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『声に出ずとも 』
リディア・ヴィクトーリヤ(eb5874)&キール・マーガッヅ(eb5663)

 キエフからほど近いその森には、嗜む程度の狩りならば十分に楽しめる獲物が住み着いており、季節によっては食べられる植物も十分に自生している。慣れた冒険者であれば日帰りも可能なそこはキール・マーガッヅ(eb5663)にとっては一時の安息を得られる場所だ。依頼のない日になれば森に行き、適当な樹に登りちょうどよい枝の上で自分の体を休ませ午睡に勤しむのが、キールのほぼ唯一とも呼べる趣味なのだった。
 その日もいつもと同じように森にやってきたのだが、考え事をしていたせいで寝入るのが難しくなっていた。理由は森に向かおうとキエフを出る前、リディア・ヴィクトーリヤ(eb5874)を見かけたことによるものだった。
 リディアとは冒険者同士、同じ依頼に同行した縁がある。なかでも、ある村での依頼をきっかけにした一連の事件を追い続けた時期があり、当時の仲間達の中でも一番長い時間を共に過ごした間柄だ。実際に言葉で確認したことはないが、友人と呼べるくらいの関係だと思っている。その彼女を見かけたことで、キールの中でしまい込まれていた感情が呼び起されたのだ。
(彼女はまだ独り身だったようだ)
 実のところ、キールはリディアにずっと好意を抱いていた。同行の回数を重ねるにつれて信頼できる仲間だと認識していたのだが、それが少しずつ好意に変わっていたのだ。だがキールは感情を示すそぶりを全く見せていなかったので、周囲にいた誰も気がついていないだろう。リディアを想う別の仲間が彼女への恋心を、キールに相談したことさえあったくらいなのだから。
(自分が人と過ごすことに、興味があると思わなかったが)
 当時は自分の感情に意味を見出していなかったため、仲間の背を押していたキールである。そのまま感情に蓋をしたまま過ごしていたが、今はどうなのだろうと自問する。
(‥‥時間だけは過ぎたが、いや‥‥)
 自分の傍にリディア君がいるというイメージを悪くないと思っているということは、自分もどこか変わったのだろうか。件の仲間はリディア君への想いに敗れた後、別の恋を見つけ成就させたとどこかで聞いている。ならば誰かに気兼ねする必要もないように思えた。
(まずは情報だ)
 その手の経験がないことに自覚のある男はこんな時でも冷静で、予定を早めてキエフに戻ることにする。彼が妻子持ちの身内から『所帯を持ったときに頼りがいがあるのだと相手に知ってもらうことが大事だ』等と助言を得るのはこの後すぐのことになる。

 仕事もなく天気の良い休日日和に、リディアは慣れた様子で森に向かっていた。
「付き合ってくれないか」
 その一言でキールがリディアを誘いだしたのだ。行き先は近場の森なので、散歩にはちょうどいいですねとついてきている次第である。
(今日は何が狩れるのでしょうね)
 獲物はいないかと周囲の気配を探るキールの背を見ながら考える。狩りは彼の専売特許で、リディアは邪魔をせず見ているだけでいい。今では頻繁に――リディアの休日で天気が良い日には、ほぼ間違いなくキールが迎えにくるようになった――連れ出されているので、必要なタイミングも把握している。もう少し探しても獲物が見つからないようなら、自分もインフラビジョンで探索を手伝いますと声をかければいいだろう。
 捌いて調理するのもほとんどキールで、リディアはタイミングを読んで火を熾し維持する手伝いをするくらいだ。捕えた獲物と、いつの間にやら収穫していた植物をあわせ、時には煮たり、焼いたり、蒸したりとサイクルがあるようなのだが。不思議と全く同じ味付けになっていないのが面白くなってきて、そのうち調理中はキールの手元を眺めて過ごすようになった。
「もうすぐ雪の季節ですねえ」
 日が傾くのも早くなっていますし、そろそろ防寒着が必要ですねえと声をかけてみる。キールが進んで雑談に興じるはずもないので、会話はこうしてリディアが世間話を持ち出すときにしか成立していない。
「そうだな」
 ほぼ毎回、返事はこの一言だ。会話と呼べるかどうかも本当なら怪しいものである。だがリディアも会話がないことを気にする性質ではなかったので、気まずくなるようなことはない。むしろ互いにこれが当たり前のように過ごしていた。
(雪が降っても、お散歩はあるのでしょうか)
 森に出かけて獲物を狩り、それを調理した昼食を食べる。食べ終わった後は軽く片付けて、のんびり景色を見ながらキエフへと戻っていくのが定番コースだ。キールは毎回きちんとリディアを家に送ってくれる。それが雪の季節ならどうなるだろうと考えてみたのだが‥‥特に変化はないように思えた。冬だってウサギくらいは居るし、野菜くらいなら持参したっていいと思う。
(何よりキールさんですし)
 雪の降る日や、風が強い日、若しくはそうなりそうな日に来ることはないと断言できるリディアだった。

 その日も二人は森に来ていた。
「リディア君は、結婚する気はあるのだろうか」
 珍しくキールがリディアに問いかけたのだが、内容も状況も突然の一言だ。更にキールは獲物を捌く手を止めてもいない。
「結婚はしたいですけど相手がなかなか‥‥ですねえ」
 リディアもいつも通りキールの手元を見ながら答えた。さながら今日も天気がいいですねえでも言うようにのんびりとした様子である。そしてリディアがキールに話しかけた時と同じように、この会話もここで当たり前のように終わった。
 その日もいつも通り、キールはリディアを家まで送って行った。

「好みはあるのか」
 また突然の質問。キールの意図はリディアの異性の好みについてだが、食事の合間に問われたので料理の話にもとれた。
「キールさんの様な方は割と好きですよ」
 前に出かけた時の質問、その続きだということをリディアは正確に理解していた。この味付けは好きですね、と同じように笑顔を浮かべながら答えているけれども、確実に二人の会話は進行しているらしかった。
 やはりその日も同じように、二人はキエフへと帰って行く。

 それからしばらくの間、キールは一度の散歩で一つというペースを守りながらリディアに質問をしていった。それはキールが身内から得た助言を元に、リディアの『所帯を持つ際の願望』について下調べをしているという意味でもある。だが質問する側も答える側もそれまでと同じように過ごす中で、ただ質問というアクションが増えただけのため、歩み寄っている気配は見あたらなかった。
 第三者による指摘でもあれば別の展開もあったかもしれない。だが二人の散歩は誰かに――特に二人と縁のある仲間達に――知られることはなかった。キールは出かける際に隠密技能を駆使して痕跡を残さぬようにしていたし、リディアも誰かに話すようなタイプではなかったからだ。
(そういうことですか‥‥)
 この頃になると、リディアもキールの意図を察し始めていた。その日の質問は調理中に言われた『家族の展望はあるか』、つまり結婚したら子供が何人欲しいかという質問で、いつもの調子で『三人居ると楽しそうですねえ』等と答えていたのだが。
 折角なので目の前で食事をするキールを見つめ直し、自分とキールの子供を想像してみることにする。ついでに、結婚後の生活も。
(‥‥キールさんとなら悪くありませんね)
 こうして二人で過ごすようになった時、突然だとは思っても不思議に思ったことはなかった。何より自然体のまま気を使わないでも過ごせるので気楽なのだ。最近では言葉がなくても互いの間合いがわかるくらいになっているような気もする。実際の距離ではなく、見えない心の絆と言えばいいのだろうか。信頼し合っているのとはまた違う、どこかふわふわとした感覚だ。
(私の答えは用意しました)
 キールさんも何かを見極めているのかもしれませんから、私から伝えるのはやめておくべきですね。後はその時を待てばいいのだと結論付けて、リディアは笑みを浮かべるのだった。

 はじめて二人で散歩に出かけてから一年が経とうとしていたその日はいつもと違い、食事が終わる頃合いになっても、キールから質問が出ていなかった。
「嫁にくる気はあるか」
 手を止めてから発せられたその言葉に、リディアも一度手を止めた。来ましたか、そう思って答えを口に乗せる。
「行く気はありますよ〜」
 答え方はいつもと同じ、のんびりとした笑顔と一緒だ。受けるキールの表情も一見いつも通りに見える。だが今のリディアはキールの表情の変化が少し読めるようになっていて、その瞳に別の何かが閃いたことが分かった。きっとキールも同じようにリディアの考えを読めるようになっているはずで、リディアがいつもと同じようで実際には気持ちを込めて返事をしたことを理解しているだろう。
「リディア君‥‥」
 いつも通りにリディアを家まで送った後、この日のキールは別れの挨拶をしなかった。彼の黒と銀灰の瞳にはリディアだけが映っている。
 そしてリディアも、キールを拒まなかった。
 確かめあうには、一度では足りない。普段の冷静さとは違うキールをリディアは知ることになる。朝日が差し込む頃には意識を手放したいほどだったが、それに気づいたキールがキスを仕掛け、リディアの意識を引き戻す。離れた唇を追いながら視線を上げれば、これだけは今聞いてほしいと、熱を帯びた視線にぶつかった。
「‥‥俺と結婚してくれ」
「はい〜」
 この男は言葉に出さない分本当に行動で示すのだと、前から知っていたそれ以上に身に沁みる。言葉で愛を囁かれるよりも確かに強く刻み込まれて、信じられないなんて言うつもりはないですけれど‥‥そこで、リディアの意識は途切れた。

 その日を境に、二人の関係は仲間達も知るところとなった。キールが痕跡を消すことをやめたこともあるが、二人が森以外にも出かけるようになったからだ。勿論そうなる前に、『どこに出かけたいか』『たまには屋内もいいですねえ〜』と言ったお決まりのやりとりもあったようだが。
 こと恋愛ごとに興味があると思えなかった男と、婚期を逸して隠遁すると思われていた女が突然、キエフでデートしているという噂はインパクトが強かったらしい。彼らの知人は二人の様子を面白半分確認しにやってきたりもしたが、以前とそう変わらない二人の様子に――傍目には二人の変化はわかるものではなかった――呆れた様子で『熟年夫婦か』等と揃って思ったようである。
「式はどうする」
「折角ですし、あの教会にお願いするというのはどうでしょう」
 かつての事件に所縁のある教会なら、仲間達も、その際に知り合った少年達も招待しやすいですよねと答えるリディアに、目だけで頷くキール。口調も普段と変わりなく、甘い空気があるように見えないが、二人なりに前へと進んでいるのは間違いない。
 そして結婚式の当日。式もつつがなく終わり招待客への感謝の挨拶で、キールは最後にこう言った。
「‥‥改めて、おなかの子共々よろしく頼む」
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2014年02月26日

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