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『ショコラティエの魅せる夢 』
Viena・S・Tolajb2720

●バレンタインの夢一夜
「ショコラ・バーだって。知ってる?」
「知ってる知ってる!」
 学校の一角、女学生同士がわいわいと噂話に華を咲かせている。
 ショコラ・バー。夢を観たい人に、夢を魅せてくれる場所。
 甘いカクテルと共に、ほろ苦いショコラを。
 辛口のワインと共に、飛び切り甘いショコラを。
 お酒とショコラの華麗なるマリアージュ。
 色取り取りの包みに隠された秘密を、どうぞ召し上がれ。
 ――それはバレンタイン・デーの夢一夜。斯くして今宵魅せられるのは誰の番?
 年齢不問、性別不問、何もかもが関係無い。
 バレンタインの夜のみに客を迎える、秘密のショコラ・バー。
 噂を耳にすれば、あっという間に足取りはこちら側。

 ”ショコラ・バーはあなたの訪問を心待ちにしております。”

 あなたは噂を偶々耳にする。そしてその夜、連れ立って歩いていたパートナーと共にあるバーへと足を踏み入れる。導かれるように、促されるように。不思議で可笑しなショコラ・バーで、一夜限りの夢を見る。

●錠を開く鍵
 夜もすっかり更けた頃合い、インレ(jb3056)と Viena・S・Tola(jb2720)は連れ添い帰路をゆく。
 その道すがら、目に留まる小さな看板。
 ――ショコラ・バー。
 記された文字は厭味のない輝きを纏い瞬き、二人を誘う。
「あれは……」
「噂の、であろうな」
 二人は丁度先日、同時に耳にしていた。ショコラ・バーの噂。バレンタインの夜のみに開く、秘密の店。性別も、種族さえも問いやしない。そのバーだと気付くと共に、二人の足取りは自然とそちらへと向いていた。
「いらっしゃいませ!」
 客引きだろうか。道化師の仮面を被り手にバスケットを携えた女性は顔を上げると、片手でスカートの裾を摘まみ大きく一礼。
「ショコラ・バーへようこそ! ――ドレスコードは一粒のチョコレート、その他は何から何まで自由な空間。あなたも、あなたも、きっと満足していただけることかと思います」
 言葉と共に差し出されたバスケットの中には、大小様々、色もそれぞれの包み紙。その表面には、『chocolate』の文字が印字されている。
「選んでも宜しいので……?」
「はい、お好きなものをお選びください!」
 そう告げられ、ヴィエナが手にしたのは青色の包み紙のチョコレート。対するインレが手に取ったのは、黒色の包み紙。
「――それでは、素敵な夜をお過ごしください」
 女性の声に尋ねるべきことが幾つか浮かんだ――筈なのに、それらは瑣末なことであるかのように、掻き消えてしまった。まるで夢を見ているような、そんな既視感。
 不思議なドレスコードに小首を傾げつつも、インレとヴィエナは地下へと至る階段を降りて行った。街並みの喧噪も、屋内の喧噪も聴こえない。ただ鼓膜を揺さぶるのは、二人分の足音だけ。
 ――秘密の夜が、更けていく。
 ――秘密の夜が、明けていく。
 ショコラ・バーはただ静かに、二つの影を受け入れる。
 そうして、二人の『影』をも受け入れた。



 丁度空いたばかりのソファー席へと足を運んだ二人は、穏やかな音楽の流れる店内の雰囲気を楽しみながら辺りを見回す。
 フルマスクを纏って踊るカップル、ハーフマスクを被ってカウンターで酒を飲み交わすカップル。何所もかしこも雰囲気は流れるチョコレートの香りと似て甘く、インレとヴィエナはそっと顔を見合わせた。
 恋人同士と言うには些か疑問を抱く、不思議な関係。
 愛おしいと告げようとも、それで互いに触れ合うことは叶わない、そんな二人。
 ヴィエナは黙したままチョコレートを手に取ると、その青の包みを割いて中からまろび出たダークブラウンの一粒を口に放る。
 インレもまた同様に黒の包みから取り出したチョコレートを口に含むと、ほう、と小さくため息を洩らした。
「……成る程。ショコラ・バーと言うだけあって、香りが良い」
 表層をコーティングするチョコレートの一枚が口内で甘く口融け、ほろほろと崩れていく中からは仄かに苦味を帯びたソースが溢れ出る。
 メニューから選んだのは月を思わせるカクテルと、チョコレートに合うウイスキー。
 インレは立ち上がろうとするヴィエナを制し自身が席を立ち、カウンターへとオーダーに向かった。
「あ……」
 いつもそう。インレはいつも先に行ってしまう。護りたい、けれど護られる。隣に居たい、けれども手を伸ばしても届かない。
 ――ヴィエナの鎖された心の錠が開け放たれる、音がした。
 喉の奥で渦巻く感情がやわい箇所を裂き、脅かし、呑み込みきれない想いが今にも唇をついて飛び出して来そうだった。
 けれど未だ、理性で、知性でセーブする。無理矢理に呑み込んで、潰して、心の奥に再度鍵をかけて閉じ込めようと圧す。
 それもまた、無茶な話。不思議な魔力の掛かったチョコレートには、ヴィエナのその『無茶』を奪う力が有った。
「……どうした?」
「いいえ……何でもありません……」
 席に戻って来たインレを前に、ヴィエナは穏やかな笑みを浮かべて返す。
 必死になってヴィエナが呑み込む本音は、ぽろぽろとその外壁を崩して今にも飛び出して来る寸前。理性の箍が外れるより先に、ヴィエナの心が悲鳴を上げた。かけられた魔法に、抗うことは出来ない。
 ゆっくりとヴィエナはカクテルを手に取り、グラスの縁に口付ける。
 甘い。柑橘系の香りがふわりと鼻孔を擽り、ヴィエナは喉を鳴らしてそれを呑む。
 その隣でウイスキーを嘗めるインレは、ヴィエナの変わった様子を不思議に思っていた。クラシックの流れる店内は静かで、人ごみの声は聴こえない。その静けさを裂いてどうかしたのか、と尋ねるのは野暮な気もした。
 暫く互いに無言のまま酒を進めていたものの、ついに、ヴィエナは堪え切れず唇を開いた。
「私……は……」
 インレは顔を上げ、ヴィエナの表情を覗き込む。
 普段とどこか違う彼女の横顔。
 ――素直。
 それは、彼女にとっては毒の味。
 堅牢に施錠されていた箱の鍵が、開く。

●箱の中身は
 ヴィエナはインレを愛していた。好いていた。
 そして強い慕情を寄せている反面で、彼女は疑心を抱いていた。
 その二つの感情に狭まれ、彼の何気ない行動にも傷付き、心を痛める。
 けれどヴィエナはとても敏く、ボーダー・ラインを踏み越えないだけの理性を持っていた。
 だからこそ生まれた、心根の本音と、実際の行動とのジレンマ。
 ――彼の隣は私の居場所ではない、望んでも絶対に手に入らない。違う、欲しいと思ってはいけない。何故ならそこは彼が最も愛した人間の、”絶対”の居場所なのだから。
 綺麗で、とても眩しい。ただただ胸が痛くて、苦しい。
 自分では決して届かない場所。自分では決して成れない場所。
「触れたい……出来ない、抱きしめたい……出来ない」
 触れたい。抱きしめたい。護りたい。隣にいたい。大切で愛しい。
 それらすべての感情が、届かず、叶わない。
 インレが見ているのは彼方で、ヴィエナが見ているのはインレで。彼は前へと進み、彼女は影の中に留まる。
 前へと歩んでいくインレの背中を、ヴィエナはただ見ているだけ。
(それで良い。私は前へと進めないのだから……)
 そんな状態で満足なのか、と尋ねられれば、頷くことは、今は出来ない。
 本当はもっと触れたい、抱きしめたい、護りたい、隣に居たい、大切だからこそ、隣に立ちたい。
 溢れ出す感情、溢れ出す感傷。
 ヴィエナは止め処の無い感情の海に呑まれながらも、途切れ途切れにインレに必死に訴えた。
 それは心の悲鳴だ。
「言葉で愛しいと言おうと、一度も触れて貰ったこともない……」
 思考の端、理性は駄目だ、止めろと叫んでいる。
 けれど、言葉は声となって零れ出た。
 まるでグラスに注いだ水が溢れるように、眸からもまた、滴が伝い落ちる。
「……本当に、そう想っていらっしゃるのですか……?」
 ぽたり、衣服に舞い散る涙も構いやしない。
 泣きながら告げるヴィエナに、インレは虚を突かれたように目を丸くした。
 そして、ゆっくりと彼女の体躯を抱き締める。
「……っ」
「すまない」
 謝罪の言葉は短く、そうして彼女にだけ聴こえるよう、小さく。
 その言葉から不意に、ヴィエナの心に理性が戻る。
(嗚呼。もうお終いだ)
 ヴィエナはこの関係が、全てが壊れると思った。終わってしまうと思った。
 触れられたくない、触れられる資格がない。
 今まで封じ込めて来ていたものを曝け出してなお、傍に居るままごとを続ける資格なんて、ない。
 ――消えたい。
 そう感じ、そう嘆き、そう悔いるヴィエナを、けれどインレは離さない。
「……お前に傷付いて欲しくない、幸せになって欲しいだけだ」
 嘗て失ったからこそ失うことを恐れ哀しみ、失わせたから手を伸ばす。
 ――傷付かないで欲しい、幸せになって欲しい、護られることを嘆かないで欲しい。ただヴィエナが無事でいることが、幸せになってくれることが救いであるのだから。
 インレはどうしようもない思いを吐露したヴィエナに対し、静かなる激情を覚えていた。愛しい。そして、哀しい。傷付けてしまった、気付かぬ内に、彼女に従順に振る舞うよう強いてしまった。
「人も天魔も関係など無い。――あの夜に告げたように、僕はお前だからこそ愛しく思う」
「ですがっ……」
 人でないことを、天魔であることを悔いているヴィエナ。そんな顔をさせたいわけでも、そんな思いをさせたいわけでもなかった。傷付けたいわけではなかった。
 ヴィエナは悔いている。言葉にしたことを、形にしてしまったことを。いつものように従順で居らず、感情を発露させてしまったことを。
 その間違いを払拭しなければならないとインレは思う。
「負の感情も我儘もぶつければ良い。共に生きるとは、そういうことなのだからな」
 妻だった彼女と、どちらが大切かなどは比べられない。それでも隣に居て欲しいと想う。それは我儘かも知れない、けれど、切なる願いが篭められているゆえの、インレの強欲さ。
「お前が闇の中に居るのであれば、手を取り引き上げ抱きしめよう。……頼む。独りで泣かず、想いを押し殺さないでくれ」
 愛おしき尊き生者たちの中で、誰より最も大切な者。
 そのヴィエナが、身を削り戦うインレ自身を憂いていることは知っていた。嘗て交わした誓いにより、その想いに応えられないことは悔しく思う。
 けれど、インレは譲れない。尊きモノに手を伸ばすことも、――ヴィエナを護り、怪我を負わせないことも。
 抱き締める腕に力を籠めると、ヴィエナは腕の中で身じろいだ。
「……」
「ヴィエナ」
 普段思いは心に秘め口にしない者同士が語った、本音。
 甘くほろ苦いチョコレートの香りが残る口内に、普段であれば収めてしまう言葉たち。
 暫くの無言の後、密着した体躯同士をゆっくりと離し、インレはヴィエナを真っ直ぐ見据える。
 その視線から逃れたい――そう思ったヴィエナだったが、インレの眼差しに真剣さを見て、息を呑む。
「……おぬしを、護らせて欲しい」
 落ち着きを取り戻したインレの、請うような声。
 感情と望みを押し殺すなと、彼は言う。護られることを嘆くなと彼は言う。
 それを傲慢だ、ともヴィエナは思う。それとも自身が傲慢か。
 けれど、だからこそ、そんな彼だからこそ、惹かれたものが在ったのやも知れない。愛しきモノを護る人。
 彼以上を望むのは、そうすべきではないこと。それ以上を望むことは罪。そう信じ切っていたヴィエナを、護りたいと彼は言う。
(――――――一欠けらの望みを抱いても、良いのだろうか?)
 ヴィエナは涙で滲む視界を瞬かせ、月の名を模すカクテルを手に取り、一口飲み下した。
 この晩を忘れぬよう、消してしまわないよう、刻み付ける為に。



 バレンタインの夜のみ客を招き入れる、不思議なショコラ・バー。
 一匙の夢と一匙の心を織り交ぜて、魅せられる夜をカクテルと共に味わおう。

『ショコラ・バーで過ごす夜。お楽しみいただけましたでしょうか?』

 ――甘いショコラと共に、二人の夜は更けていく。 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb2720 /  Viena・S・Tola / 女性 / 24 / 陰陽師】
【jb3056 / インレ / 男性 / 31 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です。有難う御座いますの拝を篭めまして。
 今回はショコラ・バーへようこそおいでくださいました! 非常に切ないワンシーンを書かせていただきました。また、PC様個別部分は『●箱の中身は』になります。どうぞ合わせてお楽しみください。

 気に入っていただければ幸いです、ご依頼どうも有難う御座いました!
不思議なノベル -
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エリュシオン
2014年02月12日

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