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『芽吹きの風を 』
アルディナル・カーレス(eb2658)&キルト・マーガッヅ(eb1118)

 じー‥‥
 まっすぐに見上げてくる二対の、青緑の瞳。
「友達と約束をしているのなら、破らずに遊んできなさい」
 そんな双子の娘達を送り出そうとするアルディナル・カーレス(eb2658)の顔は優しい。傭兵としての顔を見せるのは依頼主が相手の時や戦場においてのみで、家では妻のキルト・マーガッヅ(eb1118)と娘達に優しい微笑みを向ける。
「父様は逃げませんわよ? 次のお仕事までしばらくの間、お休みをいただいているのですもの」
 母の言葉に娘達はわかったと頷いて、日差しの中を元気に駆け出した。両親譲りの銀髪を揺らしながら、パタパタという足音とともに遠ざかっていく。
「ラフィもメオも、アルと一緒に居たくて仕方がないみたいですわね?」
 普段は仕事で家に居ない父の存在がそれだけ嬉しかったのだろう、現に双子は友達との約束を反古にしようとしていた。
「ええ‥‥」
 曲がり角の向こうに消えるまで見送ってから言葉を返そうと見下ろせば、父親冥利に尽きますでしょうとばかりに見上げてくる妻の仕草。エルフである彼女は母親としての風格こそ増したけれど、妻となり母となった今でも出会った頃とあまり変わらぬ容姿で、だからこそいつだってアルディナルの視線を釘付ける。
 自然と伸びた腕が妻の肩にまわり家の中へと促せば、キルトもエスコートに合わせて身を翻した。
「もちろん私だって、傍に居たいのは同じなのですわ」
 しばらくは二人の時間なのですもの、離れていた分もたくさんお話しましょうね?

 特別な時間にはとっておきの紅茶と、とっておきのお菓子。お気に入りのメロディを口ずさむのは、大切な家族と過ごす時間を楽しみに思う証。
「お待たせいたしましたわ♪」
 支度を整えたキルトが笑顔で腰かけるのは夫の隣。寄り添うほどではないけれど手を伸ばせば届くこの距離は、彼女にとっての落ち着ける場所。
「今でも時々、初めて会ったときを思い出すことがあります」
 妻に一歩距離を置かれたように思えたらしく、心なしかアルディナルは眉尻を垂らす。今は仲睦まじい夫婦だが過去に一度だけ例外とも呼べる出来事があり、どうやらそのことを思い出したようだった。
「あの時は、キルトさんにふられてしまったのだと思っていました」
 二人が初めて会ったのは、出会いを目的とした男女が多く集まるパーティーの会場。アルディナルからのダンスの誘いをキルトは受けた。だがお付き合いに発展させたいその願いを彼が伝えようとしたその時、彼女は微笑んで遮ったのだ。パーティーの目的や、ダンスの誘いを受けてくれたことからも目算がないわけではなかったのだが。そして当時のふられたショックは吹っ切っていても、彼には疑問がちいさく残っている。その時からお互いに両想いだったのだと、恋人になる頃には聞いていたから。
「運命の出会いなら、また会えると信じておりましたもの。あの頃の私達、各地を転々と旅する身の上だったではありませんか」
 たった一度の偶然ではなく、次のある必然の出会い、つまり運命なのだとキルトは信じたかったのだ。‥‥そして。
「突然のことでしたし‥‥何よりあの時の私には覚悟が足りておりませんでしたわ」
 アルディナルが人間であることはキルトにとってひとつの大きな壁だった。同じ道を歩むためには、避けられない将来を乗り越える自信が欲しかった。だがそれはすぐに手に入るものではなかったから、なおのこと運命であるという確信を得ることに賭けたのだ。
(答えを保留されていた。そう考えればいいのでしょうか)
 結果から言えば、賭けは成功した。彼らはその後も各地を転々としていたが、混迷するジャパンで再会したのだ。それからは、共闘する機会が幾度もあった。キルトは常にアルディナルの傍で戦うことを選んでいたようで、ふられた側の彼としてはその距離に戸惑うばかり。改めて交際を申し込むまでにも時間をかけてしまっていた。
 だが彼女に将来を見極める時間が必要だったのだと聞けば納得もできるのだ。彼だって異種族婚について思うことがなかったとは言えないのだから。
「ジャパンで共に闘う時。私はキルトさんが傍に居てくれて心強かったです。貴女も信じて下さったから、こうして傍に居てくれるんですね」
 ちいさく燻っていた疑問はついに氷解する。
「勿論ですわ。愛するアルに触れることも、姿かたちを眺めることも。私にとってはどちらも大事なことですわ」
 ここは望めばすぐに触れ合えて、ただ一人の相手だけを見ていられる近さなんですの。その言葉で計らずして嬉しい答えを得られ、下がっていたはずの眉は元通りになっていた。

 ‥‥‥っ‥‥‥
 微かな声が聞こえた気がしてアルディナルが目配せすれば、ほんの一瞬、淡く青くキルトが体を光らせる。
(壁の向こうに二人分‥‥子供達ですわね)
 呼吸を探るキルトの魔法が、気配を殺して隠れている娘達の居場所を探り当てる。予想通りですよと夫に微笑み返せば、再び目配せ。共に闘い過ごした経験と確かな絆が、言葉にせずともこのやり取りを成立させている。
 双子の目論見はわからないけれど、気付かない振りで様子を見ようと夫婦の意見は一致して‥‥
 どーんっ!!!
「「とうさまー!」」
 カシャーン!!!
 娘達が飛び付きながら父を呼ぶ声と、ティーカップの割れる音がほぼ同時だ。予想より素早く行動した双子は、状況が違えば流石冒険者の子供と褒められていたのかもしれないけれど。
「‥‥セラフィーナさん、シーメオンさん」
 愛称ではない呼び方とその声音に含まれた父の怒りを感じ取って、そうっと背から離れる双子。振り返った父の顔を見た途端、どうにかせねばと言葉を紡ごうとする。
「と、とうさまっ!」
 まずは言い訳をと慌てた声を上げるのが母親似のラフィ。
「‥‥だってぇ‥‥そのっ」
 目的を伝えようとしたがぐずってしまうのが父親似のメオ。
「私ではありません。だってでもありません」
 こぼれた紅茶が自分の服にしみを作っているのはひとまず無視し、双子に怪我がないことを確認してからアルディナルは双子に話を続ける。
「‥‥もし二人が飛び付いたのが、キルトさんだったらどうですか?」
 いつも遊んでいるお友達だったら?
 こぼれたのが、飲み頃の紅茶ではなく淹れたての熱いお茶だったら?
 万が一、ナイフを使っているときだったら?
 言い含めるようにひとつひとつ可能性を上げていけば、双子の目に滲んだ涙が大きくなっていく。まだ幼く見える双子には言葉の意味を全て理解することは難しいのかもしれない。だが、混血児‥‥ハーフエルフの彼女達は見た目の倍の時間を生きている。想像させることで、一歩間違えれば危険なのだと教える方法はうまくいったようだ。
「誰かを驚かせることが、悪いのではありません。状況やタイミングに気をつけた上で、自分で結果に責任をとれるというならば、何をしても構いません」
 全てを今すぐにわからなくてもいいですが、いつかわかってくれると信じていますよと纏めれば、双子は懸命に首を縦に振った。
「今回は相手が私でしたし、カップが割れたくらいですみました。何より誰にも怪我がなくて幸いです。…‥でも、こういうときは、なんて言うのでしたか?」
「ごめんなさいっ!‥‥メオも、あやまろ?」
「うぐっ‥‥ご、ごめんなさい‥‥」
 要領のいい姉が先に、妹も急かされ双子がどちらも謝ってから、アルディナルも厳しい顔を崩して満足そうに頷いた。
「それじゃあ、アルは着替えて、ラフィとメオは顔と手を洗っていらっしゃいませね。それからみんなで仲直りのお茶を飲みましょう? 今日はその後で遊びましょうね」
 その間に片づけと支度を整えておきますとキルトの言葉に、その場の空気も和やかなものに変わるのだった。

 怒られた反動もあっただろうが、そもそも父と一緒に遊びたかった双子は熱心にアルディナルに甘えた。夕食を摂りお風呂で体を暖めた後はすぐに船を漕ぎだしたので、双子はいつもより早い時間に寝床に潜り込んだ。今はもうすっかり眠りの世界の住人だ。はしゃぎ疲れているはずなのに、寝顔はどちらも満ち足りた笑顔を象っている。
 しばらく可愛らしい寝顔を見つめ、そっと両親は子供部屋を後にした。大人が寝るにはまだ早い。
「どうかしましたの?」
 寛いだ格好だが落ち着かない様子の夫に気づき、キルトは顔を覗き込む。子供たちが眠ったころから、何かそわそわしているような。
「あんなことを言われるとは、思っていませんでした」
 男としては感づかれた気恥ずかしさはあるものの、一度言葉に出てしまえば踏ん切りもついて話しだす。それは日中双子に言われた『お願い』のことだ。
「弟妹が欲しいだなんて」
 その場の思いつきだろうとはぐらかしたら失敗し、更に幾度もお願いされてその勢いに戸惑ったのだ。そう素直にこぼした彼は、続く妻の言葉で更に戸惑うことになる。
「二人とも、いつも言っているんですのよ?」
 聞けば、弟の居る友達が羨ましくなったというのが切欠らしい。久しぶりに会えた自分に対してあれだけ熱心なのだから、常に傍に居るキルトにはそれに輪をかけて熱心にお願いしているのだろう‥‥そこまで考え彼は気がついた。その時一緒に居たはずの妻は、『お願い』をされていなかったことに。それが意味することは、彼女にお願いをする理由がないことなのだけれども。はぐらかした自分と彼女の違いとは、つまり。
「キルトさんは、どう答えたんですか?」
 とくり、予感めいた確信を抱いた途端大きく鼓動が鳴ったような気がする。すぐ目の前には、寛いだ姿で柔らかく笑う妻がいる。
「私にお願いするだけでは足りませんわ、と教えましたの」
 もう一度、とくり。これはどちらの鼓動だろう。彼女の壁の瞳に映る自分の顔はどれだけ赤いだろう。
「‥‥それと、もうひとつ」
 キルトの瞳が、アルディナルの青の視線をうけて、潤むように揺れた。
「私も欲しいと思っておりますけれど、アルも欲しいと思っていなければ叶いませんの。とも教えましたわ」
 それはつまり、子供達と同じ考えだということになる。
「えっと‥‥」
(だから二人は、自分にばかりせがんでいたのか)
 父親も同じ願いを持つように、拙いながらも一生懸命な言葉で願う娘達を思い出す。その姿は本当に可愛くて、それだけでも自分は幸せだと思うのに。何かが足りないわけではないのに、だが、たった今自分が最も欲しいと思うのは‥‥彼女だ。
 窺う様に見上げるキルトの頬も赤く染まり、瞳には熱がある。愛する彼女が同じように想ってくれていることがわかり嬉しさがこみあげる。自分の答えは改めて探さなくてもそこにある。
「‥‥お願いします」
 互いに視線は外さないまま、彼が腕を伸ばしたのが先か、彼女が身を寄り添わせたのが先か。
「もう一度、私の子を産んでください」
 口づけを重ね、合間合間にちいさく甘く、囁き合うのは互いの名前と、心と。
「愛していますよ、キルト」
「私も負けないくらい、アルを愛しておりますわ」
 家族の『お願い』が叶う日は、きっとそう遠くない。
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2014年02月19日

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