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『Sweet sweet magic 〜大好きの意味:慎の場合〜 』
緋野 慎ja8541


 ――それは不思議で、でもありふれていて。

 ただ、あなたが好き。
 そんな単純で深淵な想いを込めて甘い甘いショコラを贈ろう。


 そこは久遠ヶ原のどこかにあるという、河川敷に置き忘れられたプレハブ小屋。
 草野球を眺めたり、時々顔を出す野良猫や野良犬たちをかまったり。
 そんななんでもない一日をまったり過ごす『秘密基地』。

 九十九 遊紗(ja1048)が見つけたその秘密の場所に緋野 慎(ja8541)が顔を出したのはほんの偶然。
 ――知ってる人がいるのを見て入ってきちゃった!
 秘密基地にいた友だちの、友だち。それが遊紗と慎の最初の関係。

 あれからもうすぐ1年が経つ。


 珍しく慎と遊紗しかいないプレハブ小屋の中。
 プレハブ小屋なのでやっぱり冬は寒い。けれども此処にはストーブがある。ストーブに誘われて遊びに来た野良猫もいる。
 もしゃもしゃと遊紗が野良猫を撫でるのを、微笑みながら眺める慎。
「遊紗は変わんないな」
 その言葉に遊紗は猫を撫でる手を止めて慎の顔を見上げた。
「遊紗、中等部に入ったよ。ちょっとは成長して……ないかな」
 しょんぼりと肩を落として遊紗が言う言葉に、慎は誤解を与えてしまったことに気づく。外見だけ言えば遊紗はどんどん眩しいくらい成長しているように慎には思えるから。
「違う違う。そういう意味なら遊紗は変わってるって俺は思うよ。変わらないのは中身」
 慎は慌てて手を振って言った。
「初めて会ったときと変わらないなって思ってさ」
「まだ小6だったんだよね、遊紗と慎君」
 遊紗は嬉しそうに出会ったときのことを口にする。
 撃退士の中ではなかなか同い年の子がいなかった。だから同い年の子と知り合えたということが慎にはとても嬉しかった。
「聞いたらクラスも近くて」
「うん、すぐに仲良くなったよな!」
 慎が同意すると遊紗は嬉しそうに頷いた。えへへ、と笑いながら遊紗は指を折る。
「一緒に色んなところへ行ったよね。泥んこプロレスとか」
「田んぼで泥だらけになって楽しかったよな」
「遊紗、プロレスとかよくわかんなかったけど、楽しかった!」
「俺、遊紗にくすぐられてギブアップした」
「こしょこしょー♪って」
「あはは。思い出してもくすぐったい。あのときは遊紗、大活躍だったよな」
「えへへ。遊紗もびっくりだったんだよー」
「キャンプも一緒に行ったな」
「カレー作り、楽しかったね。慎君、途中で寝ちゃってたけど……」
「俺、あの時は料理の腕前に自信なくしたよ……」
 正直、何故あの時のカレーがあんな味になったのか、慎には未だにわからない。思わず遠い目にもなる。
「夏は田舎で慎君と虫を取ったね」
「取った、取った! おっきなの取った!」
「あれ、何の虫だったんだろうね……」
「うん……山奥育ちの俺にもわかんないや……」
「クリスマスもプレハブ小屋のみんなで過ごしたよね」
「うん、なんかホームパーティみたいな……本当の家族みたいな……あったかいパーティだった」
「外は雪で、猫さんも遊びにきてくれて」
「遊紗、ほっぺにケーキつけてた」
「わー、それは忘れてー!」
「2人でサンタの格好して写真も撮ったよな」
 ほんの数ヶ月前のことだからこそ、楽しかった思い出は色鮮やか。
 慎と遊紗は顔を見合わせて笑った。

「気がついたら、遊紗、いつも慎君と一緒にいるね」
 遊紗が懐かしそうな表情でぽつりと言った。言われて慎も思い出す。
 プレハブ小屋で、泥だらけの田んぼで、キャンプ場で。どこだって遊紗と一緒で楽しかった。
「遊紗はみんなの事が大好きだけど、慎君の事はもっと大好き!」
 そう口にしたときの遊紗の暖かな笑顔に、慎の胸にも暖かな想いが広がっていく。
「その大好きの違いの意味がよく分かんないんだけど……でもずっと一緒にいたいなって思うよ」
 『一緒にいたい』。それは慎も強く思うこと。
 遊紗の傍で笑っていたい。自分の傍で遊紗が笑っていてほしい。
 いっぱい楽しい思い出をこれからも作っていきたい。

 想いはごく自然に慎の口からも溢れた。
「俺、遊紗と出会う前はずっと山奥でじいちゃんと二人で暮らしてたんだ。だから知らなかった、同い年の子と思い出を作るのがこんなに楽しい事だなんて……」
 山の中、走り回り、飛び跳ねて。大好きな爺ちゃんと一緒に過ごして。
 それが楽しくなかったわけではない。もっと楽しいことをこの1年で知っただけのこと。
 遊紗の笑顔とみんなの笑顔と。たくさんの思い出の中、きらめくのは。
 同い年だから、という理由じゃなくて。
「いや、違う。遊紗だから、俺はこんなに幸せなんだ」
 そう、遊紗と一緒だから、こんなに幸せで楽しくて。
 まんまるな瞳で覗きこんでくる遊紗の顔を見ていると想いは確信に変わる。
「俺も友だちみんなの事大好きだ。でもそれ以上に遊紗の事が好きだ、大好きなんだ!」
 力いっぱい言う言葉は遊紗と同じ言葉。
 慎にも遊紗と同様、「大好き」の違いはわからない。違うことに意味があるのかもわからない。
 それでも力いっぱい伝えたいほどの「大好き」という気持ち。
「う、上手く言えないけど……これからもたくさん思い出を作っていきたい」
 もごもごと口ごもる慎に遊紗はこっくりと頷いてくれた。

 ――大好き。
 ――これからも一緒に。

 難しい言葉は慎にはよくわからない。
 でも、それが嘘偽りのない想いならば。
 それを同じ想いで伝え合えるというのはなんて幸せなのだろう。

「あのね、慎君これ!」
 遊紗は少し頬を赤くして慎に箱を差し出した。
 綺麗にラッピングされたその箱を見て、慎は目を丸くして、そして今日がなんの日だったか思い出した。
「わわ、チョコ!?」
「遊紗頑張ったんだよ!」
 えへんと胸を張る遊紗。慎は大事に箱を受け取った。
「手作り!? わあ、ありがとう、遊紗」
 胸を張る様子を見るに、プレハブ仲間たちにも手伝ってもらって自分のために作ってくれたのだろう。
 その気持ちがなによりも嬉しい。
「食べてもいい?」
「うん!」
 綺麗なラッピングからだって遊紗の頑張りが伺える。
 丁寧にラッピングを剥がすと、中から出てきたチョコレートはさらに手をかけた可愛らしいもの。自分のために作ってくれた、その事実がさらに慎を嬉しくさせる。
「すごいな、遊紗! 美味しそう!」
「えへへ。そう言ってもらえると嬉しいな」
 嬉しそうな遊紗の声に慎はチョコレートを摘んだ。一口。
 口の中にほどよい甘さが広がっていく。それはたぶん幸せの甘さ。
 こんな幸せなチョコレートは初めてかもしれない、と思うと笑みが溢れる。
「すっごく美味しい!」
「よかったぁ」
「これ、じっちゃんにもあげないで俺一人で大事に食べる! 本当にありがとうな、遊紗」
「ううん、慎君が喜んでくれたなら、遊紗も嬉しい!」
 ほっとしたように遊紗は胸を撫で下ろす。
 美味しいのでもう一つ食べようと慎はチョコレートを摘んだが、もったいないという思いが頭をよぎった。大事に箱に戻す。
「どうしたの?」
「いっぺんに食べたらもったいないなって思って」
「そうしたらまた遊紗が作るのに」
「ううん、バレンタインのチョコっていうのが嬉しいんだ」
 慎の言葉は遊紗にはわからなかったようだ。
「そんなものなのかなあ?」
「うん。ホワイトデーは俺がお返しするから!」
「えへへ。楽しみ!」
 遊紗は嬉しそうに目を細めた。

 二人の間にいた野良猫が伸びをして外へと出て行く。
 慎と遊紗がそれを目で追いかけたときだった。

 外をちらちらと白いものが舞っている。

「慎君、見て! 雪が降ってる!」
 遊紗は外を指さした。
「うわー、寒いと思ったら雪だ!」
 慎も降っている雪を見ると我慢できないように遊紗の手を握った。
 二人は手を繋いで、戸口から外に出て、灰色の空を見上げる。
「積もるかな」
「積もったら一緒に雪だるま作ろう?」
「いいな、それ。雪ウサギも一緒に作って、みんなを驚かせような」
「楽しみ〜! 早く積もらないかな」
 うずうずと遊紗は言うけれども、言葉に反して出てきたのはちいさなくしゃみ。
 慎は思わず心配して遊紗を見る。
「遊紗、寒い? 手も冷たいや」
「うん、ちょっとだけ。でも慎君の手も冷たいよ?」
「雪が積もる前に風邪ひかないようにしなくちゃな」
 慎はそう言うと繋いでいた手を離し、ひとりプレハブ小屋へと駆け足で戻っていく。
 確か、小屋の奥にブランケットがあったはず。
 遊紗が風邪をひかないようにかけてあげないと、積もったときに一緒に遊べない。
 ブランケットを見つけたら、2人でストーブの前で積もるのを待とう。
 ごそごそと探していると、慎は背後からの足音に気づいた。
 振り返ると不安そうな表情の遊紗がいた。
「どうしたの、遊紗?」
 遊紗は何も言わない。ただ黙って近づいてくる。
 慎は笑顔で言葉を続けた。
「このあたりにブランケットがあった気がしてさ。遊紗が風邪ひかないようにって思って……」
 そのとき。
 遊紗がそっと、控えめに慎の背を摘んだ。
「遊紗?」
「……遊紗、ひとりになっちゃった気がして。どうしていいのかわからなくて」
 不安そうに呟くように、声を絞り出すように。
 俯いた遊紗の様子に、慎の胸に遊紗の表情が去来する。
 久しぶりにプレハブ小屋に顔を出す遊紗はいつだって不安そうで。
 自分はここにいるのに。遊紗をひとりになんてしないのに。
 どうしたら、この想いを伝えられるんだろう。
 わからないまま、慎は遊紗に手を伸ばした。

 慎は遊紗をぎゅっと強く抱きしめていた。
 冷たくなっていた2人の体温が重なって、暖かさを思い出していく。
 お互いの温もりを感じて、とくんと胸が動く。
 いっそこの胸の音が聞こえれば、そして遊紗が安心してくれればと慎は思う。

「あのさ、遊紗」
 慎は迷いながらも優しい声で告げた。
「俺はずっとそばにいるよ」
 それは宣言にも似た言葉。祈りよりももっと強い、未来を現実にするための言葉。
「遊紗は迷子の俺を見つけてくれた。だからもし遊紗が迷子になったら、今度は俺が遊紗の手を引いて行く」
 顔を出すことを迷っていれば、自分が一番に迎えよう。
 遊びに行くことをためらっていれば、自分がその背を押そう。
 戦いを恐れていれば、自分が遊紗の盾になろう。
 だから、たった一言の想いをいつだって忘れないで。
「遊紗、大好きだよ」

 出会ってからずっと2人一緒にいた。
 だから、もう何年も一緒にいるような気がする。
 ただ一緒にいるのが楽しくて、幸せで。
 もっともっと一緒にいたい。
 春にはまた田んぼで泥だらけになってくすぐり合ってもいい。
 夏はキャンプもいい、海でもいい、きっと去年より美味しいカレーができるから。
 秋にはまた下校途中に肉まんを食べて。冷たくなってきた風から守るように1つのマフラーを半分こして。
 冬はみんなでまた家族のようにクリスマスを祝おう。
 襲い来る天魔にだって、2人で立ち向かえばきっと怖くない。
 1人で戦場に立っていても、いつだって1人きりじゃないって知っている。

 だから。

「これからも一緒にいてね、慎君」
「これからも一緒にいようね、遊紗」

 単純で深淵で、この気持ちをなんて言うのか、まだわからないけれども。
 2人は顔を見合わせて、それから幸せそうに笑いあった。

 どうか、どうか。
 これからも楽しくて幸せな一瞬を、ずっと紡いでいけますように。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1048 / 九十九 遊紗 / 女 / 11 / インフィルトレイター】
【ja8541 / 緋野 慎 / 男 / 13 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご発注ありがとうございました!
バレンタイン当日に間に合わず、本当に申し訳ありません。
とても可愛らしいお2人で終始にこにこしながら執筆しておりました。
2つで1つになるように仕上げてみたつもりですので、よろしければお楽しみくださいませね。

どうぞこれからも素敵な思い出をお2人で紡いでいけますように。
心からお祈りしつつ。素敵なバレンタインを!
不思議なノベル -
さとう綾子 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2014年02月17日

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