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『青銀の雪の中で 』
所所楽 銀杏(eb2963)

 江戸の町が雪化粧で白く染まっていた、とある初春の朝、既に呉服屋でお手伝いをしていた所所楽銀杏(eb2963)は注文を受け誂え終わった着物を畳んで居るところでした。
「……」
 いつもなら朝はこの呉服屋主人の義弟、沢と一緒に納品前の最後の仕上がりを確認していたのに、ここ暫くは忙しく外に出ていることが多く、少し寂しい心持ちをする銀杏。
「沢君……忙しいですよ、ね……」
 ぽつり呟いた銀杏が沢のことを思い浮かべれば、ふと出会ったときから今迄のことが次々と思い出されていて、丁寧に包み終わった荷を前に少し考え込んでいます。
 思えば沢の義兄夫婦の呉服屋でお手伝いを始めてもう四年、銀杏から見ていれば、機転が利いて明るくはきはきとお客の応対をしている沢と、人を視るのが得意で好みは分かるもののお勧めしたり褒めると言うことがなかなか慣れず不安に思ったこともありました。
 弱音を吐いて嫌われるのではと言う不安もあって、沢の姉や義兄に算術を習ったりしながらも心が折れそうにならなかったわけではありません。
「でも……」
 不安でも、それでも大好きな相手である沢が頑張って居る姿に励まされたりもして、そうしてやってこられたのだと改めて思うと、何やら心を決めたように銀杏は小さく頷くのでした。

「遅くなって御免、その、急いで来たんだけれど……」
「ううん、大丈夫です、よ……」
 僅かに白い息を弾ませて自身の長屋へとやって来た沢を見て、銀杏は微笑を浮かべて首を振ると沢を長屋の中へと招き入れて。
 この日、銀杏は御店はお休み、沢と話をしようと思いきって自身の長屋へと来て欲しいと伝えていました。
 気が付けば二十歳となって居た銀杏は、勧められて中へと入って笑いかける沢が、同い年で二十歳となり、すっかりと背も高く、体つきも確りとした男性になった事に、今更ながらに気が付きます。
 いつもと同じ距離感、出会ってから仲良くなった頃と同じ向き合って手を伸ばせば届くけれど、寄り添う程ではないその距離感は、こうして向き合うと沢が銀杏を大事に想っているからと感じられて。
「もう少し、傍に寄ってもいいです、か?」
「銀杏……?」
 おずおずと尋ねる銀杏に小さく首を傾げるも、ちょっと照れたように頷く沢。
 そっと隣に寄り添うように腰を下ろした銀杏は、そうっと沢の手に自身の手を重ねると口を開いて。
「あの、話したいことが、あるです、よ……」
「ん……その、俺も、銀杏に話したいことがあるんだ」
 沢の言葉に問いかけるような目を向ける銀杏ですが、銀杏の話が先に聞きたいな、と笑いかける沢、銀杏は頬を染めながら目を落として、何度も頭の中で考えて居た言葉を確認してから、改めて口を開きます。
「その、改まって、話すこと、ではないです、けど……一杯、いろんな事を、話して欲しい、です……」
 寄り添いながら、じっと銀杏の言葉を聞いている沢を見て、続ける銀杏。
「沢君、自分のお店持ちたい、って……そう言っていた、から……いつも、考えるです、よ……どんなお店にしたいのかな、僕ならどんなことで手伝えるかなって……」
「銀杏……」
「そんなこと考えて居ると、ぎゅって苦しくなったり、ぽかぽか、暖かいような、気がした、り……」
 銀杏は言いながら耳まで赤く染めつつ一生懸命言葉を紡ぎます。
「側に、居て欲しいって、ずっと思って貰えるように、なりたい、な……って……」
 銀杏がどこか不安に思っていたのに気が付いたか、ちょっと驚いたようにみる沢。 
「なんだか、ずっと、前よりも恥ずかしい、って、思って……でも、言葉にしないと伝わらないって、出会ったときから思い返して、気付いた、から……」
 何とか言葉を繋げた銀杏はそこまで言ってから、真っ赤な顔を上げて微笑みかけると。
「考えていることも、想っていることも全部、君に話すから、大好きな、愛しい君のこと、もっと教えてくれますか?」
「……」
 じっと、静かに銀杏の言葉を聞いていた沢は、繋いでいた手にぎゅっと力を込めて握り直すと。
「ここのところ……一年位、かな、ばたばたして出ずっぱりでごめん。俺も、ちゃんと色々話さないと、銀杏だってわからなくて不安だよな」
 そう言ってからも、少しだけ迷うように目を瞑ってから、沢はゆっくりと息を吐いて、改めて目を開いてから銀杏にどこか吹っ切れたように笑います。
「銀杏は、うちの御店の一つ裏に入った通りにある、爺さんのやってる小間物屋、知ってるかな?」
「……? そう言えば、そんな御店、在りました、です……」
 沢の突然の言葉に戸惑いながらも思い返すようにして答える銀杏、沢はどこかそれをいうのに勇気でも要るかのようにちょっとだけ握っている銀杏の手へと目を落としてから、悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「実は一年前に、あそこの爺さん、隠居したいから店を買わないかって。でちょっと隠居を先延ばしして貰って……御店のお代に仕入れと、当座の暮らし向き用の資金と、貯まったんだ」
 今度はその言葉に驚いた表情を浮かべるのは銀杏の番でした。
「え……」
「爺さんのお店に品を収めてくれてる職人さん達とも、今後主人が替わっても変わらずにお願いします、って……そういう根回しも含めて、全部済んだ。だから、今日ここに来る前に御店に寄ってたんだ、その、俺たちの」
 沢の言葉に戸惑うように目を瞬かせていた銀杏ですが、俺たちの、という言葉の意味を考えれば。
「先に相談すべきだったって、分かって居るんだけれど……きちんと、全部準備できてから、言いたかったんだ、だから……」
 そこまで言ってから寄り添って居た沢が、銀杏に向き直ってぎゅっと手を握ると正面から見つめます。
「一緒になって欲しい、俺と」
「ぁ……」
「まだ俺は未熟で、御店のことも義兄や姉のお陰で有った話だってことは分かって居る。でも……自分の力で稼いで御店を構えて、そこで、銀杏に来て欲しいって、そう伝えたいと思ってたんだ」
 真剣な表情で告げる沢に、息を呑んで見上げていた銀杏は、ぐっと何やら込み上げるものがあって思わず俯くと、自身の頬が熱くなっているのを感じて。
「ずっと銀杏と一緒にいたいって思っている。まだ御店だって持ったばかりの駆けだして、苦労かけることもあると思う。でも、きっと、銀杏を幸せにする。だから……」
 そこまで言って、俯いてしまっているままの銀杏へ、沢は改めて告げます。
「俺の嫁さんに、なって下さい」
「……」
 その言葉に、銀杏はやっとの思いで小さく頷いて、沢は漸くに、ほっとしたように息を付きます。
 思わずじんわりとしてしまった目元を袖で軽く押さえてから、まだ潤んだ目のままに顔を上げて嬉しそうに笑いかけた銀杏、沢は銀杏を引き寄せるとぎゅっと抱き締めて額に軽く口付けて。
「小間物屋さんだと……」
「ん、簪とか櫛とか、それと帯留めとか……それに紅白粉かな。余り手を広げすぎてもいけないから……でも上方から入る扇とかを置くのも良いかもって……」
「その、御店って、どんな感じの所、なのです、か……?」
 銀杏の言葉に沢はにと笑うと立ち上がって手を差し出して。
「行こう、銀杏」
 あまりにも屈託無く、知り合った頃と同じように笑って差し出される手に、銀杏は嬉しそうに笑みを浮かべて手を借り立ち上がると、長屋の外へと出て。
「まだ、雪が残っている、ですね」
「銀杏を思い起こさせるから、俺は雪、好きだけれどな」
「沢君……」
 思わずくすりと笑って沢を見上げる銀杏。
 二人は陽の光に銀色に輝く雪景色の中を、自分たちがこれから帰る場所になる御店へと向かって楽しげに笑い会いながら歩き出すのでした。
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2014年02月28日

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