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『共に歩む道の先 』
ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)&所所楽 柳(eb2918)

「先日、実家から便りがあったんですよ」
「へえ。話さないから縁を切っているのかと思っていたけど、違ったんだね」
「聞かないでいてくれたんですか、ヤナは優しいですね」
「そんなことは‥‥ま、まあいい。とにかくルー、イスパニアにはいつ行こうか?」
「一緒に行ってくれるんですか?」
「そりゃあね。母にも言われていたんだよ、相手の親にはきちんと会っておけってさ」

 ルーフィン・ルクセンベール(eb5668)と所所楽柳(eb2918)は今、ラクダに揺られ旅路を進んでいる。ジャパンで出会った縁で商人と楽士としての専属契約をし、夫婦となった二人は今、ルーフィンの故郷イスパニアへと向かっていた。事後報告ではあるが、ルーフィンの家族と柳の顔合わせのためだ。
 瞬く間に遠き地へ移動できる品も世に出回ってはいたが、イスパニアへの護符はジャパンで容易に手に入るものではなく、ならば道中本腰を入れて商いもしてしまえばいいと隊商を組んだ次第である。二人は冒険者でもあったから、自分達の扱える範囲で商品を絞りこめば別途護衛を雇う必要もない。邪魔の入らぬ二人旅となり、何やら新婚旅行のような様子も呈していた。
(どうも、おかしいな)
 そろそろ二人きりの旅路にも幾分慣れてくる頃合いで、柳は自身に違和感を覚えていた。長期に渡る旅は初めてだったが、経験者であり土地にも詳しいルーフィンのおかげで準備に怠りはなかったし、実際これまでは順調にやってこれたのだが。
「ヤナ、どうかしたのですか?」
 首を傾げる様子を見かねたルーフィンの声には、大丈夫と笑顔で返しておく。
(慣れない旅で気を張っていた分が出たのかもしれない。そのうち慣れるさ)
 予想は外れ、柳の違和感は日を追うごとに増していた。空腹感なのか嘔吐感なのか曖昧ではあったけれど不調には違いない。まずはじめは口寂しくなる。食べたばかりだから気のせいだろうと放っておくと、次第に胸がむかむかして吐き気に化けるのだ。仕方なく食料を口に入れると、途端に不調はなりを潜めるといった具合。
「次の町には腕利きの医者がいると聞いてます」
 その日の柳は何度、つまみ食いの体を装っていただろうか。引きずってでも連れて行きますとルーフィンが真剣な表情で告げれば、降参とばかりに柳は片手をあげた。
「やはり、そろそろ限界だったかな」
 味がジャパンと違っていて気に入ったのだと言って、普段より保存食を多く買い込んで誤魔化していたのだけれど、それもここまでのようだ。
「当たり前です。隠していたつもりでしょうけど、時々胸をさすっていましたよね? 私達はどちらも医者じゃないんです。自己判断で大丈夫というのは無理がありますよ」
 大体、心配するに決まっているじゃないですか。そんなヤナを見ているのはもう耐えられません‥‥等と、ルーフィンのお説教とも口説き文句ともとれる話はしばらく続いたのだった。

「子供っ!?」
 奥さんは妊娠しているね、おめでとうと言われたルーフィンは叫び声をあげた。まだスペイン語に不慣れな柳は通訳がなければ医者と会話ができない。だが夫の言葉で事態がわかったようで、そっと自身の腹を撫でて小さな命に話しかける。
「少しでも病気と思って悪かったね。‥‥ところで、ルー?」
「なっ、何でしょうっ?」
 出たのはどこか裏返ったような声で、くすりと笑う柳に椅子をすすめられる。驚き過ぎたのか、自分は立ちあがってしまっていたらしい。
「今の僕とこの子の具合で、もうしばらく旅ができるかどうか、先生に相談してもらえるかな? 僕じゃ難しい言葉はまだうまく話せないし」
 落ち着いた声に支えられるように大きな呼吸を一つ。そうだ、確認すべきことは多いのだからと自分の脳内を仕切り直すよう努める。驚きが大きくて動揺したなんて、そんなこと。
「そうですね、新しく準備もしなければならないでしょうし」
 強く意識して商人の顔に戻ると、ルーフィンは医者へと向き直った。
 まず柳の不調は妊娠による悪阻によるもので、別の病気を患ったものではないことがわかった。悪阻というと嘔吐が一般的だが、柳のように嘔吐感だけで、何か食べていれば抑えられる場合も稀にあるのだそうだ。そしてあまり体に負担のかからない方法であれば、旅をしても良いと許可を出してもらえた。幸いにも目的地がそう遠くないと言えるほどまでに来ていたこと、そして柳と子供の状態が良好と判断されたことは多分に関係があるだろう。もともと体を鍛えている冒険者であることも、その手助けになっていたかもしれない。
 だが勿論気を抜くことは許されない。道中では十分に休息をとることや、立ち寄り先の医者にはなるべく看てもらうようにと医者からも念を入れられ、必要な情報もしっかりと頭に叩き込んだ二人は一度宿に戻った。
「荷の整理もありますから、少しここに逗留しましょう。世話人も誰か見つけられるといいのですが‥‥」
「世話をかけちゃって、ごめん」
 夕食を終え、今後の計画を詰めなくてはと思案を始めるルーフィンに、柳は小さく声をかけてくる。
「何を言ってるんです。私の大事なヤナが、私の子供を身篭ってくれたんですから、謝ることなんて何もありませんよ」
「そうなのかもしれないけど、最初は随分と驚いていたみたいだったから、ちょっと気になってしまって‥‥」
 そう言って、顔を俯かせる妻を横から抱き寄せる。
「すみません! 自分でもあんなに驚くとは思ってなくて、そんな悲しい声っ」
 しないでください、とルーフィンが言い切る前に、ぷっと吹き出し肩を震わせる柳。どうやら演技に入っていたようだ。
「ヤナ?」
「ふふっ、冗談だよ? あの時の焦ったルー、おかしかったからつい‥‥っ!」
 ちゅ、とわざと音を立てて唇を奪えば、真っ赤に染まった顔で黙る柳。彼女は強気の様でいて、こうして責められると弱いことは知っている。
「可愛いですよ、ヤナ。‥‥遅くなってしまいましたが、子供を宿してくれて、ありがとうございます。貴女も子供も私が守りますから、安心して産んでくださいね」

「どんな名前がいいでしょう。私はジャパン風が可愛いかと思いましたが」
「イスパニアでもジャパンでも通じるような、響きが綺麗なのがいいな」
「あと、たくさん考えておきましょう?」
「余るじゃないか」
「次の子にとっておけばいいんですよ。子沢山なのも楽しいと思いませんか?」
「確かに僕は姉妹多いし、多産の血はあるかもしれないけども」
「でしょう、考えて損はありませんし、私はヤナとの子ならたくさん欲しいです、たくさん居ればヤナが楽器を教えて、楽団だってできますよ?」
「それは将来を見据えすぎじゃないかな」
「考えるだけならタダですよ」
「‥‥まあ、僕もルーとの子なら多くてもいいかな‥‥」

 あまり時間をかけずに支度を整えられたのは、星の巡り合わせも良かったのだろう。一番の難関と思われた世話人の都合が早めに解決したのは大きかった。目的地近隣の地方に用向きがあるという僧侶が旅の仲間を探していたのだ。医療の心得もある僧侶の手助けもあり、再出発後の旅路はそれ以前よりものんびりとしてはいたが快適なものになっていた。
「ねえ、ルー‥‥とても今更なのだけど」
「何か忘れてましたっけ?」
 尋ねれば、そういうわけじゃないと言いつつも、言葉を選んでいる様子の柳につい笑みが浮かんでしまう。妊娠が分かってしばらくは驚きが強く焦ることが多かったルーフィンだが、それも一種のスパイスだったようで、今では妻のどんな様子も前以上に愛おしいと思うようになっていた。子供がいるので無理はさせられないのだが、とにかく何が何でも優しくしたくて常に愛を囁いてしまうくらいに。とはいえ今は宿の部屋ではなく移動中なので、自粛をしてはいるのだが。
(同行者も居ることですしね)
 元々細身の柳は、よく見なければわからないほどだが確かにふっくらとしてきたように思える。新しい魅力かもしれないなどと思うのは不謹慎かもしれないけれど。
「改めて君の家族の話をしてほしいんだけど、いいかな」
「理由を聞いていいですか?」
「はじめの予定より長くお世話になるからね。良い関係を築くためにも、もっと詳しく話してほしいと思ったんだ」
 当初は顔合わせのためとして数日間の逗留を予定していた。だが柳の妊娠が分かったこともあり、せっかくならば孫の顔を見せてからジャパンに戻ろうと計画を変更したのだ。
「ヤナなら気に入ってもらえるに決まってますよ、だって私の愛しい人なんですから」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、不安になってしまうのは仕方ないだろう? だから‥‥」
 お願いするよ、と見つめる柳の頬は少し赤い。いつもならルーフィンの『愛しい人』という言葉に照れて勢いが弱くなるはずなのだが、どうも違っているような。
「‥‥ヤナ?」
「なんだい?」
 夫の小さな戸惑いの声に、首を傾げる柳。それも愛しいと思うのだけれど。
「なんだか変わりましたね? いつもならもっと照れてしまうのに」
 その仕草も可愛いですけれどと言えば、やはり頬を染めたまま言葉が返ってくる。
「そう言えば自分でも不思議なんだよね。母親になるってわかったからか、肝が据わったのかもしれない。母は強しって言葉は本当みたいだね?」
 くすくすと笑ったあとは、すましたような笑みが続く。
「ルーの口説き文句にも耐性ができたのかもしれないね。いつまでも照れて負けっぱなしの僕じゃないよ?」
「ほんの少しだけ残念な気もしますけど、そんなヤナも素敵です」
「残念というのは酷いかな。まあルーに嫌われなければいいよ。それで、家族の話、してくれる?」
「そうでしたね。じゃあおさらいから。家族は両親と、兄、それと僕とは双子になる妹です。兄は既に結婚したそうですね。兄嫁には会った事がないので詳しいことはわかりませんが、家族の好みについては、ちゃんとお役にたてると思いますよ」
 到着するにはあと数日はかかるだろう。あと数日しかないとも言えて、柳が緊張してしまうのは仕方がないのかもしれない。確かに一人で故郷を出たばかりの自分も、一人で緊張ばかりだったことを思い出す。柳には自分がついているし、共に過ごすのは家族なのだから気負いすぎなくてもいいとはやっぱり思うけれど、そんな様子も愛おしいと思えるから。ルーフィンはことさら落ち着いた言葉を選んで、妻の不安を取り除くことにいそしむのだった。

「ここにいたんですか」
「っ! その手はどういう‥‥っ」
「愛しいヤナに触れたいだけですよ」
「色々、問題があると思うんだけど」
「嫌なんですか?」
「そのっ、嫌とかじゃなくて‥‥っ!」
「私との子供なら、多くてもいいって言ったのは嘘だったんですか?」
「言ったけどっ‥‥子供の世話、疎かにしたくないだろう」
「可愛いですね、ヤナ」
「なっ!?」
「ふふっ。この子が生まれた途端、私への耐性、なくなりましたよね、ヤナ?」
「それは‥‥うぅ」
「大丈夫、どんなヤナも愛していますよ」
「‥‥知ってる‥‥それに、僕だって」
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2014年02月24日

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