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『初めての…… 』
百々 清世ja3082


 バレンタインの朝。まだ部屋は暖まっておらず、頬に触れる空気はひんやりとしている。
 窓際のベッド。カーテンの隙間からは差し込む柔らかな光。

「ふぁ……」
 百々 清世(ja3082)は欠伸を漏らし、枕を抱きかかえベッドの上でごろんと寝返りを打った。もぞりと肩まで布団に潜り込む。
 まどろみの中、キッチンから聞こえてくる調理の音、包丁の音はまだまだぎこちないけど。彼女が朝ごはんを作ってくれているのかと思えば、それもまた可愛い。
 とても幸せな朝寝の時間であった――はずだった。


 バァアアアン!!
「…ひぃいい!?」
 突如キッチンから響く破裂音と悲鳴。
 これには清世も思わず起きた。

「なんかすごい音したけど大丈夫か?」
 キッチンに向かって声をかける。
「な…なんでもないよ!」
 返ってくるのは奥戸 通(jb3571)の慌てた声。これは何かあったな、と思う。だが重ねてなんでもないことを主張され、「大丈夫だから寝てていいよ!」とまで太鼓判を押されてしまえば、その強引さに少々違和を覚えたとたとしても、そこはお言葉に甘えてごろごろしておくべきだろう。
 とりあえずあの音以降、何か新しい動きもないようだし。
 何より朝のまったりゆっくり、もう少しこの幸せ時間を味わっていたかった。というわけで、再びベッドに寝転がる。
 ただし本格的に寝る事はしない。時折焦げ臭い匂いがしないか注意をしつつ、枕を抱えてゴロゴロと怠惰な時間を堪能した。

 暫くしてテーブルに朝食が並んだ。
(あー…)
 皿に乗せられた皮が破れ変形したウィンナー。破裂音の原因はこれか、と納得する。そしてこれを隠したかったんだなぁ、とも。
 清世は見た目はそんなに拘らないタイプだ。だからそんな心配そうな顔で見なくても大丈夫、と向かいに座った通の真剣な眼差しに思った。
「どう、かな? 味はね…美味しいと思う、んです」
 そう尋ねる通は膝の上で手をぎゅっと握り締めている。
 まずはオムレツを一口。少し形がくずれて広がっているが、ちょっと甘めで口のなかでとろりと溶ける。そしてウィンナー。添えられているのは黒胡椒を引いた粒マスタード。
「うん、まあ全然食えるし、うまいよ」
 心配そうな通に笑顔を向ける。本当に美味しいのだ。言葉に偽りはないことを示すために、続けて口に運ぶ。食べる人の事を考えて作ってくれるのだから美味しいに決まっている。通が清世のために作ってくれるならば尚更だ。
「…ね? 味は完璧でしょ?」
 通も清世の様子に安心したのだろう。ふと肩の力を抜いて微笑む。
 食後のコーヒータイム。
「今日はちょっとお買い物付き合ってもらってもいいですか?」
「お、買い物ー? 良いよ、良いよ」
 通からの誘い、断るわけがない。というかデートは大好き。寧ろどこ行こうか?と乗り気である。
「買い物デート久しぶりだよなー」
 何気なく言った言葉に通が頬を赤らめて俯いた。嬉しそうに綻ぶ口元、こういうのもなんかいーよねーなんてコーヒーを飲む。


 冬物のセールが終わってしまえば店は一気に春めく。まだまだ寒いというのにディスプレイを飾るのは淡い色合いのワンピースやフラワープリントのふわりとしたスカート。
「やっぱ春物の服はカワイイ!」
 あれこれ見ながらラックに掛けられた服の間をひらひらと踊るように進む通の少し後ろをついていく。
「これ可愛い」
「こっちはまだ寒そうかな?」
「あーこれ少し大きい」
 はしゃぐ通の声は学校などで見せる丁寧な言葉ではなく、くだけた口調。
 そしてAラインのワンピースを手にとって姿身の前に。
「もうちょっと大人っぽいデザインの方が…」
 今度は隣にあった少し濃い色の胸の部分で切り返しがあるワンピースを手に取った。
 交互に自分に当てて鏡の前で「うーん」と唸る。
「キヨくん、どうかな? キヨくんはどっちが好きかな?」
 そして二つ手にして清世を振り返った。
「んー、どっちも可愛いよ」
 思ったことを素直に伝える。勿論両方似合っているのはそうなのだが。何より…。
(可愛いゆってる通が可愛い…)
 それが本音である。
「…どっちもだと選べないよ」
 じゃあ、これはと次は淡い色のカーディガン。襟元の繊細なレースが春っぽい。
「それも可愛い」
 清世は親指を立ててみせた。
「…あの、ですね」
 ちょっと口をへの字に曲げた通が近寄ってくる。
(…その顔も可愛い、とか言ったらどーなんだろ)
 先手必勝とばかりに近くにあった帽子を手に取ると、ポフっと通の頭に乗せた。そのままぽんと頭を押して顔を近づける。
「だーかーらー、可愛いってはしゃいぐ通が可愛いってこと」
 わかる?と帽子の庇から彼女の顔を覗きこむ。
 顔を赤くして黙り込んだ通に「照れてる通も可愛い」と清世は更に追い討ちをかけた。
 可愛い、という言葉以外どういえばいーんだろう、そう思うくらいに彼女は可愛い。

 通が小さな声をあげたかと思えば、清世の腕を引っ張った。
「キヨくん、キヨくん」
 ちょっと得意そうな声で、バレンタインの特集コーナーを指差した。
「ほら、キヨくんあれ似合いそう」
 通の指の先にはくまさんパンツ。バックプリントのデフォルメされたハートを抱きしめたくまさんが大変可愛らしい逸品だ。
「買ったら穿いてくっれ、る?」
 清世のことをちょっと困らせたりしたいのだろう、と思うが声が震えていたら台無しだ。
「お揃いなら履いてもいいよ…?」
 こういうのはねさり気なく言うんだよ、と見本でもみせるように清世が笑顔を浮かべて、くまさんパンツを穿いているマネキンの下を指差した。
『恋人同士おそろいで!』
 可愛らしい丸い字で書かれたポップ。隣には女性用のくまさんパンツがある。
「…っ!」
 狙い通りの反応をしてくれる通に今度は清世が我慢できずに唇の端を持ち上げた。
「ごめん、冗談だって」
 くまさんパンツはなし!顔の前で腕をクロスさせて作る大きなバッテン。
「パンツのお揃いはいやー!」
 悲鳴を上げる通に清世は声を上げて笑った。

 他にも店をいくつか回って、笑ってはしゃいで少し疲れた頃。時間は午後4時過ぎ、オヤツの時間もだいぶ過ぎている。
「ちょっと休憩〜」
 通を連れて入ったのは全国展開している某有名コーヒーショップ。
 ドアを潜ったとたんにコーヒーの良い香りが鼻を擽る。入り口の脇にディスプレイされたタンブラーはバレンタイン仕様、カウンターの前には轢き立てコーヒーの袋が並んでいる。
 隣を歩いていた彼女が足を止めた。振り返るとなにやらメニューを見上げて瞬きを繰り返していた。
(…あれ、コンタクトしてたよね?)
 メニューが見えないのだろうか。
「……にホイップクリームにチョコソースプラスで…」
 聞こえてきた誰かの注文の声。それに驚いた様子の通を見て、納得した。
(あれ…もしかして初めてか…)
 戸惑う通と視線があった。その表情がちょっと迷子っぽい。
「どんなん飲みたい? 甘いの?」
「うん、甘いのがいいです」
 通のリクエストを聞いてカウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「おねーさんのおすすめで」
 お決まりの言葉に笑顔で返すと、今ならバレンタイン限定メニューがオススメですと勧められる。
「じゃーそれ……一つ…」
 二つではなく一つ。もう一つは通常メニューから選んだ。
 どっちも甘い系の。女の子って、ちょっとずつ色々な物食べるの好きでしょというのが建前で、本音はなんとなく今日は思い当たることがあるからだ。
(だって…ねー?)
 今日は何日だという話である。
「お待たせー」
「……ありがとうございます」
 何食わぬ顔で、トレイをテーブルの上に。
「なにか考え事してたー?」
「え…なんでもないよ! …わぁあ…何かスゴイです。カップからクリーム溢れてる」
「えっとーねこっちのチョコのがバレンタイン限定、でこっちがモカ。どっちがいい?」
 一応カウンターのおねーさんが教えてくれた解説を伝えている間に通ははしゃいだ様子で写真を撮っている。清世と居る時の彼女はいつも楽しそうで、清世もそれが嬉しい。
 通はバレンタイン限定へと手を伸ばした。
「俺のも味見してみる?」
 ただこっちのカップもチラチラと見るものだから一口飲んでで差し出した。
「少しだけ苦いかな」
「あぁ、チョコよりはねー」
 やっぱり女の子は甘いの好きなんだねーなんてテーブルに頬杖。
 再び通の視線が落ち着かない。だいたいなにを考えているのかわかる。手を伸ばして頭に触れた。
「通、可愛い」
 頭をなでた手で頬をなぞる。そして唇の端についたクリームを指で拭った。
「え…」
「クリーム、唇の端にくっついてる」
 ぺろりと舐める指についたクリームは甘い。
「何をしてるんですかっ」
 真っ赤な顔して怒ったような声。それから真っ赤な頬をしたまま窓の外へと顔を向けられてしまった。


 西の空、夕日が沈みかけている帰り道。人通りの少ない公園前で通は足を止めたので、清世も止まる。
「キヨくん」
「どうしたのー? 何か買い忘れ?」
 通はコートのポケットに手を突っ込むともう一度「キヨくん!」と呼ぶ。ちょっと緊張した声。
「ちょっと目を瞑ってください」
「なに、なに? 顔に落書きとかマジだめだからね」
 冗談を言いながら清世が目を閉じる。
 顔の前に何か気配を感じる、本当に目を閉じているのか確認しているのだろう。背伸びしてそんなことをしている通を想像すると口元が弛んでしまう。
 一拍置いて、ぎゅうと手を握られた。そして手に何か袋を押し付けられる。
「もう目ぇ開けていー?」
「うん、いいよ」
 ゆっくりと目を開き清世は手の中のものを確認する。小さな可愛らしい包み。間違いなくこれは…。
「貰えると思ってた」
 そう言って微笑む。
「うん…」
 バレンタインですから、と答える声が震えていた。
「今年も手作り? 嬉しい、大事に食べるね」
「喜んでもらえて、私も嬉しいです」
 髪を揺らして通が微笑んだ。
 一瞬二人の間に沈黙が下りた。
 道に長く伸びる影。西の空は太陽の名残の煌きが彼女の髪をきらきらと輝かす。
「よし!」
 その空気を振り払うように通は声を上げる。
「だいぶ日も落ちて来ちゃったし…手繋いでかえりましょ!」
 指と指絡めて手を繋ぐ。互いの間に流れる空気がなんだか柔らかくて温かい。吐く息はまだまだ白いけど。
「あ、そうだ…」
 今度は清世が立ち止まる。手を繋いでいるから当然通も。
 どうしたの?と見上げる彼女、繋いだ手を引くとバランスを崩して清世にぶつかる。
 身を屈めて通の顔を上から覗きこんだ。
「俺バレンタインのお返し何も用意してねぇから」
 更に顔を近づける。鼻の頭がかすかに触れ合った。
「……」
 息を飲む気配。通の唇が僅かに震える。互いの吐息が分かるほどの至近距離。もう一度手を引いて、胸に彼女を抱きとめた。
「今日はチューで我慢な」
 彼女が何か言うよりも先に、目を伏せて唇を塞ぐ。柔らかい彼女の唇、僅かに震える肩、倒れないように彼女の背を空いている手で支えた。
 短い優しいキスだったように思える、清世としては。唇を離すと目を見開いたままの通が固まっていた。
「……っ!」
 そしていきなり爆発したようにボンと頬だけではなく首まで真っ赤になる。
「わ…わっ わ……」
 髪ごとくしゃりと頬を押さえた。
 髪から覗く小さな耳も真っ赤だ。
「い…いまの……」
 言葉が続かない。ぎゅうと掌を頬に押し当て、あわあわと慌てている。
(そーいや、普通にちゅーはした事なかったな…)
 頬にちゅーとかはしていたけど…と。
 真っ赤な顔、色違いのブレスレットが巻かれた手首まで赤くなっている。押さえた掌から覗く口元がどうしていいのかわからないような微妙が歪み方をしていた。
 黙って手を握りなおす。
 彼女は何かを言いかけて、結局言葉にすることができなかったのか代わりに手を握り返してきた。
 清世をみつめる通の双眸は潤んで揺れている。
 彼女の目に今映るのは自分だけだ。きっと自分の目に映っているのも彼女だけだろう。
 怒ったような、嬉しいような、照れたような、困ったような、でもやっぱり嬉しそうな。頬を真っ赤にしている彼女。
 こつんと合わせる額と額。
「嬉しいよ、まじで」
 清世は包みを胸に抱く。
 通は何度も頷きながら清世のマフラーを握る。
(…可愛い……)
 そう思ったのは今日何度目だろうか。ひょっとしたら言いすぎかもしれない。でも彼女を見るたびに思うのだから仕方ない。
 可愛い、耳元でのささやきは殆ど吐息だけ。そして揃いのブレスレットを軽く合わせた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/ PC名   / 性別 / 年齢 / 職業】
【ja3082 / 百々 清世 / 男性 / 21歳 / インフィルトレイター】
【jb3571 / 奥戸 通  / 女性 / 21歳 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

バレンタインデートからの初めてのキスいかがだってでしょうか?
大切なお話をお任せくださいましてありがとうございます。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月17日

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