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『ひかり仄かに 』
強羅 龍仁ja8161


 撃退士としての活動が忙しくなると、暦感覚を失うことが、ある。
 正月が明けて間もなく――未だ正月気分の者もいるだろう、そんな時期のこと。


 依頼を完了して、三三五五に久遠ヶ原へ帰る途にて。
 一般の街でしか買えないものを思い出した強羅 龍仁は、同行した仲間たちに別れを告げて一人でブラリと歩いていた。
 幾度か訪れていた街だが、いつになく若者が多いと龍仁は首を傾げたところで、今日が何の日であったかを思い出す。

「成人式、か……」

 アウルの力を持たない、一般の人々は、おおむね年齢相応の外見だ。
 振袖、スーツ、紋付き袴、…… 華やかに着飾り、楽しそうに友人同士で談笑している。
 どこか幼さを残した面持ちの、新成人たち。
(あと数年で、息子も成人か……)
 とても眩しいものを見るように、龍仁は目を細めては彼らを見るでは無しに見た。
 学生、フリーター、会社員。高校を卒業してからのたった二年間で、彼らは大きく進む道を変える。
 その先に広がる未来という名の可能性は無限大で、光に満ち溢れているように思う。
 やがて、その光へ、一人息子も身を投じてゆくのだろう。
 何かを掴みとってゆくのだろう。
 喜ばしいことだと思う。
 待ち遠しいと思う。
 その一方で、龍仁自身の足元からは、じわりと靄のような闇が立ち上るようだった。




 ひろいせかいで、たったひとりの肉親。
 たいせつに育て、守りつづけてきた息子。
 何にも代えがたい存在へ、龍仁は、嘘をついている。隠しごとをしている。
「……いつか、伝えなければならないとはわかっている……」
 目を伏せ、それから愛用している電子たばこを探し胸の辺りを探った。

 どくり、どくり、いつになく心音が深く大きく響く。

 妻の、死の真相。
 己が、撃退士であること。
 その他にも、話していないことは多い。
 いつの間にか、積み重なってしまっていた。

 話すとしたら――
 20歳。法的にも大人と認められる歳。
 そのタイミングが妥当だろうか…… それまで、隠し続けるのか。
(本当に、打ち明ける事が出来るのか?)
 自身へ問いかける。
 出来る、と断言する勇気は……なかった。
 打ち明けて、拒絶されたら?
(俺は……愛する者を見捨てて逃げた、最低の父親だ)
 経緯も理由も状況も、そんなものは何の言い訳にもならない。

 じわり。
 不可視の闇が、龍仁の脚、胴、それから首へと浸食してくる。

 街は、若者たちで華やいでいるはずなのに。
 冬晴れの、爽やかな空気のはずなのに。
 風の冷たさも、今は感じない。
 
 じわり。
 不可視の闇が、龍仁の首を絞めつける。

 呼吸が苦しい。
 心音が頭の奥にまで響く。
 何故。
(何故、俺は生きている――)




 光など、龍仁の行く道にはないように思えた。
 息子の未来は、その光は、あくまで息子のものだ。
 共に居ることで、その光に自分も照らされて、まるで自分もその中に居るような錯覚をしているだけだ。

(許されない)

 わかっている。
 どれだけ胸をかきむしっても、血を流しても、龍仁が許されることはない。
 誰に? ――自分自身に。そして、妻に。

(俺が代わりになっていれば……)

 きつく閉じた瞼の裏で、『あの時』を幾度も幾度も幾度も幾度も再生する。
 あの時、心を支配した感情……それこそが許されざるものだった。
 色素の抜けた髪をクシャリと掴む。それは龍仁の身体に刻まれた十字架の一つ。
 戻ることのない色。
 戻すことのできない時間。
 残酷な現実として、そこに在る。

 どうすることもできなかった
 選ぶことが精いっぱいだった
 それでもおまえがいきていてよかった

 何一つ、許される理由として成立しない。
 並べるほどに、龍仁を取り巻く闇は棘を増やし、締め付けたところから血を流す。
 誰も救うことのできない血を。




「おじちゃん、泣いてるの?」
 つい。
 服の裾を、小さな手が引っ張った。
 往来で立ち尽くしていた龍仁を、通りがかりの少女が気に懸けたらしい。
 幼稚園くらいだろうか?
「おけが、いたいの?」
 無垢な瞳が、龍仁の顔を横切る傷痕を見上げている。
「ああ…… いや。なんでもないよ。考え事を、していただけだ」
 しゃがみ、少女へ目線を合わせると、ニコリと彼女は笑った。
 やがて、母親らしき女性が少女を呼び、龍仁へ手を振って去ってゆく。
(……泣くことだって、できないんだ)
 悲しい。悔しい。苦しい。
 そんな感情を、涙として流してしまうことさえ、龍仁は自身へ許さない。
(くそ)
 しゃがみ込んだまま、龍仁は首を振る。
 雑念を振り払おうとするも、後から後から恐怖が圧し掛かる。

 息子の、成人まで―― 残された時間は、短い。

 喉元へ突きつけられた刃で、切り裂かれる覚悟を決めていた。つもりだった。
 そうして、自身へ呪いを掛けたはずなのに――救いなど、求めないと……背負って、生きていくと。
(こうも心が揺れるのは、弱くなったからか……。俺はこんなにも弱くなってしまったのか……)
 その綻びは、いつの間に、どこから始まっていた?
 どうすれば、修正できる……


 うずくまる龍仁を、気づけば大きな闇が飲み込んでいた。
 恐怖。後悔。あらゆる負の感情が、龍仁の心へ入り込んでくる。
 どこかへ手を伸ばしたい衝動を、耐える。噛みしめた唇から、血の味が伝わる。




『龍仁さん』
 思い浮かべるのは、仄かな光。失った光。

『お父さん』
 繰り返されるのは、あたたかな光。まもるべき光。

 
 その影で、影に、塗りつぶされながら、龍仁はその場に留まり声を詰まらせた。
 進むことも。
 立ち上がることもできないまま。
 救いを求めることを、できないまま。


 淡い光が、龍仁のものではない光が、彼の道筋を仄かに照らしている。




【ひかり仄かに 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ 強羅 龍仁 / 男 / 30歳 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
ダークでドロドロな心情もの……に、仕上がっていればと思うのです、が。
楽しんでいただけましたら幸いです。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月12日

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