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『結びのはじまり 』
神室 時人(ic0256)


 何かと気忙しい季節を越えて――

 正月。
 
 昨日と今日に明確な線引きなどないはずなのに、『新年』というものは、訪れるたびに何処か気が引き締まる思いがする。
「今日はまた、良く晴れたねえ……」
 冬の冷たい空気に、青い空がキリリと映えていて、神室 時人は御機嫌の表情だ。
 一歩外に出て、大きく伸びをする。
「良い日になりそうだ…… うん、良い年、かな?」
 これから、親しい存在達と初詣の約束をしている。
 幸先がいいとはこのこと。
「ああ、そうだ。せっかくだから獅琅君へ、あれを持って行こう。ジャミール君には、どれがいいかな……」
 クシュンとクシャミ一つで我に返り、時人はいそいそと宅内へ戻っていった。




『初詣に行かないかい?』
 年の暮れ、パタパタしている折りに時人から持ち掛けられた。
『ショーガツ、ハツモーデ……? よくわかんねえけど、暇だし良いよー』
 小首を傾げつつ、楽しそうなイベントならいいな、と返答したのはアル=カマル生まれのジャミール・ライル。
(いいのかな……?)
 少しだけ思案し、それから笑顔を作ったのは徒紫野 獅琅だった。


「ふわー、寒い寒い! こんなに寒いもんなの?」
「ジャミールさん、今日は暖かそうですね」
 待ち合わせ場所の、茶屋の前。
 羽の付いたターバンやストール、冬物の布地を重ねに重ねて姿を見せたジャミールが、なお寒そうに。
「可愛いですよ」
「ありがとー。つか、まじ寒い。なんで、しろちゃん薄着で平気なの?」
 からかうような獅琅の言葉をさらりと流し、ジャミールは獅琅の服装に何か秘密があるのだろうかと袖を引っ張ってみる。
「うわ、子供じゃないんですから」
「子供じゃない? へー、言うじゃん。じゃあ、大人なしろちゃんにお願ーい。あそこの酒饅頭たべたい!」
「おごりませんよ!? 何ナチュラルにたかろうとしてるんですか!」
「えー、お腹空かないー?」
「朝、食べてきましたし」
 年齢だとか立場だとか、そういった『垣根』を、ジャミールという青年はいとも容易に飛び越える。
 獅琅の恩人である時人が、彼と親しくしているのはそういった明るさが眩しく見えるからかもしれなかった。
 良いとこ育ちの時人、真面目な性分の獅琅にはないものを、太陽色の髪のジプシーは備えている。

「ごめんね、遅くなって。お詫びに、ここの酒饅頭を奢るよ。いいかな」

「わーい、室ちん! さっすがー!!」
「明けましておめでとうございます。先生、お誘い有難うございます」
 何やら荷物を抱え、おぼつかない足取りで到着した時人へ、ジャミールは手を叩き獅琅は頭を下げた。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね、獅琅君。ジャミール君」
 毒気を抜くような笑顔とともに、時人はふわりとした襟巻を獅琅の首へ掛けた。
「私のお下がりなんだが、使うといいよ。今日は天気が良いけれど、随分と寒いからね」
「わ、何ですか先生、またこんな…… 俺には勿体無いですっ」
「こっちは手袋」
 動揺する獅琅の反応になど、気づいちゃいない。
 にこにこホクホク、時人は獅琅をモコモコにして満足げだ。
「……はい、御年玉ですね」
 古い品だけど、使われている素材は高級だ。触り心地が違う。
 時人の匂いが残る襟巻に鼻先を埋め、獅琅は少しだけ不貞腐れた顔。照れ隠しの顔。
「ありがとうございます…… 嬉しいです」
「良かった! うん、獅琅君にはこの色が合うと思ってね。朝起きたら寒かったし、きっと邪魔にはならないだろうと思って」
 『嬉しい』……ただ一言を伝えることの、勇気。
 伝わることの、喜び。
(……言葉が等価になるなんて、最初は意味がわからなかったけど)
 探していたら遅くなってしまって、と嬉しそうに時人は続けている。
(たぶん、愛されるってこういう事だ。……俺は恩として受けて、義理を返す事しか出来ないけど)
 まるで、損得勘定のような。
 そうとでもして割り切らないといけないような気持ちを、今の獅琅は抱いていた。
 自分の事を弟分のように、大切に接してくれる、優しい『先生』。
(でも……)
「ジャミール君には懐炉を。着物の内側に入れるといいよ」
「え、くれんのー? ……あったかー!!!」
 渋めの色の巾着に入れられた懐炉。
 優しい熱に、ジャミールは瞳を輝かせた。
「すげー、室ちんすげー……。あったけー…… ありがとー!!」
「冷えは万病の元だからね」
 こんな便利なものがあるなんて。
 ひとしきり両の手を暖めてから、言われたとおりに懐へ忍ばせる。
 ほかほか、ぬくもりが体全体に広がるようだ。
 ジャミールはひとしきりはしゃぎ、その間に時人が買ってきた酒饅頭を受け取る。
「さっきまで、寒さで死にそうな顔をしていたのに」
「しろちゃんだって、モコモコで幸せそうじゃんー」
「えっ」
「うん、やはりこの茶屋の酒饅頭は美味しいね」
 噛み合うようで、噛み合わないような。
 ともあれ笑顔で、三人は近くの神社へと歩き始めた。




 徐々に、人の往来が増えてくる。
 賑やかなことには慣れているジャミールだったが、段々と顔色が変わり始めた。
「てゆーか…… 人多くね? え、なにこれ……。皆何しに来てんの……」
 愉快な楽があるでなし、踊りがあるでなし、吸い込まれるように一本道に行列を作り、その先で礼をして去ってゆく。
 何かに憑りつかれたような、統制された行動にジャミールはドン引きである。
「初詣というものは、その年一年の平安無事を祈願する行事のことなんだ」
 なんだって知っているようなジャミールが珍しく不安げな表情をするので、時人はパチパチとまばたきをしてからこの国の習慣を教えた。
 ジャミールの持つ、行動的で明るくて、コミュニケーション能力に長けた面は、時人にとってあこがれや尊敬の対象で。
 好きだけれども一人では入りにくい甘味処へも、一緒に付き合ってくれる数少ない友人の一人で。
 先の懐炉然り、こうして『自分から返すことができること』を、嬉しく感じていた。
 一方的に感謝の念を募らせてばかりでは、居たたまれない。

 ――同じ感情を獅琅が抱いているとは、露知らず。

「へいあん、ぶじ、きがん…… えっと、『おねがいごと』?」
「まあ、そんなところかな」
 難しい単語を、ジャミールは噛み砕いて解釈する。
「へー…… それで、あんなになるのか」
(わかっても、やっぱあの光景はドン引きだわ……)
 土地によって様々な風習がある。
 この国には、不思議な行事があったものだ。




 ゆっくりと進んでいた列が、徐々に詰まっていく。
 カランカラン、軽やかな鈴の音が幾つも重なり合って晴天に響く。
「こうやって、手を叩いて……」
 時人が所作を見せて、ジャミールも見様見真似で。


(えっと、お願い事……。んー……早く暖かくなりますよーに、とかか?)
 その日を楽しく生きればいい。
 束縛を好まないジャミールは、他へも多く望むことはしなかった。
 強いて挙げるなら、……今の、この寒さがどうにかなるといいな、くらい。
(つーか、可愛い子いねぇかな)
 よくわからない神へ頼むより、自分の目で探した方が早いや。
 なにやら長く目をつぶっている時人の傍らで、ジャミールはそっと片目を開けた。

(神頼みしたい事なんて、何にもないんだけどな……)
 風習を知った上で、どこか冷めた視点を持っているのは獅琅だった。
 『悪い事ばかりしてきた』――、問われれば返す、用意された回答が影を落としているかは定かではないが。
(あ、ジャミールさんも余所見してる)

(皆が幸せに過ごせますように)
 時人の願いは、幼少の頃から変わっていない。
 ただ、『皆』の範囲は随分と広がっただろう。
 それだけに、祈りの時間も長い。
(獅琅君も、ジャミール君も……)
 並び立つ二人を脳裏に描き、それから横目でチラリと見て―― 参拝に飽きて余所見をしている二人に、笑いを誘われた。
(来年も再来年もその先もずっと……。こうして楽しく過ごせますように)




 更に何やら芋洗い状態の場所へ向かおうとする二人に、ジャミールは目を見開いた。
「え、まだどっか寄るの?」
「御守りを買って行こうか」
「贈られた方がご利益があるそうなので、先生のは俺が選びますよ」
(なに、なんなの、なにが楽しいの!?)


 ややあって、時人と獅琅が揃って人の波から戻ってくる。
 所々に用意された、参拝客用の休憩場所で、ジャミールは火に当たって待っていた。
「獅琅君には諸願成就、ジャミール君には厄除けだよ」
「なにこれ、お守り……? 厄除けって、そんな滅多なことはないと思うけどねぇ」
 装飾が控えめな小さな布包みを、ジャミールは受け取る。
「ありがとうございます、先生。諸願、か……。あまり欲張ったら、逆にバチが当たりそうですね」
 小さく笑って、獅琅。
「俺からは、こちらをどうぞ」
 そして差し出したのは、
「えっ、縁結び!!?」
「お嬢さんが家を出て行かれたら寂しいでしょう? ……? あれ、先生、それって」
「あ、いや、これは…… い、妹の分で」
「なるほど。たしかに。もういい人がいらっしゃるかもしれませんよね」
「!!!!?」
(おもしろい)
 全てが表情に出る時人を見て、獅琅はついバチ当たりなことを考えてしまう。

 ――いい人。
 
 獅琅が指したのは時人にとって、という意味もあったのだが……。
 妹離れが出来ていない姿を露呈するばかりであった。




「終わったー!」
 神聖なる敷地から解放されて、ようやくジャミールが大きな声を出す。
「皆、堅苦しいの好きなんねぇ……。疲れたからどっか遊びいこー!」
「……遊び? こんな日から、何処かあったかな」
「どこって、そうなー……。お酒飲んで女の子と遊べる所、とか?」
 キョトンとする時人へ、ジャミールが悪戯っぽく片目を閉じて笑ってみせる。
「なっ、しょ、正月から、じょ、女性と……!?」
 首が取れそうな勢いで、時人は頭を振る。しかし耳が忙しなく動き、内心は筒抜けだ。
「い、いけない! 獅琅君がいるんだし、それに正月早々不埒な……!」
「お酒と女の子…… 不埒……? あ、もしかして花街とか……」
「聞いてはいけないよ、獅琅君!!」
「あはは、それじゃあ、お二人で遊んでらしてください」
「何を言ってるんだ!」
「俺はそういう場所は緊張するし、綺麗な人がいっぱいだと恥ずかしいので……」
「そうじゃない、獅琅君とジャミール君と私と、三人で遊べないと意味がないだろう」
「……せんせい」
 そんなあなた、子供みたいな。
「じょーだんだって、そんな必死なんなくてもいいじゃんー?」
 時人が、殊更こういった方面に弱いことを知っていて、ジャミールはからかっただけだ。
「ま、行きたいならいつでも連れてってあげるけど」
「ええ、是非、お連れしてあげてください」
「獅琅君!!」
 獅琅にまで悪乗りされて、時人はまるで裏切られたかのような表情になる。
 ――いつまでも、獅琅だって手の中の子供ではないのだと……恐らく、気づいてはいない。
「でもまー、今日はパス。こんな寒いとこで立っとくのもあれだし、室ちんとこ行こう。酒あるだろ?」
「あ、ああ。それなら」
 どことなくヘタレな友人を、これはこれでジャミールも好意を寄せている。
 素直でわかりやすい。
 わかりやすいといえば、獅琅も然りだが。
 本人はさりげない風を装っているようだけれど。


(ま、いんじゃないの、こーゆーのも。俺はよくわかんねーけど)

 微妙な距離で突かず離れず片や意識過剰な二人の、少しだけ後ろを歩いてジャミールは笑みをこぼした。
 たまには、穏やかな酒もアリだろう。タダだし。
 こんな感じで、変わらない穏やかな日々が、時には刺激的なことも織り交ぜて、今年も過ごせたらいいな。
 神に祈るでなく、ぼんやりと考えた。




【結びのはじまり 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0256 /  神室 時人   / 男 /28歳/ 巫女】
【ic0392/  徒紫野 獅琅   / 男 /14歳/ 志士】
【ic0451/ ジャミール・ライル / 男 /24歳/ ジプシー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
和気あいあいな初詣、お届けいたします。
今回は、内容から考えまして一本道としています。
楽しんでいただけましたら幸いです。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年02月12日

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