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『初めての…… 』
奥戸 通jb3571


 バレンタインの朝。まだ部屋は暖まっておらず、頬に触れる空気はひんやりとしている。
「わっ…」
 寒い、とキッチンに立った奥戸 通(jb3571)は思わず呟き、冷蔵庫を開ける。今から朝ごはんを作るのだ。
「プレーンオムレツに付け合せはウィンナー? トマトのサラダに…ヨーグルト? それともオレンジを切りましょうか?」
 歌うような調子で朝の献立を考えつつ、フライパンにウィンナーを乗せて火をつけた。
 ご飯は一人分より二人分作るほうが楽しい。だが一度調理が始まってしまえば鼻歌交じり、とはいかない。料理は真剣勝負なのである。だって美味しいものを食べてもらいたいから。

 彼に……

 ぱっと浮かんだ顔に思わず顔が赤くなる。付き合い始めてしばらく経つというのに未だ意識してしまうと照れてしまう。
 などと一人百面相をしていると…。

 バァアアアン!!

「…ひぃいい!?」
 すぐ間近で何かが弾ける音がした。
 フライパンにウィンナーの無残な姿が。皮が弾け捩れている。先程の音はウィンナーが弾けた音だった。

「なんかすごい音したけど大丈夫か」
 隣の部屋から聞こえてくる百々 清世(ja3082)の声。寝ていたはずなのにどうやら起きてしまったらしい。
「な…なんでもないよ!」
 彼のいる場所から見えるわけではないのだが、反射的に振り返りフライパンをガードする。
「なんでもない!」
 ふるふると頭を左右に振って、事件は何も起きていないことを再度主張した。
「大丈夫だから寝てていいよ!」
 それ以上追求されないためにも多少強引に話を切り上げてしまう。
「……大丈夫、食べれる、よね?」
 フライパンの中を確認。焦げてはいない、単に形が変わっただけだ。

「どう、かな? 味はね…美味しいと思う、んです」
 白い皿の上にはオムレツとサラダにウィンナー。雑誌とかに載っているような見映えにはちょっとだけ遠い…いやもうちょっと遠い。
 膝の上に握った両手を置いて通は、じっと朝食を口に運ぶ清世を見つめる。
「うん、まあ全然食えるし、うまいよ」
「…ね? 味は完璧でしょ?」
 朝食を頬張りつつ浮かんだ笑顔に肩に入っていた力を抜いて微笑み返した。
「今日はちょっとお買い物付き合ってもらってもいいですか?」
 食後の珈琲を飲みながら通は清世に尋ねる。
「お、買い物ー? 良いよ、良いよ」
 どこ行こうか?と清世は乗り気だ。
「買い物デート久しぶりだよなー」
 そんな言葉にやはり頬が赤くなってしまう。付き合う前からそして付き合ってからもデートは何度もしているというのに。毎回楽しみだし、嬉しい。
(それに今日は特別な日だし…)
 気付いているのかな、とそっと清世の顔を見た。


 買い物に行きたい、と言っても特別これがみたい、というものがあるわけではない。目的もなく二人であれこれ店を見て回るのが楽しい。
「んー!」
 とはいえ女の子、可愛い服や小物をみればテンションは上がる。
「やっぱ春物の服はカワイイ!」
 特に春物は一気に色合いや素材まで変わるからついついはしゃいでしまう。ふらりと入ったセレクトショップ、並んでいるワンピースを取って鏡の前で合わせてみる。
「もうちょっと大人っぽいデザインの方が…」
 今度は隣にあった少し濃い色のワンピースを手に取った。
「キヨくん、どうかな? キヨくんはどっちが好きかな?」
 二つ手にして清世を振り返る。
「んー、どっちも可愛いよ」
「…どっちもだと選べないよ」
 じゃあ、これはと淡い色のカーディガンを当ててみせる。襟元には繊細なレース、少し甘すぎるデザインかもしれない。
「それも可愛い」
 清世は笑顔だ。
「…あの、ですね」
 とハンガーを手に近づくとポフっと頭の上に帽子を乗せられた。そのまま、ぽんと頭を押される。
「だーかーらー、可愛いってはしゃぐ通が可愛いってこと」
 わかる?と顔を覗きこまれて俯く。その笑みは反則だ、と頬が熱い。
 顔を赤くして黙り込んだ通に「照れてる通も可愛い」と清世が追い討ちをかけてきた。
 本当に私の恋人はずるい、と動悸が激しい心臓を押さえる。

 自分ばかり困らされてばかりではなんだか悔しい。通は店内をぐるっと見渡した。
 そして設けられたバレンタインコーナーの一角にネクタイやセーターなどに混じって燦然と飾られているある物を発見する。
「キヨくん、キヨくん」
 清世の腕を引っ張り、それを指差す。
「ほら、キヨくんあれ似合いそう」
 通の指の先にはくまさんパンツ。バックプリントのデフォルメされたハートを抱きしめたくまさんが大変可愛らしい逸品だ。
「買ったら穿いてくっれ、る?」
 さらりと言うつもりだったのに全部言い終えるまえについ声に笑いで震えてしまう。
「お揃いなら履いてもいいよ…?」
 逆に清世がにこりと優等生の微笑みとともにさらりと返すと、くまさんパンツを穿いているマネキンの下を指差した。
『恋人同士おそろいで!』
 可愛らしい丸い字で書かれたハート型のポップ。隣には女性用のくまさんパンツがある。
「…っ!」
 言葉に詰る通に清世がニヤニヤとからかうような笑み。
「ごめん、冗談だって」
 くまさんパンツはなし!顔の前で腕をクロスさせて作る大きなバッテン。
「パンツのお揃いはいやー!」
 悲鳴を上げる通に清世が声を上げて笑う。

 他にも店をいくつか回って、笑ってはしゃいで少し疲れた頃。時間は午後4時過ぎ、オヤツの時間もだいぶ過ぎている。
「ちょっと休憩〜」
 清世に連れられて入ったのは全国展開している某有名コーヒーショップ。
 ドアを潜ったとたんにコーヒーの良い香りが鼻を擽る。入り口の脇にディスプレイされたタンブラーはバレンタイン仕様、カウンターの前には轢き立てコーヒーの袋が並んでいる。
 通はメニューを見上げた。実はこういった店に入るのは初めてだ。
 一見しただけではどんなものだか分からない名前がずらっと並んでいる。時折みかける『カプチーノ』『エスプレッソ』といった見慣れた単語をみつけると何故かとても安心する。
 問題はメニューだけではない。カップのサイズが分からないのだ。
(Sはスモール? あれ、でもそうなるとTは? Gは? そもそもVってなにかな)
 固まっていると誰かのオーダーが聞こえる。
「……にホイップクリームとチョコソースプラスで…」
 どうやら飲みたいものを言うだけではないらしい。オプション設定まであるようだ。
(どうやって注文したらいいんだろう?)
 途方にくれていると清世と目が合う。
「どんなん飲みたい? 甘いの?」
 事情を察してくれたようである。
「うん、甘いのがいいです」
 こくりと頷くと、先に席いっててと肩を叩かれた。
 窓際の席、向かい合わせに置かれた椅子は柔らかく深く座ると身体が沈みこむ。
 カウンターの女性店員とにこやかに話しながら注文をしている彼の背中をぼんやり眺めて待っている。
 コートのポケットに待機させているブラウニーの包みを軽く抑えた。
(いつ渡そう…かな?)
 手作りのブラウニー。折角だからとはりきって作った。まだまだお菓子作りは自信がないから少しだけだけど…と朝のウィンナー事件を思い出し浮かぶ苦笑。でも愛情はたっぷり込めた。ラッピングだって一生懸命考えた。
 無意識に指がブレスレットに触れる。清世と色違いのお揃いのものだ。
「お待たせー」
「……ありがとうございます」
 テーブルに置かれたトレイの上にはチョコレート色のクリームが乗ったカップとホイップクリームが乗ったカップが並んでいる。
「なにか考え事してたー?」
「え…なんでもないよ! え?…わぁあ…何かスゴイです。カップからクリーム溢れてる」
 そうだ、記念に写真撮っておこう、と携帯を取り出すとトレイの上のカップの位置を調整して一枚。角度を変えてもう一枚。
「えっとーねこっちのチョコのがバレンタイン限定、でこっちがモカ。どっちがいい?」
 説明してくれる清世も入れて更に一枚。初めてこの店に来た、初めて恋人と此処に来た記念である。
 通はバレンタイン限定へと手を伸ばす。彼が選んでくれたのは両方甘くて美味しそう。でも今日一番初めに口にするチョコレートが自分のものであって欲しい、そんな乙女心が少しだけ働く。
「俺のも味見してみる?」
 差し出されたカップを受け取る。
「少しだけ苦いかな」
 漏らした感想に「あぁ、チョコよりはねー」なんて答えが返ってきた。
(どうしよう…)
 自分が飲んでいるチョコも渡すべきか否か、悩みつつチラチラと彼を見ているとぽんとまた頭に手を置かれた。
「通、可愛い」
 笑みを含んだ声。頭に触れていた彼の手がそのまま落ちてきて、頬に触れた。
「え…」
「クリーム、唇の端にくっついてる」
 と、拭ったクリームを清世が舐める。
「何をしてるんですかっ」
 驚きで裏返る声。またもや頬がかっと熱くなり窓の外へと顔を向ける。
 指先に赤毛をくるんと巻きつけて弄ぶ。此方を見ている目が何時も以上に優しく感じられ正面に向きなおせなかった。


 西の空、夕日が沈みかけている帰り道。人通りの少ない公園前で通は足を止めた。清世も止まる。
「キヨくん」
「どうしたのー? 何か買い忘れ?」
 通はコートのポケットに手を突っ込むともう一度「キヨくん!」と彼の名前を呼んだ。自分でもわかるくらいに声が緊張で強張っている。
「ちょっと目を瞑ってください」
「なに、なに? 顔に落書きとかマジだめだからね」
 冗談を言いながら清世が目を閉じる。
 本当に目を閉じたのか背伸びをして確認。それから彼の手を取った。

「……っ」

 ゆっくり深呼吸。ブラウニーの小さな包みを持った手で彼の手をぎゅうと握る。そして彼の手にブラウニーの包みを握らせ上から両手で再びぎゅっと握り締めた。
「もう目ぇ開けていー?」
「うん、いいよ」
 ゆっくりと目を開いた清世が手の中のものを確認する。掌の小さな包みに目を細めた。
「貰えると思ってた」
 彼の笑顔はいつも優しいが、やはり今日の笑顔は一段と優しく見えた。
「うん…」
 バレンタインですから、と答える声は恥ずかしさで震えている。去年もバレンタインに渡したというのに。
「今年も手作り? 嬉しい、大事に食べるね」
「喜んでもらえて、私も嬉しいです」
 髪を揺らして通が微笑んだ。
 二人の間に沈黙が下りた。
 道に長く伸びる影。西の空は太陽の名残の煌き。
「よし!」
 その空気を振り払うように通は声を上げる。
「だいぶ日も落ちて来ちゃったし…手繋いでかえりましょ!」
 指と指絡めて手を繋ぐ。
 この距離感はまだどこかくすぐったい。
「あ、そうだ…」
 今度は清世が立ち止まる。手を繋いでいるから当然通も。
 どうしたの?と見上げればくいと繋いだ手を引っ張られた。
 トト、とバランスを崩して彼に凭れかかる。顔を上げればすぐ間近に彼の顔。
(あれ…こんなに彼の顔は近かった?)
「俺バレンタインのお返し何も用意してねぇから」
 更に彼の顔が近づく。
「……」
 息を飲んだ。バレンタインのお返しはホワイトデーだよ…なんて言葉が浮かんだが上手く声にならない。互いの吐息が分かるほどの至近距離。もう一度手を引かれて、彼の胸に抱かれる。
「今日はチューで我慢な」
 通の唇に清世の唇が重ねられた……。


 それは啄ばむようなとても優しい……。


 通にとっての初めての…


 通の時間が止まった。緑の目は瞬きを忘れたかのように丸く見開いたままだ。


「……っ!」
 何が起きたか把握するまでに少しだけ時間を要した。そして起きた事を理解した途端、それこそ破裂したウィンナーのようにボンと頬だけではなく耳までいや首まで真っ赤に弾けた。
「わ…わっ わ……」
 髪ごとくしゃりと頬を押さえる。
 目元も耳も燃えているんじゃないかと思うほどに熱い。
「い…いまの……」
 言葉が続かない。いや何を言っていいのか分からない。ちょっとしたパニック状態。
 ぎゅうと掌を頬に押し当てる。
(ど しよう…。どう、しよう…)
 多分、今自分は茹タコみたいに真っ赤だ。どうしよう、何がどうしようなのかわからないが、そのフレーズだけが頭の中をぐるぐる回る。
(どう、しよう…顔がニヤけちゃうよ…っ)
 湧き上がってくる感情に口元がむずむずと笑みの形を作る。
 大丈夫? どうしたの? そんな言葉もなくただ手をぎゅっと握られた。
 自分の隣に彼がいる。
 溢れてくる感情を抑えきれずに悲しくないのに泣きたくなった。
(ああ、本当に…)
 彼の事が好きだ、と手を握り返す。
 顔をあげると視線が合う。こうしてずっと私の事を見ていてくれたのだろうか、と思うと更に頬が熱くなる。
 こつんと合わせられる額と額。
「嬉しいよ、まじで」
 清世が通の渡した包みを胸に抱くのが見えた。
 通は何度も頷きながら彼のマフラーを握る。
 可愛い、吐息が耳朶に触れた。心臓が跳ねる。重なるブレスレット。
 今日は忘れられない一日になりそうだ。彼もそうだと嬉しいな、と思った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/ PC名   / 性別 / 年齢 / 職業】
【ja3082 / 百々 清世 / 男性 / 21歳 / インフィルトレイター】
【jb3571 / 奥戸 通  / 女性 / 21歳 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

バレンタインデートからの初めてのキスいかがだってでしょうか?
カップサイズが分からなかったのは実は自分でした、と告白しておきます。
盛大にとのことなので激しく照れていただきました。
丁寧語、フランクな話し方のバランス等大丈夫でしょうか?
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月17日

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