▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『彼女は何でも知っている 』
井宮・美魅々8727)&(登場しない)
 こんな噂があるのをご存知だろうか。個性の宝庫と言われるほどバラエティ豊かな人達が集まる、この学園。ただでさえひと癖もふた癖もある者が多いこの学園の中でも、特に危険な、絶対に敵に回してはいけない者が存在するらしい。
 その正体は、謎に包まれている。詳細を知る者は少ない。
 ある者はこう語る、あれはきっと狸だ、と。
 別のある者はこう語る、あれは恐らく狐だ、と。
「まぁ、噂はしょせん噂やからねぇ」
 くるんと巻かれた青色のツインテールを揺らしながら、井宮美魅々はひひと歯を見せて笑った。白いリボンによく似合う、愛くるしい笑みだ。
 全体的にちまっとした印象を与える小柄な彼女は、人懐っこい情報屋。どこで仕入れてくるのか、誰よりも情報が早い。そんな彼女がそう言うのだから、恐らくその存在も本当にただの噂に過ぎないのだろう。
「もし本当におるんなら、狸は嫌いやし、狐であってほしいもんやねぇ……。そんな事よりも、今日はあんさんの取材をさしてほしいんよぉ」
 噂について話してきた生徒の事を見上げながら、美魅々は袖の長い上着に隠れている手で一眼レフカメラを構えた。大好きな祖父から譲り受けたそれは、常に持ち歩いている美魅々の宝物だ。
 そんな相棒を手にしながら、美魅々は持ち前の行動力で次から次へと目当ての人物へと取材をして行く。その手腕はまさにお見事の一言であり、彼女の広報部としての実力の高さをうかがわせた。
「なるほどぉ、そうなんねぇ。情報ありがとうねぇ。……っわ!?」
 時々、ドジをして転んだりしてしまうのもご愛嬌。なにせ、照れを隠すように笑う美魅々の姿も、見る者が思わず和んでしまうほど大変可愛らしいのだから。

 ――なんて、それは全てただの『表』の顔なのだけれど。
 美魅々は、どこか怪しげに青色の瞳を細める。愛らしい外見を持つ彼女だが、実際はかなり癖のある人物なのだ。
「一応、あの子達の元にいたもんやからねぇ」
 少女が脳裏に浮かべる人物は、元中等部の生徒会長達。美魅々も中等部時代は文化部総部長を務めていたので、彼女達と共に過ごした時間は長い。
「おい、井宮」
 当時の事を思い返しながら廊下を歩いていた美魅々を現実へと引き戻したのは、自分の名前を呼ぶ声だった。
「ん? なんよぉ?」
 振り返れば、見知った男性の姿がそこにはある。この学園に勤めている教員の一人だ。
「あ、先生やぁ。どうしたんですかぁ?」
「ああ。広報部についてなんだが」
 瞬時に、嫌な予感がする、と美魅々は思った。案の定、男の唇が紡いだのはろくな話ではなかった。
 高等部の広報部はもうすぐ潰れる……という話だ。潰れる理由やら、別の部に入部する際の手続きの仕方やら、ひどく退屈な話がその後を続く。
 けれど美魅々は素直に彼の話を聞き、物分かりよく頷いてみせた。教師も、そんな美魅々の様子に安堵するかのように笑う。
 教師の姿が見えなくなった後に、彼女がポツリとこう呟いたのも知らずに。
「……美魅々の居場所を奪うなんて、良い度胸なんねぇ★」

 ◆

 それから、しばらくの時が流れる。
 再び、美魅々は廊下で例の教師と顔を合わせた。けれど、教師は彼女に声をかける事すらなく、どこか居心地が悪そうに早々にその場から立ち去って行ってしまう。美魅々はそれを気にも留めず、まっすぐに目的の場所へと歩いて行った。
 小柄な情報屋が辿り着いたのは、とある教室。その入り口には、しっかりとこう書かれている。
『広報部 部室』
 室内では、部員達が楽しげに談笑をしていた。
「それにしても、よかったですね。先生の気が変わって」
「突然だったよな。いったい何があったんだろう?」
「なんでもいいよ。広報部を続けられるならさ」
 そう、高等部の広報部が潰れるという話は、いつ間にかなかった事になっていたのだ。何事もなかったかのように、この部は今まで通りの日常を送っている。
 広報部がどうやって守られたのか、誰のおかげで潰れるのを免れたのかを、他の部員達は知らない。
 誰も知らない。『教師の弱みを握った人物』と、その教師以外に、誰も。

 ――こんな噂があるのをご存知だろうか。この学園には、絶対に敵に回してはいけない者が存在するらしい。
 その正体は、謎に包まれている。詳細を知る者は少ない。
 ある者はこう語る、あれはきっと狸だ、と。
 別のある者はこう語る、あれは恐らく狐だ、と。
「それより、今日の取材についてなんやけどなぁ……」
 ひひと愛らしい歯を見せて笑う影の正体は、果たして狸なのか狐なのか。
 すべてを知るのは、井宮美魅々、ただ一人。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2014年02月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.