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『Sweet sweet magic 〜大好きの意味:遊紗の場合〜 』
九十九 遊紗ja1048


 ――それは不思議で、でもありふれていて。

 ただ、あなたが好き。
 そんな単純で深淵な想いを込めて甘い甘いショコラを贈ろう。


 そこは久遠ヶ原のどこかにあるという、河川敷に置き忘れられたプレハブ小屋。
 草野球を眺めたり、時々顔を出す野良猫や野良犬たちをかまったり。
 そんななんでもない一日をまったり過ごす『秘密基地』。

 九十九 遊紗(ja1048)が見つけたその秘密の場所に緋野 慎(ja8541)が顔を出したのはほんの偶然。
 ――知ってる人がいるのを見て入ってきちゃった!
 秘密基地にいた友だちの、友だち。それが遊紗と慎の最初の関係。

 あれからもうすぐ1年が経つ。


 珍しく遊紗と慎しかいないプレハブ小屋の中。
 プレハブ小屋なのでやっぱり冬は寒い。けれども此処にはストーブがある。ストーブに誘われて遊びに来た野良猫もいる。
 もしゃもしゃと遊紗が野良猫を撫でるのを、微笑みながら眺める慎。
「遊紗は変わんないな」
 その言葉に遊紗は猫を撫でる手を止めて慎の顔を見上げた。
「遊紗、中等部に入ったよ。ちょっとは成長して……ないかな」
 慎のほうが堂々として大人びて見える。同い年だけにそれはほんの少しだけ置いて行かれたようにも思えて遊紗はしょんぼりと肩を落とした。
「違う違う。そういう意味なら遊紗は変わってるって俺は思うよ。変わらないのは中身」
 慎は慌てて手を振って言った。
「初めて会ったときと変わらないなって思ってさ」
「まだ小6だったんだよね、遊紗と慎君」
 遊紗は嬉しそうに思い出す。
 撃退士の中ではなかなか同い年の子がいなかった。だから同い年の子が遊びにきてくれたことが遊紗にはとても嬉しかった。
「聞いたらクラスも近くて」
「うん、すぐに仲良くなったよな!」
 慎が同意してくれるのも遊紗には嬉しい。えへへ、と笑いながら遊紗は指を折る。
「一緒に色んなところへ行ったよね。泥んこプロレスとか」
「田んぼで泥だらけになって楽しかったよな」
「遊紗、プロレスとかよくわかんなかったけど、楽しかった!」
「俺、遊紗にくすぐられてギブアップした」
「こしょこしょー♪って」
「あはは。思い出してもくすぐったい。あのときは遊紗、大活躍だったよな」
「えへへ。遊紗もびっくりだったんだよー」
「キャンプも一緒に行ったな」
「カレー作り、楽しかったね。慎君、途中で寝ちゃってたけど……」
「俺、あの時は料理の腕前に自信なくしたよ……」
 遠い目をする慎に遊紗は首を傾げる。食べなかったからこその幸せもあるのだ。
「夏は田舎で慎君と虫を取ったね」
「取った、取った! おっきなの取った!」
「あれ、何の虫だったんだろうね……」
「うん……山奥育ちの俺にもわかんないや……」
「クリスマスもプレハブ小屋のみんなで過ごしたよね」
「うん、なんかホームパーティみたいな……本当の家族みたいな……あったかいパーティだった」
「外は雪で、猫さんも遊びにきてくれて」
「遊紗、ほっぺにケーキつけてた」
「わー、それは忘れてー!」
「2人でサンタの格好して写真も撮ったよな」
 ほんの数ヶ月前のことだからこそ、楽しかった思い出は色鮮やか。
 遊紗と慎は顔を見合わせて笑った。

「気がついたら、遊紗、いつも慎君と一緒にいるね」
 1年の思い出を振り返ると、そこにはいつも慎の笑顔がある。
 プレハブ小屋で、泥だらけの田んぼで、キャンプ場で。どこだって慎と一緒なら楽しかった。
 だからごく自然に言葉は口から零れた。
「遊紗はみんなの事が大好きだけど、慎君の事はもっと大好き!」
 もっと大好き、と言うとほんわりと暖かくなる気持ち。あったかくて、嬉しくて、少しだけ照れくさい。そんな気持ちのことを『もっと大好き』以外になんて言えばいいのか、遊紗にはわからない。
 わからないから、遊紗は正直に想っていることを口にした。
「その大好きの違いの意味がよく分かんないんだけど……でもずっと一緒にいたいなって思うよ」
 慎の傍で笑っていたい。自分の傍で慎が笑っていてほしい。
 いっぱい楽しい思い出をこれからも作っていきたい。

「俺、遊紗と出会う前はずっと山奥でじいちゃんと二人で暮らしてたんだ。だから知らなかった、同い年の子と思い出を作るのがこんなに楽しい事だなんて……」
 少し懐かしそうな目をして慎は言うとすぐに首を振った。
「いや、違う。遊紗だから、俺はこんなに幸せなんだ」
 納得するような慎の表情を遊紗はまんまるな瞳で覗きこむ。
 ことん、と胸が嬉しくて転がるような、そんな感覚。
「俺も友だちみんなの事大好きだ。でもそれ以上に遊紗の事が好きだ、大好きなんだ!」
 力いっぱい言う言葉は遊紗と同じ言葉。その言葉に遊紗はふわんと笑みが自然に溢れる。
「う、上手く言えないけど……これからもたくさん思い出を作っていきたい」
 もごもごと口ごもる慎に遊紗はこっくりと頷く。

 ――大好き。
 ――これからも一緒に。

 難しい言葉は遊紗にはよくわからない。
 でも、それが嘘偽りのない想いならば。
 それを同じ想いで伝えてもらえるというのはなんて幸せなのだろう。

「あのね、慎君これ!」
 何故か火照る頬を気にしながら、遊紗は用意していた箱を差し出した。
 それは遊紗の手作りチョコレート。
 本を見たりプレハブ仲間に教えてもらったりしながら、遊紗が一人で頑張った力作だ。
 ラッピングだって頑張った。味だって保証済みだ。
「わわ、チョコ!?」
「遊紗頑張ったんだよ!」
 えへんと胸を張ると慎は大事そうに箱を受け取った。
「手作り!? わあ、ありがとう、遊紗」
 嬉しそうな慎の表情が嬉しくて、遊紗は満面の笑みを浮かべた。
「食べてもいい?」
「うん!」
 慎は丁寧にラッピングを剥がすと、中から出てきたチョコレートにさらに嬉しそうな笑顔を作る。
「すごいな、遊紗! 美味しそう!」
「えへへ。そう言ってもらえると嬉しいな」
 とは言え、本当に食べてもらえるまで、安心はできない。
 遊紗はどきどきしながら、慎がチョコレートを摘んで、口に運ぶ様を見つめた。
 一瞬のことが、とても長く感じる。
 けれどもすぐに慎はにっこりと笑った。
「すっごく美味しい!」
「よかったぁ」
「これ、じっちゃんにもあげないで俺一人で大事に食べる! 本当にありがとうな、遊紗」
「ううん、慎君が喜んでくれたなら、遊紗も嬉しい!」
 ほっとして、遊紗が胸を撫で下ろすと、慎はチョコレートをもうひとつ摘み、少し考えてから大事そうに置いた。
「どうしたの?」
「いっぺんに食べたらもったいないなって思って」
「そうしたらまた遊紗が作るのに」
「ううん、バレンタインのチョコっていうのが嬉しいんだ」
 幸せそうに言う慎に遊紗は首を傾げる。
「そんなものなのかなあ?」
「うん。ホワイトデーは俺がお返しするから!」
「えへへ。楽しみ!」
 遊紗は嬉しそうに目を細めた。

 二人の間にいた野良猫が伸びをして外へと出て行く。
 遊紗と慎がそれを目で追いかけたときだった。

 外をちらちらと白いものが舞っている。

「慎君、見て! 雪が降ってる!」
 遊紗は外を指さした。
「うわー、寒いと思ったら雪だ!」
 慎も降っている雪を見ると我慢できないように遊紗の手を握った。
 二人は手を繋いで、戸口から外に出て、灰色の空を見上げる。
「積もるかな」
「積もったら一緒に雪だるま作ろう?」
「いいな、それ。雪ウサギも一緒に作って、みんなを驚かせような」
「楽しみ〜! 早く積もらないかな」
 うずうずとする遊紗だけれども、同時に此処はちょっと寒くもあり。
 ちいさくくしゅん、とくしゃみをすると慎が遊紗を見た。
「遊紗、寒い? 手も冷たいや」
「うん、ちょっとだけ。でも慎君の手も冷たいよ?」
「雪が積もる前に風邪ひかないようにしなくちゃな」
 慎はそう言うと繋いでいた手を離し、ひとりプレハブ小屋へと駆け足で戻っていく。
「慎君?」
 遊紗は灰色から白へと変わっていく世界の中、急速に不安を覚える。
 きっと、寒さと雪のせい。そうわかっても。
「慎君?」
 小さな声で名を呼んでも届かない。
 不意に孤独が胸をぎゅうっと絞り上げた。遊紗は雪を振り返りもせず、プレハブ小屋へ駆け戻る。
 足音が聞こえたのだろう、小屋の隅で何か探しているようだった慎が不思議そうに振り返った。
「どうしたの、遊紗?」
 ごく自然に。ごくいつもの声音で。
 名を呼ばれて、遊紗は慎に近付いた。
「このあたりにブランケットがあった気がしてさ。遊紗が風邪ひかないようにって思って……」
 いつだって、慎はこうやって遊紗に優しくしてくれるのに。
 でも、離れてしまうことが怖くて。
 遊紗は慎の背をそっと摘んだ。
「遊紗?」
「……遊紗、ひとりになっちゃった気がして。どうしていいのかわからなくて」
 プレハブ小屋に久しぶりに顔を出すとき、思う不安。
 何を話していいのかわからなくて。どんな顔をしていいのかわからなくて。
 それよりももっともっと深い不安と恐怖が胸を締め付けて。
 何も言えず、俯くと、不意に体を包み込む温もり。

 遊紗は慎にぎゅっと強く抱きしめられていた。
 冷たくなっていた2人の体温が重なって、暖かさを思い出していく。
 お互いの温もりを感じて、とくんと胸が動く。
 とくん、とくん、と音が聞こえてしまいそうで、遊紗は困惑する。

「あのさ、遊紗」
 慎の声がいつもと同じ優しさで響く。
「俺はずっとそばにいるよ」
 遊紗もずっと慎と一緒にいたい。だから慎のその言葉はふわふわと遊紗の心に降り積もる。
「遊紗は迷子の俺を見つけてくれた。だからもし遊紗が迷子になったら、今度は俺が遊紗の手を引いて行く」
 そんなことない、と言いたいのに、上手く言葉が出てこない。
 ――遊紗を見つけてくれたのは慎君なのに。
 そんな簡単な言葉が出てこない。
 代わりに出てきそうなのは涙だ。悲しくないのに涙が出る。それが遊紗には不思議だった。
「遊紗、大好きだよ」

 出会ってからずっと2人一緒にいた。
 だから、もう何年も一緒にいるような気がする。
 ただ一緒にいるのが楽しくて、幸せで。
 もっともっと一緒にいたい。
 春にはまた田んぼで泥だらけになってくすぐり合ってもいい。
 夏はキャンプもいい、海でもいい、きっと去年より美味しいカレーができるから。
 秋にはまた下校途中に肉まんを食べて。冷たくなってきた風から守るように1つのマフラーを半分こして。
 冬はみんなでまた家族のようにクリスマスを祝おう。
 襲い来る天魔にだって、2人で立ち向かえばきっと怖くない。
 1人で戦場に立っていても、いつだって1人きりじゃないって知っている。

 だから。

「これからも一緒にいてね、慎君」
「これからも一緒にいようね、遊紗」

 単純で深淵で、この気持ちをなんて言うのか、まだわからないけれども。
 2人は顔を見合わせて、それから幸せそうに笑いあった。

 どうか、どうか。
 これからも楽しくて幸せな一瞬を、ずっと紡いでいけますように。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1048 / 九十九 遊紗 / 女 / 11 / インフィルトレイター】
【ja8541 / 緋野 慎 / 男 / 13 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご発注ありがとうございました!
バレンタイン当日に間に合わず、本当に申し訳ありません。
とても可愛らしいお2人で終始にこにこしながら執筆しておりました。
2つで1つになるように仕上げてみたつもりですので、よろしければお楽しみくださいませね。

どうぞこれからも素敵な思い出をお2人で紡いでいけますように。
心からお祈りしつつ。素敵なバレンタインを!
不思議なノベル -
さとう綾子 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月17日

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