ドウモお騒がせしましたね!!?」
 穏やかな龍仁の表情の下にチリリとしたものを感じ、鷹政はそれ以上の絡みは自重した。



●みーんな一緒!
 綿あめ、炒り豆、クレープ、たこ焼き、
 一通りの出店を覗いたけれど、ベンチで休んでいる老人の姿も多いが、千代の祖母は見当たらなかった。
「なんで全部、食いモン系なワケ?」
 クレープを食べ歩きしながら、一臣が尋ねる。
 満腹になった千代は鷹政の腕の中で胸元に顔を押し当てる形でウトウトしていた。
「コイツよく食べるからさ。迷子になったって聞いたら、俺も真っ先に食べ物系から探すかなって」
「初対面じゃないんだ」
「去年の…… いつだっけなあ、たまたま、ね」
「一緒に来ていたのはお婆さんとの事だけど、両親はいないのかな?」
「あ」
「うん?」
 龍仁の何気ない質問へ、鷹政は流れる動作で千代を一臣へとパスし、龍仁の首へ腕を絡めた。
「強羅さん。その話、アイツの前でしないでもらえますか」
「……何か、あったのかい?」
 声を潜め、それから鷹政はガシガシと髪をかきむしる。
「俺は……たまたま居合わせただけの他人だから、事情なんてベラベラ話すもんじゃないって思ってます。
だから、詳しくは言えません。けど…… その、そういうことです」
 事情。
 それは、龍仁も背負っているもので、かといって他人が背負っていないわけではない。
(余裕…… 無くしていたなあ)
 思いのほか、鷹政が真剣な表情だったものだから、龍仁は話題を切り上げるしかなかった。
「おいたん、少しおつかれ?」
 一臣に抱きかかえられていた千代が目を覚まし、キャイキャイと笑っている。
「たしかに。おみくじ、なんか悪いのでも引いたんですか」
「まだ参拝だってしてないよ」
「あー、そういや俺も」
 三人は顔を見合わせ、一通り探したことだし、『初詣』しましょうか、と話をまとめた。




「一臣クン、おみくじ何引いたー?」
「うっせ、こっち見んな!」
「高い所に括ってやろうか」
「って、そっちだって結んでんじゃん!!」
「…………」
「オッサン、無表情で結ぶの怖いからヤメテ」
「チーたんのも! チーたんのも、てっぺんにむすぶー!」
「大吉ひいておいて何いってんだよ、大事にもっとけ」
「だいじー?」
「だいじだいじ。チーたんを一番だいじにしてる、ばあちゃんもそろそろ見つからないか…… あ」
「ん?」
「あれ?」
「それ」
「ばーちゃ!!!」


(そろそろ、息子を迎えに行く時間だな)
 祖母の胸へ戻るかと思えば、いやいやと鷹政にしがみついたままの千代に笑いを誘われながら、龍仁は別れの言葉を告げる。
「それじゃあ、チヨちゃん。元気に育つんだぞ」
 ぽふり、大きな掌で撫でてやると、千代は気持ちよさそうに目を細めた。
「おっきー手、パパみたい!!」
「…………」
 鷹政と祖母が、その言葉に思わず目を逸らす。
(……そういう、ことだったか)
 改めて、『事情』を察して。
 一臣だけがピンと来ず、おかしな空気だけは察して首を傾げた。
「一臣クンも、ありがとな。助かったわ」
 冗談交じりに、鷹政が軽く握った拳で一臣の頬をパンチする。
「まぁ……。悪くないじゃん」
「楽しかったって言えよ、素直じゃねーな」
「これでもかなり、素直な方よ?」
 初対面の時からは想像のできない、年相応の『少年らしい』笑顔で、一臣は別れた。




 ――という夢を、見てだな。


「「あったまいてぇ……」」

「あれ…… 夢……? 深酒しすぎたか……」
 一臣は起き上がりながら額を押さえ、
「床で寝ると、全身が痛むな……。油断した。……夢?」
 龍仁はゴキゴキと首を鳴らす。
「細身の強羅さんとか、なんかすげー悪夢見た」
「もう一回言ってみろ、鷹政。――うん?」
 家主にヘッドロックを掛けたところで、龍仁は引っ掛かりを感じる。

 照らし合わせたら、全員が同じ夢を見ていた。リビングで、そろって雑魚寝したせい?

「中学生一臣クン、写真撮っておけばよかったわ。青かったわ」
「反抗期・青春真っ只中は新鮮だったな」
「つーか、筧さんキャラ違い過ぎ。誰や。強羅わかりやすかった…… あれ、そういや千代くん?」
 このメンバーで、もう一人。
「おー……。俺だけ居なかったんだぞ……」
 雑魚寝で適当に放り出した枕の中から、鷹政が普段使いしているものを瞬時に見分け、抱きかかえたまま寝入っていた千代がションボリしている。
「そういや、いなかったよな」
 どうやら、鷹政も気づいていないらしい。
「いやいや」
「……まあ、夢だしな」
 なんでわからないんだ、と思いながら、龍仁はあえて教えるつもりもなかった。
 夢とはいえ、11年ほど前の自分を生々しく思い出させる内容……それがもし、他のみんなも同じだとしたら。
「さて、布団を片づけたら朝食にするか。残り物で適当に作るぞ」
「わーい、強羅さんの手料理ー」
「鷹政、お前は手伝え。レパートリーの足しにしろ」
「わーい……」
「俺…… 俺だけ仲間外れだったんだぞ……」
「なーにいってんの。ほら、千代、こっちの毛布は向こうに。こないだ来た時に教えたろ?」
「お? おー!! 俺、覚えてるんだぞ!!」
 シャキっと、千代の尻尾アクセが目を覚ます。
「筧さん、どんどん千代くんの扱いに慣れていってるよね……」
「親子だから、いいんじゃないか?」


 きゃっきゃと騒ぐ二人を、どこか微笑ましく龍仁と一臣が見守っていた。
 それは、夢の中のひと時と同じように。



【Missing-link〜筧家、遭遇編 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0742 / 彪姫 千代 / 男 / 16歳 / 息子】
【ja8161 / 強羅 龍仁 / 男 / 40歳 / 母】
【ja5823 / 加倉 一臣 / 男 / 27歳 / 叔父】
【jz0077 / 筧  鷹政 / 男 / 26歳 / 父】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございました。
『11年前設定で夢オチ』お届致します。
話の流れから、一本道で納品しております。
楽しんで頂けましたら幸いです。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月10日

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