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『節分の疫神様 』
セレシュ・ウィーラー8538)&秋野・藤(NPC4941)


 境界線には、「障り」が起きやすい。昼と夜の境目である黄昏時が魔を呼びやすい様に、川を渡す橋の上に怪異が起きやすい様に。だからこそ、人間は古くから、「境目」に守護者や、悪鬼を払う儀式や、そういったものを用意してきた。
 季節と季節の「節目」を「分ける」儀式である節分も、元はそういった儀式の一つである。
「…大事な儀式やっちゅうのはよぉ分かるんやけどな、藤?」
 冷え冷えとしたセレシュの声に、呼ばれた少年は臆する風も無い。なぁに? 等と呑気に首を傾げている。その顔に向けてセレシュは手渡されたものを突き付けた。
「何でウチが鬼役やらなあかんの。逆やろ。どう考えても逆やろ!?」
 突きつけた物は、紙製の、安っぽいお面である。赤い鬼の面。この時期、スーパーでも売られているような代物であった。
 それをセレシュに手渡した張本人、藤、と呼ばれた少年は、いっそ無邪気とさえ言えるような表情である。悪気が欠片も無いらしい。
「無理。これだけは無理やわ。鬼を祓うんやったらともかく、ウチが鬼役なんて、無理無理!」
「えー、だって、セレシュちゃん、手伝ってくれるって…」
「鬼役やれ、なんて聞いてへんわ」
 節分の手伝いをしてくれと頼まれたからセレシュは東京郊外の神社くんだりまで顔を出したのである。まさかそれが「幼稚園の節分イベントで鬼役をやって欲しい」なんて無茶な話だと聞いていれば最初から断っていたところだ。
 セレシュは、性質としては「守護者」であり、「魔除け」である。彼女の存在自体が、魔や鬼の類を「祓う」ものなので、そんな彼女に「魔物の役をやれ」というのはいささかならず無理な話だった。
「そもそも、節分に鬼役なんて必要なん? 幼稚園のイベントなんやろ? 庭に豆まいて、その後みんなで豆食べればええやないの」
 腕組みをして、眦を釣り上げたセレシュに指摘されて、藤はうーん、と少しだけ首を傾げて考え込む様子を見せる。
「ていうか、セレシュちゃんにそこまで嫌がられるとは思ってなかったって言うか…」
 セレシュも自身の性質と言うか、詳しい正体までは彼らに明かしている訳でもないから、無理からぬ感想ではあった。
「セレシュちゃん、思ったより鬼とか、ああいう『障る』ものは駄目なんだね」
 はー、と一つ嘆息する藤に、セレシュは腕組みしたまま胡乱な眼を向けた。
「元々、鬼とか魔物とか、そういうもん追い払うんがウチの役目やさかい」
「ふーん。あ、じゃああの人とかどうなの?」
 藤が無造作に指差したのは、神社の鳥居の辺りである。
 暗い空気を纏った男性が一人、鳥居に寄りかかるようにして体育座りをしていた。長く黒い髪の毛は跳ね放題、纏う服も酷く擦り切れていたが、セレシュや藤にはそれが人ではないことが分かる。
「疫神か」
 セレシュとしては「扱いに困る」というのが、本音だ。神格は持っているので無碍には扱えないのだが、それがばら撒くものは病と厄災でありセレシュが「祓う」べきものなので、近くに居ればあまり良い気分はしない。
「どないしたん、あんなとこで」
「節分であっちこっちで追い払われてるから、息抜きに来てるんだ」
「…ああ」
 成程。セレシュも得心して、苦笑する。
「…俺としては早いとこ、出てってもらわないと…。そろそろ帰ってくる時間なんだよな」
 誰が、と問う程セレシュは無粋では無かった。この家の同居人は、重度の憑依体質であり、魔や鬼の障りに弱い。
「そろそろ帰って貰えるように交渉しないと――」
「あー。なぁ藤、幼稚園の『鬼役』、あの神さんではあかんの?」
 鬼でこそないが、厄災をもたらす存在と言う意味ではうってつけであろう。しかし藤は眉を寄せて、困惑したような表情を浮かべた。
「でもセレシュちゃん。あの人一応神様だから、普通の人には見えないよ」
<一応、って何だ。聞こえているぞ>
 あと仮にも神格持ちを指差すんじゃない、と、地の底を這うような重低音が不意に脳裏に響く。驚いてセレシュが視線を向けた先、鳥居の向こう側、つまり「神域の外側」――穢れの入ることの叶わない場所で、相変わらず体育座りのまま、疫神が彼らを睨んでいた。ぼさぼさの前髪で顔が見えないが(そもそも神格を持っている相手は、そう易々と格下の相手に顔を見せたりはしない)、眼光が鋭く光っているのだけは見て取れ、背筋をぞくりと這う悪寒にセレシュは視線を尖らせる。厄や疫は彼女の敵だ――払わなければ、と意識が動く。
 それを留めたのは、矢張り藤だった。
「はいストップセレシュちゃん、威嚇しないで! あの人神様だから!」
「…言うてもな。藤かて、さっさと帰って貰わな困るんやろ」
「それはそーなんだけど…。俺もこの時期、鬼とか疫神追い払う役回りだからさ…この上無理を言うの、悪いような気がしてて交渉する気になれなくて…」
<ふん。己の役回りくらいは分かってる。逐一気に病むな、グチグチ言われる方が気が滅入るだろうが>
 一方で、疫神様は存外に物わかりが良いお方だったらしい。立ち上がり、鳥居の向こう側で振り返る。まじまじとその視線がセレシュを捉え、面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
<…守護者か、狛犬と言うより鬼瓦に近いな>
「女の子にその例えはどうかと思うよ、疫神様」
<だが確かにそんな娘に、仮のものとはいえ鬼の役回りを任せるのは賢明じゃないだろ。あれは払われる側が『鬼』のフリをして家内の厄をため込んで、豆をぶつけられることで清める訳だから。貴様が知らん理屈でもないだろ?>
 当の、「払われる側」にまでそう指摘された藤が不貞腐れたようにそっぽを向く。ふ、と気が付いて、セレシュは口を差し挟むことにした。
「それ、藤が鬼役やったらあかんの?」
「うーん。それも一案なんだけどさ、一時的にとはいえ穢れを身体にため込まないといけないから」
 言外に「出来れば避けたい」というニュアンスを含ませて、藤がまた嘆息した。
「…でも仕方が無いかなぁ。それしかないか…」
 準備するかな、と立ち上がる藤を見ながら、セレシュは急いで自分の持ち物を確認し、しばし思案する。
「あ、ちょい待ち」
 手を挙げて、動き出した藤を留める。セレシュの鞄から、小さな人形が顔を出していた。




 雛祭り然り、藁人形もまた然りなのだが、「人型のモノ」には古来力が宿り易い。とりだした人形を即席の「よりまし」に仕立て上げたセレシュの得意気な表情に、藤は安堵した様子だった。これを「鬼役」に見立てて幼稚園で節分をやれば役目は果たせる、という意味で。
「やっぱりセレシュちゃん呼んで良かったよ、俺。これで幼稚園の豆撒き、どうにかなりそう」
 そんなことを言いつつ幼稚園へ向かう藤に、何となく流れでセレシュは同行することにした。興味本位であろう、鳥居の前をうろついていた疫神も一緒について来る。
「なんや、あんたも来るんか」
<元々、半分は俺の仕事だ>
 むっつりと不機嫌な声が返ってくる。
<俺は『祓われるのが仕事』だからな。そうすることで疫も病も寄り付きにくくなる>
「…難儀な立場やね、自分」
<祀って貰えるだけマシだよ>
 社を持たぬ貧乏神やその他諸々の疫神に比べれば、と彼が呟くのを意外な思いでセレシュは聞く。彼は「社持ち」なのか。
「祀って貰ってるん? ってことは、名のある神様と違うか、自分」
「その神様はね、セレシュちゃん――」
 言いかけたところで、二人を園児たちが取り囲んだもので、話はそこで途切れた。相手の正体を知ることも出来ぬまま、慌ただしく節分の用意が始まる。どうやら、この町の神社に住まう二柱の神様を信仰しているらしいこの幼稚園の園長は、藤が来るまで、節分イベントの開始を待っていたものらしかった。



 イベントそれ自体は滞りなく進んだ。
 とはいえ子供達というのは昔から度し難いもので、「さぁ豆を人形にぶつけようねー」と笑顔で先生たちが告げると同時、素直に人形に豆を投げつける者がせいぜい半分、豆を触って遊んでいるのが三割、残り二割は周りの人間に豆をぶつけ始める。
 ――魔除けの豆を投げつけられたセレシュもこれには閉口した。鬼役を辞退したのに結局こうなるのか、と思いつつ、眦をあげて子供達を睨むものの、幼げな顔立ちのセレシュは幼稚園の先生達ほどの威厳すら出せないらしく、さしたる効果もなさそうだ。一部、妙にビクビクとセレシュの視線に怯える者も居たが、幼いうちは霊感の強い子も居るから、セレシュの気配が人と異なることを薄々察知しているのかもしれない。
「ほらほら、お前ら、ちゃんと豆投げとかないと後が怖いぞー。あとそこのお姉さんに豆を投げるのはやめなさい、後が怖いぞ」
「…藤、人聞きの悪いこと言わんといてや。うちかて、子供の悪ふざけにいちいち目くじら立てるほど狭量ちゃうで」
 自分に投げつけられた豆を遠慮なく子供へ投げ返してからのセレシュの言葉は、いささか説得力に欠けたかもしれない。
 ともあれ、一通り豆を投げつけ、「鬼は外、福は内」を復唱し、子供達が飽きて部屋に戻る頃には、節分の目的は達せられたようだった。藤やセレシュの眼には、鬼面の人形が室内に淀んでいた穢れを寄せ集めて黒く染まるのも、豆をぶつけられるたびに浄化されていくのも明らかに見えていたから、よく分かる。
「よしよし。この人形はウチで供養しとくかね」
 藤がそう呟いて、園庭に転がる人形を拾い上げた時だった。豆をもぐもぐ齧りながら、園児が数名歩み寄ってくる。
「ふじー。豆、食べる?」
 藤と顔見知りらしい一人が、掌の豆を彼に向けて来るのを、藤が膝を折って目線を合わせて笑った。
「お、さんきゅな。でも俺はもう今年の分は食ってるから、お前らがちゃんと食えよ。幾つ喰うんだっけ?」
「いつつ!」
「あたし、よっつたべるの」
「そうかそうか。…あ、セレシュちゃんが食べてないんじゃないかな。渡すんならそっちのお姉ちゃんに分けてやれ」
「はぁい! おねえちゃん、幾つ食べるの?」
 問われたセレシュは笑顔で即答する。
「二十一個や」
「二十一、っていくつ…?」
「あたし十まで数えられるよ、ふじ!」
「じゃあ適当に分けてくれ、俺があとは数えておくから。…ところで何か用事だったのか?」
 藤の問いに二人の園児は顔を見合わせて、それから彼が抱えるように持っていた人形へ視線を向けた。
「あのね、ふじ、そのお人形」
「いたいのいたいのとんでけするの」
「豆、いっぱいなげたから、いたいいたいでしょ?」
 幼児の舌足らずで、説明も足りていない言葉に藤もセレシュも目を瞠る。が、すぐに藤は笑顔になって、人形を二人の手の届く位置まで降ろした。
「ええん?」
 受け取った豆――どう見ても21個以上あったので21個きっちり数え直した――を口に放り込みながらセレシュが問うと、うん、と藤は困った様な笑みを浮かべる。二人の園児がかわるがわるに「いたいいたいのとんでけー」とやっている風景を横目に、彼が視線で指示したのは、幼稚園の外、門の辺りに座っていた例の疫神だ。どうでもいいが、境界線がお好きらしい。
 相変わらずボサボサの髪の毛で彼の顔はよく見えないのだが、
「なんか、疫神様が嬉しそうだから」
「ああ、そうなんか。成程」
 頷いたセレシュに、藤は加えて苦笑して見せる。
「美女に弱いんだよ、あの人、昔から。この子達は将来美人になるなーとか思ってんじゃない?」
 セレシュが視線を戻すと、人形を藤へと返す園児二人――確かに見目の可愛らしい、成長すれば美少女か美人になりそうな要素を見て取れた――の頭上で、太陽の光を弾くように何かが煌めいている。
「…ご加護か?」
 魔性や鬼の類でもなく、瘴気でもない。むしろセレシュと同様、そうしたものを退ける力を持ったモノに見えた。藤にそっと問いかけると、彼は矢張り苦笑を浮かべたまま、頷く。
 ちょうどセレシュは15個目の豆を口に放り込んだところだった。美女に弱くて、病を退ける加護を与えられるモノ。社を持った疫病の神様。
(…ああ、疱瘡神か!)
 かつて死病として猛威を振るった病、「疱瘡」を抑える為に、その病そのものに神格を与えた神様だ。疱瘡という病そのものが根絶した昨今でも、彼を祀る風習は残っているし、社もある。丁重に祀れば無病息災をもたらすとされる。
 16個目を口に放り込んで、セレシュは再び門扉の方を振り返る。
 既に、疫神の姿は消えていた。
「ありゃ、行ってしもたんか」
「また来年来てくれるよ。さっき言ったでしょ、あの人美人に弱いから」
 セレシュちゃんが来年また来てくれたら、あの人も来てくれると思うよ。
 藤は照れも無く笑顔で言い切るものだから、セレシュとしてはやれやれ、と肩を竦めるしかない。18個目、19個目と豆を口に放り込んでから、彼女は笑った。
「まぁ、会う機会があれば今度はちゃんと拝んでおくことにしよか。難儀な神様みたいやしな」
 20個目、21個目。
 豆を食べきったセレシュに、藤は笑顔のままで首を傾げた。
「ところでセレシュちゃん、サバ読むにしてもちょっと読み過ぎじゃない?」
「自分、褒めるトコ褒める癖にデリカシーが無いのはどうにかならんの、藤」






PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年02月12日

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