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『罪の名を、憶えていて 』
彪姫 千代jb0742


「ああ、はい…… わかりました。ありがとうございます」
 いつになく沈んだ声で、筧 鷹政は通信を切った。
(学園でも…… まだ掴んでない、か)
 鷹政を、父と呼んで慕う少年――彪姫 千代が、依頼から戻ってこないまま一週間が経過していた。
 部隊は全滅、命からがらに撃退士たちは生還したが…… 彼だけが、いつまで経っても姿を見せなかったという。
 冥魔を相手取った戦いで、闇に紛れ動くあの虎を仕留めることは、容易ではなかろうに。
「悪魔……。聞いた名では、あるんだよな」
 久遠ヶ原の撃退士たちが敗北を喫したという相手の情報を、鷹政は自身のデータベースから引き出す。
 プリントアウトされた書類には、既に幾つもの書き込みがしてある。友人知人からの情報だ。
 階級こそ低いが、力は侮れない――
「階級、な……」
 かつて鷹政が対峙した悪魔は、騎士だったか?
 ヴァニタスを失い、ゲートを開き、消耗した状態でどうにか倒した。
 ――ヴァニタス。
 その響きが、鷹政の胸をチクリと刺す。
 これから先も相手取っていくであろう敵の形の一つに過ぎず、気にしてなどいられないが。
 さらりと流すには、未だ、時間が足りない。
(あの時も)
 あの、悪魔と戦った時も。
 鷹政の傍らには、千代がいた。
「どーこ冒険してんだよ……」
 例えば窓の外、電柱の陰。
 例えば扉のすぐ向こう。
 あるいはベッドの中に、いつの間にか。
 ひょっこりと、顔を出しそうなものなのに。
 調子が狂う。厭な予感がする。
「はは、イヤな予感って、何だよソレ……」
 大切な大切な片割れを失った時は、まったく感じなかった。
 不安を覚える間もなく、それは欠けてしまった。
 窓辺に寄せた自身のワークデスク、その向かい側の整頓されたデスクに、すがるように鷹政は触れた。




 連絡が舞い込んだのは、その晩の事だった。

 ――獣人のヴァニタスが、現れたと。

 普段からチームを組んでいる同僚からの通信で、先に応戦しているという。
(心配ばかりも、してらんねぇ、か)
 仕事は仕事。
 被害があるのなら、自分に止めることができるのなら、常に最善を尽くすだけ。
 愛用の黒いレザージャケットに腕を通し、鷹政は闇の中へ飛び出した。




 血の匂い。
 獣の咆哮。

 鷹政の胸がざわつく。
 厭な、厭な夜を思い出す。
「筧くん!!」
 闇から飛び出してきたのは、白い神聖騎士の女性だった。
「だめ、みんな、もう」
「な…… まさか、だって」
 メンバーの中で、一番の鉄壁を誇る彼女でさえ、この傷の深さ。
 カオスレートの相性もあるだろうが、それを差し引いたって。
「たぶん、あのヴァニタスは……」
「……!!」
 ズルリ
 鷹政の身体に血の跡をつけ、彼女は地面へと伏した。

 ――たぶん、あのヴァニタスは…… ベースが、撃退士よ

(そんな馬鹿な話があるか)
 天魔の作り出すゲートに入っても、魂は揺るがないのが撃退士だ。
 そこから魂を抜いて、更に力を――プロの撃退士チームを壊滅させるほどの――与えるなど。
 どれだけ強大な悪魔だ?
 そんなものが、ホイホイと登場されてたまるか。
(階級こそ――)

 ぱしゃん
 仲間の血の海を踏み、鷹政の全身が粟立った。


「……冗談だろ」
 悪い夢だと、誰か。




『うそつき』
 闇の中で光る、銀の瞳。
 鋭い爪と牙、深い緑の毛並の……

「…………千代、なの、か」

 地に伏した撃退士たちは、辛うじて一命をとりとめているようだった。
 愛用の大太刀を構えながらも、それでも認めたくないまま確認の言葉を鷹政は投じる。

『うそつき うそつき うそつき』

 少しくぐもった声は、確かに千代のものだ。

『はなれたく ない、 のに……っ』

「!!」

『もっと、もっと、もっと、もっと』

 愛情を通り越した狂気。裏返しの憎悪。
 闇の底の底から絞り出されるような叫びが、鷹政へ向けられる。
(……どうする?)
 どうするも、ない。
 ヴァニタスになった以上、一般人も撃退士も辿る道は変わりなく、戻る道など存在しない。
 千代だって、わかっているはずだ。
 それでも、叫ぶ。

 ――もっと。一緒に居たいと。

『たか、まさ』

 低いうなり声、それからしなやかな脚に力が入る。

 ――父さん!

 あの、明るい笑顔で、声で、鷹政を呼ぶ少年はもう、居ない。
 心のどこかで感じていた。
 恐らくはヴァニタスになった今も、悪魔の指示と本人の意思とがぶつかり合っているのだろう。
 
 獣人のヴァニタスは地を蹴り、金色の月を背にして爪を振り下ろす。
 鷹政は、下段に構えた刀を、無防備な脚から肩に向けて半円を描き振り抜いた。
 月明かりの下、きらきらと深紅の雫が散る。

「……千代!!」
『……とう、さん』
 掠れた声で、鷹政に抱き留められた獣人が呼びかける。
 よく見れば、体のあちこちは先の撃退士により深手を負っており、ただの一撃でも受ければそれまでという状態だった。
「…………ッ」
 腕の中で、千代は元の姿を取り戻す。人の肌。人の瞳。
 屈託のない、笑顔。
「あい、たかった」
 戻る道は、無いと知っていたから。
 もう一緒にいることは、出来ないから。
(痛い…… 苦しい……)
 それは、自身の傷じゃない。自身を見つめる、鷹政の表情が。
(悲しー顔…… してほしく、ないんだぞ)
 最後は、父さんの手で。
 そして、その腕の中で。
 千代が願ったのは、それだけだった。
 伝えたいのは――

「父さん…………、大好き」






 暗転



 柔らかな朝の光が、カーテンを透かしている。
 胸に重みを感じ、鷹政はゆっくりと覚醒した。
 見慣れた、いつもの自室。
 体だけが、泥のように重い―― 重

「重いわ!!!!」

 いつの間にもぐりこんでいたのか、自分へ抱き付いて安眠していた千代を、叫びと同時にウッカリ蹴り出す。
「父さん大好き……。むにゃむにゃ」
「まだ寝てんのかよ、すげー才能だなオイ」
 酷い夢を見た。
 非道い夢を見た。
 まだ、心臓は早鐘のように鳴っているというのに。
「千代。……千代」
 しゃがみこみ、床で丸くなる少年の頬を、鷹政はピタピタと叩いた。
「ウシシシシー」
「起きたか?」
「珍しーのが見れたんだぞー! 父さんの泣く所!!」
「くっそ、夢だろうが!!」
「俺が父さんを嫌いになったりなんか、しないんだぞー!」
「はいはい、知ってる知ってる。ハハ、寝癖ひでぇな」
 笑いながら、悪い夢を振り払うように鷹政は千代の髪をクシャクシャに撫でた。
「痛いんだぞ……!」
「俺だって痛かったよ」
 二人が同じ夢を見ていたかなんて確証はないし、照らし合わせたくもない。
 だから、鷹政の行為は八つ当たりだ。
 それでも。
「……父さん」
「ん?」
 触れる大きな掌に目を閉じて、それから起き上がった千代は視線を落として。
「ぎゅーして……」
 不安そうな、か細い声。
 二人が同じ夢を見ていたかなんて確証はないし、照らし合わせたくもない。
 それでも…… 千代は千代で、怖い思いをしたのだろう。

「寝ても覚めても、手のかかる」


 どちらも同じであるのなら、それなら明るい太陽の下で。
 鷹政の匂いに包まれて、千代はようやく安堵した笑顔を見せた。




【罪の名を、憶えていて 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0742 / 彪姫 千代 / 男 / 16歳 / ナイトウォーカー】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 26歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
夢オチということで、筧視点による『まさか』のお話、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
winF☆思い出と共にノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月14日

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