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『甘くない贈り物 』
神室 巳夜子(ib9980)


 女性から男性へ、チョコレートなる甘味を贈る行事がある。
 誰だ、そんなもの始めたのは。


 神室 巳夜子も、年頃の少女だ。
 そわそわと街中を巡り、手作りチョコレートの準備を整え帰宅した。
「あ。おかえりなさい、巳夜子お嬢さん」
 家主が家を空けると聞いて、留守を預かっていた徒紫野 獅琅がヒョイと顔を出す。
 買い物なら手伝うと申し出たが、留守番まで外出してどうするんですかと切り返されて今に至る。
 現在は住まいを別にしているけれど、神室の家は獅琅にとっても懐かしい香りがする場所で。
 家主との思い出などを浮かべている間に、その妹である巳夜子が戻ってきたのだった。
「お一人で買い物なんて、珍しいですね」
「今を、なんの季節だと思っているのです? 徒紫野さんにも手伝って貰いましょう。構いませんよね」
「え」
 巳夜子の抱える紙袋から覗いたのは、製菓用のチョコレート。
 つまり――
「嫌じゃないですけど……、男の人にあげる物を俺なんかと作ってどうするんです……?」
「トリュフを作りましょう。ひとりだと、手間がかかって大変なお菓子なんです」
「聞いてます!?」
 聞いてません。
「お湯、沸かして頂けますか」
「あ、はい」
 流されに流され、指示を出されれば従ってしまう。
(普段、料理はしてもお菓子作りは初めてだなぁ。それにしても、誰にあげ―― まさか)
 湯を沸かしながら、獅琅はガタリと振り向く。
「チョコって、先生にですか!? いや、それは、余計に駄目です……! 変に思われたら困るし……!」
「徒紫野さんが渡すわけではないでしょう。それに、感謝や親愛の気持であれば、充分に理由に値すると思いますが」
 顔を赤くしたり青くしたりの獅琅へ、巳夜子お嬢さんは顔色ひとつ変えずに相変わらずツンとしてらっしゃる。
 小さな白い手で、鋭い包丁を器用に動かしてチョコレートを刻んでゆく。
「……たしかに」
 贈り相手である『家主』不在の今日が、作るには絶好の日…… なるほど、それも理解できる。
「それから、その棚に粉砂糖があるので取って下さいます?」
「粉……砂糖? 砂糖の粉?? 棚の……、棚高いなあ……!」
 毒気をスルリと抜かれ、獅琅は再び巳夜子の手足とされる。
 踏み台を持ってきて棚を覗く、ラベルの貼られた小箱を取り出す。
「あ、その並びにココアが」
「一度に言ってください!!」




 刻んだチョコレートに、温めたミルクと生クリームを流し入れ。
 滑らかになるよう、丁寧に混ぜて溶けたなら冷蔵庫へ。

「これを、こうして等分して、丸めて、溶かしチョコレートを潜らせて、こちらはココア。こちらは粉糖をまぶして仕上げです」
「うはぁ」
 一度にたくさんの数を作れるが、なるほど手間がかかる。
「気持ちを込めて、丸くするんですよ」
「…………」
「なんですか、その目は」
「すみません」
(巳夜子お嬢さんが、先生へ…… どんな気持ちだろう?)
 実の兄妹なのだから、それなりにだろうけれど。
 なんだか普段の様子からはピンとこなくて、うっかり真顔で巳夜子を見つめてしまった。
「?? うまく丸くならない……」
「手の温度が伝わってしまうと、せっかく冷やしたのが溶けだしてしまうんですよ」
「だって、お嬢さんが気持ちを込めてっていうから!!」
「チョコが溶けてしまうような熱いものは無用です」
「巳夜子お嬢さん、クールすぎます…… 何を込めて丸めてるんですか……」
 獅琅が悪戦苦闘する間に、淡々と巳夜子はトリュフを丸めている。
 手先が器用で、繊細な作業は彼女の得意分野だ。
(あ、耳が先生そっくり)
 どんな魔法を使っているのかと盗み見しているうちに、獅琅はいつのまにか巳夜子へ見入っていた。
(やっぱり…… 雲の上の人だなあ)
 女性、ということであれば。
 現在、獅琅が身を寄せている『しぇあはうす』にも居るし、免疫が無いわけではない。
 けれど、この箱入りお嬢様は、彼女たちとは纏う雰囲気が違う。
(そういえば先生の事は少し知ってるけど、お嬢さんの事は何も知らない)
 知る必要を、感じたことが無かったから…… などといったら怒られるだろうか。
「……徒紫野さん、顔にチョコレートが付いています」
「え? わ、うわわっ」
 ぱちりと、気の強い赤い瞳とかち合って、獅琅は後ずさる。
「なにも、そこまで驚かなくても」
 胸に忍ばせた手巾で、獅琅の頬を拭ってやりながら巳夜子は不機嫌そうに半眼で睨んできた。
「あ、いえ、あっと……」
「兄もですが、男性は基本的に不器用なんでしょうか?」
「……こういったお菓子は、あんまり作らないですからね……」
 獅琅の動揺の理由に気づきもせず、巳夜子は小さく嘆息した。


「お手伝い有難う御座いました」
「どういたしまして…… というか、俺が手伝う必要があったのか、手伝いになったのか……」
「必要だったから、お願いしたんです」
「あ、はい。だったら嬉しいです」
 ちぐはぐな、会話のリズムはとれないようで、これが定着し始めているのだろうか?
「明日も、いらっしゃるのでしょう?」
「ああ、えっと、はい。来るようにって、言われてたので」
 先生の事だから、きっと土産でも買い込んで帰ってくるのだろう。
「それでは、また明日」
「はい、また明日」
 独特な疲労感を背負い――けれど、案外と悪いものではなかった――獅琅は、神室の家を後にした。




 翌日。
(仕上げは…… こちらは、こうで)
 完成したトリュフを、巳夜子は箱へ詰めてゆく。
 兄や、日頃世話になっている人や、友人や。
 彩り豊かな箱が重なる中、ひとつだけシンプルなものがある。
(これくらいが、きっと……、受け取りやすいはず)
 華美に飾り立てることは、彼には無意味だろう。むしろ逆効果だと予想する。
「…………」
 箱を見つめ、巳夜子は暫し考え込む。

 第一印象は最悪。
 その後も全く信頼なんかしていなかったし、寧ろ毛嫌いしていた。

 ――今は?

 嫌いではない、と思う。
 少なくとも、厭がるようなものを押し付けようとは思わないし、以前だったら押し付けることすら考えに入らなかっただろう。
 心境の変化に意味があるのかないのかまでは、わからないけれど。




 一度帰宅した兄だったが、急用で呼びだされ、土産だけを置いて再び出かけてしまった。
「……ということで、少しお待たせしてしまうのですが」
「あ、それはもう。お構いなく」
 茶菓子を出され、獅琅は恐縮しきりだ。
 茶道をたしなむ巳夜子のお茶は、美味しい。
 それだけで時間を過ごすことができる。
「昨日は、ありがとうございました。兄にも、朝一番で渡すことが出来ました」
「それは良かったです!」
 ぺこりと頭を下げる巳夜子へ、獅琅は胸のつかえがとれたような笑顔を見せた。
「それで、……こちらは。手伝っていただいたお礼と、以前頂戴した簪のお礼です。お返しは要りませんから」
 獅琅の表情に巳夜子もまた安堵し、どう切り出そうか躊躇していた箱を手渡した。
 落ち着いた色合いの和紙で包まれた小箱。
「お礼なんてよかったのに……。でも嬉しいです。何だろう? 高価な物だと困りますよ?」
 照れながら、冗談を交えて獅琅が包みを解く。

 中からは、形の整ったトリュフが6粒。
 宝石のように並んでいた。

「えっ、チョコレート? お嬢さんが俺に、ですか……!?」
 ありがとう、とか
 嬉しい、とか
 驚いた、とか
 そういった言葉が続くのだと、巳夜子は予想していた。

「……そりゃあ、お礼って言われたらどうしようもねえけど……。でも俺、こんなの初めて貰うのに、義理じゃ嫌です……」

 ぱちり。
 巳夜子はまばたきをして、そのまま目を見開いた。
 寂しそう……いや、悲しそう?
(どうして?)
 喜んでもらえると思って、
 できるだけ、気を遣わせないようにって工夫して、
 ――そもそも
「だから、俺、これは受け取れ――」

「……私だって、兄以外の男性に渡すのは初めてです」

 くるり。
 突きかえそうとする獅琅へ背を向け、巳夜子は絞り出すような声で告げた。
「え、え…… お嬢さん!?」
 玄関から、家主の戻る気配がする。それを機に、巳夜子は部屋を出ていってしまう。
「……!! そんなこと言って、どうなっても知りませんよ!」
 小さな背中へ獅琅は叫ぶが、どれくらい届くだろう。
(だって、もう俺は、俺がどれだけ単純で夢見がちか知ってるんだから……!)
 よくよく見れば、6粒のトリュフは二人で作ったものとは仕上げのトッピングが異なっていた。
 あの後、巳夜子が一人で仕上げたのだろう。
 厚意は感じても好意は感じない…… それが、獅琅の巳夜子に対する印象で。
 だから、わざわざ当日に『ただのチョコレート』を貰いたくないだなんて、子供のような意地で。
 だけど。
(……俺、お嬢さんの事、ほんとに何も知らないや…………)
 冷たい態度だったけれど、細やかな気遣いをしてくれていたんだ。
(簪……)
 こちらが思っていた以上に、喜んでくれていたのだろうか。
 ちくり。
 獅琅の胸を、とがった何かが刺すようだった。




 呼び止める兄の声も耳に入らず、顔を隠すように巳夜子は自室へ閉じこもる。
 拒否されるとは思わなかったし、思わなかったけれど、あんなことを言うつもりでもなかったのに。
 お礼の気持ちを、受け取ってもらえなかったことが悲しい?
 それだけ?
 ――たぶん。それだけ。
 素直になれない巳夜子の性分から、今までだってうまく行かないことはあった。
 でも、獅琅は…… 獅琅なら、そんな巳夜子にも慣れているだろうと、どこかで安心していたのかもしれない。

(何故、こんなに顔が熱いのでしょう)
 何故、寂しい気持ちがするのだろう。
「……風邪、でしょうか」
 頼りなげなか細い声が、シンとした空間に響いて消えた。


 甘い甘いチョコレート。
 ほろ苦いトリュフは、人知れず流した巳夜子の涙なのかもしれない。




【甘くない贈り物 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0392 / 徒紫野 獅琅 / 男 / 14歳  / 志士 】
【ib9980 / 神室 巳夜子 / 女 / 15歳  / 志士 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
思春期特有の甘酸っぱさということで。
始まるのか始まらないのか続くのか続かないのか分岐点が発生するのかしないのか。
一緒にドキドキしながら取り組ませていただきました。
内容から判断しまして、共通の内容をお届けいたします。
互いの心情面で存分に甘酸っぱがっていただけましたら本望です。
不思議なノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2014年02月28日

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