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『またね、の約束 』
朱宇子(ib9060)


 バレンタインとはジルベリアの風習である。その由来は中々に古く、古の聖人端を発するなど諸説あるが、現在では広義においては大切な人に感謝の気持ちを込めて贈り物を渡す日、狭義においては女の子が好きな人に告白する日となっている。まあ、なんとなく皆がソワソワと浮かれる日なのだ。
 朱宇子(ib9060)もバレンタインに姉と幼馴染の男性二人に何か贈り物をしようと街へ出かけた。神楽の都は天儀において一番、バレンタインが浸透している街だ。冬至の頃に行われる聖夜祭ほどではないが、菓子や小物を扱う店がバレンタイン仕様で可愛らしく飾り付けられているのを見るだけでも楽しく、足取りも自然軽くなる。
(何がいいかな…。ジルベリアではチョコレートを贈るとか聞いたな)
 チョコレートはまだまだ一般的なお菓子ではない。だが此処は神楽の都。様々な文化の交差点。扱っている店も当然いくつかある。
 試しに行ってみようか、とそういった店が並ぶ通りへと足を向けた。
 同じ事を考える人は多いのだろう。異国の品を扱う店の多い通りには女の子達が溢れている。「これ可愛い」「こっちの方がいいかな?」友達同士あれこれ相談している姿も楽しそうだ。
 ジルベリアの菓子を扱う店に入ると、甘い香りに包まれる。店の奥の台に並べられるのは小さなチョコレート。まるで宝石のように艶やかで、形も丸や四角といったものから花や貝など色々だ。
「わぁ…」
 両手を口元に当てて声を上げる。どれも可愛らしく見ているだけで飽きない。
 するといきなり後ろから押しのけられた。その拍子によろけて、横に居た誰かにぶつかってしまう。
「ごめんなさ……。あ、あれっ?」
 慌てて頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げる。視界に入るのは見覚えのある綺麗な青い髪。
「……シャンピニオン、さん?」
「朱宇子ちゃんっ」
 そこに居たのは仕事で何度か一緒になったことがあるエルフの陰陽師シャンピニオン(ib7037)だった。彼女も驚きで瞬きを繰り返してる。
「朱宇子ちゃんもバレンタインの贈り物を選びに?」
「はい、姉と……」
「僕もっ。それにしても……」
 シャンピニオンは並べられたチョコレートをじっと見つめる。
「ちょこって美味しそうだよね。自分用も買っちゃおうかなぁ〜」
 寧ろそっちが目的になりそう、などと屈託の無い笑顔を浮かべる。
「えぇ。でもどれも可愛くて食べるのが勿体無いな…とも思います」
 狭い店内、邪魔にならないように二人は一旦店の外に出た。やはり今日、通りの女の子率はとても高い。
「もう贈り物買っちゃった?」
「いいえ、まだ何を買うかも決めてないんです」
「ならさ、朱宇子ちゃん、折角だし一緒に行こ!」
 ね、と弾んだ声でシャンピニオンが誘う。
「はい、折角ですし、ご一緒しましょう。そうだ、先程素敵な小物屋さんがあったんです。見に行きませんか?」
 よし、しゅっぱーつと張り切ったシャンピニオンは場所も聞かずに通りをずんずんと進んでいこうとする。朱宇子は思わず彼女の着物の裾をハシっと掴んだ。
「小物屋さんはこっちですよ」
「あぁ、ごめん、ごめん。じゃあ、改めてしゅっぱーーっつ」
 シャンピニオンが意気揚々と片手を突き上げた。つられて朱宇子も握った手を控え目に肩の高さほどに上げる。


 立ち寄った小間物屋。棚に並ぶ簪。銀細工の一般的なものから鼈甲や香木を使った少々高級なものまで色々だ。
 シャンピニオンはなにやら熱心に組紐を見比べていた。髪をまとめるのに使うのだろうか。
「あ…この花は……」
 朱宇子はその中の一本を手に取った。鉄線花が描かれた玉飾りの着いた簪。鉄線花は姉が母から贈られた煙管の羅宇に描かれている花だ。
 隣で声が上がった。何事かと振り向くといつの間にか棚の前に来ていたシャンピニオンが簪を一本手に翳す。黒く塗られた足に血赤珊瑚の梅。早春のこの季節にとても合っている。
「これ、どう?」
 髪に当ててみせた。小さな梅が彼女の闊達な雰囲気に似合っている。
「あ、でもこっちも可愛いかもっ。朱宇子ちゃんが持っているのは? 鉄線花だ。それも可愛い」
 案の定と言うべきだろうか。女の子は三人寄らなくとも二人いれば、話があれこれと転がっていくものなのだ。そして何時の間にやら当初のバレンタインの贈り物選びに加えて、二人でわいわいと可愛いもの探しが始まっていた。
「あ…贈り物これにしちゃおうかな?」
 菓子屋でみつけた干し果物が沢山入ったケーキ。切り口から覗く果物が色とりどりで可愛らしい。
「待って、他のお店もみてからにしよう?」
 折角だし色々見て回ろう、と朱宇子がそれを止めた。
「……?」
 何故か驚いたように瞬きを繰り返すシャンピニオンに「どうしたの」と朱宇子が首を傾げる。
「ううん、なんでもない。次のお店行こっ」
 シャンピニオンが朱宇子の手を取って歩き出した。

「みてみて、このもふらさますっごい男前だよっ」
 シャンピニオンが顔の前に掲げたのはきりりとした眉の目元の涼しげなもふらの縫いぐるみ。浮かべた笑みがちょっとシニカルだ。
「…っ。本当に男前です…っ  ふふっ…」
 小さく噴出す朱宇子。ふわふわとした白い毛にキリっとした顔立ちはとても印象的。そんなもふら様の表情をシャンピニオンが真面目な顔で真似するものだから、耐え切れなくなって朱宇子は肩を震わせて笑い出す。お店の中で笑っちゃいけない、と思うのだがその表情のままズイっとシャンピニオンが顔を近づけてくるから益々笑いは止まらなくなる。
「もう、シャニちゃんってば……お願い、止めてっ。お腹が痛い…っ」
 思わず笑い声とともに転がり出た言葉。「あれ?」と顔を上げる。自分は今彼女をなんて呼んだのだろうか……。
「朱宇子ちゃん…」
 もふら様を手にきらきらと輝く青い双眸と視線が重なった。
「あ…」
 朱宇子が唇を指先で押さえる。
「えっと……」
 その…と視線を一度足元に落としてから顔をあげた。
「シャニちゃんって、呼んでもいいかな?」
 先程はさらりと言えたのに意識してそう尋ねると一気に恥ずかしさがこみ上げてきた。
 シャンピニオンは一度、ゆっくりと大きく瞠ってからきゅっと細め満面の笑みを浮かべた。
「もちろんっ」
 大歓迎っ、軽く飛び跳ねて肩と肩をぶつけてくる。

 そして女の子同士のお買い物には欠かせないお茶の時間。どうせならと今、女性の間で人気がある甘味処に向かう。混雑している時間帯が丁度終わった頃合で並ばず入る事ができた。
「色々あって何を贈ろうか悩んじゃう」
 シャンピニオンはやってきた餡蜜を一口。
「んー…何なら喜んでくれるんだろう? とか思うとね……っ…」
 みたらし団子を頬張る朱宇子。焼きたての香ばしさと団子に絡む甘じょっぱいたれが絶妙だ。
「そういえば、朱宇子ちゃんは誰への贈物?」
 黒蜜と白玉の組み合わせサイコー、と掬って朱宇子の口元に。礼を言ってぱくりと頂く。シャンピニオンの言う通り、つるっとした白玉の喉越しが美味しい。
「姉と幼馴染の二人にかな」
「幼馴染って男の人?」
 頷いた朱宇子が団子の串をシャンピニオンに差し出した。
「幼馴染の男の子…か……」
 あーん、と広げられた口に小さく微笑んで近づける。
「どっちが本命?」
「え?!」
 ぱくり、とシャンピニオンが食べようとした瞬間朱宇子が串を跳ね上げた。結果、ガチっと歯と歯が噛み合う音が響く。
「…っ……。いたたた…」
 両手で唇をシャンピニオンがおどけた仕草で揉む。
「あ…シャニちゃん、ごめん。大丈夫?」
「うん、大丈夫。だいじょーぶ」
 慌てる朱宇子に手をひらりと振って答える。それから卓の上に頬杖着き、朱宇子を正面からみつめ先程の質問を繰り返した。
「…で、どっちが本命?」
 尋ねるシャンピニオンは楽しそうだ。
「え…?」
 質問の意味がわからないとでも言うように瞬き。
「だから、どっちが好きなのかなーって」
 にっこりとシャンピニオンが笑う。細められた目は好奇心でキラキラしていた。
「ど、どど、どっちがすっ……」
 質問を繰り返す声が裏返る。カっと熱が頬に灯る。
「ふええええ!?」
 思考が飽和量を超えましたと訴える、情けない声。団子を持ったまま顔を隠すように頬を手で押えた。幼馴染二人の姿が脳裏に浮かぶ。自分にとっては二人とも大切な人だ。
 でも……。掌に当たる頬が熱い。身体が熱いのに触れる指先だけが冷たい。
「お団子一本貰うねー」
 ひたすらコクコクと頷き返す朱宇子の手から団子を抜き取られた。
 小さい頃から一緒で、どんな関係が一番近いかと問われればきっと兄と妹なのだろうけど…。
 でも……。手が頬から胸へと落ちる。

 思い浮かべた彼の顔に、胸が大きく脈打った。

(でも、このほのかな想いは本物……)
 彼の事を考えるとこんなにも自分はおかしくなってしまうのだから。真っ赤な顔のまま、シャンピニオンを上目遣いで見つめる。ちょうど団子をパクリと食べてる彼女と目があった。
「お団子も美味しいね」
 みたらしサイコーなどとさっきと同じ事を言う彼女に思わず笑みが漏れた。きっと他にも美味しいものを食べたら「サイコー」って言うんでしょ、と。
「シャニちゃん…」
 名前を呼ぶと「なに?」と身を乗り出す。
「……ないしょ、だよ?」
 朱宇子も卓の上に身を乗り出して、口をシャンピニオンの耳に寄せた。
「あのね…」
 高鳴る胸を手で押さえて。一拍置き、そっと好きな人の名前を告げる。何度も呼んだ名だというのに、何故かその名を口にすると、また顔が熱くなる。
 真っ赤になって俯いた朱宇子の前に餡蜜の器がずずいと差し出された。まあ、食べて落ち着いてということらしい。
「…冷たくて、美味しい……」
 シャンピニオンの餡蜜の寒天を匙にもりっと掬って口に入れた。火照った体に餡蜜の冷たさが心地良い。喉を滑り落ちていく寒天にほぅ、と息を吐いた。
「シャニちゃんは、誰にあげるの?」
 少し落ち着いてから今度は朱宇子が尋ねる。あの通りでチョコレートをみていたということはきっと上げる人がいるのだろう、と。
「僕は陰陽寮の男性陣に義理チョコを贈って…」
 陰陽師のシャンピニオンは陰陽寮に所属しているとこのとだ。そこで普段世話になっている人や学友に日頃の感謝を込めて贈るらしい。
「本命は昔馴染みの年上の人に贈るんだ」
 そして、さらりと出てきた『本命』という言葉に朱宇子が驚く。まさかそんなあっさりとその言葉が出てくるとは思わなかったのだ。そんな朱宇子をよそに嬉しそうにシャンピニオンが話を続ける。
「他にも刀の飾り紐をね、手作りしようと思って」
 シャンピニオンは細工物を作ったり裁縫などが得意だ、と言う。そういえば小物屋でも熱心に色々な物を見ていたな、と朱宇子は思い出した。
「手作りの贈り物? それってとても素敵ね。後で手芸屋さんも見て回ろう」
「やっぱり年上だから大人っぽいほうがいいかな?」
 それから二人は作成会議という名のコイバナで盛り上がる。何をあげたら喜ぶだろう、どんな風に渡そうか、などと。合間、合間に自分の好きな人がどんな人かぽつりぽつりと語って。
 気付けばだいぶ時間が経っていた。それでも恋の話、依頼の話、はたまたどこのお菓子が美味しいなどと話は尽きる事はない。
「なんだか…」
 少し渋めのお茶を飲んでほっと一息。
「こういうのもいいね」
「こんなのもいいねっ」
 二人の声が重なった。互いに顔を見合わせて笑い合う。

 その後も、二人で店を見て回り贈り物、自分のものと含めて色々と買った。
「きっと素敵な飾り紐になるよ」
 シャンピニオンが大切そうに抱いている袋に目をやった。彼女があれこれ考えて買った飾り紐の材料が中に入っている。
「今日から頑張って作らないとねー」
 んーとシャンピニオンは手を伸ばして背伸びする。空にはもう一番星が瞬いている。西の空の名残の夕日もそろそろ消えてしまうだろう。
「歩きすぎて足が棒になったみたい」
 シャンピニオンの真似をして朱宇子も伸びをした。
 二人並んで橋の上。
「今日、一緒にお買い物できて楽しかった」
「僕もだよ。楽しくてついつい沢山買っちゃった」
 手にした袋に大袈裟に肩を竦めた。
 夕日は沈み次第に暗くなってくる。二人の姿もどんどん宵闇に溶けておぼろに。でもなんとなく別れ難くて二人でまだあれこれと話す。

「ね、シャニちゃん」
「なに?」
 朱宇子はすぅ、っと息を吸い込むとシャンピニオンの手を取った。
「シャニちゃん、ガンバ! 贈る人に気持ちが伝わりますようにっ」
 気持ちを伝えるように、これから刀の飾り紐を作るという彼女の手をぎゅっと握る。
「朱宇子ちゃんもガンバだよっ」
 空いている手をがばっと上げるとシャンピニオンは朱宇子を抱きしめた。そして背中を数度ぽふぽふと柔らかく叩く。
「頑張るね」
「頑張るよ」
 緊張するけどね、と互いに励ましあう。
「また遊びに行こうね」
「とーぜん、僕は一緒に遊びにいく気満々だから」
 朱宇子の言葉にシャンピニオンが大きく頷き、「約束っ」と小指を顔の前に立てた。
「そうそう、次遊ぶ時は報告会だよ」
「ちょっと…恥ずかしいかも」
 シャンピニオンの小指に自分の小指を重ねる。
「指きりげんまんっ」
 シャンピニオンが絡めた指を数度揺らす。
「「嘘吐いたら針千本のーっます」」
 二人の声が夕暮れ時の空に響いた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名     / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib7037  / シャンピニオン / 女  / 12  / 陰陽師】
【ib9060  / 朱宇子     / 女  / 18  / 巫女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

女の子同士のキャッキャウフフ、大変楽しく書かせて頂きました。
お二人の友情がこれからどのような広がりをみせるのか大変楽しみです。
お二人で一緒に遊んだり買い物したり、コイバナしたりと夢が広がります。
そしてお二人のバレンタインはどうだったのでしょうか?
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
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舵天照 -DTS-
2014年02月24日

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