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『悪質な窃盗 』
綾鷹・郁8646)&藤田・あやこ(7061)&鍵屋・智子(NPCA031)

 事象艇の中、郁は重苦しい空気のたち込める中定時訓練をこなしていた。
「本当に解散なのかよ……」
 俯き加減になって呟く乗員がいる。その彼を慰めるかのように他の乗員が肩に手を置いた。
 実は先日、艦隊の解散が決定したのだ。
 その解散の決定事項に、誰もが肩を落としやるせなさを隠し切れずにいる。
 そんな中、ただ一人郁だけは淡々と自分に課せられている定時訓練をこなしていた。
「さて、次は……」
 次の訓練に向かう為に、手元に用意してあった用紙を捲る。その直後だった。横からの予期せぬ強烈な衝撃と共に自分の体が宙に浮き上がる。
 何が起きたのか分からないまま、スロー再生されているかのような視界をただ呆然と見つめていた。
 自分がこれまで立っていた箇所は、迫り来る鉛の塊に埋もれていく。バチバチと電気が爆ぜ、多くの乗員が鉛の塊に呑まれ、またあるいは弾かれ……。
 弾き飛ばされた郁は背中を強かに打ちつけ、意識を手放した。


「衝突事故?」
 激しい事故の知らせはすぐに艦長であるあやこの元に伝わり、それを聞いたあやこは表情を硬くし眉根を寄せる。
「はい。滑走中の事象艇二機による衝突事故です。追突された側の操縦士は行方不明。追突した後続機の乗員も失踪し、どこにも見当たりません」
「確か事象艇の一機には綾鷹が乗っていたはず。綾鷹はどうしたの?」
「それが……」
 言葉を濁した乗員に、あやこの表情は険しさを増した。
「すぐに現場に向かう。鍵屋も呼んで」
 あやこは踵を返すと足早に現場に向かって歩き出した。
 その頃、旗艦の居住区では奇妙な動きを見せる人物が一人いた。その人物は瀕死状態のTCを引きずりながら物陰に隠れる。
「……や、やめ……うぐぁ……っ!」
 なぞの人物が、瀕死のTCの口を強引にこじ開ける。そしてその口蓋に三又に分かれたチューブの機械を刺し、刺されたTCはそのまま意識を手放した。
 息絶えたTCにチューブを刺したその人物もまた、瀕死状態だった。
 先ほどの事象艇の事故により深手を負い、そして生きる為にTCを襲った。そしてTCに刺したチューブから精気を啜り、そして新たな肉体を手に入れるのだ。
「……」
 新たな肉体を手にした人物は満足そうにほくそえむと、すぐにその場から離れた。


「スリップが原因のようね」
 現場検証に当たっていた鍵屋が、細かいところまで見て周りゴム手袋をつけたまま拉げた機体の下を覗き込みながら呟く。
「スリップ事故?」
「えぇ。しかも……スリップ痕は後輪の方が濃い。要するに、これは急停止して起きた事故ではなく意図的に何者かが何かの目的の為にわざと追突した、と、見るべきね」
 機体から顔を上げ、後ろに立っていたあやこを振り返りながらそう言うとあやこは眉間の皺を更に深くした。
「意図的に、ですって?」
 あやこは拳をきつく握り締める。
「それじゃ、その何者かのせいで綾鷹は脳死状態になったと言うのね」
 鍵屋は神妙な顔つきで頷く。
「消えた操縦士、それに後続機の乗員達。どう考えたって怪しいでしょう。事故後消えた奴らは何かを知ってるわね」
 あやこは「何者か」が誰なのか、おおよその予測が立ちその場を後にする。
 あやこがそのままの足で向かったのは議会だ。
「何だね。今は大事な会議中なんだ。用がない君は早く出て行きたまえ」
「あなたたちのような意地と良く分からないプライドの塊だけの言葉遊びなんかと一緒にしないでもらいたいわ。こっちは毎日のように命を張ってんのよ」
 怒りを露にしたままあやこがそう噛み付くと、議員達はどよめいた。だが、すぐに別の声が上がる。
「悪いがね、我々は言葉遊びをしているのではなく仕事中なのだよ」
 あやこはその言葉に、ギロリと議員を睨みつけると、ドンッ! と力いっぱい机を殴りつける。
「私も国を護る任務中だ! 先の艦隊解散決定といい、あなた達のやり口は気に入らない事ばかりだわ」
 鋭い剣幕のあやこだが、議員達はまるで相手にしようとしない。
「艦隊解散決定については、前にも言っただろう。君の職務怠慢が問題だと」
「そんな艦長のいる艦隊に無駄な予算は割けないのだよ」
「無駄? 無駄ですって?」
 あやこは怒りにわなないた。


 その頃、研究室では鍵屋が事故死体の検視を行っていた。
 今回の真犯人を突き止めるための手がかりが遺体には隠されているはずだと思ったからだ。
「ん……?」
 何人もの遺体を検視していく中で、一人の人間で手が止まった。
「この傷は……」
 大きく開いた口の上あご。口蓋の部分に人為的な刺傷がある。
「確か、前にこんな傷の事を言ってた女がいたわね……」
「鍵屋さん。綾鷹さんが覚醒しました」
 考え込んでいる鍵屋の元に、看護師が訪ねてきてそう声をかけた。
 鍵屋は思い当たるビデオを手にして、病室にいる郁の元へと急ぐ。
 旗艦の病室では脳死したはずの郁が覚醒を果たしていた。
 目覚めてすぐに、郁は落ち着きを払った様子で話し始めた。
「私は拉致されて、何か叡智と使命を授かった……」
 その郁に、傍にいた鍵屋は目を細めて訊ね返した。
「それは何なの? 何があなたにそれを授けたのかしら?」
「……よく覚えていない」
 鍵屋の問いかけに、郁はゆるゆると首を横に振り、これ以上のことは思い出せないと繰り返した。
「ところで、あなたが脳死したあの事故の事なのだけど。タイヤの痕跡から暗殺未遂だと断定出来たわ。暗殺対象者はあなた。遺体の死傷が過去に治療した女の妄言と符合するの。これを見て」
 そう言いながら、鍵屋は郁にあるビデオを見せた。
 ビデオには一人の病んだ女性が一人写っている。その女性はこちらの問いかけに対しボソボソと話している。
『そう、三又の機械よ……。誰かが私に侵入し、あの世に連れて行くの……』
 虚ろな眼差しのまま、瞬き一つせずにそう語っていた。
 鍵屋はその情報を得ると、何かを思いついたように顔を挙げる。
「安置所から刺傷を持つ遺体を探して!」


 その頃電算室では、郁を襲った刺客が新たなチャットを通じて指名を受けている。
『帰還はならぬ。対象は生存。任務は失敗だ。尋問し、奴との接触を阻め』
「……了解」
 刺客はエンターキーを押し、指令を受諾した。


「命がけの任務? たぶん、敵は軍人で作戦行動中よ!」
 事の成り行きを聞いたあやこはすぐに安置所にある遺体の中から士官の遺体を発見する。
「これだわ……!」
 確証を得た二人は互いに顔を見合わせ、深く頷いた。


 目覚めて間もない郁はICUに入っていた。辺りは厳戒態勢が敷かれ物々しい雰囲気に包まれている。
 その中で、女性看護師が郁の傍に近づくと、郁はすぐにその看護師に訴え始めた。
「拉致されたの!」
 だが、看護師は冷たく郁を見下ろしている。
 彼女は刺客が化けた偽者の看護師だ。
「……あれは何だ?」
「え……あれって……」
 郁は訳がわからず呆然としたまま目の前の看護師を見上げる。
 何の話なのか分からない郁は首を横に振った。
「知らない……」
「知らない? では死ね」
「!」
 淡々とした口調の看護師は途端に姿を変え、本性を現すと郁に襲い掛かった。
 郁の持つ共感能力。その能力を情報窃盗犯に再利用される事を刺客は恐れたのだ。
 だが、次の瞬間耳を劈くような銃声が響き渡る。そちらに視線を向けると、煙の上がる銃を突きつけているあやこの姿があった。
「間に合った」
「あやこさん……」
 郁の傍に駆け寄ったあやこは、動けない郁に事情を説明する。
 誰かが郁の共感能力を悪用し、機密の運び屋にし立て、この刺客は郁の再犯阻止の為にやってきたのだという事。
 それを知った郁は、自分が利用された事に酷く落ち込んだ。
「私が護る。いっちょド派手な戦争を仕掛けてくるわ!」
 にっこりと微笑みながら、あやこは郁の頭を撫でた。


 あやこは目の前にある立派な扉を、遠慮もなく勢いよく扉を開く。
 中にいた人間達は驚いたようにこちらを振り返り、あやこは謎の機械を掲げて吼えた。
「暴力と火力で抗えぬ未知に対して、混迷の中ですら命を産みだす力を持つ女が矢面に立つのよ! 感謝なさい!!」
 その圧倒的な迫力を前に、議員達は皆一斉に口を閉ざしたのだった。
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東京怪談
2014年02月13日

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