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『翻弄されるのはどっち? 』
レグ・フォルワード(ia9526)


 神楽の都の一角に宅配屋スローチネがある。バレンタイン当日の昼下がり、店主レグ・フォルワード(ia9526)はカウンターの向こうで今日何度目になるかわからない欠伸を零していた。
 なにせ昨日から先程まで、遠く離れた恋人達や想い人が遠くにいる少女達のためにずっと働き詰めだったのだ。
 両手を越える件数の恋人たちの手伝いをしてきた、ならば自分にだって少しはいいことが起こるのではないかと先程から店の扉をじっとみつめているのだが、一向に自分に幸せを運ぶベルの音が聞こえてくる気配は無い。
 カレンダーを見直す。これも今日何度目か分からない。そのたびに日付が間違っていないことを確認する。
(まさか…)
 カウンターの下に隠した小さな箱を手に取った。レグが手にするには少々違和感がある花模様を染め上げた和紙で装飾された繊細な箱だ。
(今日は何の日か忘れてるってことはねぇよなぁ……)
 浮かぶのは可愛い恋人の笑顔。その恋人が一見しっかり者に見えるが実は多いに天然が入っている事も知っている。
「まあ、それも可愛いんだけどな…」
 にへっと相好を崩し、再び箱をそっと潰さないようにしまう。中は彼女のために選んだ枝垂桜の簪だ。繊細な細工はきっと艶やかな彼女の黒髪に映えるだろう。
(桜…か……)
 今も目を閉じればあの春の光景が瞼の裏に蘇る。
 風に舞う桜の花弁。それは視界を埋め尽くす吹雪のようで。でも故郷の雪のように冷たくは無い。その桜吹雪の向こう彼女はいた。花弁と戯れるように振袖をひらりと揺らして。
 あの時思わず抱き寄せた肩の感触、息遣い…今もまだ鮮やかに思い出すことが出来る。自分の慌てぶりも…とそこまで思い出してバツが悪いと思ったのか軽く頭を振った。
 ともかく今日だ…果たして彼女はやって来るだろうか。
「ふぁあ…」
 欠伸を一つ、カウンターに突っ伏した。


 半分閉じかけていた目がカっと開く。近づいてくる軽快な足音。
(…とか言ってまた残念、通り過ぎただろ…)
 などと思っていると足音が店の前で止まる。扉の向こうに見えるシルエットは待ちに待った恋人ソウェル ノイラート(ib5397)のものだ。
 全身を耳にしてといっても過言ではない状態で今か、今かと扉のベルが鳴るのを待つ。
 カラン、とベルの音を響かせて宅配屋スローチネの扉が開いた。
「よぉ、ソウェル」
 店内に入ってきたソウェルよりも先にカウンターから体を起すと、声を掛ける。しらじらしいかと思いつつもさも今起きましたとでもいうように欠伸を噛み殺しつつ。
 実際眠いのだからそんな演技する必要は無いが、いかにもずっと待ってましたという様子では格好がつかないというものである。
「こんにちは、私に気付かなかったら一発撃ってやろうと思ったのに」
 引鉄を引く真似をするソウェルに「止めてくれ」と言わんばかりに突き出した手を振ってからカウンターの上に呼び鈴を指差した。
「これは何に見える?」
「空砲のほうが私が来たってすぐにわかるでしょ?」
 確かに…と納得している場合ではないとレグは無言でもう一度呼び鈴を指し、そしてチリンと鳴らした。
「……呼び鈴」
「わかっているならよろしい」
 ふむ、と偉そうにレグが頷く。
「今はサボリ中?」
 客がいない店内をぐるっと見回して尋ねるソウェルに「勘弁してくれ」とレグが天井を仰ぐ。
「あのなー、昨日の夜からさっきまで大車輪で働いていた恋人に向かってそれはねぇだろう」
 そして優しい労いの言葉は?と両手を前に差し出した。まあ昨日から今朝にかけたの仕事の事は話してないから彼女が知らないのは当然なのだが…。
「あら、ごめんなさい」
 と、悪びれる様子もなくカウンター席に座ったソウェルがレグを見上げてくる。
「お疲れ様」
 言った後少し考えて「おかえりなさい」と一言。恋人同士だが一緒に暮らしているわけではない、だがソウェルのその言葉がくすぐったく口元をもぞりと弛ませた。
「レグの無事な姿が見れて嬉しいわ」
 ソウェルの笑顔に「ただいま、俺もだよ」と応えた顔はにやけてないか少しばかり心配だ、と顎の辺りを撫でるとソウェルと目があった。思わず二人して笑ってしまう。きっと彼女も今のやりとりがどこか擽ったかったのだろう、と思った。
「それにしても夜通し配達をしていたなんて依頼が多かったのね」
「………あー…うん、いや…良いんだけどな…うん」
 だって今日は…と言い掛けてレグは言葉を飲み込んだ。ソウェルの顔をみると本気で不思議がっているようにも見える。
 だがしかし今日が何の日か本当に忘れられていたとしたら少々悲しい。何せ自分は彼女の姿が店の外に見えたときからあれこれ期待に胸弾ませたのだから。
 なんだか俺一人はしゃいでいるみたいじゃあねぇか、とカウンターの下からちらりと覗く箱に愚痴った。
「先日公園に行ったら…って公園ってギルドの傍にあるんだけど。そこでもう梅が咲いていたの」
 いつも通りに世間話を始めるソウェルにますます疑惑が強まっていく。
(もしかしてこいつ本当に、今日が何の日か気づいてないんじゃねぇだろうなちょっと)
 何せ自分の恋人は筋金入りの天然なのだ。
 そこも可愛いとは常々思う、がそれとこれとは別だ。少しばかり探りをいれてやろう、とレグはホットチョコレートを淹れソウェルに差し出した。カップからかふわりと立ち上がる上品な甘い香り。
 一口飲んだソウェルの表情が満足そうに微笑んだのがわかる。ホットチョコレートはお気に召してくれたらしい…ってそうではない、とカップを置いた彼女をじっと見つめる。
「…で? バレンタインだったら固形なんじゃないの?」
 悪戯な笑みを含んだ声。
「そうそう、バレンタインには固形チョコを…ってやっぱり今日が何の日か分かってんじゃねぇか!」
 頷きかけたレグは感情の昂ぶりに任せてカウンターを叩いた。ちくしょう、やってらんねぇよ、と店内に響く声にソウェルは肩を震わせて笑う。そして一頻り笑い終えたあと、レグに向けて手を差し出した。
「なんだよ」
「っていうかむしろプ レ ゼ ン ト」
 『プレゼント』に付くスタッカート。下唇突き出して子供のようにむくれるレグにソウェルが無邪気に笑ってみせる。
 レグがソウェルへの贈り物を用意していないとは微塵とも思っていないような笑みであった。
「……」
 それが図星だからこそ悔しいような恥ずかしいような。言葉にならない呻き声を漏らし、乱暴に頭を掻き混ぜた。
「…時間が経つとお返しなんざ忘れそうだから即渡せるようにプレゼント準備してた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
 あーぁ、まったく…なんてわざと億劫そうに言いながらレグはカウンターの下から箱を取り出す。桜の木の下で百面相をしていた彼女。あれから二人で何回桜を見ただろうか。そしてこれから…。
「まぁ…折角用意したもんだ、持っていけよ」
 ぶっきらぼうな言い方とは裏腹にそっとソウェルの掌に小箱を乗せる。自分の手の中にあった時は違和感しか感じなかった繊細な箱は彼女の手のなかでようやく落ち着いたように見えた。
「ありがとう。ね、開けてみてもいい?」
「好きにしな」
 勝手にしやがれ、と手をひらひらと振る。もうお前のものなんだから俺は興味はありません…そんな態度を取っておきながらも視線は箱を開ける彼女の顔へと。
 やはり彼女が喜んでくれるのは気になるのだ。
 薄紙をそっと開き、そこから簪を取り上げる。
 ソウェルは枝垂桜の簪をそっと髪に宛がった。彼女の濡れたように艶のある黒髪の上で、柔らかくしなる枝に咲く桜が繊細に揺れる。
 自分の見立ては間違っていなかったとレグは内心満足する。
「似合うか、な?」
 幾分彼女の頬が桜色に染まったように見えた。
「俺がおまえのために選んだモンだぜ」
 似合わないはずがないだろう、とレグは手を伸ばし、彼女の髪の上で揺れている枝垂桜に触れた。銀の飾りと飾りがぶつかりあってしゃらり、と砂が零れるような小さな音が聞こえる。
 黒髪から覗く耳朶にそっと触れてから指を離した。
「ん…ありがとう」
 簪を髪に口にする二度目の礼。まるで蕾が綻ぶようにソウェルが柔らかい笑みを浮かべる。その笑みにレグは視線を奪われた。サングラスが無ければ彼女を凝視していたのがすぐにわかってしまうだろう。
 心の奥底から愛しい、そんな気持ちが溢れ出し此処が店だというのに抱きしめたいという衝動に駆られる。落ち着かない…顔を彼女に向けたまま視線は遠く窓の向こうに。
 あぁ、外はまだ寒そうだな、なんて風に揺れる木を見ながら他所事を考え気を紛らわす。そうでもしないと自分を押さえられそうもない。
 だからソウェルがカウンターの上に手をついて身を乗り出したことに気付いていなかった。
 不意に頬に触れる柔らかい感触。
「私からのプレゼントは…」
 驚くレグの瞳には悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべるソウェルが映る。一呼吸置いて耳元に唇が近づいた。
「わ・た・し…」
 囁き声。吐息が耳朶を擽る。
(……本当にコイツは………)
 喉が鳴りそうになるのを必死で堪える。カウンターを掴む手に無駄に篭る力。
「…なんてね」
 此方の気を知ってか知らずか、一転おどけた口調でレグから体を離すとソウェルは肩を竦めた。
「はぁあああ〜……」
 腹の底から全てを出し切った、そんな溜息がレグの口から漏れる。
「…お返しがお前って…」
 あぁ、全くと押さえた頭を左右にゆっくりと振って米神を揉み解した。
「これからもそれでプレゼント貰う気じゃねぇだろうな」
 とん、とレグがソウェルの額を突く。冗談交じりの言葉で紛らわせてしまえ…と。
 だがそんな思惑あっさりと乗り越えたソウェルはレグの顔を見上げたまま数度瞬きを繰り返す。
 交差するレグの視線とソウェルの視線。
「レグはそんなことしなくてもプレゼントくれるでしょ?」
 浮かべるのは満面の笑み。それはレグが打算もなにもなく自分のことを想ってくれるのを心から信じているような笑みだった。
 再びレグが盛大な溜息を吐く。結局レグは己の衝動に負けることにした。だって仕方がない。
「…ったく」
 額にかかる前髪をかき上げて唇に不敵な笑みを浮かべる。
 ぐいっと近づけるレグの顔をソウェルは瞬きせずにじっと見つめ返す。互いの吐息が分かるくらいの距離。彼女の紫の瞳を覗き込む。
 サングラスを奪われた。
「俺が何するか分かりきっててそれか?」
 からかうような試すようなそんな声音。
「レグの目が見たいな…って思って」
 問題ある?とソウェルが首を傾げ、畳んだサングラスをカウンターの上に置く。
 性質が悪い、口の中で零す。

(だって仕方がないじゃないか)

 もう一度心の中で呟いた。

「なに、聞こえないわ」
 身を寄せるソウェルの腰を抱き寄せる。

 彼女はこんなにも魅力的なのだから…!

 そしてソウェルの頬を丸みを指の甲でそっと撫でた。滑らかで柔らかい彼女の肌。
「行儀良くない…でしょ、こういうの」
 カウンターの上に軽く腰掛ける格好となるのをソウェルは躊躇う。
「店主の俺が気にしねぇんだから問題ねぇな」
 そう言うと更に強く抱き寄せソウェルをカウンターの上に乗せてしまう。
 そっとレグの腕にソウェルの手が重なった。
「レグ……」
 彼女の唇が彼の名を呼ぶ。触れる手の甲にそっと頬を押し当てられる。レグの指が頬を滑り落ち顎を捉えた。
 自分はこんなにも彼女に翻弄されている…。
 本当に、全く…レグが零した苦笑が二人の間の空気を震わせた。
「……だがまぁ、悪くはねぇよ」
 顔が近づける。背に回した手に力を込めた。互いが発する熱がふわりと肌に感じられる距離、そしてその距離も無くなり互いの体温が交じり合う。
「ソウェル……」
 直前に名前を呼び、ソウェルが目を伏せたのを合図に、捉えた顎を持ち上げた。
 唇を重ねる。
 手を後頭部に添えると、しゃらり、と簪が鳴った。
 触れるだけだった口付けが、角度を変え深くなる。合間に互いの名を呼び合う。抱き合っているというのに互いの存在を確認するかのように。
 漏れる呼気が熱を孕む。
 言葉にならない想いを込めて視線を絡めた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名         / 性別 / 年齢 / 職業】
【ia9526  / レグ・フォルワード   / 男  / 29  / 砲術士】
【ib5397  / ソウェル ノイラート  / 女  / 24  / 砲術士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

バレンタインの一幕いかがだったでしょうか?
やんちゃな大人、そのようなイメージだったのですが、三枚目に寄りすぎたのではないかと少々心配です。
前半押さえ気味に後半糖度高めにしてみました。
イメージ、話し方、内容、糖度等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年02月26日

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