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『翻弄されるのはどっち? 』
ソウェル ノイラート(ib5397)


(あ…)
 ソウェル ノイラート(ib5397)はとある菓子店の前で足を止める。天儀では珍しい硝子をはめ込んだ扉に貼られている紙をまじまじと見つめた。
(今日はバレンタインか)
 貼紙には可愛らしい文字と装飾で『バレンタインの贈り物に当店自慢のお菓子をどうぞ』と書かれている。バレンタインとは元々ソウェルの故郷であるジルベリアの風習だ。女の子が好きな人にチョコレートを贈り想いを告げるという少しばかりこう甘酸っぱいような恥ずかしいような行事である。尤も最近は想い人だけではなく友人や世話になった人、贈り物もチョコレートだけではなく多種多様になっているのだが。
 近年加速度的に天儀にも広がり、都市部では聖夜祭ほどではないが一般的な行事となってきている。神楽の都においては言うまでもない。
「天儀でももうお馴染みって感じかな?」
 なるほど、と通りを見渡した。今日は何時も以上に恋人同士と見受けられる人々が多い。肩を寄せ合い何事か囁きあう姿はとても幸せそうに見える。
 店から可愛らしい包みを大事そうに抱えて少女が出てきて慌てて横に退いた。少し急いだ様子で去って行く少女の頬は薔薇色に紅潮し大層可愛らしい。きっと今から想い人の元に行くのだろう。
(頑張れ)
 なんて見知らぬ少女の背に声援を送っていると不意に浮かぶ誰かの姿。サングラスがトレードマークの宅配屋……。
 ん、と唇を結んで視線を左右に泳がせる。暫し躊躇ってからひょいと店内を覗き込んだ。楽しそうに嬉しそうにお菓子を選んでいる少女達の姿。
「……」
 くしゃりと掻き混ぜる髪。鉄砲鍛冶職人をしていたソウェルはたおやかな見た目に反して大分仕草は大雑把だ。
(チョコをあげるような可愛げのある歳でもないんだけど…)
 なんとなくあの集団の中に入るのは気恥ずかしく、そんな言い訳を心の中でしてからそのまま店の前を通り過ぎようと一歩足を踏み出した。
 だが二歩目を出す事はなくそのまま回れ右。
 目指す針路を宅配屋スローチネに変更する。それは先程脳裏に浮かんだ人物、彼女の幼馴染であり憧れの人であった、そして今は恋人のレグ・フォルワード(ia9526)の店だ。
(レグの顔、見に行くくらいはいいよね)
 先程の少女のような可愛げはなくとも…折角のバレンタインなんだし。
 そう思い立ち進む足取りが心なしか軽くなっているのは多分無意識だ。


 カラン、とベルの音を響かせて宅配屋スローチネの扉を開く。
「よぉ、ソウェル」
 ソウェルが声を掛ける前に、カウンターの向こうで突っ伏していたレグが気付いて体を起し、軽く手を上げる。欠伸を噛み殺す様子は眠たそうだ。
「こんにちは、私に気付かなかったら一発撃ってやろうと思ったのに」
 銃の引き金を引く真似をするとレグがカウンター上の呼び鈴を指差した。
「これは何に見える?」
「空砲のほうが私が来たってすぐにわかるでしょ?」
 レグが無言でもう一度呼び鈴を指し、そしてチリンと鳴らした。
「……呼び鈴」
「わかっているならよろしい」
 ふむ、と偉そうにレグが頷く。
「今はサボリ中?」
 客がいない店内をぐるっと見回してソウェルが尋ねるとレグが天井を仰いだ。
「あのなー、昨日の夜からさっきまで大車輪で働いていた恋人に向かってそれはねぇだろう」
 優しい労いの言葉は?と両手を前に差し出すレグに「あら、ごめんなさい」としれっと答えてカウンター席に座る。だから眠たそうだったのか、と袖の皺の痕がついた頬を眺めた。
「お疲れ様」
 言った後少し考えて「おかえりなさい」と付け足した。
「レグの無事な姿が見れて嬉しいわ」
 そして笑顔を向ければレグも満更ではないと言った様子で「ただいま、俺もだよ」と応える。恋人同士だが一緒に暮らしているわけではない。だから「おかえり」「ただいま」なんてやり取りに二人で顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
「それにしても夜通し配達をしていたなんて依頼が多かったのね」
 その言葉にレグが何か言いかけて黙り込んだ。「いや…良いんだけどな…うん」とか何か声が聞こえたような気がするのだが、微妙に落ちた肩がなんとなくおかしくてそこは聞こえない振りをした。
 かつてレグがソウェルにした隠し事に比べればこれくらい可愛いものである。
「先日公園に行ったら…って公園ってギルドの傍にあるんだけど。そこでもう梅が咲いていたの」
 そういえば、などと何気なく日常にあった出来事を話し始めると、目の前にカップを差し出される。ありがとう、と受け取るカップから立ち上がる仄かに甘い香り。ホットチョコレートだ。厚めの陶磁器のカップを包む両手に温もりが伝わってくる。
 ちらりとレグに視線を送る。彼の表情はサングラスでトレードマークの隠されているが何か言いたげなのはわかった。いや何が言いたいか分かった。何せ今日はバレンタインである。そんな日にチョコレートを出されて分からないということがあろうか。いや…そのバレンタインに当日気付いたわけだが……。
 口元に笑みを浮かべたままホットチョコレートを一口。口の中に広がる濃厚なカカオの香と優しい甘さ。美味しい、と心の中で感想を漏らしてカウンターの上にカップを置いた。
「…で? バレンタインだったら固形なんじゃないの?」
 悪戯な笑みを含んだ声。
「そうそう、バレンタインには固形チョコを…」
 腕を組んで頷きかけたレグがおもむろにカウンターを叩く。
「ってやっぱり今日が何の日か分かってんじゃねぇか!」
 ちくしょう、やってらんねぇよ、と店内に響くレグの声にソウェルは肩を震わせて笑う。一頻り笑い終えたあと、無邪気な笑みとともに彼に向けて手を差し出した。
 差し出した手とソウェルの顔を交互に見比べたレグが「なんだよ」とむくれる。
「っていうかむしろプ レ ゼ ン ト」
 『プレゼント』に付くスタッカート。自分は今日、バレンタインだと気付いたばかりで何も用意はしていないのだが。レグがプレゼントの用意をしているのはさも当然でしょう?とでもいうように強請ってみせた。
「……」
 憮然とした表情にぅ〜だか、あ〜だかそんな唸り声。
「…時間が経つとお返しなんざ忘れそうだから即渡せるようにプレゼント準備してた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
 そっぽを向いて、ガシガシと頭を掻き混ぜながらぼやく言葉に笑みが零れる。やはり彼は自分へのプレゼントを用意してくれていたのだ。
 あーぁ、まったく…なんてわざと億劫そうに言いながらレグはカウンターの下に手を突っ込んだ。
「まぁ…折角用意したもんだ、持っていけよ」
 ぶっきらぼうな言い方とは裏腹にそっとソウェルの掌に乗せられたのは絞り染めで花を描いた和紙が貼られた綺麗な小箱。
「ありがとう。ね、開けてみてもいい?」
「好きにしな」
 応える声が微妙に拗ねている。
 箱を開けば薄紙に包まれた簪が一本。手に取ると、しゃらりと音を立てて飾りが揺れる。飾りの細工は枝垂桜。
 簪を手にしてそっと揺らした。桜が揺れる。

 一面の桜吹雪……。

 ソウェルの脳裏にあの日の桜が蘇った。彼に会えると思って卸したての振袖を着て桜の下に立っていた時の。不意に肩を抱き寄せた彼の腕の熱を息遣いをまだ覚えている。そして自分の……。
 ソウェルは簪をそっと髪に宛がった。彼女の濡れたように艶のある黒髪の上で、柔らかくしなる枝に咲く桜が繊細に揺れる。
「似合うか、な?」
 簪を彼に向けたまま視線だけを上げる。あの時の戸惑いを思い出したわけではないが、仄かに頬が熱くなった。
「俺がおまえのために選んだモンだぜ」
 似合わないはずがないだろう、とレグの指が桜を掬う。ゆれてぶつかり合う飾りが立てるかすかな音が耳元で聞こえた。耳朶に触れる指。それが少しだけくすぐったい。
 ひょっとしたら彼が言うところの百面相をまたしているかもしれない、などと思った。
「ん…ありがとう」
 先程のホットチョコレートのようにじんわりと胸の中から熱が広がっていく。枝垂桜の簪を髪に口にする二度目の礼。自然と口元が綻んだ。レグがサングラス越しでも目を瞠ったのが分かる。そして彼は落ち着かなさそうに頬を掻く。顔はソウェルを向いているが多分、視線はどこか明後日の方向だ…そんな確信があった。
 唇に悪戯を思いついたような笑みを浮かべ、カウンターの上に手をついて身を乗り出した。
 そしてレグが気付く前に頬にキスを一つ送る。
「私からのプレゼントは…」
 サングラスの黒いレンズに映るソウェルの顔は目を細めて何か企んでいるようにもみえた。一呼吸置いて耳元に唇を近づける。
「わ・た・し…」
 吐息交じりの声で囁く。
「…なんてね」
 そして一転おどけた口調で固まったまま黙り込む彼から体を離し竦める肩。少しの間の後、レグの口から漏れたのは腹の底から空気も何も全て出し切ってしまうかのような盛大な溜息。
「…お返しがお前って…」
 あぁ、全くと押さえた頭を左右にゆっくりと振る。
「これからもそれでプレゼント貰う気じゃねぇだろうな」
 とん、とレグの指がソウェルの額を突く。呆れ交じりのその言葉にソウェルはレグの顔を見上げたまま数度瞬きを繰り返す。
 交差するレグの視線とソウェルの視線。
「レグはそんなことしなくてもプレゼントくれるでしょ?」
 浮かべるのは満面の笑み。それは彼が打算もなにもなく自分のことを想ってくれるのを心から信じているような笑みだ。にらめっこに負けたのはレグだ。再び盛大な溜息を吐く。
「…ったく」
 額にかかる前髪をかき上げて唇に不敵な笑みを浮かべる。
 ぐいっと近づけられるレグの顔をソウェルは瞬きせずにじっと見つめた。互いの吐息が分かるくらいの距離、そうなって初めてサングラスの向こうのレグの目が分かる。それでも彼の目の色は分からなかった。
 だからそっと彼のサングラスを奪ってやる。
「俺が何するか分かりきっててそれか?」
 からかうような試すようなそんな声音。
「レグの目が見たいな…って思って」
 問題ある?とソウェルが首を傾げ、畳んだサングラスをカウンターの上に置く。彼の瞳がみたい、と思ったのは本当だ。
 性質が悪い、だなんだと声が聞こえたような気がするがはっきりとは聞き取れない。
「なに、聞こえないわ」
 身を寄せるとカウンター越しに突然腰を抱き寄せられた。レグの指の甲がソウェルの頬を丸みをなぞる。
「行儀良くない…でしょ、こういうの」
 カウンターの上に軽く腰掛ける格好となるのをソウェルは躊躇う。あの桜の下でもそうだ。彼は唐突に自分の意識を攫っていく。
「店主の俺が気にしねぇんだから問題ねぇよ」
 そう言うと更に強く抱き寄せられソウェルはカウンターの上に乗り上げてしまう。本気で嫌であれば簡単に振りほどく事はできたであろう。だけどソウェルはそれをしなかった。
 そっと彼の腕に自分の手を重ねる。
「レグ……」
 唇の動きだけで名を呼び、触れる手の甲にそっと頬を押し当てた。レグの指が頬を滑り落ち顎を捉える。
 本当に、全く…レグが零した苦笑が二人の間の空気を震わせた。
「……だがまぁ、悪くはねぇよ」
 優しい光を讃えた金の双眸がソウェルを捉えて離さない。
 顔が近づく。背を大きな掌が支えて引き寄せる。互いが発する熱がふわりと肌に感じられる距離、そしてその距離も無くなり互いの体温が交じり合う。
「ソウェル……」
 直前名前を呼ばれた気がした。ソウェルはそっと目を伏せる。
 顎を持ち上げられる、触れる唇。手が耳の後ろを通って後頭部に添えられた。しゃらり、と簪がなる。
 触れるだけだった口付けが、角度を変え深くなる。合間に互いの名を呼び合う。抱き合っているというのに互いの存在を確認するかのように。
 漏れる呼気が熱を孕む。
 言葉にならない想いを込めて視線を絡めた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名         / 性別 / 年齢 / 職業】
【ia9526  / レグ・フォルワード   / 男  / 29  / 砲術士】
【ib5397  / ソウェル ノイラート  / 女  / 24  / 砲術士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きまして本当にありがとうございます。桐崎ふみおです。

バレンタインの一幕いかがだったでしょうか?
天然故の大胆さの破壊力…それを垣間見た気持ちです。
もう少し乙女成分を出しておくべきかと思いつつ、大人な二人をイメージさせて頂きました。
言葉遣いは大丈夫でしょうか?
イメージ、話し方、内容、糖度等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
不思議なノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年02月26日

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