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『またね、の約束 』
シャンピニオン(ib7037)


 バレンタインとはジルベリアの風習である。その由来は中々に古く、古の聖人端を発するなど諸説あるが、現在では広義においては大切な人に感謝の気持ちを込めて贈り物を渡す日、狭義においては女の子が好きな人に告白する日となっている。まあ、なんとなく皆がソワソワと浮かれる日なのだ。
 シャンピニオン(ib7037)は鼻歌交じりで通りを歩いていた。
 この通りは神楽の都で一、二を争う異国情緒溢れる通りで、色硝子を使ったモザイクの飾り窓を持つ店、赤い煉瓦造りの店…天儀では珍しい建物も多い。
 此処ならばバレンタイン発祥の地であるジルベリアの品も多く扱っているので何か素敵なものを見つけることが出来るだろうと足を運んだのだ。
 同じ事を考える人は多いな、と辺りを見渡す。通りは沢山の女の子達で溢れていた。「これ可愛い」「こっちの方がいいかな?」友達同士あれこれ相談している姿も楽しそうだ。
(陰陽寮の皆には同じ物がいいかな。それとも大きなの一つ買って皆で分けてもらう?)
 ひょいと一軒の店を覗く。チョコレートを扱っている店だ。さして広くない店内に沢山の女の子達。チョコレートはバレンタインの贈り物としては広く親しまれているらしい。
 店に入ると、甘い香りに包まれた。店の奥の台には並べられた小さなチョコレート。まるで宝石のように艶やかで、形も丸や四角といったものから花や貝など様々だ。
「わっ…」
 思わず声が上がる。どれも美味しそうだ。
(これは僕が食べたいよ)
 なんてチョコを眺めていたら、隣の人がよろけて此方にむかって倒れてくる。
「…っと」
 咄嗟に片足を後ろに出し、倒れないように構える。
「ごめんなさ……。あ、あれっ?」
 慌てた様子で頭を下げた女性が顔を上げると驚きで目を瞠った。揺れる赤い髪から覗くのは左右大きさの違う角を持ったその女性……。
「……シャンピニオン、さん?」
「朱宇子ちゃんっ」
 シャンピニオンも思わず声を上げる。過去に何度か依頼で一緒になったことがある修羅の巫女、朱宇子(ib9060)であった。
「朱宇子ちゃんもバレンタインの贈り物を選びに?」
「はい、姉と……」
「僕もっ。それにしても……」
 シャンピニオンは並べられたチョコレートをじっと見つめる。
「ちょこって美味しそうだよね。自分用も買っちゃおうかなぁ〜」
 寧ろそっちが目的になりそう、などと屈託の無い笑顔を浮かべる。
「えぇ。でもどれも可愛くて食べるのが勿体無いな…とも思います」
 朱宇子はいつも穏やかで言葉遣いも丁寧だ。でも責任感が強く依頼では頼りになる。シャンピニオンはそんな彼女がとても好きでもっと仲良くなれたら素敵なのに、と常々思っていた。
 狭い店内、邪魔にならないように二人は一旦店の外に出る。やはり今日、通りの女の子率はとても高い。
「もう贈り物買っちゃった?」
「いいえ、まだ何を買うかも決めてないんです」
「ならさ、朱宇子ちゃん、折角だし一緒に行こ!」
 ね、と弾んだ声でシャンピニオンが誘う。
「はい、折角ですし、ご一緒しましょう。そうだ、先程素敵な小物屋さんがあったんです。見に行きませんか?」
 シャンピニオンは張り切って「よし、しゅっぱーつ」と人の流れにそって歩き出そうとした。
 …と、朱宇子に着物の端を掴まれて止められる。
「小物屋さんはこっちですよ」
「あぁ、ごめん、ごめん。じゃあ、改めてしゅっぱーーっつ」
 再度仕切りなおして、シャンピニオンは片手を突き上げる。朱宇子も握った手を肩の高さほどに上げてくれる、こうして付き合ってくれるのが嬉しかった。


 立ち寄った小間物屋。簪や髪を結ぶための組紐、巾着や色々なものを売っている。
 シャンピニオンはまず組紐を手に取った。自分の髪などの当てることもなく、編み方を表や裏から丹念に見る。
 朱宇子は棚に並ぶ簪をみていた。この小間物屋は簪が一番の売りなのだろう。種類が豊富である。
 真剣に簪を見ている朱宇子を邪魔しないようにそっと隣に立つ。
 目がいくのは季節の花をあしらったもの。この季節なら水仙……。
「もう季節じゃないかな」
 ならば梅だろうか。梅の枝を切り出してきたような華やかなものもある。その影に隠れるように置かれている漆塗りの簪をみつけた。
「可愛いっ」
 黒い台座に小さな血赤珊瑚で作られた梅。控え目だが漆の深い黒が梅の赤を引き立てている。
 上げた声に気付き振り返った朱宇子にその簪を髪に当ててみせた。
「これ、どう?」
 とても似合ってます、梅が可愛らしくて、と朱宇子が答える。
「あ、でもこっちも可愛いかもっ。朱宇子ちゃんが持っているのは? 鉄線花だ。それも可愛い」
 不意に朱宇子の手に一本の簪が握られているのに気付いた。先程から熱心にみていたのはそれだろう。
 案の定と言うべきだろうか。女の子は三人寄らなくとも二人いれば、話があれこれと転がっていくものなのだ。そして何時の間にやら当初のバレンタインの贈り物選びに加えて、二人でわいわいと可愛いもの探しが始まっていた。
「あ…贈り物これにしちゃおうかな?」
 菓子屋でみつけた干し果物が沢山入ったケーキ。切り口から覗く果物が色とりどりで可愛らしく、また自分で食べたいななんてシャンピニオンが思って眺めていると、朱宇子に袖を引かれた。
「待って、他のお店もみてからにしよう?」
「……?」
 朱宇子の言葉に目を丸くする。いつもの丁寧な話し方とは違う…。彼女自身、その変化に気付いていないのだろう。「どうしたの」と逆にシャンピニオンを気遣う。
「ううん、なんでもない。次のお店行こっ」
 下手に意識させてまた丁寧な話し方になったら寂しい、とシャンピニオンは朱宇子の手を取って歩き出した。

「みてみて、このもふらさますっごい男前だよっ」
 シャンピニオンがはしゃいだ声でもふら様の縫いぐるみを抱き上げる。沢山の縫いぐるみが並んでいる店で見つけたもふら様。きりりとした眉に涼しげな目元。浮かべた笑みがちょっとシニカル。まるで二枚目の役者絵のようなもふら様であった。
「…っ。本当に男前です…っ  ふふっ…」
 小さく噴出す朱宇子。
 シャンピニオンはしばしそのもふら様とにらめっこをしてから、おもむろにその顔を真似した。眉をきりりと寄せ、唇の端を微妙に上げる。それを見て朱宇子は肩を震わせて笑い出す。
 なんとか笑いを堪えようと口元を手で押さえる朱宇子、それでも肩の震えは止まらない。シャンピニオンはもふら様の顔を真似たままぐいっと背伸びして顔を彼女に近づけ追い討ちをかけた。
 朱宇子がとうとう声を上げて笑い出す。
「もう、シャニちゃんってば……お願い、止めてっ。お腹が痛い…っ」
 思わず笑い声とともに転がり出た言葉。言った本人が驚いて顔を上げる。
「朱宇子ちゃん…」
 彼女が自分を愛称で呼んでくれたことが嬉しくて声が弾む。
「あ…」
 朱宇子が唇を指先で押さえる。
「えっと……」
 その…と視線を一度足元に落としてから顔をあげた。
「シャニちゃんって、呼んでもいいかな?」
 少し控え目なはにかんだような微笑。
 シャンピニオンは体全体を使って大きく頷く。頬や口元が弛んでいるのが分かる。
「もちろんっ。大歓迎」
 こみ上げてくる喜びが押さえきれずに軽く飛び跳ねて肩と肩をぶつけた。

 そして女の子同士のお買い物には欠かせないお茶の時間。どうせならと今、女性の間で人気がある甘味処に向かう。混雑している時間帯が丁度終わった頃合で並ばず入る事ができた。
「色々あって何を贈ろうか悩んじゃう」
 シャンピニオンはやってきた餡蜜を一口。程よい甘さが疲れた体に染み渡る。
「んー…何なら喜んでくれるんだろう? とか思うとね……っ…」
 朱宇子の頬張る団子の香ばしい香りも中々だ。
「そういえば、朱宇子ちゃんは誰への贈物?」
 黒蜜と白玉サイコーと足をばたばたさせて、おすそ分けと掬って朱宇子の口元に持っていく。
「姉と幼馴染の二人にかな」
「幼馴染って男の人?」
 今度は朱宇子が団子をシャンピニオンに差し出す。
「幼馴染の男の子…か……」
 あーん、と大きく開いた口を朱宇子に向けた。
「どっちが本命?」
「え?!」
 近づく団子がシャンピニオンが食べようとした瞬間、ぱっと目の前から消えた。結果、ガチっと音を立ててぶつかる歯。
「…っ……。いたたた…」
 大袈裟にシャンピニオン両手で口を押さえた。
「あ…シャニちゃん、ごめん。大丈夫?」
「うん、大丈夫。だいじょーぶ」
 慌てる朱宇子に気にしないでと手を振った。
 とても分かりやすくうろたえる朱宇子が面白く卓の上に頬杖をつき、先程の質問を繰り返した。
「…で、どっちが本命?」
「え…?」
 朱宇子が瞬く。
「だから、どっちが好きなのかなーって」
 にっこりとシャンピニオンが笑う。いきなり朱宇子の顔が真っ赤になった。
「ど、どど、どっちがすっ……。ふええええ!?」
 裏返る声はそのまま情けない悲鳴に変わる。髪にも負けない真っ赤な頬を両手で覆った。手にしたままの団子が髪につきそうで危なっかしい。
「お団子一本貰うねー」
 ひたすらコクコクと頷き返す朱宇子の手から団子を抜き取る。
 頬を赤く染めたまま考え込んでいた朱宇子の目が不意に柔らかく細められた。
(女の子って感じで可愛いな)
 そんな風に思っていると、上げられた目と視線がぶつかる。
「お団子も美味しいね」
 みたらしサイコーなどとさっき餡蜜に対していった事と同じ事を言えば、きっと他にも美味しいものを食べたら「サイコー」って言うんでしょ、と彼女も笑う。
「シャニちゃん…」
「なに?」
 何やら周囲をきょろきょろ眺めていたのでシャンピニオンが身を乗り出した。
「……ないしょ、だよ?」
 朱宇子も卓の上に身を乗り出して、口をシャンピニオンの耳に寄せる。
「あのね…」
 そうして教えてくれた好きな人の名前。耳朶に触れる朱宇子の呼気がちょっと熱かった。
 真っ赤になって俯いた朱宇子の前に餡蜜の器をずずいと差し出す。ちょっとだけ冷たいものでも食べて落ち着いて、というわけである。
「…冷たくて、美味しい……」
 寒天を口にした朱宇子はほぅ、と息を吐いた。
「シャニちゃんは、誰にあげるの?」
「僕は陰陽寮の男性陣に義理チョコを贈って…」
 自分が所属している陰陽寮の面々を思い浮かべる。普段世話になっている人達にあげるチョコを義理チョコというのだ、と聞いた。
「本命は昔馴染みの年上の人に贈るんだ」
 そして、さらりと『本命』についても言うと朱宇子が驚いた。そんな朱宇子に向けてにっと笑う。
(尤も…)
 年上の昔馴染み……彼に対する気持ちはまだ兄のように慕う気持ちが強い。だけど…。胸元に手をやろうとしてそういえばさっき朱宇子ちゃんもやっていたな、と笑みが漏れた。
(でも…今此処にある気持ちは…)
 誰か他の人を慕う気持ちとははっきりと違うといえる。特別なもの。
「他にも刀の飾り紐をね、手作りしようと思って」
 シャンピニオンは細工物を作ったり裁縫などが得意であった。先程小物屋で組紐をみていたのも飾り紐を作るための何かいい案はないかと思いながらみていたのだ。
「手作りの贈り物? それってとても素敵ね。後で手芸屋さんも見て回ろう」
「やっぱり年上だから大人っぽいほうがいいかな?」
 それから二人は作成会議という名のコイバナで盛り上がる。何をあげたら喜ぶだろう、どんな風に渡そうか、などと。合間、合間に自分の好きな人がどんな人かぽつりぽつりと語って。
 気付けばだいぶ時間が経っていた。それでも恋の話、依頼の話、はたまたどこのお菓子が美味しいなどと話は尽きる事はない。
「なんだか…」
 少し渋めのお茶を飲んでほっと一息。
「こういうのもいいね」
「こんなのもいいねっ」
 二人の声が重なった。互いに顔を見合わせて笑い合う。

 その後も、二人で店を見て回り贈り物、自分のものと含めて色々と買った。
「きっと素敵な飾り紐になるよ」
 シャンピニオンは朱宇子と一緒に選んだ飾り紐の材料を抱きしめる。
「今日から頑張って作らないとねー」
 んーとシャンピニオンは手を伸ばして背伸びした。空に輝く一番星には中々手が届きそうも無い。
「歩きすぎて足が棒になったみたい」
 シャンピニオンの真似をして朱宇子も伸びをする。
 二人並んで橋の上。
「今日、一緒にお買い物できて楽しかった」
「僕もだよ。楽しくてついつい沢山買っちゃった」
 手にした袋に大袈裟に肩を竦めた。
 夕日は沈み次第に暗くなってくる。二人の姿もどんどん宵闇に溶けておぼろに。でもなんとなく別れ難くて二人でまだあれこれと話す。

「ね、シャニちゃん」
「なに?」
 息を吸い込んだ朱宇子がシャンピニオンの手を取った。
「シャニちゃん、ガンバ! 贈る人に気持ちが伝わりますようにっ」
 ぎゅっと握る手はとても温かい。
「朱宇子ちゃんもガンバだよっ」
 空いている手でシャンピニオンは朱宇子を抱きしめた。そして背中を数度ぽふぽふと柔らかく叩く。
「頑張るね」
「頑張るよ」
 緊張するけどね、と互いに励ましあう。
「また遊びに行こうね」
「とーぜん、僕は一緒に遊びにいく気満々だから」
 朱宇子の言葉にシャンピニオンが大きく頷き、「約束っ」と小指を顔の前に立てた。
「そうそう、次遊ぶ時は報告会だよ」
「ちょっと…恥ずかしいかも」
 シャンピニオンの小指に自分の小指を重ねる。
「指きりげんまんっ」
 シャンピニオンが絡めた指を数度揺らす。
「「嘘吐いたら針千本のーっます」」
 二人の声が夕暮れ時の空に響いた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名     / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib7037  / シャンピニオン / 女  / 12  / 陰陽師】
【ib9060  / 朱宇子     / 女  / 18  / 巫女】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

女の子同士のキャッキャウフフ、大変楽しく書かせて頂きました。
お二人の友情がこれからどのような広がりをみせるのか大変楽しみです。
シャンピニオン様の王子様は果たしてどんな方なのか…!?
刀の飾り紐使っていただけますように、などと思わず祈ってしまいます。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
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2014年02月24日

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